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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第四章~忌まわしき呪い編~
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第十話・焦りと怯え


 カミラ様、カミラ様。

 よろしいですか?

 ばあやとの約束、必ず守ってくださいね。


 決して、口外してはいけません。

 なぜだか……お分かり頂けますね?

 知られればどんな目に遭わされるか、どのようなことになるか分からないからです。


 カミラ様、よろしいですか?

 ばあやとの約束、必ず守ってくださいね。絶対ですよ。



 カミラは、目の前の鏡に映る自分の姿をぼんやりと見つめていた。

 それは屋敷の自室にある鏡だ。椅子に座り、ただ呆然と目の前の鏡を見つめる。身なりを整えるような素振りはない、何をするでもなく、ただただそうしていた。

 何処か虚ろな目の下には、昨日よりも濃く隈が刻まれている。あの後、屋敷に帰り着いて早々に寝台に潜り込んだが、結局一睡も出来なかった。眠ろうと目を閉じれば、ジュードのあの表情が――姿が、嫌でも浮かんでくる。

 ジュードを怒らせてしまった。その事実は、カミラに重く圧し掛かる。


「(……ううん。ジュードだけじゃない、みんな怒ってるかも……)」


 昨夜のジュードの言葉を思い返すと、考えがそう行き着くのは当然であった。仲間がみんなカミラを心配していると彼は言っていた。ならば、彼らもジュードのように怒っているかもしれない。

 それを考えると、カミラは胃の辺りが悲鳴を上げるように痛むのを感じる。そっとそこを手の平で押さえれば、鏡台の上に乗って心配そうな様子でそわそわしていたライオットが口を開く。


「カミラ、大丈夫に?」

「うん……大丈夫……」

「……ちっとも大丈夫そうじゃないに、だからマスターが怒るによ」

「うん……」


 ライオットは昨夜のあの後、結局ジュードの元には戻らずにずっとカミラの傍に付いていてくれた。

 なんとかジュードとカミラを仲直りさせたいと目論むライオットは、やはり心配そうに彼女を見つめる。今のままでは仲直りどころか、彼女自身が倒れてしまいそうだ。


「カミラ、やっぱりマスターにだけでも話した方がいいに。ライオットが代わりに説明してもいいによ!」

「――だめ! ……おばあさまとの約束なの、誰にも言っちゃいけないって……」

「でも、マスターならきっと誰にも言ったりしないに。このままじゃ良くないによ!」


 モチ男、と揶揄されることが殆どだが、ライオットはジュードやカミラはもちろんのこと、今のメンバーが純粋に好きなのだ。だからこそ、その仲間の関係が悪くなることは普通以上に悲しい。

 俯いてしまったカミラを見上げて、ライオットはしゅん、と頭を垂れる。


「……わたし」

「に?」

「みんなに、嫌われたくないもん……」


 ぽろり、と。ライオットの頭の上に一つ雫が零れ落ちた。

 カミラが、泣いている。考えなくとも理解出来る、これは彼女が流す涙だと。昨夜あれだけ泣いたと言うのに、一夜明ければ再び涙が溢れ出すらしい。

 小刻みに震える身がなんとも痛々しい。いつも、その清楚そうな外見に似合わず豪快な食べっぷりを見せる彼女が、今は酷く小さく、弱々しく見えた。


「みんな、カミラのこと嫌ったりしないに。ライオットだって、カミラのこと知ってるけど嫌いになったりしないによ」

「そんなの分かんないもん! 本当のわたしを受け入れてくれたのは王子だけだもん! もうあの頃には戻りたくないの!」


 俯いたままそう声を上げるカミラに対し、流石のライオットもそれ以上は言葉を紡げなかった。

 ライオットは、彼女が何を隠しているのか知っている。しかし、やはり本人の意思を無視して勝手に仲間に話すのは気が引けるのだ。

 昨夜のようにライオットはカミラの肩に飛び乗ると、改めて短い手でその頭を撫で付けた。


 * * *


 一方、中庭には刃物同士が衝突する音が響き渡る。それと共に気合の入った声も。


「――はあああぁッ!」

「ぐぬぅ……! まだまだッ、もっと打ち込んで来い、ジュード!」


 なんてことはない、メンフィスとジュードが朝稽古をしているだけだ。

 昨夜の深夜近くに王都ガルディオンに帰り着いたメンフィスは、翌朝になってジュード達の元を訪れた。

 暫し前線基地に入り浸っていたこともあり、彼らの顔を見に来た――と言うのはもちろんなのだが、彼が前線基地からガルディオンに戻ってきたのは女王直々の呼び出しがあったからだ。

 その用件は、突然現れた姫巫女(ひめみこ)のこと。

 ローザが本物の巫女か否かは、誰にも分からない。そのため女王は信頼しているメンフィスの意見も聞こうと考えたのだ。

 しかし、巫女に逢うよりも先にジュードと鉢合わせた。メンフィスにとってそれは別段困ることではないし、親友の息子兼可愛い愛弟子と言うこともあり、寧ろ喜ぶべきことだ。

 見たところ身体に深い傷を負ったような様子はない、顔色も特に悪くは見えない。

 だが、その表情がおかしい。ジュードと言えば、メンフィスの姿を見つけるといつも嬉しそうに笑って駆け寄ってくる。しかし、今の彼は――まるでこれから戦にでも出るような、真剣な表情を浮かべていた。

 更にメンフィスの姿を捉えるなり『稽古をつけてほしい』と請うものだから一体どうしてしまったのかと、流石のメンフィスも思わず狼狽した。

 そのままジュードの迫力に押されて朝稽古を始め、現在に至る。

 今日のジュードは、おかしいことだらけだ。

 いつもならば真剣を使っての訓練は躊躇うと言うのに、今日は全くと言って良い程に容赦がない。彼が振るう剣の軌跡には、迷いと言うものが一切なかった。

 次々に叩き込まれる剣と短剣での攻撃を両手で構える大刀で防ぎながら、メンフィスは片足を支えにすべく一歩引いた。すると、ジュードが矢継ぎ早に攻撃を叩き込むのに倣い、その足は徐々に後退していく。彼の攻撃に押し込まれているのだ。


「(ほう、やるようになった。どれ、少し遊んでみるとするか――!)」


 メンフィスは何処か嬉しそうに目を細めて口元に笑みを滲ませると、防御の体勢から一転。素早く身を引き、寸前のところで剣撃を回避すると即座に反撃に移る。メンフィスは大柄な男だが、スピードが鈍い訳ではない。ジュードやリンファのようにはいかずとも、身体能力は総合すると誰よりも高いのだ。つまり、穴がないのである。

 身を低くして真横へ瞬時に回り込んだメンフィスに、ジュードは一度双眸を見開く。しかし、すぐに下から振り上げられる剣を確認すれば両手に持つ武器をクロスさせて防いでみせた。その刹那、走る強烈な衝撃に傷口が悲鳴を上げる。サラマンダーに負わされた傷は、当然ながら未だ完治はしていない。衣服で見えないだけで、まだしっかりと大小様々な傷が刻まれていた。

 表情を歪ませたジュードに一度こそメンフィスは怪訝そうな表情を浮かべはするのだが、今回はそれで怯むことなく、再びジュードが攻撃を繰り出してきた事もありメンフィスは直ぐに応戦に移る。


「(本当に、今日はどうしたと言うのだ……やる気があるのは嬉しいが、余裕がないように見えるな)」


 今日のジュードには、これでもかと言う程に迷いがない。武器の切っ先がブレることもなく、真っ直ぐに叩き付けてくる。

 当然、メンフィスならば全て防ぐことを見越しての攻撃だろう。実際余程のことがない限りは、一対一の対決でメンフィスが傷を負うようなことはない。


「(……出来れば傷は負わせたくないが……どれ)」


 矢継ぎ早に攻撃を叩き込んでくるジュードの攻撃の癖を、メンフィスは細めた双眸で見つめる。彼の攻撃には、然程隙と言うものがない。

 手数があると言うのはもちろんなのだが、ジュードはあらゆる体勢からでも攻撃を繰り出すことが出来るのだ。それは彼の柔らかい身体とバランス感覚があって為せる業である。

 だが、メンフィスはこれまで幾つもの戦場を生き抜いてきた男。経験が圧倒的に違う。

 一撃、二撃。ジュードは未だ二刀流には完全に慣れている訳ではないらしい。一撃叩き込んだ後、直ぐに逆手の武器を振る癖がある。二発目を振るった後、僅かだが隙が出来るのをメンフィスは見抜いた。


「(しかし、大したものだ。この短い期間で随分と二刀流に慣れたようだな……!)」


 二発目。短剣による攻撃を寸前で避け、メンフィスはそこに出来る隙を見逃さない。

 両手でしっかりと武器を握り締め、ジュードの鳩尾へと刃を寝かせた剣の腹部分をぶち当てた。


「ぐ、う――ッ……!」


 その刹那、ジュードは衝撃に双眸を見開き表情を苦痛に歪めた。見事に決まったその一撃に彼の身は吹き飛ばされ、綺麗に整えられた庭の芝生へ転がる。思い切り鳩尾に入ったらしい、ジュードは仰向けに倒れたまま暫し苦しげに空咳を洩らしていた。

 大丈夫かとメンフィスはそんな彼の傍らに足を進めると、そこに片膝をついて屈んだ。


「ジュード、大丈夫か?」

「げほっ、げほっ……! は、はい……ありがとう、ございました……」


 取り敢えず、それ以上襲い掛かってくる気はないらしい。メンフィスは剣を収めてジュードの身を助け起こすと、ふと草に付着する赤に眉を寄せた。

 確かに今日の手合わせは、あまりジュードの身を気にしてやれるようなものではなかったが、切り傷など刻んだ覚えはない。

 擦り剥いたのだろうかと思いはしたが、その血の量からして擦り傷とは考え難かった。

 まさか、と思い腕に触れてみると、じわりと滲む生暖かい感触。


「ジュード、お前……! 怪我をしておったのか!」

「う……」

「バッカモン! 見せてみなさい!」


 久方振りに聞く怒号に、ジュードは思わず表情を引き攣らせると小さく頷いた。頷くしかなかった。

 袖を捲り、その身に刻まれた傷の数々にメンフィスは表情を顰める。腕や肩の傷はほんの一部だ。脇腹や足、傷はまだ他の場所にも色々と刻まれている。

 ジュードは視線のみでメンフィスの様子を窺うが、直ぐにその視線は脇に逸れる。明らかに怒っている、それが彼の表情にありありと滲み出ていた。


「……何があった、ジュード。この怪我が原因なのか? 今日のお前は随分と好戦的だったが……」

「……」


 不意に向けられる問いに、ジュードは言葉に詰まった。

 確かにサラマンダーにやられたのは悔しい。しかし、彼の言うように精霊の助けがなければ何も出来ない、と言うのはジュード自身が痛感している。だからこその鍛錬、と言うのはもちろんなのだが。

 ジュードは小さく吐息を洩らすと、静かに口を開いた。



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