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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第四章~忌まわしき呪い編~
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第六話・巫女


 ジュードは片腕にしがみつく少女はそのままに、こちらへ駆けて来る男達を見据える。

 彼らの様子は見るからにいきり立っていて、説得など通じそうもない。人通りが少ないとは言え、王都の中で戦闘など行いたくはなかった。それに、今現在ジュードは身体に傷を負っている。出来ることであれば穏便に済ませたい。


「仕方ない……! こっち!」

「えっ、えっ?」


 ジュードは小さく吐息を洩らすと素早く周囲に視線を巡らせる。そして程なくして、入り組んだ住宅街へ続く細道を視界に捉えた。正直、走るのも足に負担が掛かって痛みはあるが、それでも戦うよりは遥かにマシだ。

 少女の手を引いてそちらに駆け出すと、殿(しんがり)を務めるべくちびが四足をしっかりと大地に張り、一つ威嚇程度に男達へ咆哮を飛ばす。時間帯を配慮してのことなのか、普段よりは幾分小さく。

 少女は突然の行動に目を白黒させながら、それでも文句は言わずに大人しく手を引かれるままジュードの後に続いて走る。

 王都ガルディオンに住むようになって随分経つこともあり、ジュードはこの広い都の造りを大体把握していた。この道を突き抜ければ住宅街の裏手を抜けて高台に出る筈だ。

 後方からは、街中にウルフがいることに驚愕する男達の声が聞こえてくる。声の様子からして、恐らく慌てふためいているのだろう。

 ちびは大丈夫だろうか、ジュードは駆ける足をそのままに一度後方を振り返りはしたのだが、片手を引く少女の姿が視界を遮り相棒の姿を窺えない。


「(……?)」


 しかも、その少女の様子がジュードは気に掛かった。

 なぜって、つい先程までは動転していたにも拘らず、今現在はジッと真剣な眼差しを以てジュードを見つめてくるからだ。

 だが、今はそれを気にしているだけの余裕はない。

 入り組んだ住宅街の細道を抜けると、やがて視界には朝焼けに染まる王都ガルディオンの街並みが見えてきた。

 朝陽に照らされる街並みは大層美しく、ジュードは思わず感嘆を洩らす。それは少女も同じだったらしい。足を止めたジュードの傍らに軽く息を切らせながら並ぶと、片手を胸の辺りに添えて声を上げた。


「うっわあぁ……! すっごい綺麗……!」


 少女が洩らした単純な感想は、ジュードも同じものだった。

 朝の陽光に照らされる街並みは、夜の闇から目覚めたばかりと言った様子。所狭しと並ぶ家屋が朝陽を受ける様は、陳腐な表現で言えばやはり『綺麗』の一言に尽きる。

 いつまでも眺めていたいとは思ったが、ジュードはすぐに意識を引き戻した。相棒の安否が気掛かりだ。先程の男達は随分といきり立っていたように見える、ちびは大丈夫だろうか。

 そう思ってジュードは来た道を振り返る。だが、それは杞憂だったらしい。

 

「わう! わうわうっ!」


 辿ってきた道を、今まさにちびが駆けてきていたからだ。見たところ怪我もなさそうである。

 ジュードは文字通り安堵に表情を和らげると、少女から手を離してちびへと向き直った。両手を広げて程なく、ちびは嬉しそうにその中に飛び込んできた。――と言っても、今やちびの方が大きい為にジュードが逆に抱き込まれているような状態なのだが。

 軽くよろめきながらジュードはしっかりとちびを抱き留め、両手の平を使って労わるようにその巨体を撫で回した。


「お疲れ、ちび。ありがとな」

「わううぅ」

「そっか。偉いぞ、ちび」


 ――戦ってないよ、吼えたら逃げて行ったよ。

 ジュードの頭には、ちびの声がそうダイレクトに響いた。

 ジュードはちびが無闇に人を傷付けたりするような性格はしていないと理解しているが、ちびは問われる前にそう訴え掛けてきた。まるで、褒めて褒めてとでも言うように。

 少女はそんなジュードとちびの様子を驚いたように見つめ、そして一声掛けた。


「……驚いたぁ、そのウルフ……アナタの?」

「え? あ、ああ……うん」

「ふぅん……」


 少女はまじまじとちびを見つめたが、しかし特に何も言わなかった。怯えるような様子も見せない。

 そして、そんな彼女の視線はすぐにジュードへと向く。


「ね、助けてくれてアリガト。もうずっと追われてて困ってたんだぁ」

「そうなんだ、……何かあったの?」

「ん……、……そうだね、アナタになら良いかな、話しても」


 少女は風に揺らされる――やや明るい緋色の髪を片手で押さえながら、にこりと微笑む。

 ほんのり桜色をしたワンピースの丈は膝上で、頭には同じ色をした布地のヴェールを被っている。一見すると何処かの修道女のようだ。

 否、首から金色のロザリオを提げているところを見ると、本当に修道女なのかもしれない。

 光の加減によってピンク色にも見える髪は毛先に緩いウェーブが掛かり、肩に付かない程度の長さ。人懐こそうな琥珀色の猫目が印象的だ。


「アナタ、名前は?」

「え、……ジュード。こっちはちび」

「ジュード……ね」

「君は?」


 問われるまま返答を向けると、少女は何事か考え込むように片手を顎の辺りに添えて宙空を見つめる。しかし、すぐに彼女の視線は値踏みでもするかの如くジュードへと戻り、頭から足の先までを舐め回すように辿った。

 当然、ジュードが居心地の悪さを感じない筈がない。抱き留めていたちびの身を解放して彼女へ向き直ると、困ったような表情を滲ませる。こちらの問いには答える気がないのだろうか、そんなことを思いながら。


「アタシはローザって言うの。一つお願いしたいことがあるんだけど……聞いてもらえる?」

「うん、良いけど」

「さっきも言ったけどさ、アタシ悪い奴らに追い掛けられて困ってるの。アナタのところで匿ってくれない?」


 唐突なその願いに、やはりジュードは困った。

 メンフィスから借りている屋敷は広い。今更一人増えたところで住む場所には困らないが、あの屋敷はジュード達がガルディオンにいる間に使えるように、とあくまでも借りているものなのである。本来の家主の許可なく、勝手に他人を住まわせても良いものかどうか。

 リンファは自分達に協力し、力になってくれる存在だからとメンフィスも二つ返事で快く――寧ろ大歓迎してくれたのだが、悪い者に追われている、つまりは厄介な存在を果たして許可してくれるだろうか。ただでさえ、最近はメンフィス自身が色々な仕事に追われていると言うのに。


「……事情にもよるよ、オレの住んでるところ……人に借りてるとこだから」


 ジュードとて、困っていると言うのであれば力にはなりたい。目の前で困っている少女を放置していけるような性格はしていないのだから。

 すると少女は困ったように笑い、朝陽に照らされる街並みへと一度視線を移した。猫目をやんわりと細めて街の景色を見つめる彼女の横顔を眺めながら、ジュードは余計な言葉を掛けることなく、返答を待つ。


「……ね、ジュード。今のこの世界、アナタの目にはどう映る?」

「どうって……」

「アタシ、すごく怖いの。いつか、この世界が壊れてしまう気がして……」

「……!」


 彼女が洩らした呟きに、ジュードは思わず息を呑んで双眸を見開いた。

 頭の中に今朝方のあの夢が不意に甦ってくる。魔族が辺りを闊歩し、上空を飛び回る世界。阿鼻叫喚を極める、あの惨状。崩壊していく大地、喰われゆく――世界。

 ジュードの心音は、知らずの内に速くなっていく。


「……どうして、そう思うの?」

「だって」


 そこでジュードが気になったのは、なぜ彼女は――ローザはそう思うのか、だ。

 まさか、彼女も自分のように何かの夢などで予兆のようなものを感じ取っているのだろうか。そう思った。

 だが、ジュードが向けた問いに対し、ローザは小さく笑う。そして彼女の視線は真っ直ぐにジュードを射抜くように見つめた。

 朝陽に照らされる彼女の姿は、その衣服の色と胸元に鎮座するロザリオも相俟って非常に神々しく感じられる。何処か幻想的で、ここが現実ではないような錯覚さえ覚えるほど。

 一際強い風が、両者の間を吹き抜ける。

 そして彼女が紡いだ言葉に、ジュードは思わず双眸を見開いた。


「――だって、アタシは巫女だから」



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