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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第四章~忌まわしき呪い編~
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第五話・崩壊の夢


 ジュードは、重い自分の身を感じていた。

 内臓が不自然に浮くような不可解な感覚、これには覚えがある。

 薄らと目を開けると、そこには見たこともない――現実とは異なると思われる奇妙な空間。

 この空間には覚えがないが、近くに感じる何者かの気配には覚えがあった。


『……ジュード……』

「……また、この声……」


 それは、以前にも聞いたことのある声だ。

 誰のものかは分からないのに、懐かしいとさえ感じる不思議な声だった。


『ジュード、守れ。破邪の力を持つ、ヘイムダルの姫巫女(ひめみこ)を守れ』


 そして、それは以前にも言われた言葉。

 あの時はただの夢だと思い深く気に留めるようなことはしなかったが、この言葉は今回二回目となる。


「ヘイムダルの、姫巫女……」

『来るべき、絶望の闇を祓う巫女を守れ――』


 間近でその声が聞こえた刹那、不意に視界が開ける。

 次いだ瞬間、ジュードは空に浮かんでいた。当然、これは夢なのだと即座に理解出来る。

 声は近くから聞こえてくるものの、誰の姿も傍には見えない。

 見えるのは、目の前や眼下に広がる凄惨な光景だけであった。


「……!」


 空は朝焼けでも夕焼けでもない紫の色に染まり、更にその空を喰らおうと言うのか、真っ黒い空間が何処までも上空に広がっていた。まるで宇宙が侵食してきているような、そんな光景。

 眼下には荒れ果てた大地が見える。

 大地には亀裂が走り、巨大なクレーターが幾つも刻まれていた。遥か南の空は真っ赤に染まり、更には火山が噴火しているのか黒煙が立ち上っている。

 辺りを無数の魔族が我が物顔で闊歩しながら人々を次々に喰らい、空さえ漆黒の翼を持つ鳥型の――こちらも、やはり魔族が飛び交っていた。

 そして、ジュードは大地に見つける。覚えのある姿を。


「あれは……シヴァさん、イスキアさん……!?」


 それは、何度かジュードの前に現れては救いの手を差し伸べてくれた二人であった。シヴァとイスキアだけではない、その周囲には見覚えのない姿も二つほど見える。

 赤く長い髪を持つ女性と、茶の髪をした女性だ。シヴァ達も含め、完全に憔悴し切っているように見えた。

 そんな彼らの前には、黒く大きな翼を持つ一人の男性の姿。長い白銀の髪を持ち、側頭部からは角が生えている。病的なまでに白い肌と外見から察するに、恐らくは魔族だろう。

 男は目を細めて笑うと、手に持つ漆黒の剣を唐突にシヴァへと突き立てた。


「――シヴァさん!」


 夢だと言うことは、当然ジュードとて理解している。しかし、声を上げずにはいられなかった。

 刃を突き刺されたシヴァからは声が洩れたのかどうかさえ距離がある為に分からなかったが、その身は氷となって砕け、そして弾けた。文字通り、まるで硝子でも砕けたかのように。

 その光景を目の当たりにしてジュードは思わず双眸を見開き、息を呑んだ。

 そしてその刃は、次にイスキアへと向く。真横に振られた漆黒の剣はイスキアの首を――いとも容易く刎ねた。

 血は、出なかった。

 代わりに、刎ねられた首と身体は空気に溶けるように消えていく。すると、次いだ瞬間に辺りにいた人間達が首の辺りを押さえて、悶え苦しみ始めた。地面に這い蹲り、苦しげに片手を伸ばす。まるで陸に上がった魚のように。

 だが、それで終わらない。魔族の振るう剣は次にイスキアの後ろにいた赤い髪の女性を問答無用に斬り裂いた。彼女の身はそれと同時に紅蓮の炎に包まれ、そして跡形もなく消滅する。

 最後に残った茶の髪を持つ女性も同じだ。魔族の持つ黒き刃は彼女の頭部を思い切り突き刺し、貫通した。その刹那、彼女の身は細かな砂と化し大地へと零れ落ちていく。

 その、次の瞬間。


「え、あ……!?」


 それまで在った大地に大小様々な亀裂が走り、文字通り崩壊した。

 苦しみ悶えていた人間達は崩壊していく大地の中へと引き込まれていく。まるで巨大な岩が割れるかの如く次々に地面が、大地が砕け始めた。

 そして、次に訪れたのは黒く淀んだ海水であった。辛うじて残っていた人間は押し寄せる海水に呑み込まれ、その身を溶かされていく。まるで何かの生き物の胃液のようだ。肉体を容赦なく溶かされていく苦痛に、人々は断末魔の叫びを上げて、そして絶命した。


「あ……あ、あ……」


 ジュードの耳は――否、頭は、至るところから聞こえてくる悲鳴に支配されていた。それは人間のものだけではない。魔物や動物のものさえ含まれている。


 苦しい! 苦しい!

 助けて! 誰か、助けて!


 次々に聞こえてくる声にジュードは両手で頭を押さえ、そして震えた。

 声だけではない、恐怖と苦痛などの感情が身体に入り込んでくるような、そんな感覚であったのだ。内側から侵食され破壊されてしまいそうな、言い知れぬ恐怖がジュードを支配していた。

 黒い空間が、落ちてくる。空を呑み込んで、崩壊した大地さえも喰らおうとするように。

 それと同時に、ジュードの中に響く苦痛と恐怖の声が一段と強く、そして広がった。


「うあ……あ……っ……!」


 黒い空間が、無限に広がっていく。

 この世の全てを、闇に染めようとするかの如く。


「――――うああああああッ!!」


 * * *


「……あ、あ……っ……!」


 ジュードは、弾かれたように身を起こした。

 服が身に貼り付いて気持ちが悪い。上がった呼吸を整える余裕さえないまま、上体を起こして宙空を呆然と眺める。頬を嫌な汗が伝った。酸素が足りないのか、軽い眩暈さえ感じる。

 全身に負った傷の痛みなど気にもならない。ジュードは双眸を見開いたままの状態で、暫し何をするでもなく留まっていた。荒い呼吸を繰り返しながら。

 夢と(うつつ)の区別が即座につかない、こちらが現実だと頭では理解しているのに、夢の中で味わった恐怖と絶望がいつまで経っても消えてくれない。

 ジュードは暫くの間、動けなかった。

 だが、程なくして傍らからそっと小さく、か細い声が聞こえてくるのに気付いて意識を引き戻す。


「……っ、……ちび……」

「きゅううぅん」


 それは、ちびだった。

 寝台に顎を乗せて、心配そうにジュードを見つめている。倒れて寝込んだ彼の傍に、いつものようにずっと寄り添っていたのだろう。

 ジュードはそんな相棒に静かに片手を伸べて、ふわふわの頭を撫で付けた。


「……ちび、ずっと一緒にいてくれたのか……」

「わうぅ」


 すると、ちびは甘えるように寝台に前脚を乗せて尾を左右に揺らし始める。なんとも嬉しそうだ。

 ジュードはそんなちびの頭を手の平で撫でながら、普段と変わらない相棒の姿と様子に徐々に平静を取り戻していく。それと同時に肩や腕、足に刻まれた傷が疼き始めた。


「っつつ……そっか、オレ……」


 そこで漸く思い出す。自分は確かサラマンダーと名乗った精霊と戦っていた筈だと。

 頭に残っている最後の記憶を探ると、出てくるのはカミラのことであった。確か彼女が殴られて――それで、どうなったのか。ジュードの記憶はそこで途切れてしまっている。

 額の辺りに片手を添えて暫し唸るが、やはり思い出せない。あの後にどうなったのか。


「……ちび、カミラさんは?」

「わうっ」

「そう……良かった。じゃあ……オレ、カミラさんに迷惑掛けたんだなあ……」


 ジュードの頭には、依然としてちびの吠える声が言葉としてダイレクトに伝わってくる。

 ――大丈夫、元気だよ。

 と、今回はそう伝わってきた。

 取り敢えずカミラは無事らしい。それだけでジュードは肩から力が抜けていくのを感じた。謝罪と礼を告げに行きたいが、窓から見える外の様子からそれは憚られる。

 まだ朝も早い時間だろう、空は微かに灰暗(ほのくら)い。このくらいの時刻ならばまだ仲間も皆、眠っている筈だ。


「……二度寝って気分でもないしな……ちび、散歩行くか?」

「わうぅっ! わうわう!」


 そもそも、悪夢を見て飛び起きたのだ。このまま寝直す気にはどうしてもなれなかった。

 ジュードは静かに寝台を降りると、取り敢えずと布団を整える。が、そこで気付いた。枕元で上下する白い物体に。


「……ライオット?」


 それは、見間違える筈もない。このもっちりとした丸い身はライオットだ。

 呼び掛けてみても返答はない、眠っているものだと思われる。近くには、ジュードが飛び起きた際に額から落ちたと思われる湿ったタオルが落ちていた。

 それを拾い上げて、寝台脇の棚にある洗面器に浸すと、ジュードはそっと眦を和らげる。ちびにタオルが絞れる筈がない。恐らくはライオットが看病してくれていたのだろうと結論を出したのだ。尤も、ライオットにもタオルを絞れるかどうかは甚だ疑問なのだが。


「……ありがとな」


 看病で疲れているのだろうと、ジュードはそう導き出すとライオットを起こさぬようにと静かに自室を後にした。

 目覚めた時と比べれば随分と気持ちも落ち着きはしたが、まだ完全とは言えない。廊下の窓から見える外の景色もあの夢とは異なり平和なものだ、穏やかな街並みと言える。

 空とて、まだ朝も早い時間の為に色は薄いが晴れている。今日も快晴になるだろう。大地だって、当たり前のように足元に存在していた。


「ただの夢だって、そう思えれば楽なんだけどな……」


 廊下を通り過ぎ、階段を降りるとジュードは玄関戸を開けて外へと足を踏み出した。その傍らには当然のようにちびが続く。

 まだ朝も早い時間だ、人の往来が激しい場所に行かなければ少しくらいちびを散歩させても大丈夫だろう。そう思いながらジュードは軽く辺りを見回す。出来るだけ人のいない場所を求めて。


『破邪の力を持つ、ヘイムダルの姫巫女を守れ』


 その言葉は、以前にも言われたことがある。今回と同じく夢の中ではあったが。

 ヘイムダルと言うのは実在するかどうかも分からない聖地だ、嘗て勇者と共に戦った姫巫女が生まれ落ちた場所と言われている。実在するのであれば行ってみたいとは思う。しかし、本当に存在するのか、あったとしても何処にあるのか、何も分からないのでは探しようがない。


『来るべき、絶望の闇を祓う巫女を守れ』


 今回の夢では、確かそうとも言っていた。ただの夢と片付けられれば気が楽なのだが、どうにも胸に引っ掛かる。

 姫巫女ならば、来るべき絶望を防ぐことが出来る。つまり、そう言うことなのだろうか。

 しかし、どう考えても途方もない話だ。そう思ってジュードは歩きながら小さく溜息を洩らした。


「……ん、なんだ?」


 だが、ふと曲がり角に差し掛かった時。

 けたたましい足音がジュードの耳に届いた。ちびも耳を(そばだ)てて様子を窺っている。


「――あだッ!」


 なんだろう、とジュードが一歩足を踏み出した矢先、不意に真横から何かが思い切りぶつかってきたのだ。曲がり角でお互いに相手の姿が見えなかったものと思われる。

 ジュードは目の前に星が散るような錯覚を覚え、突然のことに反応も遅れて思わずよろめいた。ちびが軽く吠えて、慌ててジュードの真横に回ることで倒れそうになった彼の身を支える。


「っつつ……ッ、ありがと、ちび……」


 特に強く衝突しただろう額の右側辺りを押さえて苦悶を洩らしながら、ジュードはなんとか立ち上がると、自分とぶつかったと思われる何者かに視線を向ける。

 すると、そこには派手に尻餅をついた――どころか、ひっくり返っている少女がいた。スカートなど捲り上がっており、淡いピンク色の下着が丸見えだ。

 それを視認するなりジュードは思わず双眸を見開いて、表情を引き攣らせる。衝突した頭部の痛みなど一瞬で飛んでしまったように、慌てて少女の傍らへと駆け寄った。


「うわっ……! あ、あの、大丈夫!?」

「いったたたぁ……もう、なんなのよぉ……」

「ご、ごめん……前、よく見てなくて……」


 取り敢えず、意識はあるらしい。

 ジュードは小さく安堵を洩らして少女を抱き起こそうとするが、続いて穏やかではいられない怒声が響いてきた。


「いたぞ、あの女! こっちだ!」

「やだっ、もう追い付いて来たの!?」


 何事かとジュードが目を向けると、細い道を通って数人の男達がこちらに駆けて来るのが見えた。見たところ普通に――否、普通以上にいきり立っている。

 ジュードはそこで、嫌な予感を覚えた。

 少女は慌てて身を起こすと、駆けて来る男達をなんとも言えない表情で見つめるジュードの片腕にしっかりと抱き着き、そして声を上げる。


「お願い、助けて! あの人達に追われてるの!」


 ――やっぱり。

 口にこそ出さないが、ジュードは思わず苦笑いを滲ませた。

 吸血鬼と戦った後ほどの重傷ではないが、今の彼の身体は本調子とは言い難い。しかし、そこはやはりジュードなのである。

 女の子が男達に追い掛けられているのを、見過ごせる筈がなかった。



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