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第十話・火の国の騎士


 対峙する紅い獣は明らかに普通のウルフとはパワーもスピードも異なり、いずれに於いても風の国の魔物と比べれば異質だった。


 とはいえ、相手は獣である。毛色やその能力値こそジュードが見知るウルフとは異なるが、体毛で覆われた皮膚はウルフとほとんど変わらない。

 ジュード自身あまり好まないことではあるが、愛用の武器で攻撃すればダメージは問題なく与えられる。倒した一匹を横目に見遣り、込み上げる罪悪感にそっと内心で蓋をした。

 今はあれこれと考えるだけの余裕はないのだ。


「(火の国の魔物ってこんなに強いのかよ……! 一匹倒すだけでも時間がかかる、こんなのに毎回襲撃されたら王都に着く前に倒れちまうぞ!)」


 強い、そして凶悪。そう聞いてはいたが、その強さはジュードの予想の上を行っていた。戦えないことはないが、彼が思うように王都に着くまでに何度も襲撃されれば流石にマズい。

 随分と弱ってきた魔物二匹を眺めながらジュードは固唾を呑む。集中を解く訳にはいかない、気を抜いたらやられてしまう可能性もある。


 だが、流石は火の国と呼ばれる地方に生息する魔物といえる。水や氷には弱いらしい。ジュードが愛用する短剣に付与してある氷の力のお陰で結構なダメージを与えられているようであった。

 男の方は大丈夫だろうかとジュードは視線のみを動かして様子を窺うが、守らなければならない兵士たちが撤退したこともあってか、問題なく立ち回っている。

 しかし、ジュードがそっと安堵を洩らすのと、近くの獣が飛びかかって来るのはほぼ同時だった。


「――!!」


 ジュードの意識がほんの僅かにでも逸れたのを、獣は見逃さなかった。弱ってきたとはいえ、そこはやはり火の国に生息する魔物――息絶えるまで弱気になることはないらしい。

 二匹は同時にジュードに飛びかかり、それを見た彼は小さく舌を打つと身を低くして後方へ跳ぶ。一旦距離を取り、一匹ずつ相手にしようと言うのだ。


 しかし、魔物が思惑通りに動いてくれるはずもない。素早い動きで一匹が着地するなり身を翻し、再び大口を開けて飛びかかってきた。――が、次いだ瞬間、その獣の後頭部にやや大きめの石が直撃したのをジュードは見逃さない。


 一体なんだと瞠目したものの、その正体はすぐに知れる。木の陰に隠れていたカミラだ。彼女がなんとかジュードの役に立とうと魔物の頭に石を投げつけたのである。

 下手をすれば魔物の注意はカミラに向く、ジュードは彼女のその行動と勇気に内心で感謝しつつ怯んだ魔物の腹部へ思い切り短剣の刃を叩き付けた。


『痛い、こわい、タスケテ……』

「く……ッ!」


 それ(・・)は、やはり火の国の魔物が相手でもやはり変わらない。魔物の声は相変わらずジュードの頭にダイレクトに響き渡った。

 そして残りのもう一匹は、ジュードが気を抜いた隙を見逃さない――躊躇うような間もなく、前足で彼の右腕を切り裂いたのだ。獣の前足にはまるで刃物のような爪が生えている。まさに凶器だ。


「――きゃあああぁッ!!」


 それを見てカミラは蒼褪めながら悲鳴を上げた。ジュードは肉が裂ける激痛に奥歯を噛み締めて耐えながら、片足を踏ん張ることで体勢を立て直すと、更に繰り出された前足による攻撃を真横に跳ぶことで回避する。

 血の匂いを嗅いで興奮したのか、獣は息を荒くしながら即座に次の攻撃へと移るべく身を翻す。


 ジュードの右腕の傷は思いのほか深い、命に関わるほどではないが早く止血するに越したことはないだろう。

 だが利き腕をやられてしまった以上、この獣をどうするか。短剣の魔法に頼るにしても、敵は素早い。使ったところで直撃するとは思えなかった。

 しかし、その刹那。


「ギャウウゥッ!!」

「……!」


 四つ足を大地に張り、口の端からよだれを垂らしていた獣は真横から飛んできた眩い雷光に貫かれた。それと同時に獣の身は大きく吹き飛ばされ、辺りに轟く悲痛な声を上げる。

 そのまま奥にあった木の幹に激突し、大きく身を痙攣させたあと――動かなくなった。

 光が飛んできた方を見ると、先程の男が剣の切っ先を向けていた。今の攻撃は恐らく彼によるものだろう、雷属性の初級攻撃魔法だ。


「ふぅ……大丈夫か、坊主」

「あ、ああ……ありがとう、助かったよ」

「バーカ、そりゃお互い様だ。お前さんのお陰で俺も仲間も助かった、ありがとよ」


 軽口でも叩くようにそう言うと、男は頭を覆っていたフルフェイスの兜を取り払った。すると、兜の下からは銀色の美しい髪が覗く。長さは肩ほどまで、男性にしては長い部類だ。

 鼻筋は通り、切れ長の双眸は深い紫。年頃は二十代前半か半ばほどといったところ。ウィルも美形だとは思うのだが、この男もだ。女性が放っておかないだろう、確実に美青年と言える。


「俺はクリフだ、クリフ・ベルレンテ。……傷、結構深そうだな、さっさと手当てしちまおうぜ」

「あ、ありがとう……あ、オレはジュード、ジュード・アルフィア。ミストラルから来たんだけど、エンプレスの魔物がこんなに強いなんて思わなかったよ」

「アルフィア? なんだお前、グラム・アルフィアの所縁(ゆかり)のモンか?」

「ああ……うん、火の国に呼ばれて王都に向かう途中なんだ」

「なんだ、なら万が一があったら俺たちのクビが飛んでたってワケだ」


 クリフと名乗った男は小さく笑い声を洩らし、片手で自分の首を刎ねるように動かす。おどけた様子ではあるが、実際にそうなっていれば笑い話では済まない。だからこそ、すぐにクリフは安堵したように一息洩らした。


「女王陛下が呼んだんだろう? なら、無事に陛下の元へ着いてもらわないとな」

「ここからなら、やっぱり距離はあるかな?」

「いや、馬車で連れて行ってやるよ。部下にも休息と治療が必要だからな」


 そう言ってクリフは親指で自分の後ろを指し示す。奥に馬車がある、ということだろう。

 何にしても火の国の魔物の強さはジュードの予想以上である。無用の戦いを避けて王都に向かえるのなら、これほど嬉しい話もない。ジュードは安堵を洩らすと傍らのカミラへ視線を移した。


「カミラさん、さっきはありがとう。助かったよ」

「う、ううん、それより怪我は大丈夫なんですか……?」


 先ほど、カミラが援護をしてくれなければ危なかっただろう。片腕こそ傷を負ったが、大事に至らなかったのは彼女のお陰だ。

 カミラはやや蒼褪めながらふらりふらりと、どことなく危なっかしい足取りでジュードの傍らに歩み寄ると、その傷の具合を窺った。すると、そこには決して浅からぬ痛々しい傷が刻まれている。当然ながら血はまだ固まっておらず、脈を打つのに合わせてジュードの衣服を血で染めていく。

 急ごうぜ、とクリフはそんな二人を見遣ってから踵を返して関所の奥へと足を向けた。


「ま、待って待って、ちょっと動かないでください」

「ど、どうしたの?」

「わ、わたし、こんなことくらいしか役に立てそうにないけど、なにもしないよりは……」


 ジュードは一度こそクリフの後ろに続こうとしたのだが、それはカミラによって止められた。よほど心配なのだろう、彼女は依然として蒼褪めたままジュードの右腕に優しく触れると、逆手をかざす。その様子を見てジュードは軽く双眸を見開いた――嫌な予感がしたのだ。


「カ、ミラさ……ちょ、待っ――!」


 次の瞬間、カミラの手からは淡い白の光が溢れ出した。それは紛れもない、傷を癒す治癒魔法である。

 本来ならばなにより有り難い助けになるだろう、だがジュードにとっては――害にしかならないのだ。


「……!? ジュード!?」


 白の光はジュードの腕に刻まれた傷を包むことなく、飛散していく。そして彼の身は支えを失ったように崩れ落ちた。



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