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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第四章~忌まわしき呪い編~
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第三話・蒼き竜の片鱗


 平原に、刃物と刃物がぶつかり合う音が響き渡る。

 サラマンダーと名乗った男は、片手に携える刀を容赦なくジュードへと叩き込んでいく。その切れ味は驚く程に鋭い、既に何度か身を掠めたジュードは腕や肩、足など至るところに切り傷を作っていた。致命傷こそ受けてはいないが、痛みで動きが鈍ることはある。

 スピード重視で戦うジュードにとって、腕や足の負傷は何よりも痛い。幾ら動体視力が良くても、身体が追い付かなければ何の役にも立たないのだ。


「オラオラァッ! どうしたよ、マスターさんよォ!」


 それでも、サラマンダーは遠慮も手加減もしない。休む間もなく、ほぼ力任せに刀を振るってくる。

 だが、当然ジュードがやられているだけ、と言う筈もない。

 片手に剣、逆手に短剣を携えて繰り出される刀を弾いていた。しかし、ジュードは二刀流であるにも拘らず、その全てを防ぐことが困難なのは当然サラマンダーの実力が上だと言うことだ。

 更に時折腕に負った傷が痛むこともあり、完全な防御にはならないでいた。

 ジュードとは異なりサラマンダーは身体に傷を作ろうと、全く物ともしていない。それどころか、傷を負わせたかと思いきや瞬く間に癒えている気さえした。

 正確に言うのであれば傷になった箇所は炎に包まれ、まるで回復魔法の如く刻まれた傷を消していくのだ。これではいつまで経ってもジュードに勝機など巡ってこない。


「(もっと、もっと深い一撃を与えられれば……!)」


 どのような原理なのか、当然ジュードには理解出来ない。しかし、今のままでは勝ち目などないことは簡単に分かった。

 サラマンダーは両手で刀を持ち直し、更に強力な攻撃を次々に叩き込んでくる。ジュードは両手に持つそれぞれの武器でなんとかそれらを防ぐが、彼の攻撃は確かにジュードの身に打撃を与えていた。

 直接的な傷にはならずとも、圧倒的な力の差がある。思い切り叩き込まれる攻撃を受け止める度、ジュードは武器を持つ手に強い痺れと鈍痛を感じていた。それは手や手首に留まらず、腕にまで広がる。

 片足を後方に踏ん張り、なんとか身を支えるが受け止めるだけで精一杯だ。


「オラッ! 甘い!」

「――ぐ、う……ッ!」


 奥歯を噛み締めて堪えるジュードに対し、サラマンダーは余裕だ。双眸を細め一度大きく両腕を引くと、渾身の力を込めて真一文字に斬撃を叩き込んだ。

 すると刀には紅蓮の炎が纏わり付き、斬撃と共にジュードの身に襲い掛かる。その手に持つ水の剣――アクアブランドに付与された水の魔力が炎を即座に掻き消してはくれたが、斬撃ばかりはそうもいかない。

 両手を前に突き出して剣と短剣で受け止めはしたが、ジュードの身はその衝撃に耐え切れずに後方へと吹き飛んだ。巨大な魔物の突進でも喰らったような、そんな衝撃である。

 既に限界を迎えていたジュードの両手からはそれぞれ武器が落ち、力さえ満足に入らなくなっていた。

 吹き飛ばされた身は受身を取ることも出来ず、地面へと思い切り背中を打ち付ける。衣服越しに背中が大地と擦れて、焼けるような熱を持った。

 ジュードは表情を苦悶に歪ませて起き上がろうとはするが、全身が悲鳴を上げる。身を動かす度に様々な箇所に刻まれた刀傷が痛みを訴え、鮮血を溢れさせた。震える利き手を支えになんとか身を起こしはするものの、立ち上がる力も――武器を持つ力も、既に残っていない。

 痛みに表情を歪ませて浅い呼吸を繰り返すジュードを見据え、サラマンダーはゆっくりと歩み寄る。こちらはジュードとは真逆で、ほとんど息さえ乱していなかった。


「呆気ないモンだな、所詮人間なんざこの程度か」


 サラマンダーはジュードの前まで足を進めると、片膝を付いて彼の真正面に屈んだ。

 そうして軽く眉を寄せながら、改めて口を開く。


「まァ、マスターってのは精霊の力がなけりゃ、何も出来ねえ弱者だからな」

「…………」

「精霊の協力がなけりゃ、その精霊にさえ有効な打撃を与えられねぇ。弱ッちいモンだぜ」


 吐き捨てるように紡がれていく言葉に、ジュードは自然と視線を下げて顔を俯かせる。

 彼の脳裏には、先の前線基地での戦闘が思い起こされていた。否、正しくは前線基地でイヴリースが口にした言葉が、である。


『シヴァの力さえなければ、貴様など……!』


 あの時も魔族と戦えたのは、追い払えたのは、確実にシヴァの協力があったからだ。

 それを思うと、サラマンダーの言うことは正しい。精霊の協力がなければ、ジュードは何も出来ないのだ。

 人間や普通の魔物が相手であれば戦えはしても、魔族や精霊となると全く歯が立たない。それは水の国で吸血鬼と対峙した時にも痛感したことである。

 ジュードは俯いたまま、悔しそうに奥歯を噛み締めた。震える手で拳を握り締め、固く目を伏せる。こうでもしないと悔しさに涙が零れてきそうだと、そう思ったのだ。


「――うぐッ! な、んだ!?」


 しかし、その刹那。

 不意にサラマンダーがくぐもったような声を洩らしたのである。何事かとジュードが慌てて顔を上げると、目の前のサラマンダーは後頭部を押さえて辺りを見回していた。何かが当たったと思われる、その目はやや涙目だ。

 そして、程なくしてジュードは彼の斜め後ろに一つの姿を捉えた。


「ジュードをいじめないで!」

「……! カミラさん!」


 そこには、両手にやや大きめの石を持つカミラが立っていた。息を切らせていることから、恐らくずっと走ってきたのだろう。ジュードを追って。

 ジュードが声を上げると、カミラは慌てたように駆け寄ってくる。だが、攻撃することは忘れない。

 走りながら、それでも両手に持った石を投げ付ける。無論、サラマンダー目掛けて。

 しかし、出所さえ分かれば直撃する筈もない。サラマンダーは近めの距離で投げられる石を容易に――頭を軽く動かす程度で避けながら、不愉快そうに表情を顰めた。


「ジュードに、ジュードに酷いことしたら、許さないんだから!」

「……ほう?」

「ジュードは弱くないもん! 誰かを傷付ける力だけが強さじゃないもん!」

「うるっせぇな……!」


 カミラは手に持っていた石が全てなくなってしまうと、それでも怯むことなくサラマンダーの真横に駆け寄る。そして両手を振り上げて殴り付け始めたのだ。

 女性とは言えど、カミラは剣を扱う。腕力はそれなりに高い。当然ある程度の痛みはある。そして、それがサラマンダーの神経を逆撫でしない筈がない。


「ジュードは優しい人だもん! みんなに好かれるのがジュードの強みだもん!」

「はッ、それが一体何になるってんだ? 結局は一人じゃ何も出来ねえってことじゃねーか!」

「人望のある人は、それだけで強いもん! ジュードは、あなたとは違う!」

「あーあー、うるっせえ! この(アマ)!」


 カミラは今にも泣き出してしまいそうだ。

 それでもサラマンダーを殴り付ける手だけは、決して止めない。サラマンダー自身も彼女の攻撃を敢えて避けることはしないまま、ただただ憤りを募らせていく。ジュードはカミラを止めるべく声を上げようとしたのだが、それは間に合わなかった。

 初見時に思った通り、サラマンダーは怒りの沸点が随分と低いらしい。矢継ぎ早に返るカミラの言葉に、怒声を張り上げた。

 そして右手の甲で、思い切り彼女を殴り付けたのだ。所謂、裏拳である。当然ジュードを圧倒するだけの力を持つ男の攻撃を、カミラが受けて大丈夫な筈がない。彼女の身は殴られた方へと、小さく短い悲鳴を洩らしていとも容易く飛んだ。

 カミラは平原に身を打ち付けるが、すぐに殴られた頬を片手で拭い再び起き上がる。微かに涙目ではあるものの、その瑠璃色の双眸には確かな怒りが宿っていて、怯えるような様子は微塵もない。


「っ……痛くないもん!」


 無論、それは嘘だと簡単に分かる。痛くない筈がないのだ。

 だが、カミラは決して気持ちでは負けていない。サラマンダーは依然として自分を睨み付けてくる彼女に、更に苛立ちを募らせる。


「へッ、根性だけはあるみたいじゃねーか……」


 刀を大地へ突き刺し、サラマンダーはその場から立ち上がる。

 ――否、立ち上がろうとした。しかし、それは止められたのだ。片腕を掴まれたことで。

 なんだと見てみても、他に人はいない。無論、その正体はジュードだ。

 先程まで確かにカミラを見つめていたその瞳は、今は窺えない。先のように顔を俯かせていることから、どのような表情をしているかさえ定かではなかった。

 だが、サラマンダーは確かに感じる。身が凍りつくような、不可解な感覚を。


「(なんだ……? この威圧感、一体どこから……)」


 まるで押し潰されるような、そんな威圧感をサラマンダーは感じていた。

 そして、その出所はすぐに知れる。


「――――!?」


 静かに顔を上げたジュードの顔は、恐ろしいまでに無表情であった。

 そして、その双眸は先程までと異なり――輝くような黄金色(おうごんいろ)に変わっていたのである。それはカミラ達が何度か目の当たりにしてきた、あの状態だ。

 サラマンダーはその様子に双眸を見開くと、無意識に息を呑む。


「(なんだ、地の眷属の類か……? いや、違う……地は黄のはず……金では、ない――!)」


 そこまで考えた時、ジュードが真っ直ぐにサラマンダーを睨み付け、静かに口を開いた。


「お前……カミラさんに手を上げたな!」


 ジュードがそう声を――否、吼えるように怒声を張り上げると、サラマンダーは更に押し潰されるような威圧感を感じる。まるで巨大な何かの咆哮を受けたかの如く、その身は確かに竦み上がっていた。

 それと共に、ジュードは固く握り締めた拳を容赦なく彼の顔面へと向ける。その拳が直撃する寸前、サラマンダーは一つの可能性に思い至った。


「(まさか……まさか、コイツ――!)」


 その刹那、サラマンダーは目の前に星が散るような錯覚を覚えた。当然、ジュードの拳が直撃した為である。

 先程吹き飛ばされた際のお返しとでも言わんばかりに、今度はサラマンダーが吹き飛ぶ番であった。先の様子からは考えられない突然の一撃に困惑しつつも、確信する。


「(間違いない、コイツ……蒼竜(ヴァリトラ)と――交信(アクセス)してやがる……!)」


 そのサラマンダーの心の声が、ジュードに届く事はなかった。



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