表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第三章~運命の子編~
114/414

第三十七話・重なる姿


 その日、カミラが屋敷に帰り着いたのはあと小一時間程度で日付も変わると言った遅い時刻。

 神殿に行った際、シスターや司祭には酷く驚かれた。当然その驚愕は彼女の髪のことだ。これまで臀部より下まであった長い髪が、バッサリと肩ほどの位置にまで短くなっていたのだから当然と言える。

 何か彼女に心境の変化があったのか、そう思った者もいただろう。女性にとって髪と言うのはデリケートな問題だからこそ、直に問うて来ることはなかったが。

 昼食を食べに屋敷に戻ることもなかったカミラは空腹だ。

 屋敷の玄関戸を静かに押し開き、そっと一つ溜息が洩れる。思った通り辺りには人の気配がない。仲間は既に就寝しているのだろう。

 リュートの魔法で後ろ髪を失って以来、仲間に心配を掛けているのは理解しているが、どんな顔をして彼らに逢えば良いのか――カミラは分からないでいる。

 だからこそ昼食どころか、夕食さえ食べに戻らなかったのだ。

 更に言うのであれば、今は余計なことを考えるよりは怪我人の治療に専念している方が気が楽であった。

 この時間なら、仲間と顔を合わせることはないだろう。

 ルルーナやリンファはともかく、ジュード達のような鍛冶屋は朝が特に早い。夜は早めに休み、朝早くから仕事を始めるのだ。

 カミラは静かに自室までの道を歩く。仲間の安息の時間を邪魔しない為、極力物音を立てぬように。


「(おなかすいた……でも、今日はいいや……)」


 厨房で作業をすれば、誰かを起こしてしまうかもしれない。仲間に変に気を遣わせることは彼女自身、出来れば避けたいと思っていた。

 初めて出来たと言っても過言ではない大切な友達。そんな存在に余計な心配は掛けたくなかった。

 しかし、自室に行き着いた時。

 不意に彼女の鼓膜を、一つの声が揺らした。


「カミラさん」

「……!」


 ドアノブに手を掛けて、今まさに扉を開こうとしていた時だった。

 今となってはすっかり聞き慣れた声。

 慌てて振り返ると、そこにはやはりジュードが立っていた。その表情には心配と言うよりは、何処か安堵が滲んでいる。


「ジュ……ジュード……まだ、起きてたんだ……どうしたの?」

「どうしたの、じゃないよ。今日はずっと戻ってこないから、探しに行こうかと思ってたんだ」

「あ……う、……ご、ごめんね」


 即座に返る返答に対し、カミラは軽く俯くと両手を胸の前で合わせ、指先同士を絡ませる。ごめんなさい、とでも言うようなバツの悪そうな様子。

 元々責めるような気もジュードにはなかったか、そんな彼女の様子を見て静かに頭を左右に揺らした。


「ああ、いや、うん。……何もなかったなら、別にいいんだ」

「あ、ありがとう……」

「……あの。今、ちょっとだけ時間……いいかな」


 ジュードは、カミラの姿が少し見えないだけで探しに出歩くような男である。仲間はウィルのことを過保護だと言うが、ジュードも大概だ。

 尤も、女性の身であるカミラのことを心配するのは男として当然のことなのだが。それが想い人であるのなら、尚更。

 思わぬ言葉にカミラは顔を上げると、何度か瞬いた後に慌てて部屋の扉を開けた。室内に足を踏み入れて、扉を片手で支えながらジュードを振り返る。


「ど、どうぞ」

「あ……う、うん」


 何かと古臭い考えを持つジュードにとって、女性の部屋に入る、と言う行為は聊か抵抗がある。それも、自分が想いを寄せる相手だ。嬉しい反面、やや困る。

 だが、今回は内容が内容だ。廊下で呑気に話せるような雰囲気でもなければ、話題でもない。

 暫しの葛藤の末、ジュードは幾分ぎこちなく頷くと彼女に招かれるまま室内へと足を踏み入れた。

 カミラの部屋の中には、あまり余計なものが存在しない。

 窓際にある寝台は元々屋敷にあったものだし、部屋の中央にある丸テーブルと椅子もそうだ。他にあるのは簡素な木の棚程度。元々衣服なども持ち込んでいない彼女のことだ、洋服を入れるような収容スペースも必要ないのだろう。

 物欲らしい物欲もなく、物よりは食い気だ。唯一購入したと言えば、寝台脇の小さな棚くらい。

 カミラは丸テーブルに歩み寄り、中央の燭台に明かりを灯す。すると、室内にはほんのりとした柔らかな光が広がった。煌々とした光ではなく、何処までも優しい蝋燭の炎による明かりだ。

 しかし、そこで現状に気付いたらしい。気付いたと言うよりは、今になってようやく把握したと言った方が適しているかもしれないが。

 一旦動きを止め、そして静かにジュードを肩越しに振り返る。彼は未だ部屋の出入り口付近で佇んだまま、カミラをジッと見つめていた。

 ジュードは不思議そうに軽く首を捻るが、程なくしてカミラは改めて彼に背を向けると両手で自分の顔を覆い「きゃ」だの「ひぃ」だの、か細い声を洩らす。

 密室に、男性と二人きり。

 男慣れしていないカミラにとっては、刺激が強いのだと思われる。

 ましてや、ジュードは現在進行形で彼女が惹かれている存在なのだから。

 そんなカミラの様子に気付くと、ジュードは眉尻を下げて苦笑いを滲ませた。


「あ……だ、大丈夫だよ、すぐ部屋に戻るから」

「う……うう、ごめんなさい、あの……違うの、嫌とかじゃなくて……」


 蝋燭の炎では室内が完全に明るくなる訳でもない。ほんのりとした明かりの中では分からないが、恐らくカミラの顔は赤いのだろうと、ジュードは思う。

 ただでさえ一日中、怪我人の治療を担当して疲れている彼女に余計な時間を取らせるのは気が引けた。ジュードは頭の中で言葉を選びながら、そんなカミラの背中に一声掛ける。


「……大丈夫かな、と思って。気持ち、とか」

「……え?」


 不意に掛かった言葉に、カミラは気恥ずかしさも――緊張さえ忘れて、顔を覆っていた手を下ろす。

 そして身体ごとジュードに向き直ると、数度瞬いた。だが、その意図を察そうと努力はしなくとも、容易に理解は出来る。

 髪のことだ。後ろ髪を失ったことで気持ちは大丈夫なのか。そう心配しているのだろう。

 そこまで考えはしたが、カミラが何か言うよりも先に改めてジュードが口を開く。視線はやや斜め下に降ろされていて、その表情には罪悪感が滲み出ていた。


「……ごめんね、カミラさん。オレがもっとちゃんとリュートを……叩きのめしていたら――」

「そ、そんな、ジュードの所為じゃないよ!」


 慌てて頭を左右に振る彼女に対して、ジュードはそっと視線のみをカミラへ戻す。メンフィスの言っていた通りである。カミラがジュードを怨んでいる筈がない、まさにその通りだ。

 それだけで罪悪感が綺麗に消えてくれるかと言えば、そうではないのだが。

 カミラは胸の前で固く両手を合わせ、程なくしてその手を静かに脇に下ろす。


「……わたしね、小さい頃……自分のこの髪が大嫌いだったの」

「え?」

「お前の髪の色は変だ、って……それでいつもいじめられてたの、他には誰もこんな色してる人がいなくて。だから、自分のこの髪の色が大嫌いで」


 ポツリポツリと零れ落ちるように呟かれていく言葉に、ジュードはポカンと口を開く。彼女がヴェリア大陸出身だとは理解しているが、その過去を聞いたことはあまりなかった。

 幼い頃に大切な王子と出逢って恋をした、聞いたことと言えばその程度だ。どのように過ごしていたかなどは、これまで聞いたことはない。

 愛情深く育てられてきたのだろうと思っていたからこそ、その告白は意外なものだった。当時を思い出しているのか、何処か寂しそうな表情を浮かべて視線を下げる彼女を見て、ジュードは軽く拳を握り締める。


「……オレは」

「……ジュード?」

「オレは好きだよ、カミラさんのその色」


 予想だにしない返答に驚いたのは、もちろんカミラの方だ。反応するのも忘れて、何処か呆然とした様子でジュードを見つめ返す。

 そんな彼女の姿を眺めながら、更にジュードは口を開いた。


「カミラさんはきっと、神さまにとても愛されてるんだよ」

「……え……」

「藍色は神さまに愛される色なんだって、父さんが言ってたんだ。だから父さんが作ってくれるオレの服はいつもこの色でさ――神さまの深い愛がお前を守ってくれるように、って」

「……!」


 確かに、ジュードがいつも着る服と言うのは、大体が藍に近い青だ。だが、今のカミラにはそれを一つ一つ思い出すだけの余裕がなかった。

 瑠璃色の双眸を見開き、瞬きさえ忘れてジュードを凝視する。


「神さまはみんなのことを平等に愛してくれる存在だけど、カミラさんのことは特に好きだから自分の好きなその色を与えたんじゃないかな」


 カミラには、何も言えなかった。言葉が出てこなかったのだ。

 そっと微笑んで言葉を連ねるジュードに、重なる影がある。当然それは幻覚なのだが。


『あいいろは、神さまに愛される色なんだって』

『神さまはみんなを愛してくれているけど、カミラのことは特に大好きだからその色にしたんだよ』


 記憶の中にあるあの王子が、カミラが過去に愛した幼い王子が重なる。

 同じような優しさ、同じような――言葉。


「(まさか……まさか、そんな筈は――――)」


 そこまで考えて、カミラは軽い眩暈を覚えた。

 あの幼い王子は死んだ筈だ、魔族に喰われるところを目撃した者は大勢いる。

 しかし、水の国の森で聞いた声は間違いなくあの王子のもの。今目の前にいるジュードとは異なる声でもあった。

 王子が命を落としたと言われている聖王都ヴェリア陥落から、十年は経過している。生きていれば十七歳ほどにはなっている筈だ。少年だったのだから未だに当時の声そのままで変声期を迎えていないのは、聊か違和感が残る。一体どういうことなのか、考えても当然答えなど出ない。

 それに、もしも目の前にいるジュードが彼であると言うのなら――――


「(この人が、ジュードがあの王子さまだと言うなら……どうしてわたしのこと、何も覚えてないの……?)」


 自分はその程度の存在だったのか。

 彼が王子であるとするなら、嫌でもそう思ってしまう。それに、本当に同一人物だと言う確証はない。ジュードの父であるグラムが、偶然同じことを教えただけと言う可能性の方が高いのだ。

 それに、万が一彼と王子が同一人物であっても苦しいだけだ。カミラは彼を愛してはいけないのだから。


「……カミラさん、横になった方がいいよ。顔色があまり良くないように見える。……ごめん、事情とか知らないのに好き勝手言って……」

「う、ううん! 違うの、今日はちょっと疲れちゃってるみたいで、ジュードの所為とかじゃないよ。……嬉しかった」

「……なら、いいんだけど。ほら、取り敢えず今日はもう横になって休んだ方が――って、時間取らせちゃってるのはオレなんだけどさ」


 ジュードは緩慢な足取りでカミラの元に歩み寄ると、そっと薄く苦笑いを滲ませる。彼女を呼び止めたのもジュードで、こうして部屋にお邪魔までしているのも当然彼だ。

 カミラは何度か小さく頷いてから、寝台へと足を向けた。柔らかなそこに潜り込むと、ジュードは幼子でも寝かし付けるように彼女の頭を緩く撫で付ける。


「ごめん、こんな時間まで」

「う、ううん。わたしの方こそ……心配掛けちゃって、ごめんね」


 掛け布団を掴むと、ジュードはそれを引っ張り上げてカミラの身に優しく掛ける。完全に病人扱いだ。

 カミラは掛けられた布団に両手を添えて、視線をジュードへと向ける。鼻頭までが掛け布団で隠れていて、なんとなく可愛い。ジュードはそんなことを思いながら、気にしないで、と言うように軽く頭を左右に振った。

 未だぎこちなさは残るが、何処か安心したように笑って目を閉じる彼女を見下ろし「おやすみ」と声を掛けると、早々に踵を返す。女性の部屋に長居するのは、やはり落ち着かないらしい。

 だが、ふと寝台脇の棚に置かれた金のカチューシャが彼の視界に映り込む。それは、水の王都シトゥルスでジュードがカミラに贈ったものだ。


『カミラのことは、お前に出来る精一杯のことをしてやると良い』


 メンフィスの言葉が、ジュードの脳裏に蘇る。

 自分に出来る、精一杯。


「(……うん)」


 ジュードは一度、肩越しに寝台を振り返る。

 余程疲れていたのか、部屋に男がいると言うのにカミラは既に夢の中だ。規則正しい寝息を立てて眠っている。

 そっと小さく安堵を洩らすと、棚に鎮座するカチューシャに手を伸ばした。それを手に取っても、カミラが目を覚ました様子はない。

 よし、と小さく意気込んでからジュードは再び足を進め、静かにカミラの部屋を後にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ