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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第三章~運命の子編~
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第三十六話・ちいさな王子


 翌朝、早めに目を覚ましたジュードはメンフィスに礼を向けて、屋敷を後にしようとしていた。

 玄関まで見送りに来てくれたメンフィスに向き直ると、ジュードは幾分照れたように眉尻を下げる。どうしたら良いのか、気持ちの整理も付かぬままだった昨夜に比べれば随分と落ち着いたらしい。深夜に訪れた時の、あの覇気のない様子は微塵も感じられない。

 これならもう心配はないだろうと、メンフィスは内心でそっと安堵を洩らして表情を和らげた。


「ありがとうございました、メンフィスさん」

「いや、少しでも力になれたのなら良かったよ」


 服はまだ一部分湿っているが、屋敷はすぐ隣だ。帰って早々に着替えれば問題はない。

 メンフィスは表情に笑みを滲ませながら、自分の目線よりも低い位置にあるジュードの頭に片手を伸べる。昨夜もしたようにやや乱雑に撫で付けながら双眸を笑みに細めてみせた。


「困った時はいつでも来なさい、お前はワシの可愛い弟子なのだからな」

「は……はい」


 直接言葉にされるのはどうにも慣れないらしい。

 ジュードは緩く眉尻を下げると、片手の人差し指で己の頬を掻く。どう応えれば良いのか分からない――反応に困るような、でも嬉しい。そんな様子。メンフィスの目から見れば大層可愛らしく映る。

 だからオジコンなどと言われるのかと、何処か冷静な頭の片隅で思いながらジュードは内心で苦笑いを滲ませた。

 しかし、幼少の頃にグラムに拾われて以来、ずっと彼の元で保護されてきたジュードにとっては年上の男性に懐く――そして安心感を覚えるのは必至と言える。

 そこで、ジュードはあることを思い出した。


「あ……そうだ、メンフィスさん。ひとつ聞いても良いですか?」

「うん? 構わんよ」

「ええと、テルメースさん……って言う女性を知りませんか?」


 オジコンで思い出したのである、水の国の国王の話を。

 これまでも立ち寄った街で何人かに聞いてみたことはあるのだが、手掛かりは全く得られなかった。誰に聞いても「知らない」と首を捻るばかり。

 そう簡単に手掛かりや足取りが見つかるとは思っていないが、これでは水の国の王に申し訳がない。彼女が何処にいるのかまでは分からずとも、その足取りだけでも掴めれば。そう思ったのだが、それさえ難しい。

 国王とあまり歳も変わらないと思われるメンフィスならばどうか。淡い期待を抱いての問い掛けだ。

 だが、メンフィスは双眸を丸くさせた後に緩く首を捻る。


「テルメース……? いや、聞いたことはないが……どうした?」

「あ、いえ……アクアリーに行った時に王様と話をする機会があって。その……王様が逢いたいと言っていた人なんです」


 どうやら、メンフィスも知らないらしい。旅の者について国を出て行ってしまったと国王は言っていたが、一体何処へ行ってしまったのか。

 国王はジュードのことを「彼女に似ている」とも言っていた。何かしら関係がある者なのかどうか、ジュードはそれも気になっている。ただの偶然である可能性の方が高いとは思うのだが。

 どうしても手掛かりが見つからなければ、彼女が住んでいた場所へ行ってみる方が良いかもしれない。

 そこまで考えた時、ふと目の前のメンフィスが口を開いた。


「ふむ、ワシも城で色々と聞いてみよう」

「え、いや、そこまでメンフィスさんの手を煩わせるのは……」

「ふふ、国交の為でもあるんだよ、ジュード」


 普段、国と国との関係などほとんど考えないジュードにとっては聊か意外な返答であった。

 不思議そうに目を丸くさせて瞬く彼の様子にやはり理解していないと判断して、メンフィスは一度苦笑いを滲ませる。


「国王陛下が探しているのだろう? 協力すれば今よりもエンプレスとアクアリーの関係は良くなっていく筈だ。国の為にも協力しようではないか、前線基地に多くの兵を連れ出したことであの国との関係は悪くなってしまったからのう」

「あ、あの、でも……王様はあまり人に知られたくないみたいで……」

「分かっておるよ、女性を探していると言うことは――つまり、そう言うことだろう。大々的に捜索はしない、あくまでもワシが独自に調べてみるだけだ、安心しなさい」


 その言葉に、ジュードは心底安心したように深い吐息を洩らして片手で胸を撫で下ろす。

 当時の国王の――あの、子供が親の目を盗んで悪さでもするような様子を思い出すと、安心せずにはいられなかった。余程周りには知られたくないことなのだろう。


「他言もしない、そう心配するな。ジュード」


 メンフィスはそう言って、改めてジュードの頭を撫で付けた。


 * * *


 カミラは屋敷の自室で目を覚ますと、静かに寝台から身を起こす。何も考えたくなくて、昨日は屋敷に戻ってきて早々に部屋に篭もってしまった。いつの間にか眠ってしまったのだろう。

 しかし、まだ眠い。何も考えたくない、ひたすらに眠ってしまいたい。そんな心境。

 ゆっくりと寝台を降り、部屋に備え付けてある壁掛けの鏡をぼんやりと見つめる。そこには昨日の朝までとは全く異なる自分の姿が映っていた。

 暗く沈んだ顔、毛先があちらこちらに跳ねたボサボサの頭。肩ほどの長さしかない、後ろ髪。

 緩慢な動作で片手を自らの後ろ髪に伸ばす。指で毛先を弄んでみても長さなど変わる筈もない。すっかり短くなってしまった髪が指先に触れた。

 次いで、その視線を近くの棚に向ける。そこには、水の国の王都シトゥルスでジュードが買ってくれた金のカチューシャが鎮座していた。

 似合う、と彼が言ってくれたものだ。


「(髪、短くなっちゃったもん。もう似合わないわ……)」


 実際ジュードが髪の長さなど気にする筈もないのだが、今の彼女の思考はあらゆることが悪い方へと向いてしまうらしい。

 普段カミラは自分の見た目をそう気にするタイプではない。露出が多いような服ばかりは気にするが、オシャレに関心があると言う訳ではないのだ。だから髪の長さとて気になるものではない。

 しかし、彼女にとってその髪には特別な想い出があった。大切な大切な想い出が。

 それは、今から約十年前まで遡る。


 森の中で、カミラは泣いていた。

 当時の彼女はまだ七歳。小さな手で目元を覆ってひっく、としゃくりあげる。身体の中の水分が全て流れ出てしまうのではないかと思うほど、泣いていた。

 そこへ、いつものように一人の少年がやって来る。少年は岩に座り込んで泣くカミラを見て、ちょろちょろと右に左に動きながら彼女の様子を窺った。


『カミラ、どうしたの? 何を泣いているの?』

『みんなが、わたしの髪の色がヘンだって言うの』

『どうして?』

『だれも、お前みたいな色してないって』


 えーん。

 そう言って、カミラはまた泣いた。一度は枯れたと思われた涙は、改めて彼女の目から溢れ出す。

 少年はそんな彼女を見て、ぽかんと口を半開きにして呆然と佇んでいた。

 しかし、程なくして少年の――カミラと同じく小さな手は、彼女の瑠璃色の頭に添えられる。ゆったりと撫で付けながら少年は口を開いた。


『そんなことないよ、綺麗だよ』

『だって』

『僕は好きだよ、カミラのその色』


 少年はカミラとは対照的に、朗らかに笑う。するとカミラは目元を押さえていた手をそっと下ろして、そんな少年を見つめた。目元が赤く腫れ上がって、なんとも痛々しい。

 本当? と言いたげな視線にも少年は笑ったまま。にこにこと笑いながら、カミラの隣に腰を落ち着かせる。


『父上が言ってたんだけどね』

『うん』

『あいいろは、特別な色なんだって』

『あいいろ?』


 まだ七歳の幼い子供には、藍色の意味がよく分からないらしい。恐らくは少年もあまり理解はしていないと思われる。

 だが、少年はカミラの瑠璃色の髪に片手を触れさせると、表情には笑みを浮かべたまま何度も頷いてみせた。


『カミラの髪の色だよ。あいいろは、神さまに愛される色なんだって』

『……神さまに?』

『うん。神さまはみんなを愛してくれているけど、カミラのことは特に大好きだからその色にしたんだよ。神さまに愛される色ってことは、きっと神さまはあいいろが好きなんだね』


 カミラは双眸を丸くさせ、何度か瞬きながら少年の顔をジッと見つめた。そして自分の横髪に触れ、ふわふわとした柔らかいその感触を楽しむ。

 少年は暫しそんな彼女の様子を見守っていたが、程なくして思い出したように声を上げた。


『――あ! でも、でもね!』

『う? うん?』

『カミラのことを一番好きなのは、神さまよりも僕だからね! 僕の方がカミラのこと、いっぱいいーっぱい大好きだもん!』


 その言葉にカミラは改めて目を丸くさせる、すっかり涙も忘れたらしい。

 次いだ瞬間、えっへん、と何処か胸を張る少年に満面の笑みを浮かべて飛びついた。


『わたしの髪、すき?』

『うん。髪だけじゃなくて、カミラのことが大好きだよ』

『じゃあ、わたし髪のばしてみようかな……』

『カミラがそうするなら、僕も。願掛けするんだ』


 自分の身に抱き着くカミラの頭を撫で付けながら、少年は逆手で自らの後ろ髪に触れる。サイド部分は短めに揃えられているが、襟足部分は多少長めだ。指先でそっと弄って、こちらを見上げてくるカミラを見下ろした。


『何をお願いするの?』

『一日も早く強くなって、カミラの騎士(ナイト)さまになれますようにって』

『あぶないことはしちゃダメだよ』

『大丈夫だよ』

『じゃあ、わたしはあなたがケガをしませんようにってお願いする』


 カミラがそう伝えると、少年はそれはそれは嬉しそうに笑った。



 忘れもしない、カミラの中に残る大切で暖かな記憶。

 その少年こそ、当時まだ幼かったカミラが愛した――ヴェリア王国の第二王子であった。

 無邪気で元気が良くて優しい、カミラと同い年の王子。独りぼっちでいたカミラの元へ、ふと現れては孤独を癒してくれた存在でもある。

 この第二王子は聖王都ヴェリア陥落の際、魔族に喰い殺されて命を落とした。目撃者も多数いることから、生きている可能性は皆無と言える。

 しかし、カミラは聞いてしまった。水の国の森で、聞き間違える筈もない――王子の声を。幻聴かと思いはしたが、会話が出来たのだ。

 王子は死んだものと思っていたカミラにとって、それは大変喜ばしい出来事だった。あれ以来その声は彼女の元に届いてこないが、それでも生存の可能性を強く信じられるようになったのである。


「あの人が、好きって言ってくれた髪……」


 自分の身なりにあまり拘らないカミラにしてみれば、髪など切れたところで深くは気にしない。しかし、大切な王子との想い出を破壊されたような、そんな心境に陥ってしまっていた。

 彼女にとって幼い頃の想い出と言うものは、ほとんどが王子と過ごした楽しいものばかり。それ以外の多くは辛く、悲しいものでしかない。昔を思い出せば、いつも泣いていた。

 王子はカミラが泣いていると何処からともなく現れ、ひょこひょこと駆け寄ってきて寄り添ってくれた。喜怒哀楽の『哀』しか知らなかった彼女に他の感情を教えてくれたのもまた、彼である。カミラにとっては何人(なんぴと)たりとも侵してはならない不可侵の存在。

 そこまで考えて、ふと涙腺が弛み始めるのをカミラは感じる。慌てて目元を拭い、緩やかに頭を左右に揺らした。

 後ろ髪は失ったが、あの少年には余計な怪我を負わせずに済んだのだ。それは心から良かったと彼女自身が強く認識している。泣いては、まるで少年を庇わなければ良かったと思っているような気がして嫌だったのだ。


「……神殿、行かなきゃ」


 怪我人には、こちらの事情など関係ない。

 それに、要はカミラの気持ちの問題なのだ。魔法によって負った傷も、既に治癒魔法により完治している。後ろ髪が短くなった以外は、これまでと全く変わりはない。

 しかし、それでも。気持ちの整理を付けるには、まだ少しの時間が必要であった。



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