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第九話・紅の獣


 翌朝、街を後にしたジュードとカミラは予定通り南へと向かっていた。

 本来ならば昨日のうちに渓谷近くまで進んでいたかったのだが、カミラが同行することになり急遽予定を変更して街で一泊したのだ。自分一人ならばよくとも、ジュードが女性に野宿などさせるはずがなかった。

 道なりに沿って歩いていくと、小さな山に差しかかる。その山を少し登った先に、渓谷の出入り口があるのだ。火の国エンプレスへ続く関所は、この渓谷を越えた先にある。


 ――風の国ミストラルは自然が豊かな国。この渓谷は景色も美しく、河の流れが穏やかで水も澄んでおり、大層綺麗なものだった。

 山々の景色も見事なもので、魔物が狂暴化する前は風の国の美しい景色の中でも名所だったと、ジュードは父グラムに聞いたことがある。


「カミラさん見てごらん、綺麗だよ」


 ジュードはできるだけカミラの歩調に合わせて進んでいく。山育ちのジュードならば山も渓谷もそんなに困る問題ではない。荒地とて彼には庭のようなものだ。


 ゆえに女性の足ではつらいだろうと、ジュードはカミラを気遣ってはいたのだが、淑やかに見える彼女は外見と異なり足取りは軽い。荒地もあまり苦にしていないように見えた。

 急な斜面でこそ手を貸したりはしたが、普通の道ならばジュードの助けも必要ないほどである。

 ジュードが声をかけると、カミラは視線を上げて感嘆を洩らした。


「わあぁ……!」


 木々に囲まれた小山の間。緩やかに流れる河と、そのせせらぎにカミラは思わず嬉しそうに声を洩らす。好奇心いっぱいの表情ではなく、心から慈しむような、感動したような表情であった。

 河辺に近づいて屈み込み、そうして幼い子供のように笑いながら、流れる河を見つめる様子をジュードは微笑ましく見守った。


 何度か遭遇した魔物との戦いも、そう大変な苦労を強いられたりはしなかった。戦闘になればカミラを目につかないような木陰に隠し、ジュードが戦い気絶させる。それの繰り返しだ。

 風の国ミストラル地方の魔物たちはジュードにとっては戦い慣れたもの、苦戦とは程遠い。


「(問題は、火の国に入ってからだよな……)」


 初めて訪れる場所ではないが、随分前に行ったことがある程度だ。その頃と比べて魔物がどれほど狂暴になったかは想像できるはずもない。

 魔物の狂暴化は約十年ほど前に起きたことではあるが、その十年の間に徐々に狂暴化は進み、現在も止まるところを知らない。特に激戦区と言われる火の国がどのような有り様であるのか、ジュードには皆目見当もつかなかった。


「(カミラさんのこと、ちゃんと守らないと)」


 彼女が傷つく姿は見たくなかった。言葉にこそ出さないが、内心で固く決意をして、ジュードは彼女の背中を見つめていた。


 * * *


「カミラさん、疲れてない?」

「は、はい、わたしなら大丈夫です」

「もう少しで出れるから、頑張って」


 ジュードの言葉にカミラははにかむように笑って頷く。

 河辺を後にしてから二人は対岸の小山を登り、足場の悪い道を進んで渓谷の出口へと向かっていた。山は低く小さなものとはいえ、登りよりも下りの方が足腰に負担がかかる。本当に大丈夫だろうかと心配になり、ジュードはカミラに手を差し出した。

 カミラは差し出された手に、また気恥ずかしそうに忙しなく視線を辺りに巡らせてから、程なくしてその手を取る。よほど男に慣れていないのだと容易に理解できる様子に、ジュードの表情は自然と和らいでいく。


 ああしたい、こうしたいといった欲はない。ただ彼女の傍にいて、見つめていたいとジュードは思った。

 ――怪しくないといえばウソで、どこから来たのか、なぜ火の国に行かなければならないのか、カミラの正体はまったく分からない。

 だが、ジュードは元々細かいことにはあまりこだわらない。本人が話す気になるまでは待とうかと思っている部分がある。

 彼自身もカミラに全てを話した訳ではない。ガルディオンに向かう目的も、家族のことや己の体質のことも。


 誰にも話せない事情や、話したくないようなことはあるだろう。ジュードの考えはそれである。ましてや二人はまだ出逢ったばかりでもあるのだから。

 しかし、その時。人の悲鳴が二人の耳に届いた。


「……! 悲鳴……!?」

「この先からです、ジュード!」

「うん、行こう!」


 悲鳴の出所は、渓谷の出入り口方面からだった。

 ジュードは繋いでいた手を離し、鞄を肩に担ぎ直してから駆け出す。カミラは慌ててその後ろに続いた。

 行き着いた先には関所が見える。

 その関所で、見張りと思われる兵士たちが魔物の群れに囲まれ、襲われていた。


「くっそ、大勢でゾロゾロと……失せろ、死にたいか!」


 兵士たちを取り囲む魔物は、風の国ミストラルに出没するウルフによく似た形をしていた。しかし、明らかに異なるのはその毛色。

 ミストラルに出没するウルフは黒の毛色だったが、今現在ジュードの目に映るウルフに似た魔物は血のように赤い毛色をしていた。血を浴びたのかと思ったが、そうでもないらしい。元々の色が赤なのだ。


 兵士の中には負傷した者が多いらしく、肩や腕を押さえ後退していく。完全に戦意を喪失しており、敗北は目に見えて明らかだ。

 当然、ジュードがそんな現場を目の当たりにして、見て見ぬフリができるはずもない。


「ジュード……!」

「ああ、助けないと! カミラさん、どっかその辺に隠れてて」

「えっ、でも……!」


 カミラは慌てたようにジュードの背に声を向けるが、呑気に話をしているだけの時間的猶予はなかった。

 ジュードは地を蹴り、魔物たちの元へと駆け出す。少しでも魔物の注意を引きつけなければ、と腹の底から声を出し兵士たちへ言葉を向けた。


「なにやってるんだ、逃げろ!」

「あぁ? 誰だ、あの坊主は……!?」

「ここはオレが引き受ける、ケガ人を連れてちゃ戦えないだろ!」


 ジュードの声に反応し、獣型の魔物たちはゆっくりと振り返る。そこにできた隙に剣を握っていた男は一瞬の逡巡こそ挟むものの、同胞の安否は気がかりらしい。当然である。

 だが、それでも撤退はせずに改めて魔物へと向き直った。


「そいつは有り難い申し出だが、ガキ一人に任せられるか! 二人でやった方が早く終わる、いいだろ!」

「そりゃ確かにそうだけど……わかったよ!」


 仲間が後退していった方に背中を向け、男は再度剣を構える。ここから先は通さんとばかりに。

 ジュードは腰裏から短剣を引き抜くと男を睨みつける魔物たちの背後を取る。彼と共に挟み撃ちにしようというのだ。

 カミラは言われた通り近くの木の陰に隠れながら、ジュードと男の二人を心配そうに見つめた。



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