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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第三章~運命の子編~
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第三十話・対話


 翌日、朝も早めに前線基地を発った一行は真っ直ぐに王都ガルディオンまで戻ってきていた。

 前線基地の守りは疎かに出来ない。クリフは基地に残り、メンフィスはジュード達に同行して王都にいる女王に応援を要請する為に戻ってきていた。

 城へと向かっていくメンフィスを見送り、ジュード達は彼に与えてもらった屋敷へと帰り着く。ほんの数日のことであったと言うのに、随分久方振りに戻ってきたような気さえする。


 連日に渡り基地は襲撃されたが、あれ以降は噂の赤黒い竜も姿を見せていない。

 昨日マナを助けに行っていた間も、基地は平穏であったようだ。そして、今日発つ時も特に魔物の襲撃はなかった。

 前線基地の周辺には魔物の巣窟があるのではないかと噂されていることもあり、流石に根絶やしに出来たなどとは思わないが、多少でもこちら側が押せているのではないか。兵士達にそう思わせることは容易であった。

 だが、楽観は出来ない。その為、ジュード達は再び屋敷で武具を造らなければならなかった。まだその数は足りているとは言えないのだから。

 ジュードやウィル、マナは屋敷の中にある作業場へと向かい、カミラとルルーナ、リンファは先日のように街へと繰り出す。

 ちなみに、ちびとライオットは当然の如くジュードの後ろに付いて行った。


「カミラちゃんは、神殿に行くの?」

「あ、はい。少し様子を見てこようかと思って……」

「そうですね、数日留守にしてしまいましたので、新しく怪我人が運ばれているかもしれません」


 王都ガルディオンに住むようになってから、カミラは毎日のように火の神殿へと足を運んでいた。

 それは運ばれてくる怪我人の為である。彼女は怪我を治療する魔法を得意としている為に、少しでも手当ての役に立てればと思ってのことだ。

 数日とは言え、カミラは何処となく心配そうである。


「そう、じゃあ……私達は夕飯までどこかで暇潰ししてるわ。屋敷に戻ってもやることないからね」

「うん。それじゃあ、行ってきます」


 そう言ってカミラはルルーナとリンファにそっと頭を下げると、神殿のある方へと駆け出していく。

 残されたルルーナは、本格的に暇を持て余して困ったように一つ吐息を洩らした。母の頼みでジュードと行動を共にするようにはなったが、彼の傍にいる以外に彼女にはやることがない。

 どうしたものかと双眸を細めて一度空を仰ぐが、すぐに己と同じように――恐らくは暇人だろうリンファを振り返る。


「で、アンタはどうするの?」

「…………鍛錬以外に、特にやることがありません」

「アンタまだそんなこと言ってるの? まあ、魔物との戦闘を思えば必要かもしれないけどねぇ……少しは女の子らしいことしなさいよ」


 返る返答にルルーナは呆れたように深い溜息を洩らす。

 闘技奴隷(とうぎどれい)として生きてきた過去、そしてオリヴィアの護衛であった彼女にとっては戦うことが全てと言える。

 しかし、もう奴隷としてもオリヴィアの護衛としても解放されたのだ。歳相応の女の子として生きても誰も文句は言わない。ルルーナが言いたいのは、それだ。

 

「……女の子らしい、こと……でも、私にはよく分かりません」


 ルルーナの言葉に、リンファは困ったように一度視線を下げる。彼女にとって何が男らしくて何が女らしいのか、全く理解出来ないのだ。

 これまでのリンファの人生にそのようなものは一切必要ではなかったし、求めることなど当然ながら許されなかった。

 ある程度は予測出来た言葉に、ルルーナはまた一つ溜息を零す。だが、すぐに顔を上げると一度乱雑に自らの髪を掻き乱してから強引にリンファの手を取った。


「いいわ。じゃあ、今日はこの私が女らしいことを教えてあげる」

「え……」

「ほら、さっさと行くわよ」


 リンファは、予想だにしない言葉に思わず顔を上げて双眸を丸くさせた。

 彼女にとって、ルルーナは憎むべき家の人間だ。最愛の兄を殺した女は、ルルーナの母なのだから。

 だからこそこれまで距離を取ってきたし、積極的に関わろうとはしなかった。しかし、そのルルーナ本人が、今日はリンファに「女らしさ」を教えると言う。

 それを理解して、彼女は思わず慌てた。どう接すれば良いのか全く分からなかったのだ。

 ルルーナはリンファの兄を殺した女――ネレイナの娘であり、地の国の最高貴族ノーリアン家の令嬢。

 彼女がコロッセオの闘技奴隷をどう思っているのか、兄の死に関わっているのか、分からないことは山ほどある。

 リンファ自身もまだ、彼女に対する気持ちの整理は付いていない。兄がノーリアン家に殺されたと言う過去はウィルにしか話していないし、彼女に話して良いものかどうかも判断が難しい。

 かと言って、ルルーナがそんなリンファの心情を悟れる筈もない。手を引いたまま、さっさと街中へと足を進めていった。


 そして、連れられて行った先は喫茶店であった。

 勝手知ったる様子で席に着き、ルルーナはリンファの目の前でメニュー表を広げている。

 かと思いきや、傍らに歩み寄ってきた店員に慣れた様子で注文を伝え始めた。リンファの意見を取り入れる気はないのか、全てのオーダーを彼女一人で済ませてしまうと、店員はにこやかに微笑んで軽く頭を下げる。そしてすぐに厨房へと引き返していった。

 周囲の客は若い女性ばかり。いずれも可愛らしい洋服を身に纏い、これでもかと言うほどに女性らしく――可愛く着飾っている。

 中には男性客も混ざっているが、そうなると共にいるのは女性だ。所謂『喫茶店デート』と言うものなのだろう。リンファにしてみればどうにも落ち着かない。それ以前にルルーナと二人きりと言うこと自体、落ち着かないのだが。

 何処かそわそわと落ち着きなく辺りに視線を巡らせるリンファを暫し眺め、ルルーナはテーブルに頬杖をつくと双眸を半眼に細めてみせた。


「なによ、私と二人っきりは嫌なの?」

「そ、れは……」

「いーわよ、別に。アンタに好かれてるとは思ってないし」


 確かに、二人きりで嬉しいとは言えない。だが、本人を目の前にして肯定出来るほどリンファは無神経でもなかった。両手を膝の上に置いて困ったように俯くその様子を眺め、ルルーナは姿勢を正すと椅子の背凭れに寄り掛かって片足を組んで見せる。ドレスのスリットから覗く足が、異様に艶めかしい。

 リンファにとって、その切り返しは意外なものであった。下げた視線を彼女に戻し、怪訝そうな表情を滲ませる。


「アンタは元闘技奴隷、私はグランヴェルの貴族。好かれる要素がどこにあるの? オリヴィアとも不仲だしね」

「……」


 至極当然のことのように言ってのけるルルーナに対し、リンファは暫し無言であった。――正直、何を言えば良いのか言葉が見つからなかったのである。


「……それで、なぜ私を連れ出したのですか」

「好かれてないから誘っちゃいけないなんて決まりがどこにあるのよ」


 確かに、それはそうだ。その物言いはなんともルルーナらしい。

 改めて言葉に詰まり、リンファは困ったように視線を下げる。


「まあ、アンタにしてみれば迷惑かもしれないけど、私って他人に気を遣うのって得意じゃないのよね」


 まるで悪びれるような様子もなく、ルルーナはあっさりと言ってのける。嫌味にも皮肉にも聞こえないのは、さも当然のことのように告げるその口調の所為だ。

 リンファは静かに彼女に視線を戻すと、やや暫くの沈黙の後にそっと口を開いた。


「…………あなたは」

「なに?」

「コロッセオに、闘技奴隷に……関わってはいないのですか?」

「はあ?」


 それはリンファがずっと気になっていたことではあるが、ルルーナにはなんとも唐突な問い掛けだ。何が言いたいのだろう、そう疑問を抱かせるには充分過ぎる。

 どういう意味なのかと紅の双眸で――相変わらず無表情なリンファを見つめるが、彼女はそれ以上口を開く様子はない。

 ルルーナは暫し思考してから、飾ることのないありのままの言葉を返答として向けた。


「どういう意味かは分からないけど……私はああいうの趣味じゃないのよ。小さい頃に連れられて行ったけど、具合悪くなってね。それからは行ってないわ、闘技奴隷にも興味ないし」

「……そう、ですか……」


 リンファは、過去の記憶を思い起こす。

 気が遠くなる程の長い間、あの忌まわしいコロッセオで戦ってきたが、確かにルルーナが観客席に姿を見せたことはない。


「(この人の性格を考えると、敢えて嘘を言ったり言い訳を述べるようなこともなさそうだし……)」


 ルルーナは、みっともない言い訳で自分を取り繕うような女性ではない。他人に良く見られようとして、わざわざ嘘を連ねることもしないだろう。

 「なによ」と言いたげな彼女の様子に、リンファは慌てて頭を左右に揺らす。ウィルにしか話していない自分の過去を話そうかとは思ったが――ちょうど注文の品が運ばれてきたこともあり、口を噤んだ。


「なんでもありません、……すみません」


 それでも、彼女が直接コロッセオにも闘技奴隷にも関わっていないことを聞いて、リンファはそっと小さく安堵を洩らした。


 * * *


「…………」


 一方で、屋敷の作業場には非常に重苦しい雰囲気――否、沈黙が落ちる。

 先程までは王都ガルディオンの鍛冶屋達とジュードがいたのだが、当のジュード本人が「疲れたから休憩してくるー」などと、完全に棒読み大根役者状態で出て行ってしまったのだ。ご丁寧にちびと鍛冶屋達も連れて。そのため、今現在この作業場にはウィルとマナの二人しかいない。

 そうなると、機嫌が急降下していくのはウィルだ。


「(あいつ、絶対にわざとだろ……! 俺がマナのことで悩んでるって知ってるクセに……っ! 後で殴ってやろうか……!)」


 ジュードは知らないのだ、マナの気持ちを。

 だからウィルに対して「告白してみたらどうか」などと無責任な言葉を口にする。分かっている、彼なりの気遣いなのだと。

 しかし、マナがジュードを想っていることを知っているからこそ、ウィルにはそんな選択肢は選べない。

 どうしよう。心の底からそう思った。沈黙が非常に痛い。


「…………ウィル」


 完成した剣の根元をチェックしながら、内心でウィルがジュードへの憤りを連ねていると、そこに不意に声が掛かった。今にも消え入りそうな、か細い声が。

 当然、今この場に他の人物はいない。間違える筈もなく、それはマナの声だ。

 心臓が飛び跳ねて口から出てしまいそうな程の驚愕を覚え、ウィルは半ば反射的にそちらを肩越しに振り返る。喉が引き攣って、手の平に嫌な汗が滲んだ。

 マナはマナで、耳まで赤くなりながら視線を斜め下に向けていた。


「あ、あのさぁ」

「う、うん」

「……い、……いつから、なのよ」


 なんとも気まずい。

 そう感じるウィルは、唐突に向けられた問いに思わず目を白黒させた。

 ――いつから自分のことを好きでいてくれたのか。マナが訊きたいのはそこだろう。主語がないが、それは容易に考え付く。

 マナがそう言う風に解釈してしまっているのだから、やはり今更なかったことには出来ない。誤解だなどと言って逃げることも出来そうになかった。


「え、ええと、いつから……だったかな、もう……随分前から、だよ」

「そ、そう」


 ウィル自身、本当に分からない。自分が一体いつからマナを好きだったのか。それを忘れてしまうほどの長い間、彼女を想ってきたつもりだ。

 それでも、マナがジュードを想っていることも知っていた。彼女がジュードと結ばれることで幸せになれるなら自分の恋など実らなくて良いと思ってもいた。

 ジュードは優しい男だ、彼ならばマナのことを大切にしてくれるだろうとも思ったから。だから、彼女にこの気持ちを知られる日が来るなどと思ってはいなかった。

 マナは小さく相槌を打ったかと思いきや、思考を止めるように緩やかに頭を横に振る。そして言葉を考えるように何度か間延びした声を洩らした。


「……ごめん、ウィル」

「あ、ああ、うん。大丈夫、分かってる」


 理解していたこととは言え、直接言われるのはやはりキツい。

 取り繕うように浮かべた笑顔が引き攣りそうになるのを堪えながら、ウィルは慌てたように頭を左右に揺らす。

 しかし、そんな彼にマナは怪訝そうな表情を滲ませた。


「……分かってるって、何をよ?」

「……は?」


 思わぬ追撃に、ウィルは一瞬頭の中が真っ白になった。予想から脱線した言葉であった為に、状況も彼女の言葉の意味も上手く理解出来なかったのである。

 告白に「ごめん」と言われれば、お断りの返事だと誰もが思うだろう。だが、どうにも多少異なるらしい。ウィルは困ったように、彼女の次の言葉を待った。

 すると、マナは手にしていた鉱石を作業台の上に置いて、一度身を大きく伸ばす。そして踵を返して窓辺に歩み寄った。


「……分かってたのよ、ちゃんと。ジュードのこと、諦めなきゃいけないって」

「え……あ、諦めるのか!? あいつのこと!」

「ウィルだって分かるでしょ。ジュードったら、カミラと一緒にいる時って本当に嬉しそうな顔するのよ」


 彼女が、ずっと想ってきたジュードを諦める。それはウィルにとっては衝撃的であった。

 マナを想う身にとっては、それは嬉しいことの筈なのだが――それでも、ウィルは彼女を応援したいとも思ってきた。それで良いのだろうかと、思わず口唇を噛み締めた。


「だからね、本当は分かってたのよ。あたしじゃダメなんだ、って」

「そんなことは……」

「そうなのよ。悔しいけど、ジュードにあんな顔をさせられるのはカミラなの」


 マナは開かれたままの窓に両手を預け、窓枠に顎を乗せてゆっくりとした口調で呟く。これまで抱えてきた気持ちや劣等感を口に出していくことで、胸の真ん中にあった痞えが自然と消えていくような錯覚を覚えた。

 諦めなければ。そう思っていながら結局それが出来なかったのは、その苦しい想いを認めてこなかったからかもしれない。


「諦めなきゃって思ってて、でもそれが出来なくて。そこをリュートに付け込まれちゃったんでしょうね」

「……マナ」

「まだ完全にとはいかないけどさ、でも――そろそろ新しい方向に目を向けなきゃとは思ってたの。好きな人の幸せを願って身を退くのも、愛情でしょ」


 その言葉に、ウィルは思わず目を丸くさせた。

 結局ウィルもマナも行き着いた考えは同じだったのだ。好きな人が幸せなら自分の恋が実らなくても良い、そんなところは似た者同士である。

 そこでマナは姿勢を正して振り返ると、改めてほんのりと軽く頬を朱に染めながら呟いた。


「でもさ、だからってすぐにウィルの手を取る訳にもいかないのよ。人の好意を利用してるみたいで、あたしが嫌――ううん、ウィルを逃げ場にしたくないんだわ、きっと」

「……うん」

「だから、えっと……気持ちの整理が付くまで、時間……くれる?」


 軽く俯きがちに顔を伏せ、自分の足元に視線を落とすマナは耳まで真っ赤だ。まさかそのような返答が返ってくるとは思わなかったウィルも、負けじと赤くなってはいるのだが。


「……ああ、幾らでも……考えるといいよ。今までずっと待ったんだから、全然苦じゃないさ」

「――――!!」


 その言葉に、マナは息を呑み静かに顔を上げる。好意を向けられることに慣れていないこともあってか、彼女の顔は赤いままだ。

 暫し互いに何か言葉を掛けようとはしたのだが、それは声になることもなく――やがてどちらとも気恥ずかしそうに俯いた。



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