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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第三章~運命の子編~
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第二十八話・友情


 ジュード達は悪徳商人達を捕らえて、近くにある小さな村へと足を運んでいた。そこは商人達が潜伏場所にしていた林からは比較的近い場所にあり、疲弊した少女達を連れて行くにはその村が最適だったのである。

 その村は、村と言うには集落に近い部分があり、家屋の数もそう多くはない。年季の入った木造の家屋が一定の距離を保ちひっそりと佇む光景は、何処か寂しさを感じさせる。

 村の中は荒れており、木は折れて倒壊した家屋もある。岩壁には野獣の爪痕らしき傷まで刻まれていた。

 子供や少女達を宿に預けて、ジュードは外へと出る。肩には相変わらずモチ()こと、ライオットが乗っている。荒れた村の中を見回して痛ましそうに表情を顰めた。彼の自宅近くにある麓の村も以前は魔物に襲われて荒れたことはあったが、ここまで酷くはなかったのだ。

 今現在、ジュードの目に映る光景は村と言うよりは廃墟に近い。残っている家屋も決して立派とは言えず、オーガなどの強烈な一撃を受ければ簡単に倒壊してしまいそうだ。


「ひどいな……」

「ジュード、どこ行くんだ?」


 宿の出入り口の扉が開くと、そこからはウィルが顔を出す。宿の前で集落を見回すジュードを見つけ、その背中に声を掛けてきた。

 その声に対し肩越しに振り返ると、ジュードはひらひらと軽く片手を揺らす。

 ウィルの表情には疲れが滲んでいるが、それと共に困惑も見え隠れする。その理由が分かっているからこそジュードも敢えて触れないのだが。


「ああ、ちょっと村の中を見て回ろうかと思って」


 返る言葉に、ウィルは宿の外に出ると先程のジュードのように軽く辺りを見回した。村に入った時から気付いていたことではあるが、確かに状況としては酷い。

 明日にはガルディオンから少女達を迎えるために騎士が派遣されてくる筈だが、この集落の惨状は聊か心配になる。ウィルは暫し考え込んだ末に、口を開いた。


「……ジュード、俺も行くよ」

「え、でも……休んでなくて良いのか? 少し休んだら前線基地に戻ろうと思ってるけど……」

「いいんだよ、何も言うな」


 ウィルはリュートとの対決で随分と疲弊しているように見える。あまり前線基地を空けておく訳にもいかない、その言葉通り少し休憩を挟んだらジュードはすぐにでも基地へ戻るつもりでいた。

 道中で魔物と遭遇する可能性は高いだろう、今は休んだ方が良いのではと思っての言葉だ。治癒魔法である程度は癒したと言っても、やはりカミラのようにはいかない。彼の身に刻まれた傷は完全に治りきってはいなかった。

 しかし、ウィルは考えるような間も置かずに即答を返す。それには流石のジュードも何も言えなかった。だが、代わりにライオットが口を開く。


「うに? マナとお話ししなくて良いに?」

「……」


 ライオットとしては純粋な疑問であったのだが、ウィルにとっては今は触れられたくない問題であったらしい。

 ウィルは軽く眉を寄せながら表情を顰めてジュードに歩み寄ると、言葉もなくピンポイントでライオットを殴り付けジュードの肩から叩き落した。

 潰れた蛙のような声を出して地面に激突するライオットに構うことなく、ジュードの手を引きウィルは早々に歩き出した。


「行くぞ、ジュード」

「ひ、ひどいに! 待つにー! なんでライオットは殴られたにー!?」


 それでも、ライオットはめげない。肩から殴り落とされようが柔らかいその身は全く堪えないのだ。短い手足を使ってすぐに起き上がり、慌てて二人の後を追い掛けた。


 一方で、宿の中は沈黙に包まれていた。

 囚われていた少女や子供達は別室でゆっくりと休んでいるが、マナ達に割り当てられた部屋の中は話し声が一つもない。

 ちなみに、クリフは宿の主人とロビーで話をしている為に部屋の中にはマナとルルーナ、そしてリンファの三人だけだ。

 マナは寝台の縁に腰掛けて、両手で顔面を押さえている。こんな時こそルルーナが何か言ってくれればと思うのだが、当のルルーナも言葉を掛けて良いのかどうか迷っているらしく、沈黙を守ったままだ。リンファはそんな二人を、やはり口を開くことなく見守っている。

 なぜこのような状態になっているのかと言うと、予想だにしないウィルの言葉が原因だった。

 ウィル自身、聞かれているなどと思っていなかっただろう発言。マナに対する彼の想いを偶然聞いてしまったことである。

 それからこの村に着くまでの間、ウィルとマナは始終無言であった。互いに言葉を交わすどころか、視線さえ合わせることはなかった。


「……どうしよう……」


 マナは、そんな彼の気持ちにこれまで全く気付いていなかった。初めてその事実を知って、今の彼女は非常に混乱している。そんなマナをルルーナはやはり呆れたような様子で眺め、そしてようやく口を開いた。


「つまり、アンタもジュードのことをあーだこーだ言えないニブちんだった、ってワケでしょ」

「うう……」


 ルルーナの言葉に、マナは何も言い返せなかった。いつからであるのかは分からないが、全く気付かなかったのだから当然である。

 穴があったら入りたい、そう思った。


「……あんた、知ってたの?」

「そりゃ……分かるでしょ、普通」

「嘘!? 気付きゃしないわよ!」

「だから鈍いってんでしょ」


 はあ、とルルーナは小さく溜息を洩らして俯くと、額の辺りに片手を添えて頭を横へと振った。ほんのりとウィルに対する同情が湧いたのだ。

 しかし、そこはやはりルルーナである。次に顔を上げた時にはすっかりいつもの――余裕に満ち溢れた笑みを滲ませていた。

 そしてマナの隣へ腰掛けると、紅の双眸を細める。次いで肩を寄せて口端を引き上げ、笑みを形作った。


「それはそうと、マナ。ウィルの気持ちを考えてあげないとねぇ?」

「え、それは……そうだけど、……なによ」

「じゃあ、ジュードのことはもういいわよね? 私がもらっちゃっても」

「それとこれとは話が別でしょ!」


 そうなのである。

 幾らウィルの気持ちを知ったからと言っても、マナは昔からジュードが好きなのだ。そう簡単に気持ちが変わる筈もない。

 当たり前のように言ってのけるルルーナに対し、マナは眉を吊り上げると弾かれたように彼女へと向き直った。すっかりいつもの光景である。ルルーナは目を伏せて態とらしく肩を疎めてみせた。

 そこで徐々に平静を取り戻し始めたマナが、小さく呟く。


「…………ありがと、助けに来てくれて」

「べっつにぃ。私はマナに借りを作ったままにはしておきたくなかっただけよ」

「あんたねぇ! 人が素直に礼を言ってるってのに!」

「なによ、アンタはもっとえげつない反応したじゃないの!」


 暫し互いに顔を突き合わせて睨み合い一頻り口論を繰り広げると、程なくして互いに笑い出す。最初こそ互いが互いを邪魔者とし、敵意を抱いて睨むことも多かったが、今となっては日常茶飯事だ。

 そんなマナとルルーナを見守っていたリンファは、ようやく重苦しい雰囲気が消えたことに安堵を洩らし、そして僅かばかり眦を和らげた。


 * * *


 ジュードとウィルは村の中央にあるオブジェの近くに座り込み、景色を眺めていた。

 オブジェと言っても何を意味しているものなのかは分からない。元は馬か何かだったものと思われるが今現在は魔物の襲撃の所為で、すっかり原型を留めていない。頭部分は大きく破損し、片脚も砕けてしまっていた。

 しかし、大きなオブジェだ。二メートルは平気で越えるだろう。元々は恐らく立派なものだった筈だ。


「……なあ、ジュード。どうしよう……」

「出ちゃった言葉は取り消せないだろ、今から取り繕ってもさ……」

「ああ、まあ……うん。そう、だよな……」


 どうしよう、が何に対することであるのか、長い付き合いであるからこそ考えなくともジュードには分かる。

 返る返答にウィルは片手で額の辺りを押さえて頭を垂れると、腹の底から深い溜息を一つ。戦闘に夢中になっていたとは言え、とんでもない失態だと、そう感じた。

 近くにあった岩に腰を落ち着かせると、頭を垂れたまま小さく唸る。ジュードはそんな珍しいウィルの姿を一度肩越しに振り返った。余程困っているように見える。


「……なあ、ウィル。この際だからさ、マナにハッキリ告白してみたらどうだ?」

「おバカ、そんなこと出来るか。フラレんのが目に見えてるっての」

「そんなの分からないだろ、そう決め付けるなよ」


 ジュード本人は知らないが、ウィルは当然知っている。マナが誰を想っているのか。

 マナはお前が好きなんだよ、とこの場で言ってしまえたら楽になるのか、と思って――やめる。代わりにまた一つ溜息を零した。

 ジュードはそんなウィルの傍らに歩み寄ると、依然として頭を垂れて俯く様子に苦笑いを滲ませる。正直なんと声を掛ければいいのか分からない。故に、片手でその頭をやんわりと撫でてみた。昔からジュードが落ち込んでいると、いつもウィルがこうしてくれたものだ。


「ジュード」

「え、あ、どうした?」


 そんな中、不意にウィルが口を開いた。てっきりドン底まで落ち込んでいるものだと思ったのだが、その口調は妙にしっかりとしている。――怒ったのか、怒らせたのか。

 ジュードはそう思いながら目を丸くさせて数度瞬きを繰り返し、続きの言葉を待つ。すると、やや暫くの沈黙の後に彼から出た言葉は、ジュードの頭を困惑させた。


「…………悪かった」

「は?」


 それが一体どのような意味で、何に対する謝罪なのか。ジュードには全く理解出来なかったのだ。彼に謝られるようなことが何かあったかと、一度思考を巡らせる。しかし、やはり思い当たることはない。

 なんの謝罪だろうかと問おうとして、ウィルが先に口を開いた。


「俺さ、お前に初めて逢った時……酷いこと言った」

「え、なんでこのタイミング……?」

「仕方ないだろ、お前と二人になる機会って最近あんまりないし」


 機会があったとしても、どうにもタイミングが掴めなかったのである。和やかな雰囲気でいきなり謝罪を切り出すのも、空気的にどうも難しい。

 今現在もウィルの悩みは解決していないが、ジュードに謝るには絶好の機会だと判断したのだ。


「……で、なんの話?」


 だが、真剣な雰囲気のウィルとは真逆にジュードは何処までもあっけらかんとしている。それどころか、なんの話であるのかさえ把握していないらしい。

 今度は、また別の意味でウィルは頭を抱えた。


「(え……こいつ、覚えて……ない……?)」


 まさか、そんな筈はない。だってあれだけ酷い言葉を言い放ったのだから。

 そう思ってウィルはジュードの顔を凝視するが、当のジュード本人は胸の前で腕を組んで難しい顔をするばかり。眉を寄せて、必死で思考をフル回転させている。

 思わず片手が伸びた。ウィルのその手はジュードの耳元へと添えられ、そして問答無用に彼の耳朶を引っ張る。当然、痛みに声を上げるのはジュードだ。


「いだだだっ! い、痛い! 痛いって!」

「お前、俺の話聞いてたか? 初めて逢った時に酷いこと言った、って。つまりそれについての謝罪だよ」

「だ、だって……なんか、あったっけ……バカ、とか?」

「バカは今も言ってるだろ」

「あ、ああ、そうか……って何を当たり前のように言ってるんだよ! バカも充分酷いだろ!」


 何処か自信なさそうに返る呟きに、ウィルはまた一つ溜息を洩らした。しかし、次いでノリツッコミの如く上がった声には苦笑いを零しながら、彼の耳から手を離すと言い難そうにその手で自らの側頭部を掻き乱す。

 また改めて、その言葉をジュードの耳に入れることに抵抗があった。しかし、言わなければ話が進まない。


「……魔物を庇うようなこと言うから、気味悪がられて……その」

「…………ああ!」


 途切れ途切れに紡がれていく言葉に、ジュードは改めて思考を巡らせる。

 そして、そこでようやく彼が何を謝っているのかを理解したらしい。胸の前で両手を軽く叩き合わせて、何度も納得したように頷いた。

 ――なに、その反応。

 予想に反して明るい様子で反応したジュードを見遣り、ウィルは怪訝そうに――呆気に取られたように改めて彼を凝視する。そう思うなと言う方が無理だ。

 だが、予想だにしない反応を一つ一つを気にしていたら、それこそ話は進まないし、終わらない。ウィルは彼から視線を外すと空を仰ぎながら、やや早口に言葉を連ねた。


「俺、精霊族なんて聞いたことなかったんだよ。魔物の声が聞こえる人間がいるなんてのも知らなかった」

「うん」

「だから、その……言い訳だけど、さ。……悪かった」


 しどろもどろになりながらも、ウィルは改めて謝罪を口にした。だが、ジュードはすぐに頭を左右に揺らす。


「いや、だってあれは……オレが悪いだろ。ウィルの境遇とか、気持ちとか……全く考えてなかったし」


 ――ジュードとウィルが初めて逢った時。

 それは、ウィルが家族を魔物に殺された数日後のことであった。

 当時からジュードは子ウルフのちびを可愛がり、ウィルはそんなちびを快く思えなかったのである。ちびは子ウルフとは言え、魔物なのだから。

 家族を目の前で惨殺されたウィルにとって、魔物を可愛がるジュードは何より信じられない存在。ちびを殺そうとしたウィルに対し、ジュードは必死にそれを守ろうとしたのだ。

 そんな彼に、ウィルは苛立つ感情のままに言葉を向けたのである。魔物を庇うお前は頭がおかしい、だから気味悪がられて親に捨てられたのだ、と。

 それを、ずっと謝りたいと思っていた。ライオットの話を聞いてからは、特に。

 別にジュードは、当時からおかしい訳ではなかったのだ。普通の者が持たない血を持っている為に、魔物と心を通わせることが出来ると言うだけで。


「それに、仕方ないことだろ。ウィルみたいに思うのが普通だよ」


 魔物と心を通わせるなど、普通では有り得ないことなのだから。頭がおかしいと思われても無理はない。

 ウィルはジュードを横目に見遣り暫し黙り込んではいたが、ややってから眉尻を下げて苦笑いを滲ませた。


「……お前って、本当にバカだよな」

「む、また言う……」

「怒っても良いところだろ」

「なんで、無理に怒る必要ないだろ。ウィルには昔から世話になりっぱなしだし、これでも感謝してるんだけどなぁ」

「……だからバカだって言ってんの」


 傷付けた、そんな自覚はもちろんある。しかし、ジュード本人は全く気にしていないらしい。――否。魔物の声が聞こえる、と言う事実を隠していたことから、気にしていないと言うことはないのだろう。ただ、ウィルに対して怒る気がないだけだ。それどころか感謝してるのだと言う。

 不服そうに眉を寄せるジュードを改めて見遣り、そしてウィルは笑った。マナの問題はまだ整理が付いていないが、それでも一つ胸の痞えが取れた気がしたのだ。

 先程よりは遥かに清々しい気分で、ウィルは静かに立ち上がった。



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