第八話・アウラの街
「た、たたた、助けていただいてありがとうございました!」
「え、あ、い……いや、別にそんなお礼なんて……」
先ほどは窺えなかった少女のその風貌は非常に美しく、また可愛らしかった。人はルルーナのようなタイプを美人、美女と称すだろうが、この少女は単純に美人というよりは可愛らしい部類に入るとジュードは思う。
ふわりとしたウェーブのかかる瑠璃色の長い髪、顔横の髪は金の飾りで一部纏められており、その色は瑠璃色によく映えた。
ルルーナのような頬がスラリとした典型的な美人タイプではなく、ほんのりと軽く丸みを帯びた顔の輪郭。穏やかな人柄を表すように緩く下がった眦、双眸は髪と同色で瑠璃の色をしていて、全体的に肌は白い。
叩かれたことで赤く腫れた少女の頬に粘着性のガーゼを貼り終えると、不自然なほどに顔面へ熱が集まるのを感じてジュードは片手の平で口元を覆い、伏せ目がちに一度少女から視線を外した。
「(どうしよう、可愛い……)」
彼女は彼女で顔をやや伏せがちに時折チラリと視線を上げてジュードの様子を窺っては、即座に「ひぃ」だの「きゃあ」だの、か細い声を上げて両手で顔面を覆う。その顔はいっそ憐れなほどに真っ赤だ。
怖がられているだとか、そういったものではなく――単純に男慣れしていないものだと思われる。
しかし、彼女のそんな姿はどうにもジュードの心をくすぐって仕方がない。
この少女はこれまでジュードが接してきたタイプとは随分と異なっていた。言葉を交わすだけでこうまで真っ赤になるほどの純情な少女は初めてだ。
「あ、あああの、わたし、道に迷っちゃって」
「ええと、どこに行こうとしてたの?」
「あ……あの、エンプレスの王都ガルディオンまで……」
「……え?」
アウラの街か、どこか近くの村からきた迷子だろうとジュードはそう考えていたのだが、彼のその予想は大きく外れた。
もしそうであるのなら家まで送り届けるつもりだったが、少女は凶悪な魔物が数多く生息すると言われているあの火の国に行こうというのだ。
見たところ彼女は武器さえ持っていない、身なりも旅人とは到底言い難い薄い水色のワンピースに白の上着を羽織っているだけ。足元は青のパンプス。とても旅には不向きな格好だ。
このような装いで狂暴な魔物に襲われれば、間違いなく命を落とす。――ジュードもそこまで重装備とは言えないのだが、彼にはそれなりに腕に覚えがある他、必要最低限の防具は着用している。
「どうして、ガルディオンに?」
「え、えっと、その……どうしても行かなきゃならない用事があるんです。でも、誰にお願いしても道案内してくれる人がいなくて、それでさっきの人たちに声をかけたら……」
「(……そういうことか)」
火の王都ガルディオンは、関所からそれなりに離れている。入国した先はすぐに王都――ということはない。エンプレスとミストラルを分ける関所から、歩いて丸一日ほどの距離があった。
火の国エンプレスはこの世界で特に凶悪な魔物が生息する場所と言われている。そのような国に道案内を買って出る者などそうそういないだろう、金を積まれても唸る傭兵が多いほどだ。
それで困り果てた彼女は先ほどの男たちに声をかけ、紆余曲折あった結果あのような状況になったのだと思われた。
しかし、これで彼女を放っておけば、またそのような状況に陥ってしまう可能性もある。事情や理由こそ定かではないが、彼女はどうしてもガルディオンまで行く必要があるらしい。
今回はこうして助けられたが、また同じことを繰り返したら――それを考えるとジュードの胸には心配の念が浮かんだ。
「あ、あのさ、オレもちょうどガルディオンまで行かなきゃならないんだ。もし、きみさえよかったら一緒に……行く?」
「よ、よろしいんですか!?」
「うん、ちょっと急ぎの旅になるとは思うんだけど……」
「だ、大丈夫です! お願いします!」
ジュードの誘いに少女は伏せがちであった顔を勢いよく上げて、瑠璃色の双眸を輝かせる。そのあまりの分かりやすい様子に内心で苦笑しつつ、ジュードは小さく頷いた。
「(この子、絶対に嘘とかつけないタイプだなぁ)」
「わ、わたし、カミラっていいます! よろしくお願いします!」
「あ、オレはジュード、ジュード・アルフィア。ミストラルの山奥で鍛冶屋をやってるんだ、よろしくねカミラさん」
「……!」
ジュードがそう名乗った時、ふと少女の――カミラの双眸が見開かれた。まるで驚いたように。
なにかおかしいことを言っただろうかと、ジュードは不思議そうに首を捻るが、思い当たることは特にない。彼はただごく普通に挨拶をしただけだ。
しかし、やがてカミラは我に返るとなんでもないとばかりに頭を左右に振って、改めて「お願いします」と言葉を続けた。
* * *
アウラの街に着いたジュードとカミラは宿の中にある食堂で昼食をとることにした。
しかし、ジュードはといえば向かい合って座るカミラを呆然と見つめるばかりで、食事の手はちっとも進んでいない。
なぜかといえば、目の前に座るカミラが清楚な見た目を激しく裏切り、注文した料理を次々に平らげていくからだ。
彼女ほどの可愛らしく清楚な雰囲気が漂う少女であれば、コーヒーはソーサーを手に持ち、逆手で持ったカップにそっと口をつけて香りから楽しみ――スプーンやフォークを使い、適度な量のパスタをフォークに巻きつけてから小さな口を開けて食べる。
そのような食べ方、飲み方が普通だ。
だが、当のカミラはといえば運ばれてきた料理の数々に表情を輝かせたかと思いきや「待て」を喰らった飼い犬のようにジュードを見つめてきた。
遠慮しないで、とジュードが言うと嬉しそうに眼を輝かせ――この光景である。
フォークにグルグル巻きにしたパスタを大口を開けて食べ、鴨のローストは大胆に手掴み。
両手で持ち、これまた盛大に期待を裏切って大口でかぶりつく。搾りたてのみずみずしいドリンクはストローの存在など最初からないようなものか、グラスを呷って一気に飲み干してしまった。そんな彼女はやはり他の客の視線も、これでもかと言うほどに集めている。
「おいひいぃ~~!」
「そ、そう……よかったね……」
カミラは可愛い、本当に可愛い。ジュードはそう思う。
それゆえに、彼女のこの食べ方は雷に打たれたような衝撃だった。
しかし、幸せそうに頬を朱に染めて「おいしい」と言うその姿はやはり可愛らしいと、ジュードは思った。