第六話『旅のための旅』
歩行、馬車、さまざまな方法での通行によって出来た土の道を、【ラノンド】が二体走っている。
一日一回の水分補給程度で日の出から日没まで(ギリギリ)ではあるが走りつづける上に、休息もしっかりととれば馬車を曳かせることもできて重宝されるの出来る野生動物だが、通常は群れることはない。いま並走している理由はひとえに御者がいるからである。
いわずもがな、アラムとユキトだ。
アラムの暮らす村で一日を過ごして休息と旅の準備をしたら、今日は日の出前からずっと【ラノンド】を走らせ続けている。二人が目指す【王都シトノーシア】までは通常、歩きで五日、馬車を【ラノンド】に曳かせても三日かかる。
けれど、朝から日没までを人一人を乗せながらだったら【ラノンド】で十分走破できる距離でもある。
トップスピードを維持し続ければであるが。
「アラムー」
「なんだー?」
かなりのスピードにもかかわらず、ユキトとアラムは余裕を持ちながら操縦し、かつ喋っている。
「あとどんぐらいかかるんだー?」
むしろそのせいで暇を持て余しているくらいだ。この問いもすでに三回目。
「あー……たぶん3分の2くらいはきてるはずだ」
アラムもアラムで暇しているのでのんびりしながら答える。
「日没までには着きそうか?」
「たぶん。いったらまずは宿探しだな」
「そっか。そういえばそうだな」
実にのんびりと、けれど疾走する速さは周りにいる野生動物たちを一瞬で置き去りにする速さで走る。
とくに危険な生き物はまだいないと聞いているため、ユキトもそう気を張り詰めていない。とはいえ、染み付いた癖なのか視線はあたり彷徨い、それとなく警戒もしている。
だからなのか、ユキトはそれに早く気付いた。
「アラム」
ユキトの声が一変して真剣になる。
「なにかいる。数は……ざっと十を超えたくらいだ」
「多いな。ていうかなんでわかる?」
「……勘?」
「あいまいだな、おい。でも準備するに越したことはないか」
実際は勘などではなく、【気】によって強化した五感のおかげだ。もっとも今回は視力での判別だからあっているかどうかは定かではない。
ユキトの聞いている話では、このあたりにはほぼ野生動物しかおらず、魔物もいるにはいるがせいぜい群れることのないスライム程度らしい。
どちらにしても、かずは二体か三体が関の山だ。
それが十ほど。ユキトとアラムの考えの帰結は一緒だった。
「盗賊ってとこか」
「多分そうだろうな」
「どうする? 迂回していくか?」
【ラノンド】の速度を緩めながら考える。ユキトとしてはできれば避けたい。ヒト殺しの経験が全くないわけではないが、正直思いだしたくもない記憶だ。殺す必要……もっといえば戦うことも必要がなければするつもりはない。それがどんな相手であろうとも。
できるなら、迂回するという選択肢を取りたい。だが、ここはあたり一面の平野。隠れるものがない以上、迂回は確実性をとって大きく回る必要がある。そしてそれをすれば、確実に目的地までいく時間は長くなる。下手したら野宿する必要があるかもしれない。
慣れている野宿だが、さすがに準備も何もない状態で、平野の真ん中で一夜を過ごすのはなかなか厳しいものがある。
だとしたら、不本意でも取るべき道は決まる。実力に自信のあるユキトにとっては、野宿よりも突っ切るほうが安全性は高い。
「全力で突っ切るぞ」
ユキトがいうと、アラムはニタッと笑って、
「そうこなくちゃなあ?」
と、いって【ラノンド】を加速させた。ユキトもそれに続き、自分の【ラノンド】を走らせる。
十数分後。
「せぇええええりゃぁあああああああっ!」
「オォラアアアアアアアっ!」
ユキトとアラムは全力の雄たけびをあげながら敵陣へと突貫していた。それに気付いた二人の半分ぐらいの頭身で緑の体表の小人のような生き物――【ゴブリン】――たちも、驚きながらも武器をとる。
「キーーーーー!」
「ギ、ギキキキ!」
人語ではない何かをはなしながら、それぞれユキトたちに向ってくるが二人には何ら関係ない。むしろユキトとっては人でない分、心に余裕ができた。
「五匹! まかせた!」
「あいよ! 半分づつだな!」
声を掛け合い、標的を定めたところでユキトが一足前に出る。勢いをつけたまま一番手前にいた【ゴブリン】の頭を鷲掴みにし、その後ろにいたもう一体に叩きつける。軽く跳ね上がってきたのを再度掴んでアラムの進行方向にいる一体に投げつける。
ユキトが間もおかず作った道をアラムが駆けるのを横に見ながら、やや離れた二体に近寄る。二匹とも質の悪そうな小剣をもっており、振りかざしてきたがそれを軽くガントレット(村で頂いた)でパリィをして拳をたたきこむ。一発で沈むものだから味気ないことこの上ないが、まだ投げ飛ばしただけのやつがいる。
見ると投げた【ゴブリン】がちょうど体の上に乗ってしまったのか、手足をじたばたさせてもがいていた。それを見るとなんだかやる気が起きないどころか憐みを感じてしまい、耳元で少し強く右足で大地を踏みこみその衝撃で気絶させる。
気絶させたのと、投げ飛ばしたのを引きずって持っていくと、ちょうどアラムも終わったところだった。
「よっ、お疲れ。全く疲れてなさそうだな。さすがだぜ、ユキト」
「お互い様。最初の切り込みの思い切り良さとか、さすがだよ」
「そうかー? あれぐらいやらねえと切り崩すのは難しいし、だれでもやりそうじゃないか?」
アラムはそう言っているが、彼はユキトが作った道を、迷いなくかけて五匹が固まる中央に陣取り。そのまま横なぎに三体を切りつけつつ、流れを殺さず他の二匹を瞬時に切り裂いて優位に立っていた。普通、囲まれているところに突っ込むなんてそうそうできないものだから、純粋に賞讃ものである。
それゆえか謙遜をしてはいるが喜びは全く隠そうとしていないアラムだった。
ふとユキトは過去に思いを飛ばす。はたして、初めて会った時の『アラム』はこんな動きをしていただろうか。たしか、あの時は三体で……いやそれどころか、彼の最後の時と同じ……いや、そんなわけないか。『アラム』もアラムも同一人物だが、経験していることには差がある。
錯覚かなにか。もしくは自分の目が鈍っているのかもしれないと思い苦笑する。
「うおー、すっきりした! さて、あともうひと踏ん張りして今日中には向こうにつくぜ!」
ユキトが苦笑した原因の本人は、もちろんそんなことなんて知るわけもなくちゃっかりと戦利品を回収して、晴れ晴れとした顔を見せていた。
その顔になんだかもうどうでもいいかなーと思ってしまったユキトは、今度は別の意味で苦笑しながら待機させていた【ラノンド】の元までいった。
「待たせたな」
頭を摺り寄せてくる【ラノンド】に干し肉を渡して軽く水も飲ませる。休憩がなくても一日程度なら走り続けられるが、それでも休憩をすれば効率があがる。
アラムも自分の相棒にねぎらいの言葉と食事を与えていた。
「俺たちも少し休むか」
アラムの提案で立ちながらではあるが二人も食事をとる。
……話し込んでいるすきにアラムがユキトの食料をうばい、それを躍起になって取り返そうとするユキト達の姿を、食事を終えた【ラノンド】たちが小さく欠伸のようなものをしながら見ていたのを二人は知る由もなかった。
小休止を挟んだ後はまた走り続けた二人と二匹が、その外壁に着いたのは日没後すぐだった。
「着いたぜ」
アラムの声に反応することはなく、ユキトは目の前にある城壁を見つめる。
(また、きた)
ここは、ユキトが【勇者】となった場所。
(戻ってきた)
皆と最後の別れを惜しんだ場所。
(また、会えるんだよな)
最愛の人と出会った場所。
(そして、きっともう一度始まる)
今回の召喚の手がかりのある場所。
(俺の……俺たちの旅が、また)
【元勇者】が【勇者】となる場所。
その城壁の向こうにある都市の名は――【王都シトノーシア】。