第五話『あれ、なんか既視感……って、その肉は俺のだ!』
「異世界、ねぇ……?」
アラムは珍しくもその顔を難しげに歪めながら、じっと焚火を眺めた。肉串の肉にかぶりつきながら。実に器用だ。
ユキトから森にいた理由を聞いたのだが、焦らされた挙げ句に聞いたのはわからない、の一言だった。
それで、はいそうですか、と言えるほどアラムは慎み深くはない。むしろアラムの長所は適度な思い切りのよさだ。引き際のギリギリまで攻めまくる。
そんなポリシーの元、渋るユキトからなんとか詳しく話を聞くと、正直なところ信じられないような事情があった。
別の世界――地球と言うらしい――があり、そこで争いごとのない平和な日常を過ごしていたら、歩いている時に突然、丸い紋様が足元に浮かび上がり、気付けば森の中にいたのだとか。
「信じにくいかもしれないけどな」
「……だな。でも、ユキト。お前、そんな平和なとこにいたわりには、随分と落ち着いてるし、さっきも信じられないような動きしてなかったか?」
しまった。
地球のことを少し詳しく話し過ぎたせいで、いま一番つつかれると困るところを聞かれてしまった。
嘘は言わないように言ったが、まさか隠し事があって、それはすでに一度勇者としてこの世界を救ってお前にも会ったことがあるんだ、なんてことが言えるはずもない。心苦しいところはあるが、必要なことだと割り切って嘘をつく。
「平和とは言ったけど、昔はそりゃ戦とかはあったし、個人のいざこざも多い時代はあったからな。そういったころから伝わってる武術をやってたんだよ」
言ってから、ユキトはそんなに嘘というほどでもないか、と内心思う。実際にユキトが戦う術を得るために教えを仰いだ相手はとある武術の使い手だったし、基礎はその人から学んでいる。
殴る、蹴るは反復練習の賜物の我流とはいえ、武術を嗜んでいたというのは嘘でもない。
ただ、ユキトにたって幸運なのは、アラムがその辺を気にすることがないことか。聞いたはいいが、ユキトの返答で納得してほかに聞く様子もない。
「気付いたらここにいた、か。んー……もしかしたら……いや……違うか?」
アラムがひとりなにかを悩んでいる。ちらちらとユキトの方を見るものだから、どうしても気になってしまう。
なにより、ユキトはそんなアラムの姿に見覚えがある気がした。場所こそ違ったが、仕種は変わらない。その記憶が間違っていないのならば、このあとアラムがユキトに聞いてくることは……。
「なぁ、ユキト。【勇者】になれるかもしれないとしたら、どうする?」
あぁ、やっぱり。
この世界には、まだ勇者が必要なのか。
想像していたとは言え、いざ聞くとなんだか苦笑しか湧いてこない。
「勇者、か。そうだな。もしなれるとするんだったら」
アラムの方を見る。かつて、ユキトが旅をする中で、仲間を護るために命を投げ出した男だ。
そして、ユキトの親友。
もし、今回も勇者として旅をすることになるのだったら、俺は――
「もし、勇者になれるのだとしたら、俺は全てを救える勇者になりたいな」
「全て?」
「あぁ。国やその人々。そして仲間。勇者として旅をして、困ってる人たちを助けて希望や幸せを少しでも感じてくれたら嬉しいと思う」
前回の旅では、大半を救うことはできた。だが、着いたら死んでいた村があった。判断を間違えたせいで、それに無関係の人が多く亡くなった。目の前から消えた仲間がいた。
その度にユキトの心に傷が走った。
「おいおい、随分と欲張りな勇者様だぜ。でも、そうか……そういうのもいいな。気に入った。勇者云々じゃなくても、お前が本気なら俺もそれを手伝いてぇな」
笑いながらアラムは言う。
「俺は本気なんだけど……」
「もちろんじゃねぇか。やるからには本気。妥協なんてしないし、させないぜ」
そうだった。アラムは適当なところはあるが、妥協をする男ではなかった。
なら、ユキトもそれに答えるべきだろう。
「妥協はナシか。まぁもしなったら、やることに妥協はしないさ」
ありえないだろうけど、とユキトは苦笑するが、内心はほぼ確定だろうなーっとのんきそのもの。
「いや、冗談とかじゃなくて、あるかもしれないんだぜ?」
「かもって言ってるじゃないかよ」
「それは、お前のさっきの説明を妄想に取り付かれたやつの与太話としないならの話だけどな。絶対にそうって言えるようなものでもあれば別だけどよ」
いまのユキトは異世界で最後に着ていた普段着だ。元の世界に還ったときに、なるべく違和感を残さないように地味な服だし、こちらでもよくあるデザインだ。もっとも、勇者としてのユキトが全力で動いてもそう簡単には破れないような丈夫な素材を使ってはいるが。
とにかくそんな格好だから、信じてもらう決定的なものにはならない。初めて召喚された時は学生服だったため、それなりに説得力もあったような気はするが、いまはないものだ。願っても仕方ない。
他に身につけているものといったら、アリスティから貰ったネックレスくらいだ。【聖剣】は、役目を終えた【元勇者】持っていていいものでもなく、次の【勇者】が現れるまでまた宝物庫の中に眠っている。
というか、仮にどちらも持っていてもアラムに見せたらアウトだ。異世界から来たとは言ったが、ユキトは現代日本からとしか言っていないし、この世界では比較的広く知れ渡っている王家の首飾りと【聖剣】を見せるのはまずい。
【聖剣】は現物を見たことがある人はないから、なんとかなるとしても、ネックレスは完全にアウトだ。
いや、むしろ【勇者】のことを話してネックレスも見せたら信じてもらえるのでは。
でもそれはそれで面倒なことになりそうな予感がするわけで……。
ユキトが悩みに悩みまくっていると、アラムが少し笑って口を開いた。
「そんな深刻そうな顔すんなって」
「いや、まぁ……本当に証拠とかないからどうしたもんかと」
気を晴らそうとしてくれたのだろうが、ユキトにはイマイチ効果がない。それを感じたのかはわからないが、今度はアラムも考え込む。ユキトはユキトで、自分自身での変わらない問い掛けと答えの真っ最中だ。
そんなユキトと違ってアラムが悩むそぶりを見せたのは少しの間だけだった。
「確かめにいくか!」
「へ?」
なにを?
不意打ちをくらったせいで続く言葉が出ず、ユキトの口からは変な声だけが出た。だがアラムはそれも眼中にないようすで、言葉を続ける。
「行くんだよ。ここ最近【勇者】を召喚するって噂だった都市に!」
そしてユキトはその言葉に微かな既視感を感じた。
正確な時こそ覚えてないが、たしかにユキトは知っている言葉だ。
そう。あの時、『アラム』にかけられた一言から始まった。
「魔法大国、【王都シトノーシア】にだ!」
ただの学生だったユキトが、【勇者】となる長けれど短かった旅が。
「一緒に行こうぜ。俺が案内するしよ。もちろん、行くよな?」
あの時の自分、どう答えただろうか。たしか不安になりながら、しどろもどろに答えた気がする。
いまはどうだろう。
決まっている。
「ああ、もちろんだ!」
静かな笑みを浮かべながら、ユキトは盛大に返事をした。
「なるべく早いほうがいいよな。まずはこの森を出て俺の村んとこいこう」
「いいのか? 急に行ったりしてよ」
「良いの良いの。飯と寝るとこは俺の住居で住むから、村にはなんの迷惑もかかんねぇよ」
そういえばそうだったか、とユキトはひとり合点する。たしか一度説明を受けた。かなり忘れてはいるが。
「だがその前によ、ユキト……」
「ん? なんだ?」
「テメェが食わないなら、俺はそっちの肉も頂くぜ!」
「あっ!? おい、アラム!」
ユキトの不意をついて手の中で遊んでいた串(ラスト一本。肉はまだ何切れかあり)を瞬時に奪った。
なんとかユキトは取り返そうとするが、ヒラヒラと串が宙を舞ながらもアラムの口へ肉が入っていくあたりアラムの方が一枚上手だ。
諦めて残りの肉串を食べようと手を伸ばすユキト。
「な、ない!?」
だが現実はそう甘くはなかったらしい。
「俺、まだ二本も食ってないのに……」
ユキトの悲痛な呟きが零れる中、アラムの側に七本目の串が甲高い音を立てて落ちたのだった。