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One more the BRAVE!  作者: It.
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第十九話『血の匂い』

 握った拳に気を通す。澄み渡るその感覚は随分と久しいものだった。ユキトの【気】が通った聖剣は、まるで喜ぶかのように銀の煌めきを纏う。

 アラムの村で貰ったガントレットは、ユキトにとっては我慢をしなければならなかった。そもそも徒手の使い手の為に作られたものではなく、防具として作られたのだから、武器としては扱い辛い。頑丈さはあるだけに、ここまで使用に耐えてきたが、ユキトが全力でなにかを殴れば悲惨なことになるだろう。

 だがそんな問題など、聖剣にはあり得ない。

 力を認めた所有者の力を、余すことなく発揮するために存在するもの。それが聖剣。事実、聖剣はユキトの【気】をそれ以上になく増幅しており、ユキトの足元からは余剰となった【気】が溢れ出ている。ユキトの身体の周囲を渦巻いているそれらは、淡い燈。

 拳に灯す銀の煌めきと、身体を廻る燈の迸りは、ユキトの旅した各地に広まった【勇者ユキト】を象徴する姿であり、ユキトの全開。

 一片の迷いなき拳は、土壁から飛び出たユキトに向かってきた風塊を、跡形もなく消し去った。余波による微風が頬を撫でるのを感じながら、ユキトはそのまま直進する。

 右方向に半円を描きながら風精霊の横を通るディネストが、風魔法の攻撃で注意を引きつける。精霊を傷つけないためか、攻撃性の高い形ではなく、彼もまた風を魔力によって固めて放っている。

 風魔法を象徴する精霊というだけあって、風塊は造作もなく自らのそれで消し去る。だがディネストの風塊が掻き消える瞬間に襲いかかる、純粋な魔力が精霊体を揺さぶった。

 精霊といえども、そういった攻撃は無視をすることはできないらしい。ユキトに向けられていた注意がディネストへと向く。

 ディネストが危なげなく回避するのを横目に、ユキトは風精霊を注視する。次第にディネストに注意が向けられ続け、反応が鈍くなる瞬間を探す。

 十数秒の後に隙を察した瞬間には足の裏で【気】を放ち、一瞬にして加速する。そこに迷いはない。ユキトの攻撃可能な範囲のほぼ限界の位置で、再び【気】を使いながら地面を踏み込む。

 思い切りの良さから生み出されるその踏み込みは、大地に小さくないひび割れを起こし、ユキトの身体を風精霊へ向かって押し出した。まさに烈風の如しその一挙動は、仲間とて知覚できないほどのもの。ユキトの燈と銀の残滓だけが、辛うじて彼の挙動を伝える。その勢いが失われることのないまま、ユキトの拳が唸りを挙げて精霊の体へ叩き込んだ。


「祓え。ひじり!」


 瘴気に囚われた精霊を救うため、ユキトが愛剣・・に呼びかける。その瞬間。

 ユキトの放った【気】が聖剣の力を借り、風精霊に浸透し、内側から瘴気に干渉する。

 聖剣はその名が示すように、ひじりの力を持つ。ユキトの元いた世界でそうあるように、この世界でも聖なるものは邪に対してかなり効果的だ。そして、聖剣のその力を汲みながら、エネルギーとなるものを行使することでできることがある。

 邪に属するものの浄化。無論のこと、それは瘴気が該当する。

 知らずのうちに自身の頬が緩むユキト。手応えは確かに感じた。感触を頼りにすれば、相当の手応えだった。一撃で払い去るために、それなりに無茶した一撃だ。

 振り抜いた勢いを借りて空中で反転し、様子を見る。追撃をしたくはあるが、まさか精霊を消滅するまで殴り倒すわけにもいかない。

 瘴気さえ払えば、元あるべき善良な精霊になるはずだ。それには先ほどの一撃で充分。

 それに、一度馴染んでしまったものを無理矢理に引き剥がすため、かなりの苦痛を強いられる。なにかしらの行動すら起こせないはずだった。

 事実、その場には風精霊の言葉にすることのできない悲痛な叫びが木霊した。

 しかし、ユキトの予想と違い、苦痛よりも大きな怒りの念が精霊に灯る。周りに風が吹き荒れ、木々の葉がこすれ合わさる音がする。ユキトの頬に冷や汗が流れた。未だ空中にいる自分は、まだすぐに動けない。

 目を疑い、間違いじゃないかと思うほどの魔力が集う。代わりに瘴気は風精霊から離れ、あたりに霧散しているのは幸いだろうか。

 それはまさに、最後のあがきだろう。凝固された風塊は、少々大きめな弾丸のような状態でユキトの目の前にあった。

 ユキト中の警鐘が、ガンガンと思考を支配する。


(これは、まずい)


 数瞬あるかないか。

 刹那の間に分かったのは、アラムがユキトの名を呼ぶ声、ディネストの馬鹿という罵り、そしてユキトを覆うようにして張られた防御魔法が、魔力と共に圧縮された風塊に貫通されるところだった。

 ユキトの胸へと直撃した風塊は、彼の肺から空気を絞り出させた。その衝撃によってくの字に折れ曲がった身体が、吹き飛ぶ。

 仲間が唖然とする視界の中で、意識を失ったユキトの身体は細い幹の木々をへし折り、数秒後に嫌に鈍い音がした。

 一人の青年が彼の名をあらん限りの声で叫ぶ声が、木霊した。


 背中に感じる衝撃と、空気を欲しがる肺によってユキトの意識を無理やりに覚醒させた。

 新鮮な空気を求めて咳き込みと深呼吸をする、がうまくいかない。視界が滲む中で、どうもなにか喉につっかえるようで……。

 四つん這いにならざるを得ない状態で、それを意識した途端、口からコポ、という音が漏れた。反射的に手で口を覆うとするが、聖剣を汚すわけにもいかず無理矢理断念する。

 結果、ユキトの視界は滲んだ紅色に染まった。さらにもう一度口から溢れ出る。

 思ったよりは少ない。

 それは安堵すべきなのか。予想よりも少ないというだけで、彼の中から溢れ出た血液は看過できないほどの量であり、緑の雑草の上に塗りたくられている。

 少なくとも応急処置は必要だ。幸いなことに、ユキトには傷を内外問わずに治す力がある。

 完全に途切れた【気】を即座に練り上げる。だがその感触は唾棄したくなるほどに、どこか鈍さがあった。染み渡らせた【気】による強化の反応を見ながら、怪我の状況を把握していく。

 外傷はおそらく胸と背中の打撲程度、内臓などの諸器官には少々大きなものがある。骨には異常がないが、代わりに筋肉には損傷があった。

 そこまでの判断をすると、痛む身体を無視しながら【気】をさらに練り上げる。

 【気】による回復術で傷付いた内臓を治療する。自分自身の身体のためか、治癒のために練り上げた【気】を身体じゅうに巡らせるだけでかなり楽になる。吐き気が治まり、ズルズルと後ろに下がって自分がぶつかったであろう木の幹に背中を預ける。

 かなりの速度だったユキトを受け止めただけあって、その幹は随分と太く堅牢だ。背中を預けると妙に心地が良かった。息をするとまだ鉄錆のような臭いがして、気分は下落していくがそれが少しでも紛れる。

 けれど口の中から血の香りがするのは嬉しくない。早く水かなにかですすぎたいところだ。こんな時こそ、魔法が使えれば、と思う。きつい血臭はどんなに経験しても慣れないだけに、顔をしかめざるをえない。

 無い物ねだりは早急にやめ、身体を弛緩させながら、意識が途切れる前のことを思い出す。

 予想外の一撃だった。タイミングも、威力も。ユキトの一撃は瘴気を払いはしたが、失点は明らかに油断だった。

 攻撃のあとでなく、その前。一撃で決めることを念頭にしても、無防備な体勢にならざるを得ない攻撃など、言語道断ではないか。

 戦闘は、生死の奪い合いは、試合などとは違う。例え負けなのだとしても、命を捨てるのだとしても、敵を殺すためにあがく輩は幾らでもいるのだ。今回は、向こうも殺意的なものはそこまで大きくなかったから助かった。普通なら、やられている。


 無論、ユキトが敵を殺そうとしたならそんなことにはなりにくい。前回の旅では、仲間の一人に「お前は殺しすぎる・・・・・嫌いがある」と言われたことがある。数ではなく、質についての指摘だった。

 道徳を重んじ、平和を基調とした教育を真っ当に受けただけあって、ユキトの命に対する考え方は多少の変化はあれど、尊いものという認識のままだ。だがそのままではダメだった。


「割り切ることの大切さ、か。今回もしないといけなかったのかな」


 命を救うなら、他の命を奪うことも時には必要となる。

 食事にして然り。病にして然り。争いにして然り。

 世界を救うこともそうだった。村を守ることにも、仲間を助けることにも、自分自身生かすことにも。

 襲ってくる相手は生かしておけることなど、余程のことでない限りあり得ない。ユキトそれを学び、実行したが故に受けた指摘。

 その指摘は、もう息絶えた魔物に過剰な追撃をする癖のことだった。

 四肢を潰し、内部を破壊して、さらにどこかへ投げ付ける。乱戦中のユキトは我知らずそうした。だがそうでもしなければ、例え敵対するのだとしても、生き物に、生きようとするものに情が湧いてしまいかねないのだ。

 今回もそうした方が良かったのだろうか。相手は精霊だが攻撃はしてきた。被害なく、とういのは例え強さを持っていても存外難しい。

 しかしそれをする訳にもいかなかった。旅仲間が精霊と関わり深く、自分も精霊から恩恵を受けるのだ。仮に“割り切る”のだとしたら、ユキトは確実に精霊消滅させてしまう。それはどうしても避けたかった。したくなどなかった。

 そう考えれば、自分の怪我だけで済んだのだ。最善とまではいかないが、決して悪いものではないはずだ。それは結論の先延ばしなのかもしれないが。



 顔を上げ、生い茂る木々をみると、先ほどとは打って変わったように微風が流れている。戦闘はもう終わったのだろうか。無いとは思うが、ユキトの一撃で精霊を無効化できていなければ、ここでのんびりするわけにもいかない。

 内臓の修復を筋繊維の回復にも割きながら、聴覚を強化し、音を聞き分ける。

 風の音とぞろぞろと不規則な足音ゴブリンたちだろうだけで、戦闘をするような音は聞こえない。

 ホッと一息をつく。流石にユキトがいなくとも、精霊といえど弱っている相手に不覚をとる面子ではないはずだ。

 しかし、それならそれで彼らの元へ行かなければならないだろう。未だに痛みを訴える身体をに悪態を付きたくなるが、ゆっくりと立ち上がり、調子の確認も込めて軽くストレッチ等をする。

 大きな違和感はない程度には回復しており、充分戦闘も可能な状態だ。とは言え、なるべくしないには越したことはない……のだが。

 ユキトの耳には、折れた木々がある方向からかなりのスピードで走ってくるなにかを知らせてきた。手痛い失敗を立て続けに起こしたユキトにとって、警戒をしないわけにはいかない。

 緊張が高まり、ゆっくりと拳を落として出方を伺う。ただ、見覚えある人物が自分の名を読んでいるのを聞けば、それも緩んでしまったが。


「ユキト!」


 快活なその響きは、アラムのものだ。かなり急いできたらしく、呼吸が荒い。


「お出迎えか?」

「おいおい、何で、ヘラヘラしてんだよ……」


 心配して駆けつけにきたのだろうから、と安心させるためにも笑顔を見せたのだが、どうやらアラムはお気に召さなかったらしい。


「あれくらいなら、なんてことない。心配しすぎなくらいだ」

「つってもよ、目の前で人が吹っ飛んで行ったんだぞ?」


 あんなの初めて見たぜ、と呟きなら、アラムがため息を吐いた。そんな彼を見ていると、どうもユキトも申し訳なさを感じ、明後日の方向に目を逸らしってしまった。


「ほら、もう立てれるし戦闘もキチンとできる。すぐに戻ろう」

「本気で言ってんのか……? 勇者ってのはどんな体してんだよ。心配して損だとか思いたくねぇんだけど?」


 兎にも角にも、ユキトが無事だと分かりようやくアラムは安心することができた。口元が緩み、微かに笑みが溢れるのが自分でもわかるほどだ。

 しかしその顔は一瞬にして変化した。自分が浴びたゴブリンの返り血に紛れているが、まだあまり時間の経っていない血臭が鼻腔を刺激している。ユキトに意識が行き過ぎて気付かなかったが、量は半端なものではなさそうだ。

 アラムの顔が強張り、臭いのする地面に顔を向ける。一面に生え渡る雑草で分かりにくいが、そこには軽傷と言うにはあまりにも多い血液が染み込んだ土がかなりの範囲に広がっている。気付けば間を置くことなく、ユキトの名を叫んでいた。

 先程心配する声音とは一転し、怒気を孕んだ声で。


「……これは、お前の血だよな?」


 ばれないわけは無かったろうが、出来れば見ないふりをして欲しかった。

 咄嗟に違う、と言いたかったが、状況的に言い逃れなどできないだろうし、また、彼にそういったことで嘘をあまりつきたくなかった。

 絞り出すような声でユキトが肯定した。


「まぁ、な。けどさ、さっき吐いただけだ。回復なら自分でできないことも無いんだよ。支障がない程度には治したし、心配しなくても」

「馬鹿ッ、野郎!」


 ユキトの弁解をアラムは無理やり遮った。突然のことでユキトも驚き、少したじろいでしまった。


「こんなの、無事なわけねぇだろ!」

「大丈夫だって。思ったよりも少ないしさ」

「心配したって言っただろうが!」


 猛るアラムの姿にユキトは困惑する。どうしてそこまで怒るのだ。


「お前が強いのは充分に分かってる。怪我を自分で治せるのだって、お前が言うならそうなんだろうよ。でもよ、可笑しいだろ。お前から聞いた平和な世界で、なんでそんな技術が必要なんだよ」


 アラムの疑問は耳が痛かった。ユキトは彼に必要以上に話してしまっていることがある。何かしら気付いても仕方ないのだ。目を逸らすにはアラムは真剣で、それには答えを返すしかない。

 数泊おいて、ユキトが口を開いた。


「悪いとは思う。でもそのことについては、言えない」

「事情があるのはわかるっての」


 ぶっきらぼうにアラムが言う。彼にしてみれば、ずっと気にかかってはいたのだ。調子良くすることは多いアラムだが、小さなことに気を払う注意深さが彼にはある。


「お前が持ってる傷痕はきっと簡単なものじゃねえと思ってるよ」

「……やっぱり見られてたか?」

「そりゃな。治療の痕があんなにあって、しかも背中にでっけえ裂傷を受けてるだろ。たぶん巫女様とかディネストのやつは気づいてねえだろうけどな」


 初めて会った森の川で、ユキトが水浴びしてる時にはわかったらしい。傷の多くは完治の末にある程度わかりにくくなっており、それに気づかれていたらもう苦笑しかできなかった。


「あんだけの傷痕、絶対に無理したこともあるだろ」

「……ああ。無理をしてでも、俺には」

「あー、そいつはまだ聞きたくねぇな」


 ヒラヒラ手を振りながら、ユキトを制した。先程の怒気はなりを潜めたようで、いくらかユキトも安心する。


「そんなもん見てたらよ、こいつ絶対に無茶が大好きな大馬鹿野郎だって思った。でもそんなやつが【勇者】だってんだから、大変だよな。全てを救いたいとか言ってるやつが、一番最初にくたばっちまいそうだと思ったんだよ」

「だからついてきたのか?」

「だけじゃねえよ。お前と一緒なら、人生がもっと楽しくなるって確信があるんだよ」

「……サンキュー。アラム」


 ユキトの頬が緩み、アラムもニッと歯を見せた。


「だからよ、ユキト。絶対に死なない旅をしてぇんだ。命がなきゃ、こんな世界でもやりてぇことができないんだからよ」

「そう、だな」


 いくら自分が自身も自覚するお人好しで、【勇者】であることを嬉しく思う部分があれど、不満がないわけでもない。

 一度別れを告げた世界に、また来ているのだ。ユキトの意思に関係なく。

 あまつさえ……。


(ダメだ、それを考えたらダメだ)


 急に頭をもたげてきた疑問を、軽く頭を振って誤魔化す。


「ん? どうした、ユキト」

「あ、いや。なんでもない」


 割り切ると決めたことだ。おくびにも出してはいけないのだ。自分を誤魔化してでも、悟られたくなどない。

 自分は【勇者】なのだ。その意気込みは、前とは違う。チャンスがあるのだ。やり直すための、チャンスが。

 なら、それだけでも充分じゃないか。


「……お前には言ったよな、アラム」


 そう思えば、今回のようなミスはダメだ。


「俺は全てを救いたい。この世界で、【希望ゆうしゃ】を必要とする人の、救いになりたいんだ。それができるまで、死んでたまるかよ」


 ユキトの答えを聞いたアラムが笑った。


「そういや、そーだったな……だからこそ、心配だって言ったんだぜ?」

「分かるさ」


 無理をしすぎるな、ということだろう。救うために自分の命を捨てるな、と。


「よっしゃ、じゃあ戻るか!」


 苦笑しつつもユキトはアラムに頷き、アリスティとディネストがいるであろう方向へ足を向けた。

 ユキトが飛ぶさなかでへし折った木々があるため迷うことはなく、体調も落ち着いたユキトは隣を歩くアラムを見る。


(でもさ、アラム。この旅の先で、お前が……)


 不意にユキトの頭にちらつく光景。忘れられない苦い記憶が、どこかユキトを嘲笑っているような気がした。


 


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