第十五話『肩慣らし』
*戦闘回です。生温かい目で見てやってください。
夕食を取る気を完全に無くしたユキトは、そのままラノンドに背を預けて眠りについた。
思いの外、寝やすかったためか夜明け前に気分よく起きることができた。
さすがにユキトの腹は何か食物を詰め込めと叫び出していたが、それを日課の鍛練のための集中で無視をする。
【気】を巡らせ、身体を徐々に万全の状態へと覚醒させる。それに合わせて軽いストレッチ等もする。
身体が温まったところで鍛練を始める。その中で身体の調子を確かめて行く。
ユキトは結局はまだ未成熟の身体だ。齢にして十七。身体が出来てくる足掛かりの時期でこそあるが、同時に脆いところもある。
まして、スポーツでさえ人間は過酷な練習でどこか不調きたすのだ。毎日を危険な旅路と、リラクゼーションもない休息の中ではどうしても疲労はたまる。
その疲労を緩和し、怪我を予防するためにユキトは【気】を使うが、それでも入念なチェックは必須となっている。
時間があればあるだけその作業を繰り返す姿に、一度でなく仲間から呆れられることも多かった。
ユキトからすれば、ろくにそんなことをしなくても問題をきたさない仲間の身体が非常識極まりないとしか思えなかったのだが。
彼らのような適当なことをしたら、本当にどうなるか分かったものではないのだ。実際に一度だけ、やむを得ずそういうことがあったが、身体は動かないから酷い目にあったし、その中でも無理矢理に動かしたものだから、そのあとが酷かった。
今日は森に入っていくため、恐らく戦闘は発生する。攻撃的な獣やより集団でくるゴブリンもいるだろう。
ゴブリンに関しては、この森で生まれるのだから特に多くなる。
そういえば、背中に大きな傷を負ったのもここでだった。
【聖剣】を剣形状で復元し、何とは無しに眺める。
あの時は浮かれていた。喚きながらも【勇者】という特別な扱いをされ、少なからず自分が夢見ていた主人公になれるかもしれないと思った時から。
旅をするという覚悟も、命を摘み取るという行為への覚悟も、またその逆の覚悟すらも。
今なら何が起きても対応は出来る。そうなるくらいには、ユキトは一年間で変わった。
「なんだかんだで、いつの間にか剣も使えるようになった」
虚空を横一閃に凪ぐ。
【気】を使わずとも空気を裂く鋭い音が耳に届く。
それでもなお、いまだに剣でなく拳での戦闘スタイルなのはやはりそれが自分に合うからだ。
生き物に刃を通す行為は、拳で内部を砕く感覚より恐ろしく感じる。
一瞬、生の身体に剣を突き立てた時のことがフラッシュバックし、身を震わせる。
同時に、軽快な声があたりに響いた。アラムだ。
「ユキトー!」
やや遠くから叫ぶ彼は、腰に剣を下げ、軽鎧も付けている。
武装する必要があることでも起きたのか。
「なにかあった?」
「いや、お前が起きてるか見に来た」
ついでに身体を動かそうかと面ってな、とニヤリと笑いながら剣の柄をユキトに向ける。
「俺と?」
「おう」
「ディネストはダメなのか」
「あー、あいつここ最近は毎朝お前と真反対の場所で鍛練しててよ。理由は誰にも見られたくねぇからだとさ」
「アリスティは」
「巫女様には朝飯の用意を頼んである。意外に出来るもんだな、神殿から一度も出たことないような人でもそれくらいは。つうか、巫女様と俺じゃ鍛練なんて出来ねぇよ」
それもそうか、とユキトも合点する。じゃあお前も一人でやったらとは思うが、やめることにする。
「別にいいけどさ、なにしたいんだ?」
「模擬戦」
抜剣して切っ先をユキトに突き付けながら、宣言するアラムの口は笑みを浮かべているが目は笑っていなかった。
本気が伺える。
(ガチか……)
そうは思いつつも、すかさず復元した【聖剣】をアラムに向けるあたり、ユキトもやる気だ。
「お。剣は使えんのか?」
「試してみるか?」
「……いや、ユキトが決めりゃいい」
「了解」
互いに距離を取る。
「んじゃ、俺が投げた石が地面に着いたら開始だ」
ユキトが頷き、互いに構える。ユキトは最近愛用するガントレットを。アラムは馴染み深いこれもまた愛用の剣を。
アラムが片手で石を上へと投げた。石はかなり上まで行き、次第に落下し始める。
徐々に巡らせた【気】で五感全てを強化したユキトは、それを漏らすことなく感じる。あともう少し。
それでもアラムから目を離さない。
戦いはすでに始まっているのだ。
戦いは駆け引きだ。
相手の動きを読み、また誘うことで自分に有利な場を作る。
こと一騎打ちに関しては、一度出来た流れはそう変わることがない。
それはつまり、最初の攻防を自分に有利にして乗り切ることが勝敗に大きく関わってくるということ。
だからまず相手の先手を読む。構えや目線、相手が何を狙って何を考えているのかを正確に出来なければならない。
(……余裕がありそうだな。詰めるつもりはない?)
アラムは剣をゆったりと構えて、足を引いている。走り込むにしては態勢が変である。
だとしたら、ユキトが接近戦に持ち込む前に自分の間合いで決めようという心持ちだろうか。
(いいね。乗ってやる)
スピードには自信がある。どうせなら飛び込もう。
仮に予測が外れたとしてもなるだろう。それくらいの自信がユキトにはある。
石が――落ちた。
身構えていたユキトは地面に石が触れた瞬間には大地を蹴り上げ、待ちの姿勢でいるアラムへ猛進を開始する。
強化された脚力は目測十メートル強ある彼との距離を、三、四歩で詰めることはたやすい。
しかし強襲するにはそれでは足りない。少なからず近付くには間が出来る。
きっとアラムはそれを逃さない。ユキトをしっかりと見据え、的確に牽制ないしは何かしらのアクションであしらおうとしてくるはずだ。
だから、ユキトは二歩目にさらに【気】を使う。出し惜しみなく。
踏み出した右足、その裏に【気】を集め、左足を前に送りながら――放つ。
この世界における【気】とは、ようはエネルギーだ。身体に巡るエネルギーを捉え、理解し、自らの力とする。自らを己で鼓舞するための力。ユキトはそう教えられた。
そして、その使い方は二種類。
身体を強化するために内部へ巡らせるのが一つ。
そしてもう一つは、エネルギー体として外部への干渉。
ユキトの足裏から放たれた【気】は淡い橙色をその場に残しながら、ユキトをさらに加速させる。
(これで、一気に畳み掛ける!)
至近距離での戦闘をするため、タイミングを外しての接近。
だが、ユキトの足が地を離れるその瞬間。アラムもまたユキトと同じくして地を蹴った。
「なっ!?」
アラムは一直線に自分に向かってくる。懐に入られれば拳のユキトの方が有利になることはわかっているはずなのに、それでも突っ込んでくる。ならば、それなりの策があると見てもいいはずだ。
そう判断したユキトは無理矢理に動きを止め、逆にアラムを迎え撃つ。
間髪いれずに迫ってくるアラムは、スピードの乗った手持ちの長剣をユキト目掛けて薙いでくる。
かい潜るのは難しい。ならばと反射的に軽く後退することで剣を目先で避けたユキトは、今度は振り切った瞬間を狙って迫る。
しかし、アラムもすぐさま剣を返してユキトを牽制してきた。ブレも隙もないそれに、やむを得ず一度離れる。
こうなってしまってはアラムの間合いだった。
近づこうにも間合いの広い長剣で牽制されつつ攻撃もされるし、かといって後ろへ引けば畳みかけるように切っ先が飛んでくる。逃がすつもりはないらしい。
とは言え、ユキトからしたらアラムの攻撃は充分に見切れる。
(少し危ないけど……やるか)
攻撃は見切れる。ならば繰り出しの出鼻を捉えるのも出来る。
あとはタイミングだ。
思考をなるべく冷静に、単純にクリアにしていく。踏み込んだ時の反応、引いた時の反応。それらを確認していく。
ユキトが踏み出して入ろうとすれば、タイミングよく半歩ひきながら袈裟切りが飛んでくる。それをかわして踏み出そうとすれば、返す刃で胴を狙い。これを潜り抜けるのは無理と判断して横に飛ぶも、追従するように横薙ぎの一撃。一連の動きはやはり『アラム』を見るようで重く正確だが、ユキトからしたら避けれない道理はない。
さっきから似たような攻防ばかりが続く。だがユキトに焦りはない。
勝てる勝算は充分にあるのだ。それは、『アラム』をよく知るからこそとれる方法。
避けつづけるユキトへ迫る切り付けが、次第に乱雑になってくる。
『アラム』の悪い癖だった。
戦闘において堪え性がやや足りず、単純なことが続くと次第に一撃一撃が大振りで雑なものになりやすい。次第に治ってはいったが、旅始めのころはよく見られたものだった。
例えアラムが『アラム』と”違う”のだとしても、その根本が変わらないのだとしたら、狙う価値はあった。
乱れ気味になった剣を拳で受け流す。そこから踏み込もうとするユキトに慌てて剣を振りかぶるアラム。その挙動はいままでのどれよりも大仰。
――ここ!
そこにすかさず必要最初限の【気】で素早く足裏からブーストしたユキトは、正拳突きを模った拳を胸当ての上から左胸に叩き込む。しっかりと捉えたが手応えが軽い。軽く身体を引いて衝撃を流されたらしい。
すかさずユキトは踏み込んだ右足を軸にして、左足で回し蹴り。回し蹴りには不向きからの態勢から、【気】を用いて強引につなげるのはユキトの十八番芸だ。
もちろん、今回初見のアラムが反応も出来ず、ユキトが狙うままにアラムの剣の鍔のようなナックルガードへ足が吸い込まれる。
ガキン、という金属を打ち付けるような音が響き、しばらくしてアラムの手から離れた剣が空を切り裂いた後、大地に突き刺さった。
ユキトの勝ちだ。
【気】や【魔法】等の説明は、基本的に戦闘回の地の文で語られます。多分。
……スピード感は余り求めないでくださいませ。