第十二話『顔を合わせて。戸惑って』
次の日のこと。【勇者】を引き受けたユキトは、旅仲間としてアリスティとディネストを伴って出立した。ユキトとディネストが思惑は違えど目立つことを嫌がったために、特に騒ぎ立てることもなく街に出れたことはなかなか嬉しかった。
「これからどうするつもりだ?」
城を出て間もなく、ディネストがユキトに聞く。しかしユキトも正直、この後のことなど詳細には決めてはいない。
一応、最初の目的地は決めてはいるが、それにしてもかなりの長旅になる。必要なものは揃えなければならないし、まずはそれらの確認とノイバから貰った路銀から予算を算出等、とやるべきことはたくさんある。
個人的にも、一日ほど放置気味になっていた人物にも会いたい。
さてどうしたものか。と、その場で止まるユキト。そしてそれに倣い、同じく立ち止まったディネストとアリスティたちに声がかけられた。
「おーい。そこの勇者ご一行様? お一人忘れちゃねぇか?」
聞き覚えのある声に、ユキトはすぐさま振り向く。
思った通り、そこにはアラムが腰に剣を下げ、革袋を担ぎながら立っていた。
「アラム!」
「よっ、ユキト。一日ぶりだな。昨日の門番から話は聞いたぜ」
「やっぱり来てたのか」
「そりゃな。とりあえず城まで案内してサヨナラってわけにはいかねぇだろ?」
そういって快活そうに笑う。もっとも、ユキトもアラムが来ると思っていたからこそ、門番にユキトが【勇者】となったこと、一晩城に泊まることなどをアラムが来たら伝えるように言っていたのだ。
「まぁとにかく。【勇者】になったんだってな」
「ああ」
これには是も比もなく頷く。それなら、とアラムは笑みを深くした。
「旅に仲間は必要だろ? ここで一人が賃金も手数料も要らずでパーティー参加。お得だろ。ちなみに決定事項だぜ?」
「いいのか?」
ユキトもまた、笑みを浮かべながら答える。口で言っておきながら、既に腕はアラムへ差し出されている。
「約束だったろ。俺はお前の勇者像達成のために付き合ってやるって」
「ははっ、そうだったな」
パシンという音高らかに、二人の腕が繋がった。
改めてよろしく、と言い合うユキトとアラム。その行為にある種の感慨に耽っていたある勇者は、不意に肩を引かれ意識を戻される。
「おい、ユキト。誰なのだ、そいつは」
無遠慮に肩を引いた人物……ディネストは、これまたぶしつけな態度でユキトに聞いてくる。旅に同行させろ、と頼んで来た時は丁寧に腰を折っていたものだが、ユキトに大して少し高圧的な接し方をするというのは変わっていない。
ユキトも上から接してくる姿にまだ慣れず、どう対応すべきか戸惑う。なにせ、彼とはまだろくに関わったことがなく、うまく距離感が掴めないのだ。一時的な結論は特に変わらず接することだったが。
それに関して言えば、本人でこそないが、長く時を共にしたアラムとは上手くでき、けれどアリスティとはぎくしゃくしているというのは皮肉のようで奇妙だとも思う。
「こいつは……」
「お、仲間か?」
気を急いたらしい。ユキトが紹介するより早く、アラムがディネストの前へ出た。
「って、おお? なんで騎士様がいるんだよ」
「それは……」
中途半端に区切られたので、ディネストへの説明を一旦諦める。それならばとアラムに説明しようとしたが、今度はそのディネストに邪魔をされた。
「国をあげての勇者に、国の騎士団から助力があって悪いことでもあるのか? 私からしたら、ただの一般民にしか見えない輩とユキトと知り合いだというのが随分驚きだ」
「いーじゃねぇか。巡り会わせみたいなもんだったんだし、気にするようなことじゃねぇだろ」
無視されるユキト。
あれ、俺ってこんなんだったか、と止めに入ることも忘れてしばし呆ける。
「いや、そもそもなぜお前のようなやつが……」
「あ? この都は別に帯剣してるぐらいじゃ、とやかく言われねぇだろ。そんなこと言ったら、なんで騎士様がこんなとこに一人で……」
なんだかこいつら相性が悪くないか?
ユキトが押し黙る前で、つらつらと堂々巡りの質問が飛び交う。どうすればいいのかは分からないが、少なくともこのまま続けて良いことなどないだろう。
今いる城の付近は人通りが少ないとはいえ、このままでは無用な注目を集めるだけだ。
なんとか二人の注意を逸らすとしたら……不本意ながらこの手くらいしかないだろう。
「アラム、ディネスト! とりあえず飯にしないか? ほら、もう昼だし腹が減ってるだろ?」
飯、という単語を聞いた瞬間、ふたりの動きが止まった。アラムは肉串の件があったからわかっていたが、まさかディネストまでこうも面白いように止まるとは。
驚き半分、飽きれ半分のユキトがそこにいた。
もちろん、飯を目の前に吊り下げられた二人はそんな彼を意に介することはない。
「ユキト。もう予定は決まっていたのだったら、聞いた時にすぐ言ってくれ」
「飯にするんだったら、話しも出来るし酒場に行くのがいいんじゃねぇか?」
「…………ああ。そうだな。じゃあそうするか」
「しかし、ひとつ確認をしておくが、もちろんユキトの奢りだな?」
「んでも金はあるのか? 俺はあるけどあんたらは?」
なんだろう。なんだろうか、この二人の微妙に息の合った姿。さっきまでまるで話が合そうもなかったとのに、目の前に目的が出来た途端に普通に会話している気がする。
きちんと聞けば、会話というよりはユキトにかけた台詞がそれっぽいだけ、というのに気付くだろうが、戸惑い気味のユキトにはそれが分からない。
「金は……貰った金が結構あるから奢るのも問題ないけどさ」
ユキトがノイバから貰った路銀は、装備品や必需品を揃えてもおそらく充分あまりあるほどの額だ。だがそれを、帰り先がなく旅をしても実利的な見返りがない、という状況を利用してぶん取ったとは決して言わない。
「よし。じゃあユキトの奢り、場所は酒場で決まりってことで!」
「さっさと行くぞ。行ったところで席が空いていないのは勘弁したいしな」
アラムは満面の笑みを浮かべて、ディネストは真顔ではあるが、心なしか素早い動きで、それぞれユキトの左右をスーッと通る。
そしてそのまま城下街の方へ足を向けながら、どこの酒場がいいか議論を交わしている。
「俺はあそこに行きてぇな、ほら、若干見つけづらいけど、こう……酒場! って感じの店で、飯も上手い横道の……」
「あの酒場を知っているのか。なかなか通だな。ならば私が知っているところもオススメだ。気に入るだろう」
「お、どこだよどこだよ」
「あのあたりだ。ほらちょうど……」
「あんなところか!? そりゃ気付かねぇ。んでよ、そこって酒は……」
交じり合わない質問をしていた二人が、数分と経たず意気投合する。
なんとも食欲の力は強いものだ。さすが動物全般に備わる欲求である。
ユキトがやれやれと軽く頭を振った。一息をつき、顔をあげる。するとちょうど視界に、いままで口を挟めずただ棒立ちになっていたアリスティが映った。
「あー……」
声をかけないわけにはいかないだろう。なんだかんだで、結局は彼女もまた旅の一員となのだ。
「というわけだけど、あんたもそれでいいか?」
取り分け冷静に。事情が事情でやや複雑(ユキトの主観からして)なだけに、なるべく刺激しないようにしなければならない。かと言って敬語になるのも違うかとユキトは考える。
しかし、それなりに気を遣っても、やはりどこか思うところがあるのか即答はしなかった。
「……はい」
歯切れの悪いその答え方に、この先きちんとコミュニケーションが取れるか不安を感じる。
今の状況は下手したら、『アリスティ』と初めて会った時より酷いのではないかと思うほどだ。
実際にコミュニケーションを取りにくいという意味では、ユキトも間違っていない。だがその理由が、かつてはただ『アリスティ』にユキトが怒りを持ち、彼女の後ろめたいところがあったからだった。しかし今、ユキト自身はそう怒りを持っているわけではないが、謁見の間での【気】の威嚇、騎士団員の実力者を倒したという実績がアリスティに少なからず恐怖心が芽生え、それが『アリスティ』より大きい後ろめたさをさらに助長している。
充分すぎるほど、ユキトとアリスティには溝が出来ていた。深く広い、厄介な。
これでユキトが仲間と意見との対立などですぐ力のぶつけ合いになれば、待ったの声もなく溝はさらに二人の関係を侵食するのもやむを得ないだろう。
その理由の全てではないが、自分がアリスティに避けられていることはどことなく感じるユキト。これ以上怯えられても困るので、着いていくようにだけ促し、自分も城下街の方へ足を向けた。
先頭をアラムとディネスト。数歩離れてユキト。そこから離れてアリスティと、見様によっては一個の団体に見えなくはないが、でもやはりグループ行動をとっているとは言い難いものがあった。
さらにアリスティは歩幅も小さく、アラムとディネストは二人で先にどんどんと進む。
言うまでもなく、先頭と最後尾の差はどんどん開いていった。
「おーい」
アラムたちにそれなりに大声をかけたが、まるで気にするそぶりがない。
「聞こえてない、か」
ちらりと裏を見る。やはりアリスティは遅いままだ。声をかけても変わらない。
一旦様子を見ようと歩けばさらに差は広がり、ユキトはどちらも見失わないようにしなければならない。
幾分か経ち、それなりにアラムとディネストたちから離れてしまっては、さすがにユキトも業を煮やした。舌打ちだけはなんとか抑え、回れ右をしてアリスティに近寄る。急に近付いてきたユキトにアリスティは驚いて足を止めていたが、それは無視する。
「……ほら、さっさと行かないと見失うだろ」
「えっ、あの、ちょっと!」
アリスティの手を掴み、彼女を自分の速さに合わせるように手を引いていく。さっきの五割増しくらいの速さだ。
ちらりと後ろを見ると、いまだびっくり顔のアリスティが目に映る。声をあげてはいたが、嫌がってはいないようだ。手を振り払おうとするわけではない。
そこまでは拒絶されていないことを感じ取り、どことなく安堵するユキト。ただ、それと共にアリスティにまだ『アリスティ』を重ねる部分があることもまた実感する。
彼女が『アリスティ』でないことは、理解しているはずなのに。
不意に上がったその暗い気持ちを払うように、アリスティを連れながらユキトは前を行く二人を追うのだった。
一瞬ユキトが浮かべた苦渋の顔を見て、さらに悲しげな顔を浮かべるアリスティには気付かぬまま。