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One more the BRAVE!  作者: It.
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第十一話『最初の旅仲間に……お前が?』

 金属同士を打ち付けた、重量感のある音が不規則に錬成場に響いている。

 ユキトとディネストが打ち合いを始めて、五分ほどは優に過ぎている。その間、いまだお互いに相手の身体には一撃たりとも届いていない。

 ユキトからしたら、それはそこまで驚くことでもないのだが、ディネストにとっては歯軋りをするしかない。

 騎士団でも団長に次いで実力のある副団長に勝るとも劣らないものを持っており、またそれを自覚している身としてはいかに【勇者】であろうとも苦戦もしないだろうと思っていた。最初に対峙した時のユキトの隙のある構えからも、それは感じられた。

 しかし現実は一向に勝敗は決まらない。これでも八割方はずっとディネストの攻勢であるというのに、だ。

 軽くけしかければ簡単にあしらわれ、連撃で切り崩そうにも悔しくも見事な体捌きを利用してそれを弾く。業を煮やして大きく踏み込めば、弾かれるどころか完全に避けられ、すぐさま隙を狙った切り付けが襲ってくる。

 ディネストにとっては幸いなことに、ユキトの剣術では対人にはまだ荒い部分が目立つため、まだ余裕をもって対処が出来ている。けれどディネストもまた確実に踏み込むことが出来ず、あまつさえ先ほどからはユキトが牽制も加えてくるようになって間合いにすら入れないことがしばしばある。

 読み違えたか。いや、そんなはずは。

 憶測が頭の中を飛び交い、それらが焦りとなっていく。そして焦りは思考を鈍くさせる。

 ディネストは、ユキトが謁見の間で放っていた得体の知れないものの存在さえ忘れていた。ユキトがそれを使っていないことにすら気付いていない。

 何度目かの競り合いになる。互いに剣に力を込め、合わせ目から切り崩そうと隙を伺う。


「なかなか、やるではないか」

「…………俺は拍子抜けだ」

「――チィッ!」


 競り合いを諦め、力を込めて間合いを取る。ディネストもこうも言われては、さすがに腹立たしいものがある。最初は使う気は無かった……というより、使う必要性もないと考えていたものを使うことを決める。

 間合いを詰めると見せ掛け後退し、その間に必要な手順を踏む。

 ユキトもディネストがアクションを起こしたことに警戒を強めた。


(あれは……魔法か。たぶん、風系統のものだろうな)


 魔力がディネストの元に集まっていくのを、ユキトは如実に感じた。自身が【気】を纏う時に似た感覚。

 ユキトには魔法を発動前から見切ることは出来ない。いま予測出来ているのは、ディネストは剣術寄りの戦闘スタイルだったからで、大抵の場合、そういった人は移動・攻撃速度増加の恩恵がある風系統を専行しているからだ。

 ディネストが魔法を発動した。すぐさま間合いを詰めて来るが、やはりその速さは先ほどまでの比ではない。

 だが、予測を立てていたユキトにとってそれはさして驚くことはなく、けれどすぐさま【気】を解き放つ。

 【気】の主な効果は単純に、基本身体能力の底上げ。

 それに気付いたのだろう。ディネストの顔色が明らかにしまった、とでもいうようなものになった。ユキトが持っていたものを、今更ながらに思い出したのか。

 それでも更にスピードをあげ、切り崩しに来る辺りはさすがといったところか。

 タイミングをずらそうとしてきた攻撃に、きちりと牽制も込めて剣を繰り出す。

 接触する剣。響く音。

 十数秒ほど前までに響いていたそれらを、瞬く間に凌駕する勢いで積み重ねられていく。

 ここに来てディネストにはさらに疑問が浮かぶ。剣の扱いに関してユキトという男は、確かに自分に数段劣る。だがそれを切り崩すことは出来ない。どうにも不可解でなかった。

 しかし勝負を仕掛けた手前、負けるなどあってはならない。慎重に、かつ攻めにも緩急をつけ隙を狙う。

 何度打ち合ったか。

 ディネストがわざと作った隙に、ようやくユキトが甘く攻勢へと転じようとしてきた。緩くなりそうになる頬を一心に押さえ込む。

 ユキトが力を込め、思い切り踏み込みを入れてきたその瞬間、迫り来る剣を予想し、それを打ち落としながら確実に一撃を加える道筋を辿り、ユキトの胸元へ切っ先へ届く。そう確信し、それを行動に移す。

 その時には、もう。勝敗は明らかに決していた。

 身体に怖気が走り、無意識に足が止まる。

 気付けば自分の喉元に、冷たく無機質な何かが当てられているのが分かった。それは刃引きのされた剣。

 顔を横に向ければ、水平に剣を構えたユキトが自分を無表情に見つめる姿だけが映る。それがどうにもディネストの感情を煽り、勝敗が決しているのを理解しながらも身体を動かすのには充分だった。

 結果、それは一言のもとに止められたが。


「そこまでだ」


 横槍気味に聞こえてきた声に二人は一様にそちら……錬成場の入口に目を向ける。

 そこにいるのは同じ様に二人。

 いま声をかけ、ディネストの行動を止めたガトノフと、ユキトを喚びこんだ、アリスティ。

 その二人にユキトは眉をしかめ、ディネストは佇まいを直す。


「状況から察するに、ディネスト、今の勝敗は完全に着いていると思うのだが?」

「し、しかし!」


 自らの上司に現実を再確認させられるも、素直に受け止めれるわけでもなく反抗する。しかしそれも見苦しいの一言に片付けられ、それ以上は何も言えなくなった。

 事の詳細を求められたユキトは、簡潔に説明すると、ガトノフは必要以上に腰を折って謝った。


「すまなかったな」

「いえ……」


 ガトノフの謝罪が、勝負を仕掛けてきたことに関するものか、それとも勝敗が決したあとの部下の行動に対するものにかわからず、曖昧な答えになってしまう。


「それで、ガトノフさんと……ガトノフさんたちはどういった用ですか」


 気を取り直して、彼らがここに来た理由を尋ねる。アリスティの名前は、どうも口から出ることはなかった。


「王からの命令でな。ユキト殿に、【勇者】として魔王討伐の任を受けて貰えるか否かの確認をするようにな」


 ユキトは一瞬の間を置いて反応をし、ディネストは勝負の結果からか、反応をしなかった。


「……随分と性急、ですね」


 正確な時間こそわからないが、途中寝ていたとはいえ、太陽の傾きの度合いからしても謁見の間を出てから精々が三、四時間程度でしかないだろう。

 その間に見ず知らずの人物に、命を懸ける旅を選択させるには酷ではないだろうか。今になってようやくここの王が、自分をかつて【勇者】に仕立て上げた一人であることを思い出す。


「こちらとしては、仮に【勇者】としての旅を断ったとしても、こちらで生きるのに困らない保証はしよう。これは、ユキト殿の現在の状況を考慮してのことであるが……大陸の状勢を見れば、出来れば避けてもらいところだな」


 それだけ魔物からの被害も拡大しているということなのだろう。

 そして、それをこの国が送り出す勇者が食い止めれば万々歳。短い時間で選択を迫るのは、他に考えを至らせないためか。


「私としてはユキト殿ならば、やはり【勇者】としての資格はあるように思う。うちの部下が手痛くやられたのも、どうやら事実のようだしな」


 それにはあえて何も言わず、ユキトは次の言葉を待った。ディネストはこれには何か言いたげだったが、自制心からか引き下がる。


「それに……ユキト殿は異世界来た、と言ってたな」

「あぁ」

「どうやら、還る方法がないわけではないようだ」

「……本当か?」

「ほ、本当です!」


 それまでずっと黙っていた少女、アリスティが慌てたように声を出した。それを見てガトノフは口をつぐむ。

 弁を譲るということだろう。


「今回の召喚魔法は座標がわからないままですが……一般に運用されている召喚魔法の中には、召喚対象と縁あるものを触媒として用いることがあるんです」

「縁ある……触媒」


 そういえば、かつて『アリスティ』もそういったものを持っていた気がする。彼女は召喚魔法に関してずば抜けた適性があったために、旅中でも何度か彼女が召喚魔法を使うことがあった。

 その時に、触媒としてブローチのようなものを愛用していた気がする。


「はい。触媒があれば、その都度に座標の選択などを省くことができ、召喚の契約時にはかなり用いられることが多いのです。今回の召喚は正確さを求めることと、元から縁ある触媒がなかったので、座標の選択から行ったのですが……」

「それが失敗した、か」


 ユキトがぽつりと呟く。不機嫌さはとうに消えていたが、話しを聞いていてどこか虚脱感があるのは否めない。


「ご、ごめんなさい!」


 しかし、それも必死に謝ろうとする姿を目の前で見せられては、どうでもよくなってしまう。


「まぁ、とりあえずはいいさ。それで?」


 ユキトの声音が多少柔らかくなったのを感じたのか、アリスティもほっと一息をついたようだった。


「ありがとうございます! その、今回は最初こそ触媒はありませんでしたが、もしかしたら【勇者】様が以前の世界から持ち込んだものの中に思い入れのあるものでもあれば、もしかしたらそれが触媒変わりになるもしれなくて。そういったものは、ありますか?」


 思い入れと聞いて真っ先に思い付いたのは、当然ながら今も首にあるネックレスだ。これに関しては思い入れどころじゃ済まないものがあるし、加えて言えばこれ以外にはなにもない。

 そして、仮にこれが触媒となり、アリスティが言うように還る手立ての助けとなるのなら、きっとその場所は、いまいる世界と同じで違う世界なのだろう。

 そして、そこならばきっと確実にユキトを送り届けてくれる人がいるはずだ。

 ただ問題とするならば、ネックレス自体を見せることが出来そうにもないことか。なにせ、そのネックレスはこの世界では唯一無二のものとされているものであり、だというのにその一つは目の前の女性がいまも首から下げており、対峙する男もまたかけているのだ。

 それを見せるのはややこしいどころじゃすまなさそうだ。


「ないことはないけど、見せるのはちょっと……」

「そう、ですか。いえ、いまはそれでも構いません。ただ、どちらにしてもお願いしたいことがあります」

「……なんだ?」

「もし旅をすると決めて下さるのなら、私もそれに同行させて下さい」


 その改まったお願いに、ユキトは思わず笑ってしまった。ユキトからしたら、【勇者】として旅をする以上、それは確定事項なのだから。


「な、なんですか?」

「いや、なんでもない。一応、理由を聞いてもいいか?」


 理由もまたユキトが記憶している通りだった。

 そもそも【勇者】の召喚には魔力がかなり必要だったこと。対を成す送還魔法も同じくらいの魔力が必要だと予想されるが、長年貯めた魔力を使った召喚魔法と同量の魔力を集めるのには、少々荒療治が必要。

 その荒療治というのが、大陸各所にある精霊が住むと言われる祠で四大精霊から力を授かること。長年、才能ある魔法使いが比較的短い間隔で大規模な魔法を使う時にはよく使われた方法らしい。

 ただ、魔物が少なからず俳諧するいまの大陸では、旅にも同行者が必要であるし、また魔法を使う技術の高いアリスティならば足手まといにもならないからだ。

 加えてガトノフからも、


「文献からの情報であるから定かではないが、どうやら【聖剣】は精霊と共にあって始めて真価を発するらしい」


 と言われれば、断る術もない。

 いや、元からその全てを知っていたユキトには断るつもりなど毛頭なく、それがいまの地球に還る唯一の手段でしかなさげなのだ。

 ここまでの行程を辿っても、ユキトの記憶とそう大差あることは起きてなかった。大筋の流れとして変わるものは殆どなかったのだが、今思えば、謁見の間での対応から少しずつ変わっていたのかもしれないな、と思うのだった。

 そう感じるほどに、ずっと黙っていた人物の発言はユキトにショックを与えた。


「私も……私も、その旅に同行することを願う!」


 その人物、ディネストはユキトに向かって丁寧に頭を下げながらそう懇願してきたのだった。


 こうして、ユキトにとって二回目の魔王討伐の旅は、早々にして旅仲間にイレギュラーを加える形で開幕した。

 それにわずかな忌避感を覚えれたのは、ユキトしかいなかったが。


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