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4話

『俺はあの時の約束をはたしたい』

『約束?あなたが勝手に紙に書いただけじゃないですか。あたしは、もう貴方と試合をするつもりはないです』

『君は途中で試合を放り出すのか?』

『あの時の試合は、あなたの勝ちでいいです』

『なら、俺はキャプテンはやめられないな』

キャプテンが楽しんでいる気がした。

こっちは不愉快なのに・・・

『誤解を解こうと思う。俺は真剣に君のことが好きだ。今でもな』

突然何だ。

『ちか先輩とうまくやればいいじゃないですか』

『ちかのことなら気にするな。あの後きちんと断った』

『そうですか』

この人は本当にあたしのことが好きなのか。と、思えてきた。

だけど、そんなことはない。

それに、あたしがキャプテンと付き合っても、今はどうにも出来ない。

『君からの返事を聞かせてくれないか』

『あたしは何度も否定してるじゃないですか』

『けど、君から俺のことは好きじゃないとは聞いていない』

それもそうだ。

だって、あたしの心の中にはマダ迷いがあるのだから・・・

『あたし、今日ここに死のうと思ってきたんです。このテニスコートの見える上から、笑いながら死んでやろうって・・・

そう思っていたんです』

キャプテンの顔から表情が消えた。

『それは・・・俺がおいつめたのか』

『はっ?』

『俺が君をテニスが出来ないようにしたから、それなのに、俺は君の気持ちも知らないで、君にテニス部に

戻るように言ったから・・・』

キャプテンの本気に、あたしは何だか覚めてしまった。

この人の前で飛び降りてやろうかと思ったけど、そんな気持ちもなくなった。

『勝手に勘違いしないでください。冗談ですよ。あなた方の為に命捨てたくないです』

『凪鎖ちゃん!』

さっきまで、悲しそうな顔をしていたキャプテンが、今度は怒った顔をしていた。

キャプテンの怒った顔を見るのは、これが2度目だ。

『そんなこと、冗談でも言うんじゃない。君には生きる権利があるんだ』

『権利があっても、生きる意味はないですけどね』

『またテニスをすればいい』

『だから、あたしはテニスなんて・・・』

『お願いだ。君が必要なんだ』

キャプテンはあたしを抱きしめた。

『ちょっと』

『何考えてるんですか。離れてください』

『今回は俺を突き飛ばさないのか』

『力が出せないだけです』


ガチャン

扉の開く音が聞こえた。

誰かが入ってきたみたいだ。

あたしは恥ずかしさに、キャプテンから離れた。

『力あるんじゃないか』

キャプテンは嬉しそうに微笑んだ。

『あんた達、こんなとこで何してんのよ』

入ってきたのは、不運にもちか先輩だった。

『何だちかか。あれ?もう休み時間か』

『そうよ。とっくにね。学級閉鎖をいいことに、こんなところで後輩といちゃついてたってわけね』

『あたし・・・帰ります』

『どこ行く気よ。キャプテンに色目つかって、そこまでしてレギュラーになりたいの?テニス部辞めたんでしょ!』

『ちか!今の凪鎖ちゃんに謝れ』

キャプテンはすごい剣幕で怒った。

あたしのためにキャプテンが怒ったのは、これで3度目なのだろうか・・・

『何よ!二人でラブラブになればいいじゃない。あたしは始めから邪魔だったんでしょう』

『変な勘違いをしていただいては困ります。あたしはキャプテンとは何の関係もありません。

それに、もうテニスをやるつもりもありません。ちか先輩にはもう何一つ迷惑をかけませんから・・・』

もうあたしにはテニス部何て関係ない。

本当に死んでやればよかった。

結局あたしは二人に巻き込まれただけだったんだ。

どうして期待してしまったのだろうか。

もう期待はしていないはずなのに、もうテニスはしないはずなのに、キャプテンのことも、もう・・・


この学校にいること自体が二人にとって迷惑なんだ。

そして、あたしにとっても・・・


『凪鎖・・・あれ?今日は先生が帰ったって言ってたけど・・・』

門を出る前に美紀に会ってしまった。

『帰ったよ。ちょっと保健室に行っただけだよ』

『そっか・・・大丈夫?また痛んできたの?』

『まあ、ね・・・』

いつものように笑顔を作ることが出来ない。

美紀には心配かけたくない。

いつもみたいに笑顔でいてよ。あたし・・・

『凪鎖?』

気づけば頬に冷たいものが流れていた。

あたし、どうしたんだろう?

何で今更・・・

そう思っても、涙は一向にとまらなかった。

何に対して悲しいのか。

それすらも自分にはわからない。

『凪鎖・・・やっぱり何かあったんでしょ。あたしで良かったら話し聞くよ?あたしを頼っていいんだよ』

その言葉に、涙がまた溢れてきた。

美紀には心配かけたくない。

迷惑かけたくない。

そんなことばかり考えて、毎日作り笑いを浮かべていた。

どうしてだ?

美紀は友達じゃないか。幼馴染じゃないか。

誰よりも一番に自分のことを理解してくれる相手じゃないか。

それなのに、どうしてあたしは・・・

そう考えると行動は早く、気づけばあたしの口は動いていた。

『あたし・・・テニスやりたいよ。テニス部の皆とテニスやりたいよ。本当は、ちか先輩のことも、

キャプテンのことも大好きだよ。憧れの人たちと一緒にずっとやりたいよ』

『凪鎖?』

美紀はテニス部でのことを知らない。

テニス部の仲間ですら、このことを知らないのだから無理もない。

『全部話して、凪鎖が抱え込んでること、あたしが力になれるかはわからない。

でも、一人で溜め込むのはよくないよ』

美紀はあたしを抱きしめながら、優しく言ってくれた。

美紀の優しさが胸に染みる。

あたしはテニス部での出来事を全て話した。


『そっか・・・そんなことがあったんだ。でも、それでもその二人のことが好きっていうのは、すごいと思うよ。

あたしはその人たちを実際には見たことないからわからないけど、あたしだったら絶対嫌いになってるよ。

凪鎖はもっと素直になった方がいいよ。何も強がることなんてないよ。それに、ちかさんに遠慮することが

本当にちかさんの為になると思う?』

『それは・・・でも、それだけじゃないよ。その時は確かにその気持ちと、失望したからだけど・・・

でも、今は違うの。今のあたしはキャプテンと一緒にいれるような人じゃない。迷惑になるだけだから』

あたしがそう言うと、美紀は怒った顔になった。

『凪鎖。しっかりしてよ。あたしの知ってる凪鎖は誰にも遠慮なんてする子じゃない。

自分の思うまま、自分のしたいままに何でも実行する子でしょ?憧れのキャプテンだよ。

付き合わないでどうするの。釣り合わないとか、迷惑とか、そんなことよりも、キャプテンが誰を好きか、

凪鎖が誰を好きかってことでしょ?両思いなのに付き合わない何て勿体無いでしょ』

キャプテンにこのことを言ったら、きっと一緒のことを言われると思った。

だからあたしは何も言わなかった。

キャプテンは優しい。確かに性格はきっぱりとしているし、厳しい。でも、キャプテンは心の底から優しい人だ。

だから、そんなキャプテンの優しさをかりるようなことをしたくない。

『キャプテンは誰でもない。凪鎖と一緒にいたいんだよ?』

『だけど、好きな人に迷惑はかけたくない。あたしがテニス部に戻ったらちか先輩が辞めてしまうかもしれない。

部活の空気が変わってしまうかもしれない』

『どうしてちかさんが辞めるって思うの?』

『えっ?それは・・・あんなことがあったし。あたしはちか先輩に嫌われてる。

あたしが部活に来て、キャプテンがあたしをひいきしたら、ちか先輩はきっと悲しむから』

あたしは部活にいたら邪魔な人間だから・・・

二人の間に入ったらいけないから・・・

『あたしも辞めると思うよ。でもね、あたしが思ってるのは凪鎖とは違う意見。

凪鎖の手首を怪我させて、テニス部にこられないようにしたから、罪悪感の気持ちで辞めると思う。

きっとちかさんは今でも罪悪感でいっぱいなんだよ。でも、自分のプライドが許さないから、凪鎖には謝れない』

美紀はどうしてこんなことがわかってしまうのか。

ちか先輩のことを知らないのに、どうしてこんなに想像が出来るんだろうか?

ただあたしを励まそうとしてるだけだろうか?

『あたしはちかさんのことはわからない。だけど、凪鎖から聞いた感じだと、きっとプライドが高いんだろうな。

って思ってさ。そしたらこんな風に思うかな?って』

『美紀・・・あたし、でも、どうしたらいいかな?』

『まずは、ちかさんに話すことだと思うよ。ちかさんに凪鎖の思いを伝えるの。それが一番いいってあたしは思う』

『うん・・・』

そうだよね。

あたしはずっと逃げてただけだよね。

ちか先輩のためじゃない。あたしが恐れてたんだ。

『ありがとう。あたし・・・また皆とテニスが出来るように、今から公園で練習してくる。

あたしが来たことは、先生には内緒にしてね』

『わかってるよ。がんばってね』

美紀は笑い混じりに言った。

あたしの話しを聞いた後も、いつもと変わらず笑顔でいた。

あたしは何をためらっていたんだろうか。

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