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3話

翌日、あたしは練習には出なかった。

キャプテンも怪我をしたから来なかったと思ったのだろう。

あたしは、丁度部活が終わる時間に、コートに向かった。

片付けを始めていた部員たちは、驚いた顔であたしを見ていた。

『凪鎖、手首大丈夫なの?それより、その格好・・・』

1年生から心配の視線を向けられた。

ちか先輩は明らかに嫌な顔をしているが、手首の包帯に目を向けると、申し訳なさそうな顔をした。

『凪鎖ちゃん。どうしたんだ』

一番驚いていたのはキャプテンだった。

『キャプテン。あたしテニス部を退部します』

『何故だ。怪我なら日が経てば治るだろ。わざわざ辞めなくても』

『もう決めたことです。それで、キャプテンに最後のお願いをしに来ました。最後に、あたしと試合をしてください』

キャプテンと試合をしたことはなかった。

いくらレギュラーといっても、1年ということで、キャプテンとは組ませてもらえなかった。

さすがのキャプテンも、そこまでは手を回してくれなかった。

『そんな手首で俺と勝負する気か?』

『はい。大会に出れないんです。キャプテンに勝てれば自分の中で満足できますから』

『ちょっと!』

『随分俺もなめられたもんだな』

ちか先輩が何か言いたげにしたのを、キャプテンは制止して、楽しそうな表情をした。

『おもしろい。いいだろう。ちか、審判をしてくれ』

『えっ』

『いいから』

『うん・・・』

ちか先輩は渋々審判台にのぼった。

『他の部員は帰れ』

『は、はい』

1年生は心配そうな目を向けながらも、部室に戻っていった。

『キャプテン。全力でやってくださいね』

『ああ、当たり前だ』



あの時どうしてあたしはキャプテンと試合をしようと思ったのだろうか。

試合をすることで、何かけじめをつけようとしたのかもしれない。

今となってはそんなことどうでもいいけれど・・・



どこで時間をつぶそう。

もう、繁華街はいかないようにしよう。

チンピラはともかく、警官何てめんどくさい奴に捕まるのはごめんだ。

今家に帰れば、親に心配をかける。

もう一度学校に戻るのは気がひける。

あたしは公園へと向かった。


そこは小学校の頃によく行った公園だ。

この辺りで唯一テニスコートのある公園で、あたしはそこで毎日練習していた。

ここに来るのは、もう何年ぶりだろうか。

中学に入ってからは、部活で毎日やっていたから、きっとここでは練習していなかったはずだ。

平日の昼間でも、大人たちがテニスをやっていた。

プロだろうか。

それとも何かのサークルか何かだろうか。

すごく上手かった。

あたしは久しぶりにテニスを見て、のめりこんでしまった。

気づけばテニスコートの近くまで行っていた。

『ずっと見てたのかい。よかったらやってみるかい?』

試合が終わったところで、かたっぽの男が近づいてきた。

『あっ、いえ・・・すいません。ただ見ていただけなんで・・・』

あたしはその場から逃げるように立ち去った。

もうテニスはしない。

そう決めた。

あんな人たちの中でテニスはしたくない。

他のところでもいくらでもテニスは出来る。

だけど、あたしはそれをしようとはしなかった。

したくなかったのかもしれない・・・


やっぱりどこに行っても、あたしの居場所はないんだ。

最初に言ったけれども、あたしはもしかしたら生きていたくないのかもしれない。

死んでしまいたいのかもしれない。

飛び降りるのなら、学校の屋上がいいな。

テニスコートを見下ろしながら、遺書でも書いてやろうか。

ばかばかしいと考えながらも、あたしの足は自然に学校へと向かっていた。

門の前に来てはっとした。

『バカじゃないの。あたし・・・本気で、死ぬ気なの?』

怖くはなかった。

ただ、少しだけ悲しかった。

あたしの人生は最後まで無意味なものだったのだと思うと、悲しくて仕方なかった。

一度学校から帰ってきたのだから、教師にばれては面倒だ。

あたしは足を忍ばせながら屋上に向かった。

『凪鎖ちゃん』

『キャプテン。何で・・・マダここに?』

今は4限目あたりだろう。

『ああ、今日は俺のクラス学級閉鎖なんだよ。ところで、君は・・・帰ったんじゃなかったのか』

『関係ないじゃないですか。どこかに行ってもらえませんか』

『行くところがないんだろう。昨日俺のちょっとばかし悪い友達に君の噂を聞いたんだ。

毎日繁華街を歩いて喧嘩して・・・何か楽しいのか?それはテニスよりも楽しいことなのか?』

そんなはずがない。

したくてしてるんじゃない。

ただ、時間をつぶすためにしていた。

キャプテンはおおよそ、そのことをわかって言っているのだろう。

『テニスしたいんだろう』

『ちょっと』

キャプテンは近づいてきて、あたしの右手首をつかみあげた。

『ほら、もう痛くないんだろう』

『だったら何ですか。もう痛みは感じないですよ。日常生活してる分にはね』

『素直になれよ』

『あなたのいるテニス部に、戻る気にはなれません』



『君がテニス部を辞めるなんて、その考えを覆させてやるよ』

キャプテンは容赦ない攻撃だった。

普通に試合してもとれないようなサーブ。

反応すら出来なかった。

『1セットで終わらせたくならせてやる』

キャプテンのサービスは、すさまじい速さで入った。

手首のこと以前に、あたしは反応すら出来なかった。

『くそ』

『やめるか?』

『いいえ』

次のサービスは、いきおいよくあたしの方へとんできた。

あたしはすかさず、ラケットを顔の前に向けた。

ボールはすごい威力を持っており、重かった。

両手で持っても、右手の痛みに負けてしまう。

『うわぁっ』

そのまま後ろへと飛ばされた。

『くっそ・・・』

『やめたほうがいいんじゃないか』

『やめません。やめるわけない』

本当は、この人はあたしに戻ってきてほしくないんじゃないのか。


すぐに1セットはとられ、後15で2セットをとられるところまで来ていた。

あたしの手首は限界まで来ていた。

一回だけラリーを続けられたが、5回で入れられてしまった。

『やめておけ、もう二度とテニスが出来なくなるぞ』

『余計なお世話です。もう二度とテニスはしない』

今少しだけ違う思いが出てきた。

もしかして、キャプテンがわざとあたしを狙っていたのは、早く試合を辞めさせるためだったのかもしれない。

『ここから巻き返せばすむ話しです』

ちか先輩の時と、同じ状態だ。

そして、今のあたしはその状態よりも最悪な状態だ。

『あたしなら出来る』

そう信じて、あたしはラリーを続けた。

ほとんど左手に力をこめて、右手が壊れるのもおかまいなしに、あたしはラケットを振り続けた。


『よっし!』

あたしは何とかして1セットとることが出来た。

すでにあたしの体力は限界まできていた。

右手首が腫れてきた。

『もうやめろ』

キャプテンは、ラケットを投げ捨てて、こちらに駆けつけてきた。

『右手が腫れてるじゃないか。これは・・・』

キャプテンはあたしの手首をつかんで、青ざめた顔をした。

その顔を見た時に、あたしは少し嬉しい気持ちになった。

してやった。そんな思いだ。

それと同時にあたしの意識は遠のいていった・・・


目が覚めると、そこは保健室で、右手首にはしっかりと包帯が巻かれていた。

起き上がると、テーブルの上に紙がおかれていた。

<キャプテンの俺が、君の怪我の状態を知りながら悪化させてしまったことは、大変申し訳ないと思っている。

怪我が完治したら試合の続きをしよう。君の退部はキャプテンとして認めない>

そう書かれてあった。

そんなこと言われてもな・・・

あたしの手首は折れていた。

そんな状態で試合をしたんだ。

悪化しないわけがない。

テニスはもうしない。

そう心に誓った。

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