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勇者の話


勇者の話



 

 気がついたら異世界だった。


 異世界トリップ。なんてお話の中だけだと思っていたのに、本当にこんなことがあるんだってわたしはびっくりした。

 そしてそれと同じくらい嬉しかった。


 わたしはあの世界から抜け出せたんだ!

 そう思うと、わたしをこの世界に連れてきてくれた人に感謝したいくらいだ。


 「ようこそお越しくださいました。勇者様」


 目を覚ましたわたしを迎えてくれたのは、そう言ってわたしに頭を下げるたくさんの人たち。

 

 勇者?

 勇者ってわたしのことだろうか?


 そう思って首を傾げていると、一人の男がわたしに向かって歩いてきた。

 

 「……っ」


 その姿にわたしは言葉を失ってしまう。


 目を奪われるとはこのことだろうか。

 美しい金色の髪。透き通るような青い瞳。その姿はまさにおとぎ話の中の王子様。


 その人はわたしの目の前まで来ると、片膝をついて丁寧にお辞儀をした。


 「ようこそ、グライドへ。私はこの国の第一王子、イリヤ・グライドと申します」


 声までも、優しく美しい。完璧な人。


 「あ……わたし……樋口香奈といいます」


 呆然としながら呟くと、イリヤはニコリと満面の笑みを浮かべた。

 その姿にドキリとする。


 「カナ……いい名だ」


 一目惚れなんて、ないと思ってた。

 そんなもの存在しないと。


 でも、今思えばあの時わたしはイリヤに一目惚れしたんだと思う。

 美しいイリヤ。惚れない方が難しい。



***


 「……夢?」


 わたしはパチリと目を開けて辺りを見回した。

 体がだるいし痛い。


 わたしは何をしていたのだっけ?


 そこまで考えてわたしは飛び起きた。


 「ここっ!」


 黒を貴重とした部屋。

 ベットとソファとテーブル以外に何もないそのシンプルな部屋ははじめて見る部屋だった。


 だんだんと動き出した脳が先ほどまでの出来事を思い出させる。

 わたしはイリヤの命令で魔王の城に行って、そこで魔王と戦い……そして後一歩というところでメイドのような格好をした女に倒されたんだ。


 あれ?でも……


 「わたし、生きてる……」


 殺されると、あの時わたしは確信したのに。

 だって彼女の目にわたしを殺すことへの戸惑いなど感じなかった。


 でも、わたしは今生きている。


 どうして?


 そう疑問に思い首をかしげた時だった。


 ガチャリと、扉が開く。

 思わず身を硬くして、わたしは近くに武器になりそうなものはないかと探したが、何も見当たらない。


 ゆっくりと開けられたドアからはあのメイドのような格好の女が姿を現した。

 思わず息を呑む。


 今度こそ、殺されるかと思ったが……


 「……起きておられましたか」


 彼女は、わたしが壁際ギリギリまで下がり睨みつけていることを確認するとそう呟いて、深々と腰を折った。


 その姿に、わたしは驚かずにはいられない。

 彼女は一体何をしているのだろう……


 「先ほどは手荒な真似をして大変申し訳ございませんでした。傷むところがあれば何なりとお申し付け下さい。それから勇者様のお召し物は大変汚れておりましたゆえに、わたしの独断で洗わせていただきました」


 そこまで言われて、わたしは自分の服を見る。

 着ているのは白い上質なワンピースで、先ほどまでわたしが着ていたはずの戦闘向きで女らしくない服とは大違いだった。


 「貴方は誰?何が目的?」


 なるべく冷静になって聞く。

 ここで取り乱してはいけない。


 自分は今何も持っていないのだ。

 彼女に襲い掛かろうが無駄な抵抗として終わるだろう。それに、もしかしたら次こそは本当に殺されるかもしれない。


 「私は保乃花と申します。この城で魔王様の侍女をしている者です。目的とは一体何について聞かれているのでございましょうか?」

 「わたしを生かす目的よ!」

 「それは貴方様を殺す理由がないからでございます」


 わたしを殺す必要がない?

 自分の主人を殺そうとしたのに?


 馬鹿馬鹿しい……


 「わたしから王たちの情報を聞き出そうとしても無駄だよ!わたしは何も喋らない!!!」

 「そんな下らぬものをなど我が主は求めておりません。それに人の王の情報がほしければ勇者様からお聞きにならなくても十分に知るすべがございます」

 「何よそれっ!」

 「言葉のままの意味でございます」


 彼女はそこまで言うとわたしに一歩近づいた。

 そのことに体が異常に反応する。


 「こないで!!」

 「……勇者様、どうか落ち着いて下さいませ。私は貴方様に危害を加えるつもりはございません」


 そういって彼女は眉を潜めた。

 そんな言葉信じられない。


 わたしがこの世界で……違う、前の世界を含めて信じているのはイリヤだけ。

 それ以外の人間なんて誰も信じられない。


 わたしはキッと彼女を睨みつけた。

 彼女は困った顔をしてわたしを見つめていたが、フッと何かに気がついたかのように視線を扉にやると、深々と頭を下げる。


 何事かと思って扉を見るが、何かがいるわけでもない。もう一度彼女に視線を戻すと、その視線はわたしの方に戻っていた。

 彼女は何をしているのだ?と首をかしげた瞬間


 「どこを見ている?勇者」


 低く甘い声が後ろから聞こえた。

 びっくりして振り返ると、そこには真っ黒な髪に黒い瞳の男。


 その男が誰であるか分かるとわたしはその男から勢いよく離れた。


 「魔王っ!!!」


 忘れるはずもない。間違えるはずがない。

 わたしの宿敵魔王。イリヤの邪魔をする敵。


 その魔王はわたしを見てニヤリと嫌な笑みを浮かべる。


 「やっぱりお前可愛い顔してんな。王に食われたりしなかったか?」

 「っ!!」


 その言葉と共にわたしの首を魔王の手が優しく撫でる。

 先ほど距離をとったはずなのに、その距離は一瞬にして縮まっていた。


 これが魔王の力。

 わたしは少しだけ恐怖を感じる。


 「……魔王様、あまりお戯れがすぎますことはよして下さいませ」

 「なんだ保乃花、嫉妬か?」

 「勇者様が怖がられております」

 「はいはい、分かりましたよ」


 魔王様そう言ってわたしから離れると、この部屋に1つだけあるソファに腰を下ろした。


 「んじゃ、お遊びはそこそこに本題に入ろうか?」


 わたしを見下ろしながら魔王は余裕の笑みでそう言う。


 本題。

 やはり何か意味があってわたしは生かされているのだ。


 たとえ何をされても……

 この国の、イリヤの不利になるようなことは言わない。

 たとえ痛めつけられようが、体を触れようが何も言うつもりはない。


 もしもの時は、この舌を噛み切るだけの覚悟は出来ている。

 わたしはキッと魔王を睨みつけた。


 そんなわたしに魔王は面白可笑しそうな顔をする。


 「どうしよう保乃花。可愛い兎が睨みつけてくるんだが食べてもいいか?」

 「逆に腕を噛み千切られると思いますが」

 「それは嫌だな」


 そう言ってわざとらしい笑みを浮かべた後、魔王はわたしを真剣に見つめてきた。

 思わず体中に力が入る。


 「なぁ勇者。どうして俺が俺を殺そうとしたお前をこうして生かしているか分かるか?」

 「……こっちが知りたい」

 「まともな答えすぎてつまんねーな……まぁいい」


 魔王はパチリと指をはじいた。


 「簡単に言えば、同情だよ。俺はお前を哀れに思って生かしている」

 「はっ?」


 同情?

 わたしが哀れ?

 何を言ってるんだろう……


 そう思ったとき、魔王の手のひらに一枚の鏡が現れた。

 魔王の手のひらをフワフワと浮かぶその鏡の中には思いがけない人物が映っている。


 それは会いたくて会いたくて仕方がなかった愛しい人。


 「イリヤっ!」


 どうしてイリヤが!!

 

 「…………本当、哀れだな」


 魔王の呟きがわたしの耳を掠めた。

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