私の話
私の話
×月×日。天気は晴れ。
窓から差し込む太陽の日差しが何とも眩しい今日この頃。
「おい、保乃花。カーテン閉めろ」
魔王様は不機嫌絶好調のご様子です。
私は先ほど開けたばかりのカーテンをピシャッと閉めると、モゾモゾと布団に潜る魔王様に満面の笑みを見せました。
「おはようございます魔王様。本日のご予定をお聞きになりますか?」
優しく問いかけると魔王様の潜り込んでいる布団が微かな動きを見せます。
どうやら頷いたようです。
「では僭越ながら……。先ほど森の入り口付近に勇者様と見られるご一行の姿を確認いたしました」
「はっ、勇者?」
私の言葉に魔王様はびっくりしたような声を上げて布団から少しだけ顔をお出しになります。
その顔はどこからどう見ても不機嫌そのものです。
「はい。勇者様たちがこのままの歩調で休みなく歩かれますと明日の朝にはこの城に到着するものと思われます。つきましては勇者様との戦闘に備えて本日は準備をすることが多くありますので……」
「ちょっと待て。俺の記憶の中ではつい先日も勇者と戦った気がするんだが」
「魔王様にとってはつい先日かもしれませんが、人間たちにとってはあの戦いからすでに100年ほど経過しておりますゆえ、妥当な時期かと」
「100年? もう100年もたったのか」
魔王様は関心したご様子でそうおっしゃいました。
「はい、そうでございます。ですから魔王様。いつまでも子供のようにお布団に潜っておられないで起きて下さいませ。今から21分と30秒後には明日について話し合う会議がはじまりますのであまり時間はありませんよ」
「めんどくせー」
魔王様は深いため息を吐きながらもやっと起き上がって下さいました。
「しゃーねーなぁ。保乃花、服」
「はい只今」
そう言って私は魔王様のお着替えをお手伝いした後、朝食の準備をはじめとする朝の支度をテキパキと済ませました。
「何かお前、機嫌良いな」
そんな私の姿を見て魔王様は不思議そうにお尋ねになります。
「そうでしょうか? いつもと同じですが」
自分でも気がつきませんでしたが、どうやら今日の私は機嫌が良いようです。
言われてみれば、毎日の中で一番厄介とおもっている魔王様の朝のお支度もさほど苦ではありませんでした。確かに機嫌が良いといえるかもしれません。
「それよりも魔王様。あと2分と17秒で会議がはじまります。急いで会議室に向かって下さい」
「別に遅れて行っても誰も文句いわねーよ」
「いいえ、明日は勇者様との戦闘。きちんと対策を練っていただかないと」
「野郎と戦ってもなんもおもしろくねーのによ」
「今回は男の方ではないそうです」
「何それ、初耳。勇者女なの?」
魔王様はそのことに興味を持たれたようです。
教えろとその瞳が無言で威圧してきます。
まったく、時間がないというのに……。
「はい、今回の勇者様は女であるとの報告を受けております」
私がそう言うと魔王様はほぉと面白そうに目を細めました。
「女の勇者とは……何年ぶりだ」
「800年ぶりかと」
「そうか……もう800年にもなるんだな」
「えぇ」
「前の女勇者は綺麗な黒髪だったな。お前と同じだ」
「それを言うなら魔王様も黒髪ですよ。さぁ、魔王様。急いで下さいませ。本当に会議がはじまってしまいます」
「女なら丁重にもてなさないといけねーし。しゃーねー行くか」
魔王様は気だるげに立ち上げると、マントを翻しながら扉へと向かいます。
私が扉を開けると、当然のように私の横を通過して……立ち止まりました。
そしてニヤリと意地の悪い笑顔を浮かべます。
「明日が楽しみだな。保乃花」
「えぇ、とても」
そんな魔王様に私はとっておきの笑みを返しました。
***
「女の勇者のわりにはなかなかだな」
そう言ってお笑いになる魔王様を見て、なんと余裕なのだろうと私は呆れてしまいました。
勇者様ご一行はこちらの予想通り朝方この城にたどり着き正面の門を突破して来ました。
「出て来なさい! 魔王!!!」
声を張ってそう言った勇者はまだ幼い少女に見えました。
華奢な体系でしたがその瞳には揺ぎ無い意思が芽生えていてこの子は間違いなく選ばれた勇者だと、私は確信したのでした。
「随分と可愛い顔してるじゃねーか。道中供の奴らに襲われたんじゃねーか?」
「っ! 変態!!」
勇者とはいってもまだ幼き少女。
魔王様のからかいに顔を真っ赤にしております。
なんとも無垢で可愛らしく……そして愚かなことでしょう。
「魔王さえいなくなればみんな幸せになれる!お前のその首、わたしがこの手で切ってやる!!」
勇者はそう言って踏み込むと魔王様に剣を振りかざしました。
しかしその攻撃は魔王様に簡単に避けられてしまいます。
「なんだ、その程度か?」
魔王様はそう言って微笑まれましたが次の瞬間顔を歪めました。
「っ!?」
ガクリと膝を落とす魔王様を勇者荒い息を整えながら見下ろします。
「はぁ、はぁ、どう……よ。王特性の痺れ香の効き目はっ」
そういえば、先ほどから何だか甘い香りがしていると思ったら……こういうことですか。
私は一人納得いたしました。
勇者側も負けっぱなしというわけではないようですね。
数千年を超える戦いの中で知恵をつけてきたということですか。
さて……。
「これで……終わりよ!!」
「……っ!」
勇者様はそう言って、剣を振り上げます。
魔王様は目の前に迫る矛先に目を見開きました。
咄嗟に剣を避けようとしますが、体は言うことを聞かないご様子で、結局はその場に苦しげにうずくまったままです。
なんとも哀れなご様子に、わたしは顔を顰めます。
一方勇者様は魔王様のその姿に勝ち誇ったような顔をし、その剣を振りかざしました。
しかし、その剣は魔王様に突き刺さることはなく……
「……え?」
勇者様は今自分に起きたことが理解できないご様子で、呆然としたかのように声をお出しになりました。
「……ククッ、よくやった保乃花」
魔王様は自分の前に立つわたしを見上げ、可笑しそうにそう言いました。
しかし言葉とは裏腹に体は辛そうなご様子です。
きっと、この香には痺れる以外にも何か効力があるのでしょう。
「あっ……貴方っ」
勇者様はわたしに切りつけられた右手を押さえつけながら私を見上げてきました。
その顔は驚きと、困惑と、不安。それらの感情でいっぱいです。
そしてその視線を私の手元やると、勇者様はよりいっそうその目を見開きました。
「そ、それは!」
私は手に持つ剣に視線を向けました。
驚くのも無理はないでしょう。
「その紋章は勇者のっ」
えぇ。
歴代の勇者が扱う剣に施される紋章ですね。
心の中で勇者様にそう言葉を返すと私はニコリと微笑みました。
そしてもう一度剣を振り上げます。
次の瞬間には勇者様は床の上に……。
私はしばらく勇者様を見つめていましたがフッと思い出して魔王様に視線を向けました。
すると魔王様もぐったりとしたご様子で倒れています。
その時、そういえばまだ痺れ香がたかれたままだということを思い出し、私は扉の近くに視線を向けました。
きっと、勇者を守るという名目のもと人の王がつけた護衛でしょう。
私の視線に気がつくと、護衛たちは皆外に出ようと扉を押しますが扉はビクともしません。
素っ頓狂な叫び声をあげるその人たちについ呆れてしまいました。
「早く、換気をしなくてはなりませんね」
甘い香の香りに少しだけ顔を顰めながらも私は剣を構え直しました。