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旧・木花開耶物語  作者: crow
第一章
8/40

木花開耶物語5話 前編

予想以上に5話が長くなりそうなので、前後編に分けました。

……と言いますか、これから全部この調子でいくのではないかなあ、と心配です(時間と体力的に)……。

PROLOGUE

――二XX六年六月八日 七時十五分 住宅街跡付近

 その時、轟音と共に地面が震えた。

 そして音がしたのは間違いなく駅の方だった。しかし地面の揺れは確実に地震では無かった。

「ニニギ……」

 ウズメさんに抱えられた僕はなす術も無く、ただ行く末を見守る事しか出来なかった。

(僕は……僕は、なんて無力なんだろう……)

 いきなり現れた大男に(ひる)み、怪我人の女の子に心配され、今は僕よりも(見た目)弱そうな女性に抱えられている。無力を通り越して、情けない。

 ウズメさんも駅を出てから、黙っている。(たま)に駅の方を見ているが、声は発しない。

(掛ける言葉も無い、か……?)

 自分の不甲斐(ふがい)無さを痛感した、と同時に不確かな目標も見つけた。

――強くなりたい

 ケンカに勝てるとか、腕力があるとか、そういうのでは無い。純粋に誰かを守れる力、誰かに頼られる力、誰かに認められるような、そんな都合の良い力。誰も傷つけずに、でも圧倒的で絶対的な力。そんな夢の様な力、それが在れば……あの大男にも……。


――一分前 駅のホーム

「はあ、本当に彼方(あなた)という人はいつも、いつも私の邪魔しか致さないのですね?」

 深い溜め息と共に瓊瓊杵(ににぎ)の口を()いて出たのは、遥か上空に居る誰かに向けての悪態だった。

 そんな彼女は本日も以前と同様の、ゴシックロリータを思わせる格好で、夜空を見据えている。その暗闇に()える彼女の姿は、(さなが)ら女王だった。しかし、そんな清楚で気品のある彼女の風貌(ふうぼう)から、悪態など縁の無い存在かと思われていたが、実にあっさりと覆されてしまった。どうやら、見た目と中身が比例しない事こそがこの世の(ことわり)であり、常識らしい。

「彼方がこの(いくさ)を、どう勝ち上がっていくのかまで口出すつもりは毛頭ありません。ですが佐久夜様を狙う、とあらば、こちらも黙って見過ごす訳にはいきません!」


――三十秒前 駅上空

「なーんか、下で怒ってますよー いいんですかー?」

 と、お気楽な調子で現状報告をする登陽(とみや) 毘美(まさみ)。当然、同乗者の大男は無視(しかと)。ただ先程から、獲物が逃げて行った方を眺めている。

「ねえ、用が済んだなら戻ろうよー? 此処に居てもしょうがないしー」

 無反応の大男。首すら振らない。もう何を考えているのか常人では推測不可の領域。

「ねえ……」

 と、話しかけたその時。今の今まで木花 開耶を見ていた大男が、駅に居る者の気配に目を向けた。

「ぬ? この気は……瓊瓊杵か?」

 本日、聞いた大男の第一声だった。

「あっ、ちょっ、どこ行くのー!? …………。はあ、今まで黙って居たかと思えば、急に船から降りて、どっか行っちゃうし……はあ」

 ただただ溜め息しか出なかった。


――十五秒前 とあるビルの屋上

「……でね、って聞いてるハル様?」

「ん? ああ、はいはい」

「うー、絶対聞いてないでしょ?」

「ん? ああ、はいはい」

「もうっ!!」

 日が沈んだ頃から、彼の様子がおかしいのは明らかだった。上の空、と言うよりはどこか遠くを一心に眺めている。けれど、彼の見ている方向には何も見えない。ただ夜空が拡がっているだけ。でも、共通している事もある。それは見ている方角。それだけは毎回、決まって南西を見ている。

(あぁ、ハル様(の頭)、大丈夫かな……?)


――五秒前 浅間(あさま)山頂上

「……乱入者共が間に合って、アイツは逃げ延びた、か。面白いモノが見られると思っていたのだが……仕方ない、これも天の運命(さだめ)。従わざるを得ないな」

 不満そうな口振りの傍観者は、そこまで事を見届けると深い闇へと消えて行った。

 果たして、傍観者の目的とは……?


――二XX六年六月八日 七時十五分 駅のホーム

 地が揺れ、空気も震える、そんな夜。一人の落下物と、一人の少女が出遭う。

「む……やはりこの気は瓊瓊杵だったか……」

 土煙が立ち込め、視界が思うように晴れない中、大男は確信染みた声で呟いた。事実、大男の言う事は正しいのだが、瓊瓊杵は動じる事も、受け答える気も無いようだった。

「…………」

「むぅ? 久方振りの再会にしては硬いのぉ、瓊瓊杵……」

 ホームと線路の間に落ちた大男が、のんびりとした足取りで瓊瓊杵の居る方へと、気を頼りに向かって行く。しかし瓊瓊杵はその行動を見ても、逃げるどころか、動く素振りすら見せなかった。どう考えても、目の前に居る大男が異常なのは一目瞭然の事だった。それは一概に瓊瓊杵が勇敢なのか、無謀なのか、()()づいて動けないのか、それとも勝算がある(ゆえ)の余裕なのかは、知る(よし)も無い。

 ただ、一つ言える事は――この出遭いが、更なる非日常への一歩となるという事だけ……。


「知らざる日常」

――二XX六年六月八日 七時十六分

 二人の間を遮るように存在していた土煙は完全に晴れ、本当の意味で初めて対峙した。つまり、相手が相手とする相手をお互いに初めて認識したのがこの時だった。

 大男の薄く笑みを浮かべた表情からは、相手が予想通りだった事が見受けられた。それに対して瓊瓊杵の心底、嫌そうな表情も相手が予想通り最悪だった、という事が見て取れた。

「はあ……単刀直入に伺います。私の佐久夜様に何か御用でしょうか?」

 話すのも億劫なのか、溜め息混じりに問い質す瓊瓊杵。しかし大男はその問いが意外だったのか、愚問過ぎたのか、失笑してしまった。

 両者の間に重い空気が流れる。

 しかし、それも束の間の事だった。短い沈黙の(のち)、大男は問いの答えを語り出す。

「用じゃと? (たわ)けた事を申すな。これは(いくさ)じゃぞ、瓊瓊杵。敵に遭えば、戦いを挑むのが道理。瓊瓊杵よ、甘い心構えで臨むのならこの戦から即刻、退()くが良い。今のような事を戦の(たび)に問うているようでは勝てぬ、絶対にな」

「そうですか。御忠告、どうもありがとうございました。……ですが、彼方にそのような心配をされる筋合いなどありません。私は、私のやり方で佐久夜様を勝利に導きます」

 怪訝な顔で見つめる大男を、真っ直ぐと睨み返す瓊瓊杵。数秒間、睨み合い、先に折れたのは大男の方だった。

「……まあ、よいわ。此度(こたび)は様子を見に参っただけじゃ。今宵は御前の怪我に免じて、去るとするかのぉ」

「そうですか。それは、それは残念です。彼方を此処で脱落させられるかと、胸が騒いでいたのですが……御言葉に甘えて、また次の機会に致しましょう」

 と、笑顔で返す瓊瓊杵。しかし、その目はまるで笑っていない。むしろ殺意に溢れているようにも見える。けれども、大男はそんな瓊瓊杵の素振りには目もくれず、既に視線は空を見つめていた。

「瓊瓊杵よ」

 空を見つめたまま、大男が呟く。

「はあ、今度は何ですか……?」

 それに心底、嫌そうに応じる。

「情けを掛けるのは今日限りじゃ。次は容赦無く、――…………」

 大男の語尾は、突然現れた空飛ぶ船の着陸による風と、それに乗っていた女の奇声で掻き消された。

「あっ、居たーっ! って、女の子と? あれあれ? もしかして……浮気? え~~っ!?」

「……あのはしたない女子(おなご)は?」

「我が主だが、異存でも在るのか?」

「…………いいえ、ありません」

 込み上げる笑いを必死に抑えながら、瓊瓊杵は何とか言葉を返す。

 それから大男は無言で船へと乗り、駅を去って行った。大男の連れが終始、瓊瓊杵を睨んでいたが、本人は全く気にも留めなかった。大男以外は眼中に無いらしい。

 船が完全に見えなくなってから、瓊瓊杵も船の去った方を一瞥し、帰るべき場所へと帰るのだった。


――二XX六年六月八日 住宅街跡付近 夜

 それから駅を出た瓊瓊杵は大通りを通って、住宅街跡へと向かった。その道中、先の揺れに南海市の住民が大騒ぎしているのを見かけるのだった。

「ああ、スズキさん。地震ですよ、地震。避難した方が良いんですかね?」

「そうですね。ここは海も近いので、高い所に避難すれば安心でしょう」

「二人ともー、早く逃げましょうよー」

「はいはい。そんなに慌てると転びますよ、ヤマシタさん。もう若くないんですから」

 緊迫している様で、緩やかな、外から見れば微笑ましくも無駄な、そのやりとりはまだまだ続きそうだったので、巻き込まれないように、瓊瓊杵は早足で大通りを出た。

 程無くして着いた住宅街跡は、大通りとは正反対だった。灯りの消えた建物はどこか寂し気で、人の居ない道はいつにも増して静かだった。

 こういう寂れた空間を、余り好ましく思えない性分(しょうぶん)の瓊瓊杵だが、此処だけは特別好きだった。そして、此処が開耶と出会った時から瓊瓊杵の住処(すみか)と成っていた。

とは言ったものの、辺りを見回しても、この時間帯に見えるのは夜の闇だけ。此処は星のか細い光も、不完全な月の明りにも照らされない暗黒地(ダークサイド)。住処とは言え、夜になると瓊瓊杵にさえも把握し切れない場所となってしまう。それだけが、此処の不便な点と言っても過言では無かった。

そんな葛藤を抱きながら、奥に向かって歩いていると、数メートル先から人()らざる異様な気配を察知し、瓊瓊杵は本能的に立ち止まる。

「瓊瓊杵様、(わたくし)です」

 その声を聞き、瓊瓊杵の警戒が解ける。すると瓊瓊杵の視界が段々と闇に慣れていき、声の主の姿が目に映る。

 声の主は瓊瓊杵の前に膝をつき、顔を伏せて待っていた。

「はあ、びっくりした」

 瓊瓊杵の感じた人為らざる異様な気配は、先に逃がした鈿女(うずめ)の気配だった。

「すみませんでした。それよりも、瓊瓊杵様が御無事で何よりです」

 その言葉を聞き、瓊瓊杵の顔が少し暗くなる。

「心配をかけて、すまんかった。しかし、奴に対抗しうる力はそなたにない。(しか)らば、そなたをあの場に残す訳には……」

「大丈夫です、瓊瓊杵様。私も自分の力量は存じております。それに、あの方との決着は瓊瓊杵様の問題です。私が出る幕などございません」

 物分かりの良い鈿女には、瓊瓊杵が考えている事はお見通しの様だった。それを聞いた瓊瓊杵の顔から暗さが無くなるのかと思えば、暗さはまだ残っていた。

 瓊瓊杵の重い口が開き、暗さの原因が明かされる。

「……そうじゃ、私はもう一つ、そなたに謝らなくてはいけない事があった」

「? それは何ですか、瓊瓊杵様?」

「それは先程、そなたを敵と勘違いした事じゃ」

 瓊瓊杵の中で一瞬でも鈿女を敵と勘違いした事が、ずっと引っ掛かっていた様だ。

「いえ、駅の一件もあり、参加者達が動き出した可能性が否定できないのも、また事実。瓊瓊杵様が、緊張状態だった事も考慮すれば致し方ないかと思われます。

 それよりも、今宵からは今までよりも一層、警戒心を高めて過ごさなくてはいけません。佐久夜様を守る為にも」

 それを聞いた瓊瓊杵の顔にはもう暗さは無かった。そして瓊瓊杵は、鈿女が本当に自分の良き理解者だ、と言う事を改めて実感していた。

「そうじゃな。……それよりも鈿女、佐久夜様は何処(いずこ)へ?」

「時間も時間でしたので、自宅にお返し到しました」

 と、鈿女が開耶の家の方を指し、答える。すると名残惜しそうに瓊瓊杵がその方を見つめ、小さく低い声で呟く。

「鈿女」

「はい、何でしょうか?」

 鈿女も瓊瓊杵の声色に合わせて、訊き返す。

此度(こたび)の事に付いて、佐久夜様は何か(おっしゃっ)たか?」

「いえ、特には。佐久夜様の御様子から察するに()だかと……」

「そうか、それは(いささ)かおかしいのぉ」

「はい、何者かによって仕組まれた可能性が考えられます」

 二人の間に、短い沈黙が流れる。当然、その沈黙を破ったのは瓊瓊杵の方だった。

「まあ、よい。佐久夜様が出るまでも無く、敵は私達で一掃する」

 先程の重い雰囲気とは打って変わった口調で、瓊瓊杵が言う。しかし、その言葉に鈿女は快く了解する。

 こうして本人の意見を完全無視した、瓊瓊杵達による、開耶の為の、開耶を守る作戦が決まったのだった。


「佐久夜様、私は奴を含めた全ての外敵から彼方(あなた)をお守り致す。然らば、彼方様が望んだ未来を手にする事を、私は(こいねが)う」

 それは瓊瓊杵が闇の中より見つけた、流れる輝きに託した切なる思い。


――二XX六年六月九日 とあるビルの屋上

 目が覚めると、夜が明けていた。それから段々と意識が回復していき、ここまでに至った経緯を思い出す。

(確か、昨日は……)

 遊びをせがまれて、仕方なく付き合ったつもりが、気づいたら昼を過ぎてて、飯を食いに街に出掛けた先で変な会話を聞いて、それで……。

「ハル様~……むにゃ」

「!? はあ、何だ、寝言かよ……びっくりした」

 俺の隣で、俺の腕を枕に、未だ熟睡中の女の子。見た目(主に顔)こそ歳下に見える(つまり童顔だ)が、中身も相当な幼稚さ加減で、成長しているのは背丈と胸と尻だけ。とは言っても、歳は知らない(訊けない)し、身長も一五〇そこそこで、胸と尻は身長の割に出てるってだけだ。

(まあ、高校生じゃねえわな……)

 しかしこの子こそが、今回の朝帰りの原因である。

 まあ、色々とツッコミたい事は俺にも、聞いてる奴等にも在るだろうが、全て置いて、まず聞いて欲しい。

 この子は俺の――嫁だ。でも、それだけしか俺には思い出せない……って、おい!

 ちょっと待った! 帰るなって! 話は最後まで聞いてけって! 冗談じゃないんだよ! おーい? 誰か居ますかー? 居ませんよね? はあ、これから先、どうなるのやら……?


――二XX六年六月九日 南海市立 南海高等学校

――キーン、コーン、カーン、コーン

 予鈴が鳴った。間もなく担任が来て、HRが始まる。しかし教室内は、それどころでは無かった。原因は満場一致で、教室にある二つの空席だった。残念ながら、この二つの空席が列の一番後ろに在れば、ズレた時期の転校生で納得だった。しかし、その机は私達のよく知る人達の物に間違い無かった。

(サクもハルも、何してるの……? 早くしないと担任、来ちゃうよ……)

 どちらからも、連絡のメールは来ていない。

「玉ちゃん、サク達から連絡あった?」

 と、尋ねると申し訳なさそうに小さく首を横に振った。私は玉ちゃんにいいよ、とジェスチャーして向き直る。

 もし、遅れて来るなら、担任にバレないように出席確認まで時間を稼いでくれ、というメールが来る。それにこういう時、二人は大抵、一緒に来る。ハルが居なくて、サクが居る時はあっても、サクが居なくて、ハルが居る時は無い。

 しかし、どちらからも欠席の連絡メールも、遅刻の連絡メールも来ていない。

(このまま、何もしなくていいの?)

 そう、思った時、教室のドアが開く。教室は一斉に静まり返り、みんなが入って来る者に注目した。そして願った、入って来るのが二人である事を……。

 しかし、そこに現れたのは――無情にも担任だった。

「よーし、出席、取るぞー」

 ドアが閉まるのとほぼ同時に、この教室の現状をまるで知らない担任が口にする。それを聞いた生徒達が再びざわめく。

 その中で私は一人、試行錯誤をしていた。サクとハルは本当に来るのだろうか、と。

 もし来るのなら、私のすべき事は時間稼ぎ。

 もし、二人とも来ないなら、どうして来ないのか担任に尋ねるのが私のすべき事。来ない理由がサボりなら心配は要らないけど、もし風邪とかだったらお見舞いに行かないと、心配で何事にも身が入らない。

 こんな風に成ったのには、明確な理由がある。

 それは小さい頃のある出来事で、それ以来、私は自分の知らないところで、自分の知らない事が起こっていると思うと、何もかもが怖くなった。だから、私は何もかもを知りたい。知らないという事が無い程に知りたい。知らないという恐怖を知っているから、知らないという事を――無くしたい。

 こんな自己満足で自意識過剰な行いが、誰かに受け入れて貰えるとは思ってない。それでも私は、全てを知らなくてはならない。自分の為にも、そして周りの為にも……。

 と、過去の私なら考えていただろう。けど今は変わった。もう自分を優先するような、嫌な自分とは別れたのだ。だから、私は二人が来ると信じて――時間を稼ぐ!

 そんな、心配性とは似て非なる感情を追い払うのに、時間をかけ過ぎてしまった。気づけば、担任はもう出席を取り始めていた。

「えーっと、次は……柏木(かしわぎ)

「……は、はい」

(もう、柏木ちゃん!? 何でもいいから話を()らさなきゃ……!)

「あっ、あの、先生……」

「ん? どうした、クッシー?」

 ここで注釈を入れさせて頂くと、一部の教師は私の事を友人達が呼ぶように「クッシー」と言う。(ちな)みに、その第一人者がこの担任だった。

 思い返せば、初対面の時から妙に馴れ馴れしい(良く言えばフレンドリーな)感じだった。しかし、この担任の深層心理は未だに謎な部分が多かったりする。楽観的かと思えば、急に真面目な話をしたり、何の前触れも無く授業を変更したりと、正に破天荒な教師なのだ、この人は。そして、そんな担任を私は自然と危険視し、近づかなくなった。

「え、えーっと……ですね」

 ()って、私は固まった。

 話し掛けるのまでは、何の問題も無く円滑に進んだが、その先は何も考えていなかった。とりあえず、出席確認を止める。それしか考えていなかった私のミスだった。

 いつもは前もって連絡が在る為、共通の話題を用意して置くけど、今日は突然の事だったせいか何の話も無い。つまり、私には沈黙以外の手は無い。いや、そもそもこんな(良い意味で)変人と合う話題なんか、常日頃から持ち合わせられる訳が無いのだ。

「どうかしたのか、クッシー?」

「えっ、はい。あの、その……ですね」

 万事休す、教室の扉に視線を送るが、誰かが入って来る気配は無い。そして会話を引き延ばすのもこれが限界。これ以上は、私の手に余る。

(どうすれば……? サク、ハル……私に出来る事って、なに? それとも、私ってなにも出来ないのかな……?)

 (うつむ)いたその時、クエスチョンマークを頭上に浮かべていた担任が、何か閃いたかのように納得し出した。

「ああ。分かった、分かった。それなら俺も知ってるからー」

「えっ? 何の事ですか?」

 勝手に(悩ませたのは私のせいだけど)悩んで、勝手に納得されても、こっちはさっぱり。当然、唐突に状況説明を求めた。

「は? だからサクヤは今日、休むって、保護者から連絡きてたぞーって話」

「えっ? そ、そうなんですか?」

 担任の意外過ぎる発言に、思わず訊き返してしまった。

「は? それが言いたかったんじゃねーの?」

「ええ、まあ。いや……いえ、はい」

 とりあえず丸く収まった事を良しとしようとする気持ちと、他人の厚意(?)に甘えてしまって良いのかという後ろめたさが交錯し、答えを曖昧にしてしまう。

「どっちなんだよ。まあ、いいや。それよりも問題なのは、連絡をしてきた奴だ」

「え? サクの……あっ、開耶君のお母さんじゃなかったんですか?」

 つい、教師の前で愛称を使ってしまった。

 この担任はそういう細かい事を気にしない人だけど、それが習慣になってしまい他の教師の前でも出るように成っては問題だ。優秀な生徒としてではなく、一人の人間として、それが礼儀であり暗黙のマナーだ。

(いや、前提として私はこの人を教師と認識していないんじゃないかな……?)

「ああ。なんか声が随分と若かったし、サクヤの事を様付で呼ぶから、おかしいなあ、と思ったんだよ。そんで、サクヤとはどういう関係ですかー、って思い切って訊いてみたんだよ」

(やっぱりこの人、やる事が教師っぽくないなあ……)

「そしたら、ソイツ『私ですか? 私は佐久夜様の嫁ですが』って平然と答えやがったんだよ。だから俺も『はい、そうでしたか』って切ったよ」

「…………」

 とりあえず、教室は(しら)けた。別に、そういう作戦を前以(まえも)って立てて居た訳でも、合図を取った訳でも無く、一斉に音が止んだ。そして、みんなの視線は自然と最後に喋った担任に向けられた。

 そこで空気を読んだ担任は、今、私に話した内容をもう一度ゆっくりと話し出す。

「だからな、よく聴けよ。サクヤの嫁を名乗る謎の人物から、欠席の連絡が俺に来た。お前等はコレをどう思う?」

「サクを速攻、学校に連行してその嫁とやらについて尋問します!」

 目に怒りを浮かべた男子一同が口を揃えて言う。

「今すぐサクくんからお話を伺いたいです!」

 笑顔の女子一同もまた、口を揃えて言う。

 どちらも今の話で何を想像したのかは分からないけれど、教室内が乱れ始めている事に変わりなかった。

 もう私、一人だけでは収拾がつかない程に教室は荒れていった。最初は周りの人達と喋っているだけの小さな塊が、段々と強者の居る塊に飲まれ、巨大化していき、最終的には二つの塊と成り、騒いでいる。

 一つは、サクの嫁を見たいと主張するグループ。多数派、メンバーは主に女子で構成。

 そしてもう一つは、そんなサクを敵対するグループ。少数派、メンバーは主に男子で構成。

 因みに私と、玉ちゃんと、元凶(たんにん)は中立と司会進行役。

「さあさあ、全員がどちらに付くか決まったところで、穏便に話し合いで解決しようじゃないか? どちらかが、どちらかを納得させれば勝ち。その方が公平だし、お互いケンカには成らねえだろ? それに納得できねー奴は、反論すればいいんだから、なあ?」

 かくして、サクの今後が()かった討論会の火蓋は切って落とされるのだった。

(サク、学校来ない方が良いかも……)


――二XX六年六月九日 木花家

「佐久夜様の容体は?」

 面会謝絶、という赤字の貼り紙をした、外とは隔離(かくり)された部屋(くうかん)から出てきた私に瓊瓊杵様が駆け寄り、待ちに待った事を尋ねられる。それと言うのも、佐久夜様の護衛と思って今朝、自宅に向かったところ、玄関で倒れていた佐久夜様を発見し、今に至るのですが……。

「発熱、頭痛、嘔吐(おうと)、その他諸々(もろもろ)の症状が見受けられますが、命に別状はないかと」

「はあ、良かった。って、良くない!」

 一瞬でも佐久夜様の苦しみを軽く見てしまった事に対して、瓊瓊杵様が御自分で即座に訂正を入れる。それを(ぞく)に乗りツッコミ、と言うのは瓊瓊杵様の知るところではないのだろうけれど、私はこの状況下で笑うべきなのか、(いさ)めるべきなのか、対応に困り果ててしまった。すると、助け舟と言うには少々語弊(ごへい)があり、偶然と言うには必然的な言葉が、瓊瓊杵様より発せられる。

如何(どう)にか()らんか、鈿女(うずめ)?」

「如何にか、と(おっしゃ)いますと?」

 瓊瓊杵様の心中はお察し出来ましたが、侍女(じじょ)である私が、(あるじ)である瓊瓊杵様よりも先に申し上げるのは無礼行為。周りくどくなりますが、こうするのが礼儀であり、私の忠義心の表れと()んで頂ければ本望なのです。

「佐久夜様の事じゃ。如何にかして、治すか、痛みや症状を(やわ)らげる事は出来ぬかの?」

「その事なのですが……。物さえ揃えば私が如何にか出来るのですが……。何しろ彼方(あちら)とは勝手が違います(ゆえ)、物が無ければ私には如何にも……」

 主君に嘘を申すなど、言語道断。つまり、この言葉は事実。その事は瓊瓊杵様も重々承知の(はず)。そして私の申し上げた『物』と言うのが、此方(こちら)の『物』でない事も理解して頂けた御様子で、私達の間には重い空気が漂った。

 沈黙を破ったのは当然、瓊瓊杵様の方だった。何か名案を思い付かれたらしく、その顔には笑みが浮かんでいました。

「打開策を(こう)じた。聞きたいか、鈿女?」

「瓊瓊杵様、そのような事をまた(おっしゃ)って……」

 この態々(わざわざ)聞きたいか尋ねるのは、礼儀の類ではなく、瓊瓊杵様の悪い癖なのです。私も私以外の者に、そのような口調を使わないように使用し出した頃から何度も遠回しに注意はしているのですが、瓊瓊杵様は基本的に私以外とは会談される機会がありませぬ故、強く言う事も出来ず、いつの間にか口癖のように成ってしまわれたのです。私の至らない教育が生んだ、悲惨な結果。願わくは、佐久夜様と佐久夜様の前でだけは、この口癖が出ない事を祈るだけです。

「よいではないか、相手は鈿女じゃし。それで、聞きたくないのか?」

「……では、是非聞かせて頂きます」

「と、その前に一つ、伺いたい事がある」

「何でございましょうか?」

「その『物』とは、彼方に在る『物』と同じ効力を有する、此方の『物』で代用は可能か?」

「そ、そうですね。言の葉の上では、瓊瓊杵様の仰っている事は正しいです。……しかし大変申し訳(にく)いのですが、それは限りなく()に等しい可能性です」

 彼方に在る物が此方にも同様に存在している、とは限らないのです。むしろ彼方にしかない物が在り、此方にしかない物が在る、その方が理に(かな)ってます。決して交わる事の無い、上と下の世界が等しく結ばれているとは考えられません。

「それはつまり、鈿女。『物』は有るかも知れんし、無いかもしれん、と言う事か?」

「はい。及ばず(なが)ら私には、その問いの答えを断言する事は出来ません」

 私は顔を伏せ、瓊瓊杵様の問いに率直な意見を返しました。すると、瓊瓊杵様が似合わぬ高笑いをし始めました。私は到頭(とうとう)、瓊瓊杵様の思考が如何にもならない問題に対して狂い出したのか、と心配したところ、それは杞憂(きゆう)に終わりました。

「ふふふっ。やはり昨今(さっこん)の私は()えてるぞ、鈿女」

「と、仰いますと?」

「私の打開策は、この事態を本当に打開できるかもしれん。よいか、まずそなたは……」

――二分後

「本気ですか、瓊瓊杵様?」

 私は出来()る限り平静を保ちながら、今、瓊瓊杵様が説明して下さった打開策の内容について、率直()つ真面目で冷静な意見を述べさせて頂いた。通常なら、主の意見に訊き返すような真似は致しませんが、今回ばかりは主の心意を確かめざるを得ない内容でした。まさか、私と瓊瓊杵様が――。

「本気じゃ。これも佐久夜様の為、そう思えば、このような事で(ひる)んでいる場合ではない! それに今後の事も考え、この策は実行不可欠じゃ!」

 と、一人で頷く主を横目に、私はもう回避は出来ないと覚悟をしていました。

(何故か、瓊瓊杵様からは本命の任務とは違う活気を感じるのは気のせいでしょうか……?)

 上機嫌な主の後を、()に落ちない侍女はゆっくりと付いて行く。その先が既に戦場に成っているとは(つゆ)も知らずに……。

お読み頂き、ありがとうございました。

ご意見・ご感想、気長に待ってます。

指摘やアドバイスでも全然構いません。

誤字・脱字の修正は随時行い、行い次第、活動報告する予定です。内容が一気に変わる事はありません。

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