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旧・木花開耶物語  作者: crow
第一章
6/40

木花開耶物語4話 後編

何とか間に合って良かったです。

最後、変な終わり方になっていますが、後々説明が入るのですみませんが、スル―してください。

――二XX六年六月八日 夜

 ひょんな事から始まった浅間区約一周ハイキング大会は、もうゴール寸前だった。しかし、それ相応の時間も経過していた。ふと見上げた空には、先走った一番星がまだ少し明るい空を照らしていた。けれど、(まぶ)しくはなかった。むしろ、弱過ぎる光は心細かった。何故か途切れてしまいそうな感覚に襲われ、その光から目を()らしたくなる。

 そんな真ん中で、僕はある異変に気づいた。

「駅に……人が、いない……?」

 確かに、電車の来ない時間帯は人が居なくても何もおかしくはない。そもそも、電車の来ない駅なんてただの建物か、それ以下の存在だ。他にする事も無いし、電車の到着を待つ以外に出来る事も無い。実に不便な場所だ、と電車の利用を全くした事の無い僕は考える。

「……そうだ、電光掲示板」

 全く利用しないからと言って、何も知らない訳ではない。自分の住む街の駅なのだから、ある程度は知っている。という訳で、彼女に何も告げず、時刻表を確認しに行く事にする。

「えーっと、確かこの辺りに……あっ、あれか」

 上りと下りの時刻を早い順に二つずつ掲示した電光掲示板は、この駅の中でも特に浮いて見える。理由はとても単純で、駅の内装が古いのに対して、コレだけが新しい物だからだ。

 以前、ハルに誘われて‘まあまあ都会の場所’に遊びに行った事が在る。そして、その時の事は今も覚えている。正に都会、というモノを味わった日だった。

 まず、降りた駅の改札口には意味深な装置が設置されていて、切符売り場はタッチパネルが備え付けられており、駅の周辺と地下には店が構えられていた。とりあえず、僕の知る駅というモノを覆された。

 次に、都会は人だらけだった。しかも、ぶつかっても謝らないし、謝っても聞いていない。人が密集していて暑いのに、人は想像以上に冷めていた。それでも、南海市よりはマシだと思った。

 最後に、僕はやはり田舎者だった。そう、実感せざるを得なかった。何もかもが、僕の知っている物や事と違った。それはもう、訊き返すのが恐ろしくなる程に違った。

 そして僕は、僕の田舎(まち)に帰った。それ以来、駅には行かなかった。この街を出た先はどこに行こうが、異世界だと知ったからだ。そんな所に何も知らない僕が行く筈も、行ける筈も無かった。


 最近の様で遠い過去を振り返り、苦い思い出を噛みしめながら、本題に戻る。

(一番早い電車は……)

――七時五分 上り行き 二番線 普通列車 四両編成

 確認してから電光掲示板の隣に、ひっそりと吊るされた、古びた時計に目を移す。これは昔から、二分ずれている。そして時計が指し示す時刻は七時。

「今は……七時二分前か……」

 人が居ない理由としては、おかし過ぎる。ちょっと用心深い人なんかは、このくらいの時間帯に居てもおかしくないし、学校帰りの学生がホームで暇を潰すのなんて常套(じょうとう)手段だ。

 しかし、駅には誰も居ない。

「……あれ、あの人は?」

 ふと気づけば、自分と一緒に駅に入った筈の人が消えている。

「……ホームの方か?」

 改札を通った音も、そもそも切符を買った音すら聞こえていないが、あの人なら無人の改札口くらい通ってしまうかもしれない。いや、「ラッキー、私ツイてるよ~」とか言って絶対通るだろう。

 思い返してみれば、彼女から目を離したのも、電光掲示板を見に行くのを伝えなかったのも、無人だからって改札口を通っちゃいけないのを教えなかったのも、全部僕の責任問題が問われるのだろうか。いやいや、それは流石に理不尽過ぎるだろう。責任は半々……だと良いけど。

 そんな事を考えながら、やむを得ず僕も改札口を乗り越えるのだった。


 改札を飛び越え、数歩進んだ所で立ち止まる。ふと、忘れかけていた決意を思い出したからだ。

 僕は目的地が駅だと分かった時、正直に案内を辞めようかと思った。駅なら僕に聞かずとも、来た道を戻れば(おの)ずと着くし、この街の住民も出て行く人には親切だろうし、何よりも僕にとって駅は異世界への入口だったからだ。確かに面倒臭いと思う気も在ったが、それに勝る恐怖という思いも在った。出来る事なら金輪際、駅には近づきたくもない、あの日帰って来てからずっとそう願っていた。そんな僕が、常日頃から拒んでいた駅に来た理由。それは、ハルに会いに行く為だ。

 ハルの家は南海市から、上り二駅いった相良(さがら)市駅の近くに在る。一年生の頃に何度か遊びに行った事も在る。彼の家は、一戸(いっこ)建て三階ベランダ、屋上付き、加えてフットサルくらい可能な庭のど真ん中にバスケットゴールが鎮座している。当然、一度来れば忘れないだろうし、もし忘れたとしても周りとは違う雰囲気のその家を見逃す道理は無い。

 会いに行くのは、他ならぬ安否の確認だ。妙な胸騒ぎがして、収まらない。何も無ければ、それに越した事は無いし、もし怪しまれても御見舞って事で誤魔化せるだろう。だからとりあえず、一目会って納得したい訳だ。

 目的を見失わないようにどうして此処に来たのかを再確認し、彼女の捜索へと向かう。

(一体、どこに居るのやら……?)


 で、少々小走りでホームを徘徊したところ、車両はゼロ、加えて乗車希望者もゼロと、不可解な空気を漂わせる南海市駅ホーム。何か遭ったのか訊きたくても、駅員すら居ないのである。これじゃまるで、住宅街跡を歩いているようだ。

「まあ、明りが在る分、本物よりは幾分かマシだけど……」

 と、愚痴を(こぼ)しつつも辺りを見回すが、やはり人は居ない。

 ホームの天井から吊るされた古びた時計は、もうすぐ七時五分になろうとしていた。電車が時間ピッタリに来ないのは知っているが、来る気配もアナウンスも無いのはおかしい。

(もしかして、切符売り場の方に戻ったのかな……?)

 改札を出るとホームは東西に大きく広がっており、僕の現在地はホーム東端。もしも彼女が西側に居て、この異変(流石にここまでおかしければ彼女でも気づくと思われる)を僕に(しら)せ様と切符売り場に戻ったのならば、入れ違いになっているかもしれない。そうだとしたら、切符売り場に僕が居なくて、また彼女は何の当てもなく動き出すかもしれない。それに、これ以上面倒事になるのはあまり得策とは思えない。

(とりあえず切符売り場に戻ろう)

 と言う訳で、ちょっと全速力で改札口へと走った。


「……はあ、はあ、はあ」

 単刀直入に……期待を裏切る結果がそこに在った。

 約百メートルを、鞄(約三キログラム)を抱えながらほぼ本気で走った労力に対する結果としては、現実は厳しかった。結論から言えば、彼女は切符売り場に居なかった。そして他の人(駅員含む)も居なかった。現状をおかしさで言えば、非日常にも負けずとも劣らず状況だろう。

 それはさて置き、彼女が次なる罪を犯す前に見つけ出さないと、冗談抜きでヤバいかもしれない。今は何故か、人が居ないから騒ぎになってないけど、どう考えても許されない行為をしている。

(僕は巻き沿いっていうか、これに関しては被害者……いや、同罪かな……?)

 なんて悠長な事を思いつつ、今後について真面目に考えてみる。

 極端な話、道案内は済んだので僕の役目というか義理は果たせた訳で、これ以上は僕の管轄外、もといあずかり知らぬところだ。今後、彼女が何をしようが、どこに行こうが、それは彼女の意思であり、彼女の責任だ。だから僕が彼女を探す道理は無い……のだが、こういうのは理論とか理屈では無い、と思う僕が居る。はっきり言って、こんな別れ方は後味が悪過ぎる。それに今度また会った時は笑って、あの時はどうも、って話したい。だから……。

「よし、もう一回ホームを探そう。今度は西側に行ってみよう。もしかしたら、居るかもしれない」

 そう、誰に言うでもなく呟く。

 そんな僕のやる気は充分。けれど、そんな彼女の見つかる可能性は五分五分。でも、諦める道理は無かった。

 そして僕は、再び改札口を飛び越えて行った。


 小さい頃に、不審者に出遭ったら大声を出して逃げなさい、と教わった人は少なくはないだろう。僕も例に漏れず、教わった内の一人だ。

 しかしながら、僕ら人間は本当に恐ろしい物や事に直面した時、大声を出す事は出来るのだろうか? 答えは当然、否だ。そもそも、皆がみんなそんな事が出来れば少年少女の誘拐事件や、性犯罪は起きていない。それどころか、未然に防げるだろう。しかし現に起きているし、減ってない現状を見れば、嫌でも分かるだろう。人間は本当に恐ろしい物や事に直面した時、大声を出す事は出来ない、と。

 もっと簡単な例を挙げてみよう。遊園地などに在る、絶叫系アトラクションは御存知だろうか? あの類のアトラクションが落ちたり、最高速になったりした時に聞こえる悲鳴、あれは誰の悲鳴だろうか。そのアトラクションに嫌々、乗せられた人の悲鳴? いや、違う。あれは間違いなく楽しんでいる人の奇声だろう。ならば嫌々、乗せられた人はどうしているのか? その問いの答えは実に明快だ。その人達は悲鳴さえも出せず、ただただ早く終わるのを小さくなって待っているだけ。つまり、結果は先程の不審者と対峙した時と同じという訳だ。

 何故、今さらになって、そんな事を思い出しているのか、そう、疑問に思うのも無理は無い。しかし僕自身、何から説明すればいいのか、少々頭がパニック状態に陥っている。ただ、一つ分かった事が在る。人は本当に意味の分からない物や事に直面した時も、声を出す事が出来なくなる、と。

 僕の目には、黄金の装飾が施された、それは大層な船がホームに堂々と泊めて在り、その船の淵の所に彼女と、身長二メートルは優に在るだろう人間らしき物体が映っていた。

 即ち、それは――理解不能だった。


 とりあえず見れば見る程、おかしい物がそこに在った。因みに僕の混乱は未だに続いているのだが、現状分かる範囲でこの場の状況を整理したいと思う。

 まずは現在地。此処は間違いなく駅のホームだ。詳しくは改札を出て西へ数十メートル進んだ位置だ。そして、それを証明する看板が僕の右斜め約四メートル先に在る。その一見すればただの錆びついた看板には、最近塗り替えられたのか、外装とは釣り合わない綺麗さで、南海市駅、と書かれている。

 次に目の前の物。それは最初に提言した通り、船以外の何物にも見えない物体。詳細を加えると、船には大中小のマストが一本ずつ在るが帆は見当たらず、一番大きなマストの後ろにブリッジらしき所が在り、大きさは大体電車四、五車両分は下らないだろう。あとは至る所に施された黄金の装飾。冗談抜きで、全盛期の金閣寺といい勝負の輝きを放っている。最後に一番不可解な点、どういう原理かこの船は地面に着いていないようだ。つまり宙に浮いているのだ。正に波に乗っているかのように、今もユラユラと微妙な揺れをしている。

 最後に目的。確か僕は此処に彼女を探しに来た訳で、こんな帆船に用は無い。しかし、その用の無い帆船の甲板には、最重要捕獲候補生命体の彼女が居る訳で、僕は思考停止のジレンマに陥っていた。

 現状を確認したところで本題に戻ると、なぜ彼女が甲板に居るのかは置いておくとして、こんなところを誰かに見られたら一大事だ。こんな近未来的アイテムは、まだ登場していい年代では無い。いや、登場するのは一向に構わないが、此処で登場するのは望ましくない。早々に立ち去って貰おう。

「あのー、すみません。これー、あなた達の船ですかー?」

「……」

「――」

 何やらお取り込み中の様で、甲板の彼女と大男にこちらの声は全く届いていないらしい。何を話しているのかは、僕の位置からでは聞き取れないが、そんな事はどうでもいい。おしゃべりも口論も喧嘩も、別に此処でやる必要性は無い。むしろ、船が無かったとしても他所(よそ)でやって頂きたい程だ。

「あのー、聞いてますかー? もしもその船、あなた達の物でしたら、早々に此処から……」

 出てって下さいと、言おうとした瞬間、僕は固まった。

 その時、僕は確かに大男の眼が僕を見据えている様な気がした。その瞳はまるで「五月蠅(うるさ)い。黙っていろ」と言っている様だった。そんな訳で、本来ならどうという事も無いその行為に、僕は怯んでしまった。

 それは単純に、その大男の背格好と風貌が異様だったからかもしれない。大男は二メートルを優に超える身長を持ち、体格もガッチリとしていた。しかし、その長身を包む服は以外にも着物だった。それも船の装飾に負けずとも劣らぬ豪華振りを見せている。それに加えて、大男の顔には歌舞伎役者の様な濃い白粉(おしろい)化粧(?)と、目元には赤色の隈取りがされていた。少々威厳が効き過ぎているその大男の眼力は、見た者をその場で凍りつかせるには打って付けの代物だった。

(まあ、百聞は一見に()かず訳で、実際に体験する事をお勧めします)

 尤も、そんな怖い人がホイホイ外を出歩ける程、日本は放任主義では無い。因みに僕は、極めて遠慮の方針で。だってこんな体験、一生に一度でさえ充分過ぎるでしょ?


 ホームに無断停泊する近未来型の異様な帆船に、か細い星々の光と半分欠けた月の光が様々な角度から降り注ぎ、黄金の装飾がそれを乱反射する。その悪意無き光が目に当たったり、当たらなかったりをさっきから延々と繰り返している。その度に目を閉じたり、開いたりと面倒臭いのだが、まともに受ければ視界が(くら)むのは明白だった。それに輪を掛けて、大男の視線はまだ僕から離れず、こちらが一瞬でも隙を見せれば大男に喰われそうな(実際には有り得ないのだが……)雰囲気を漂わせていた。

(先に動いた方が喰われる……か?)

 両者の間に、張り詰めた空気が流れる。しかしこの状況は思いも寄らない終わり方をする。

「あ~っ、コノハナ サクヤだ~!」

 と言う彼女の声で、喰われそうな雰囲気も張り詰めた空気も全部ぶっ壊れてしまった訳だ。


――二XX六年六月八日 七時七分

「お~い。こっち、こっち~」

 と、船の淵から乗り出し、こちらに向かって手をブンブン振っている規格外生命体。その光景を茫然と見ながら、そこに居るのが疑う余地も無く、彼女なのだと納得した。

 それにしても、彼女のKYさが全開なのは別に悪い訳ではないのだが、時と場所と場合を考えてもらいたい。いや、それが出来ないからKYなのか。

 結論に至ったところで、やれやれ、と溜め息()じりに(こぼ)し、船へと歩み寄って行った。


「コノハナ サクヤ、遅い~」

 それが必死になってホームと改札を疾駆し、無条件で大男に睨まれた僕への彼女の第一声だった。もう不憫(ふびん)さに対する怒りを通り越して、用件だけを伝える事にした。

「はいはい、すみませんでした。そんな事よりも、この船、早く退()けてもらえますか?」

「えー、なんで~?」

「なんで、って誰かに見られたら大変な事になりますよ」

「ふーん、そうかな~?」

 危機感ゼロ。渦中に居るのに、まるで我関せず。むしろ、他人事のようだ。

(と、言う事はこの船と彼女は関係無い……? じゃあ、どうして船に乗ってるんだ? もしかして、この大男が……?)

 いや、行き過ぎた妄想も、信憑性が皆無の推測も、常識を逸脱した仮定も何の役にも立たない。事実、この大男が彼女に何かしたのを見た訳ではないし、彼女が助けを求めている訳でも無い。だから誘拐は考え過ぎだろう。そもそも、彼女は誘拐されるような歳ではない。いや、前言撤回。知能レベルは、誘拐されてもおかしくない歳だった。

(それはさて置き、()にも(かく)にもこの船を何とかしないと。いや、して貰わないと……)

 どう考えても、彼女が集まった野次馬に説明できるとは思えないし、この大男も知的には見えない。何よりもこんなハイテクノロジ―な産物が、こんな辺鄙な地に在る理由など僕にも思い付かない。早々に何とかしないと、手に負えなくなるな、きっと。

「ねえーねえー、そんな事よりさ~ さっき、どこに居たの~?」

「さっき? ……ああ、さっきは時刻表を見に行ってたんですよ」

 と、律儀に答えている辺り、少なからず僕も危機感の無い奴だろう。いや、むしろ他人事だ、とどこかで思っているのかもしれない。

「それよりも、急に居なくなったので心配したんですよ。どこに行ってたんですか?」

 確かに、僕は心のどこかでこの船が誰かに見つかろうが、どうなろうがどうでもいい、と考えている。けれど、彼女が居なくなった時、本気で心配したのも事実。だから、彼女がどこに行っていたのかを訊くぐらい許してもらいたい。

 そう、誰に()うでも無く心の中で呟いた。その思いが届いたのかどうかは知らないが、彼女の口が開き、真相が語られたのはその直後だった。

「あ~ ごめん、ごめん。悪気は無かったよ~ 私も一言、声を掛けてから行こうと思ったんだけど、コノハナ サクヤがどこにも見当たらなくて~ それに……様が急かすから……」

 語尾の方が上手く聞き取れなかったが、彼女の仕草から誰が急かしたのかは容易に分かった。

 どうやら、僕が余計な心配をする羽目になったのも、無断で改札を飛び越える違法行為に及ばざるを得なかったのも、ホームを必死に走る羽目になったのも、この大男のせいらしい。何が悲しくて、こんな愛想の欠片も無い大男の為にこんな事をしてしまったのか、過去の自分が恨めしい。もしも過去の自分に何かしてやれるのなら、切符売り場で彼女が居なくなった時、改札を飛び越える前に止めてやりたい。

 そんな、(なか)ばどうしようもない事を延々と考えた結果、自然と視線が大男を睨んでいた事に気づいた。そして大男の方も、僕を無言で(にら)んでいた。少し意外だったのは、KYな彼女も口を閉ざしてしまい、沈黙がただただ続いた事だ。

 僕は大男から目を()らさなかった。しかし今回は、先程の様に本能的に逸らさなかったのでは無く、自分の意志で逸らさなかった。僕はそれ程、大男に対して怒りや(いきどお)りを抱いていた。そして、大男もまた僕から目を逸らさなかった。大男が僕を睨む理由こそ定かではないが、何故か根に在る感情(モノ)は同じ気がした。

(この大男も怒っている……のか? 何に? 誰に? 僕に? そんなの理不尽だ!)

 僕が大男に対して怒りを覚える理由は山のように在っても、大男が僕に対して怒りを覚える理由は微塵も無い。今は確かに睨み合っているかもしれないけれど、それ以前には何も無かった訳だし。

(それとも、デカイ図体(ずうたい)だから細かい事は気にしない性質(たち)ですか? 理由? そんなモノねえよ、的な解釈ですか?)

 もしもこの大男がそういう考えの持ち主だとしたら、このまま殴り合いとかに発展し兼ねない。(ちな)みに僕のケンカの成績は無敗だ。正確にはゼロ戦ゼロ勝ゼロ敗だが……。


 それから二分後。

「…………」

「――――」

「ん~?」

 駅のホームでは無言の(いが)み合いがまだ続いていた。しかも両者は、微動だにせずひたすら相手を睨んでいるだけの、見ている側としては心底詰まらない展開を繰り広げていた。

 不意にどうすればこの無意味、極まりない意地の張り合いが終わるのか気になった。

(先に動いた方が負け……か?)

 いや、冷静に考えてこの大男にそんなルールが通用するとは思えない。と言うよりは、それ以前の問題で、言葉が通じるかどうかさえ怪しい。

(さて、どうしたら無傷でお互いに納得のいく僕の勝ちを収めれるだろうか?)

 と、飽くまで勝ちを目指す方針は変えない。なぜなら負けるという事は、僕がこの大男に怒りの感情を抱かれても仕方ない、という不正な事実を無条件で認める事になるからだ。それは余りにも理不尽だ。だから認める訳にはいかない、という意地が僕には在る。

 そんな風に意気込んで、勝利を目指して燃えてきた時、意外にも大男の方が先に動いた。

「――えっ? えええっ?」

 驚嘆の声がホームに響く。しかしそんな事はお構い無しで、大男は歩み続けた……船の中へと。そう、大男は何の前触れも無く、身を(ひるがえ)し、船の奥へと消えていった。

 その行動は流石に思いつかなかった。僕に逃げる、という選択肢は無かった。しかしそれは相手も同じ条件だったはずだ。僕等は互いに許せないモノが在るから、睨み合い、啀み合っていたのだ。そして、それを放棄するなど言語道断。大男は信念を捨てたという訳だ。

(つまり、この勝負……僕の勝ち……でいいのかな?)

 大男の予想外な行動のせいで、あんまり実感が湧かない。それに加え、勝手にこの睨み合いを勝負としてしまった事や、勝手に勝敗の判定を決めた事など、多々在る自分勝手な所業(しょぎょう)を後ろめたい、善良な心が歓喜の声を抑えさせる。

 だが、結果として僕の目的は達成された。その事に対して、深いふかい溜め息が漏れる。

「……はぁ――ん? うわっ!」

 安堵(あんど)の溜め息を()いた僕は突然、発生した強い向かい風に吹かれる。このタイミングの悪さは、彼女のKYさ振りにも匹敵する。気を取り直してもう一度、深呼吸。

「ふう……はあぁ――ん? ちょっ? ……マジですか?」

 緊張から解放され、胸を撫で下ろし、溜め息を一つ……のはずが、身体はその場に凍りついた。本日、数回目の予期せぬ事態が今、正に目の前で起きた。

 ホームに先程まで在ったはずの――船が消えた。


――二XX六年六月八日 七時十二分 駅 上空にて

「……ねえ、どうして急に退いたの?」

 遥か彼方、下にある駅を眺めながら、船を独断で動かした張本人にその心意を尋ねる。

「…………」

 しかし彼は口を固く閉じ、沈黙を続けた。

 彼と出会ってから、約一ヶ月が経過した。(わたし)的には出会った頃に比べれば、随分と打ち解けた気がするのだけど、未だに彼が何を考えているのか分からない事の方が多い。特に無視(沈黙?)される事も多く、そうなった時は無理に問い詰めないようにするのが得策っぽい。

(まさか……とは思うけど、コノハナ サクヤに気圧(けお)された?)

 いや、詮索は止めよう。どうせ私の予想は当たらないし、当たらない予想は妄想でしかないんだし。何よりも優勝候補の彼が、あんなのに引けを取る筈が無い。だからきっと、何か理由が在っての撤退なんだろう。

 そう、信じて疑わなかった。と、言うよりは彼以外に信じられる者は無かった。

「……えっ? ちょっと、それで何する気?」

 彼の心意詮索をあっさりと諦め、甲板へと振り返った私の眼には異様な光景が映った。

 どこから持って来たのか、彼はマストにも劣らない大きさの棒状物体を、闇で溢れる下の世界に向け、狙いを定めていた。流石の私でも、彼の狙っているターゲットは容易に分かった。しかし、どうして狙っているのかは――さっぱりだった。

腹癒(はらい)せ? それとも、第二ラウンド開始のゴング代わり? いやいや、そんなコトしたらタダじゃ済まない事ぐらい分かってるだろうから……投げる、って事は無い――と思うけど……)

 はっきり言って、彼ならやり兼ねない。彼の性格は外見からも分かる通り、他人から見た自分の評価や、世間体なんか全く気にしない。

 しかしそんな彼だからこそ、私は絶対の信頼を置いている。さっきの行動も、今からするだろう行動も、恐らく何か意図が在ってのことだろう。もし、そうだとしたら、私に彼の行動に対して口出す権利は無いから、黙って見ているしかない。たとえそれが明らかに間違っていようが、常識から逸脱していようが、私は彼に付いて行くと決めた。疑う余地は無いんだ。

 かくして、数分先に起きる南海市を襲う小規模地震は上の彼女にも、下の彼にも止める事の出来ないモノとなった。


――二XX六年六月八日 同刻 浅間(あさま)山頂上

 そんな非常事態に陥っているとは露も知らず、先の怪奇現象の解明に没頭していて、真っ先に犠牲者になりそうな可哀想な人物が一名、無人のホームを右往左往している。

 そして、その数十メートル上空では元凶の乗る、異様な装飾の帆船がどういう原理か浮いて居て、更に(へり)からは物騒な棒状物体(モノ)が下方に向けて、今か今かと発射待機中。

 何時(いつ)、何が起きてもおかしくないこの最高潮場面(クライマックス)に、乱入しようとしているのが若干一名。いや、二名か。しかしながら、その二人が発射に間に合うかどうかは五分(ごぶ)、といったところ。だから、この発射の引き金(キー)となるのは実質一名という事になる。つまり下の奴が上の存在に気づいた時、奴は間違いなく、そして躊躇(ちゅうちょ)なく放つだろう。

「阻止する道理は無いな。下の奴が生きようが、死のうが、俺には関係ない。飽くまで俺は、まだどちらの側に付く気も無い。むしろこれであっちが消えるのなら、奴の方に付くのも悪くはないかもしれん。でも……」

(もしも、この窮地をアイツが切り抜けられるのなら――あっち側に付くのも……いや、それは早とちりか……?)

 何にせよそろそろ、か。どちらに転ぼうが、面白い展開になりそうだな……。


――二XX六年六月八日 同刻 駅のホーム

 誰かの思惑通りなのか、もしくは本当に偶然でこんな異常事態が続いて起きているだけなのか。どちらだったにせよ、僕が巻き込まれる理由は見当たらない。しかもそのどれもが、簡単に斬り捨てられるような浅い出遭いではない、という事まで共通している。これが運命の悪戯(いたずら)と言うのなら、少々度が過ぎている。それか、僕は相当な勢いで神様に嫌われているのだろう。

(身に覚えは無いけど……)

 自分の客観的には幸運で、主観的には不運過ぎるこの境遇に、強引に理由を付けて、無理矢理納得。消えた船の捜索を再開する。

「って、言っても、見渡す限り何の変哲もないホームなんだけど……」

 船消失から一分程が経過した今、本当に此処にそんな物が在ったのかさえ不安になる。もしかしたら、夢でも見ていたんじゃないのか、と今までの事に自信が持てない。

 でも、だからこそ船を見つけ出し、今までの事を本当だったと証明したい訳で、それ以上もそれ以下もない単純な理由が僕を突き動かす。それに、そのついでで規格外にKYな彼女も助けられれば、後味も悪くないだろう。

 なんて調子の良い事を想像(妄想?)しながら、軽い足取りでホームをもう一回りするのだった。


「あれ、おかしいな……?」

 二分前の軽い調子とは打って変わって、焦り混じりの言葉が漏れる。

 捜索の開始から中断、再開から現在に至るまで、見落としゼロ。そして人も、またゼロ。まるでよくあるホラー映画の舞台に、運悪く迷い込んだ哀れな主人公っぽいこの状況に嫌気が差す一方、急に冷えだした夜の空気を肌で感じていた。冷めた風がホームの中を行ったり来たりして、僕の煮詰まった頭を冷やしていく。

「すぅー……はあぁ」

 目を閉じて、深呼吸を一つ。心を落ち着かせて、神経を緊張からリラックス状態へ。ただそれだけの事をしただけで、周りの景色がより鮮明に見えてきた。すると、ある異変に気がついた。

(あそこだけ、変な影が……)

 線路を挟んだ向かいのホームに、明らかに異様な形の影がかかっていた。その影は太く、長かった。しかし、南海市にビルなんて高度な建造物は無いし、三階建て以上の建物も無い。けれど、そこには確かに太く、長い異形な影がかかっている。

 ふと、影を注視していると大きくなったり、小さくなったりを繰り返していた。それはまるで、何かが浮き沈みするように緩やかに淡々と続いた。

 そこで(はた)と思い至り、雨除(あまよ)けで隠された夜空を見上げようとした、その時。

「はあ、はあ。佐久夜(さくや)様!」

 予期せぬ人の声がホームに響いた。当然、僕は驚きのあまり立ち止まっていた。そして、声のした方を振り向くと、そこには何故か息を切らした彼女の姿が。

「はあ、はあ。瓊瓊杵(ににぎ)様、やっと追いつきましたよ」

 と、遅れてやって来たウズメさんの様子から察するに、此処に来たのは彼女の独断専行なのだろう。恐らく、まだ怪我は完治していない。

(なのに、どうして……?)

 立ち尽くす僕に彼女は早足で歩み寄り、雨除けの奥へと引き戻す。

「ニニギ、まだ怪我、治ってないんだろ……どうして、此処に?」

「佐久夜様、早々に此処から去りましょう。危険です」

 此処から去る、という言葉が引っ掛かり、足が動かない。

(去るって、船は? まだ、見つけてない。アレは夢じゃないんだ。証拠(ふね)を見つけないと――)

「お取り込み中、申し訳御座いません。危機が迫っているので、説明は後ほど必ず致しますので……」

 と、横からウズメさんが割り込み、全く動こうとしない僕を抱え、駅の出口へと駆け抜ける。見る見ると遠ざかっていくホームとニニギ。こうして、僕は強制的に駅より退出させられた。

誤字脱字等ありましたら、随時修正予定です。

修正後は活動報告をする……と思います。

多分、話しが大きく変わる事は無いと思うので、スル―して構いません。

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