木花開耶物語4.2話
読みにくいところもあるかもしれませんが、最後まで読んで頂けると幸いです。
あらすじ……
この物語は、第四話PROLOGUEの空白の昼休みに何があったのかを主人公・木花 開耶の視点からお送りします。
――二XX六年六月八日 昼
友達からの昼食の誘いを断り、食堂に向かって歩いていたはずが、気がつくと目の前は旧二年A組だった。
(別に食堂に用があったわけじゃないし、ここらで暇でもつぶそうかな……)
ここは去年まで二年生の階だった。正確には夏休み明けの朝礼で、二年生の教室移動が発表されるまで。公に理由は発表されていないが、噂によると自殺があったそうだ。原因はいじめ。それ故に公表できなかったらしい。しかしそれだけでは教室を替える必要は無いのは明らかだ。これも噂だが、それを不思議に思った生徒が二年A組に無断で侵入したらしい。そこで生徒が見たものは天井に深々と刺さっている釘と、床と壁にびっしりと掠れた赤いペンキで書かれた、許さない、という文字らしい。あくまで噂のためどこまでが本当かは定かではない。しかしこの噂が流れた後、流した者といじめていた二年A組の一部の生徒が退学になったらしい。聞いた話によると、失踪したらしい。そこでまたまた公表できず、退学ということになったらしい。
当時も今も変わらないのは、事を大きくしないためにこの教室の出入りを全く規制していないところ。仮に入ったとしても、特に罰せられはしない。それに退学(失踪)した生徒のおかげで、呪いだとか自殺した生徒に憑依されるとか、南海高校七不思議に追加だとか、心霊スポットだとかで、入ろうと言い出す生徒は、ここでは変人扱いだ。
そんなことがあり、この辺一帯には人があまり寄り付かない。幸か今は生徒の多数が昼食を取っているため廊下にいる生徒もいない。
(今のうちに……)
未知を目の前に、恐れること無く踏み出す。ドアに手をかけ、押す。意外にも入室を禁じていないという噂は本当だったらしい。ドアには鍵すらかかっていなかった。あっさり開いたドアの奥に進み、静かに閉めた。
突然だが、幽霊は存在しないと思う。さらに神様も天使も悪魔も天国も地獄も異世界も存在しない。そう思う明確な理由は無いが、一つ定義づけるとすれば、見たことがないから。逆に言えば、見れば何でも信じるということだ。こんなことをこのタイミングで思い出すのは、きっと一人で入ったことを後悔したからだ。
入ったはいいが、明りが無い。窓は外から中が分からないように木の板が隙間なくはりつけてあるため、太陽の光や廊下の明かりも入らない。教室に必ずある電灯は、誰の仕業か老朽化のせいかどうかは知らないがスイッチを押しても点かなくなっている。かろうじて、ドアの隙間から光が入るため出口に迷うことはないが、これでは暇をつぶすどころではない。探索もとい噂の解明を中断し、ドアに向かうと廊下の方から話し声が聞こえた。
「ねぇ、さっき誰かここに入らなかった?」
全然知らない女子の声。
「そうか? こんなとこ、誰も入らなくね?」
質問に答える男子の声。これも知らない。
「えー、でも確かに誰かが入って行くの見たんだよ……」
再び女子の声。やはり聞き覚えがない。
「んじゃ、中、見てみっか?」
やや間があき、再び男子の声。
(って、ヤバい!)
見つかっても怒られはしない、しかし周りからは変人扱い。これは何としても回避しなければならない。ここに入る前もそれだけは無いように気をつけたはずなのに……。
再度、聞き耳を立てると男子の提案に女子がためらっていた。しかし女子は負けず嫌いらしく、自分は確かに入って行く人を見たと言い張りだした。すると遠くの方から大きな声がした。
「そんなとこで何やってんの~?」
どうやら、教室の前にいる二人の知り合いのようだ。性別はおそらく女子。しかし僕は全く知らない。
「コイツが、こん中に誰か入ったって言うんだよ」
男子が呆れたような声で返す。
「え~、マジで? そんな変人、居なくない?」
(……残念ながら居ますよ、此処に)
聞き間違いかもしれないが、距離が縮まっている気がする。
「ホントに見たんだよ……」
言い張っていた女子が泣きそうな声でそう言うと、男子が「分かった、分かった」と言って、なだめる。それをさっきの遠くからきた女子が「あ~ぁ、泣かせた~」と茶化す。
そんなやりとりを聞いていると、いつもの四人の楽しい日々を思い出す。今初めて仲が良い集団を客観的に見ることができた。普段の僕達の立ち位置が、どれだけ重要か改めて考える良い機会になった。こういう集団がクラスに一つあるだけでどのくらい場が和むかを実感した。
議論の結果、中を確かめることになったらしい。どうしたらいいか迷ったが、隠れることを選択した。決定的な理由は、仮に僕が見つかったとして「やっぱり居たじゃん~」では終わらない気がするからだ。事態は急を要する。僕の今後の学校生活がかかっていると言っても過言ではない。そのことを念頭に置いて、隠れる場所を考える。
(それにしても、こうも暗いと何があるか分からない……)
無闇に歩き回って、大きな音でも立てれば速攻アウトだ。そのため慎重に足場を確認しながら、教室のもう一つのドアの方へと向かった。
そこに向かったのには二つ理由がある。
一つ目は、このドアが封鎖されている事。何故かは知らないが、こちらのドアだけ開かないようにされている。これは入る前に確かめたので間違いない。
二つ目は、入口のドアが開いた時、明かりが絶対に届かないから。これはかなり試行錯誤したが、多分間違っていないと思われる。
以上の事から、選択したが、吉と出るか凶と出るか、といった感じだ。願わくは、入ってこないでほしい。耳を外に集中さえると、まだ声がする。どうやら、入る順番を決めているようだった。
壁を頼りに少し歩いたが、教室のつくりが異なるため、当てにならなかった。仕方ないので、床に手をつき、前進する。
また少し進むと、手に硬いものが当たった。一体何なのかと触れてみると、すぐに分かった。障害物の正体は横に倒れた机だった。ちょうど目が暗闇に慣れ始めたので、凝らして見ると、多くの机が横倒しになって、ドアへの最短ルートを遮っていた。それはまるで、誰もそこに近づけたくないように見えた。しかしこちらも考えている猶予は無い。目と手の感覚を研ぎ澄まし、一歩一歩慎重に進んで行った。
あと少しでドアの前という所で、最大の問題が発生した。端的に表現するならば、壁。それはよく見ると、机と椅子が積み重なってできているようだ。そこから判断できることは、これは誰かが、何かの目的で作ったということ。
(この奥に何かが……)
僕の中の恐怖と焦りが期待と好奇心に変わった。既に頭の中は隠れることを忘れ、この奥に何があるのかを確かめることでいっぱいになっていた。
外から聞こえる声が止み、僕の学校生活の終焉が近付いているが、どうにも壁を越えることができない。考えて作ったのか、それとも適当に積んでいっただけか、どちらにしても越えられないことに変わりは無い。解体しようかとも考えたが、どこを外しても間違いなく大きな音が出るため却下。それ以前の問題で、もし崩れたら奥を確かめる前に埋められてしまう。
(そんなことよりもどうしたものか……)
机は規則正しく配置され、二台の机の上に一台といった感じで、天井付近は椅子を逆さにしてのせてある。隙間などはどこにも無く、動かそうものならほぼ確実に崩れて圧死。
しかし逆に燃えてきた。このようなすごいバリケードで守られているモノとはいったい何なのか……。伝説の剣や隠された秘宝なんてファンタジーな事は想像しない。あるとしたら、学校側が隠さなければならないようなリアルな事。しかも、それは消そうにも消せない、と察する。もし消せるのならば、自分たちに都合の悪いモノなど早々に処分するはず。それをこのような形で残してあるということは、消したくても消せない、と考えるのが道理。そこまで分かっても、中には入れなければ全ては仮定の話として終わってしまう。しかし時間は限られている。僕が見つかるのは既に時間の問題だ。
ふと、見つかった方が得策ではないか、という考えが頭を過ぎった。もし見つかった場合、僕は学校内で変人扱いになる。しかしそれを逆手にとれば、ここへの出入りは公認となり、噂と隠された謎の解明を心おきなくできる。
自分勝手な行動を正当化するには充分過ぎる理由だ。そこには自己満足しかなく、残るのは後悔と真実。今、在るのは迷い……。
(ハル達も僕のこと軽蔑するのかな……)
「せーので開けるからな?」
先程の男子の声。どうやら先頭になったらしい。
「分かったから、はやく~」
と言うのは後からやって来た女子。
「絶対、居るもん……」
と言い張るのは、言うまでもなく、事の発端の女子。
ドアのノブが回る音がする。
「いくぞ、……せーのっ!」
勢いよく押し開かれる扉。
「おっとっと、うわっ!」
勢い余ってか、開けた男子は前のめりになり転んだ。
「大丈夫? ……けど誰も居ないね~」
男子の後ろを悠々と辺りを見回しながら歩いてくるもう一人の女子。
廊下の明かりが差しこみ、教室の前半分が照らしだされる。教室の後ろ半分もぼんやりと見えるようだが、机が積まれていることまでは分からないようだ。
「奥は? ホントに誰も居ない?」
言い張っていた女子は、怖くて入れないようで、二人に外で指示を出している。
「暗くてよく見えないけど、多分、誰も居ないぜ~」
起き上った男子が後ろ側を凝視して答える。
「ってか、早く出ようぜ! こんなとこ誰かに見られたら俺らが変人扱いされちまう!」
男子の意見に異存はないようだ。男子が静かに扉を閉め、三人は去って行った。
「ふぅーっ。」
息を吐いた。結論から言うと、僕は見つからなかった。間一髪のところで壁の向こう側に辿り着いたのだ。
――遡ること三分前(僕視点)
外の話し声から得た情報によると、彼らが扉を開けるまでそう長くないようだ。
やはり見つかるべきか……。いや、まだ諦めちゃダメだ。まだ何かあるはずだ。
(考え、考え、考え抜け!)
その時、自分の推理を思い出す。
学校側が隠さなければならないようなリアルな事。
隠す、ということは、そのモノがまだそこに在るかを定期的に確認する必要がある。定期的に確認するのに、毎回この壁を崩してまた組み立てているとは考えにくい。とすれば、答えは簡単だ。どこかに抜け道があるはず。
(どこだ? ……どこだ?)
壁の周りを歩き回るが、一向に見当たらない。ドアの周りが一層騒がしくなった気がした。扉が開かれるのはもう間近まで迫っていた。
(もうダメ……か?)
諦めて、壁の横に座りこむとある事に気がついた。ここの机は全て旧式で、足を前に出せる形になっている。つまりそこから内側に入ることができる、という事。こんな初歩的な事をどうして忘れていたのかと自分の頭を疑いたくなる。自分のお粗末な頭の事は置いといて、中に入ることにした。
ちょうどその時、ドアノブが回る音がしたので、驚きのあまり頭を机にぶつけたが、その音は先頭で入った男子がこけた音で消された。それからは息をひそめ、こちらに来ないか観察した。思いの外あっさり帰ったのはラッキーだった。
そして今に至る。一息つき、達成感に浸っていた。一時は見つかろうかとも考えたが、なんとかここまで辿り着いた自分。しかし、自画自賛は虚しいだけで何も生み出さない。分かっていても、無意識にしてしまう自分に嫌気がさしてきた。
気持ちを切り替えて、学校側が隠している秘密とは何なのか暴くことにした。
「さて、と。」
そう言って振り返る。目は既に暗闇に慣れてしまい、ガムテープで隙間からの光を遮られたドアの前でも充分に何があるか理解できた。そこに在ったモノは……。
旧二年A組を出た。いろんな事が一気にあったため、今になってどっと疲れがきた。少し目眩もする。廊下の明るさを少し眩しく感じる。何よりも、結果が結果のためなんのやる気も起きない。
今までの僕の頑張りを過大評価する気は全く無いけれど、僕の目の前に広がった光景を誰が見ても、納得はできないと思う。
何も無かった、というわけではない。モノは在った。しかし予想や期待をしていたモノとはとてもかけ離れたモノが。
僕が見たモノ、それは誰かが居た痕跡。「そんなの、どうして分かるんだよ?」と訊かれればこう答えよう。
勘、そう根拠は無い。しかしそこを見ると、何故か誰かが居るような気がしてならない。そう思わせるのは、床に無造作に置かれたゴミがそこで誰かが生活しているように見せていただけかもしれない。もしかしたら、僕が入る以前に誰かが入っていたのかもしれない。そんな風変わりな奴はそうそう居ないはずだが、絶対に居ないとは言えない。実際問題、自分の意志で入った奴がここに若干一名いるわけだし。
(やめた、やめた)
自虐していても何の解決にもならない。結果的に分かった事は、あそこには誰かが出入りしているということ。当然、僕以外の誰か。あと、僕を追って入って来た彼らも除く。これも当然だが、教師も除外。もし出入りしているのが教師なら、あんな壁を作る理由が無い。生徒なら今回の僕と同じような状況の時のために使用するのが目的だろうが、教師ならばどこの教室に入るのも自由だし、戸締りの確認と言えば出入りしていても全く怪しくない。それとゴミの量はそこまで多くはなったが、どう見積もっても、一食の量ではなかった。そう考えると、「出入りしている」と言うよりは「住んでいる」と言う方がこの場合正解ではないだろうか? しかしここで暮らすメリットとはなんだろうか? 通学が楽? 住む場所が無い? 今どきそんな漫画みたいな人、居るかな……?
様々な考えが浮かんでは落とされ、結局のところ納得のいく答えは出なかった。
しかし僕の頭の中は奇妙な達成感で満ちていた。そのせいか、今回の事をいい意味で結論保留とした。
それから数十分間、「あれでもない、これでもない」、と旧二年A組前で結論模索をしていた。保留にしたからといって、考えることを諦めたわけではない。更に言えば、今僕の頭の中は「今度はいつ入ろうか」とか「次は懐中電灯とビニール袋、それと手袋も」などの考えでいっぱいだ。今の情報量だけでは「絶対に結論には至れない」そう実感した。というかさせられた。
しかしこれは僕にとって、良い事なのかもしれない。今まで退屈していた学校生活に新たな兆しが見えた。
学校で習うことは一般的で、調べれば答えなんてどこにでも転がっている。しかしこれは違う。
(常用外、って言う……のかな?)
今の僕が知っている言葉では言い表せない、そんな体験をした。
気がつくと昼休みももう残り五分となっていた。予鈴を聞き、僕は急いで次の授業の支度に向かうのだった。
果たして開耶の考えは間違っていたのか……。その真相が明かされるのは遥か先の話。
この作品は、大分前に書いた木花開耶物語の番外編です。色々と誤字脱字あるかもしれませんが、随時修正する予定です。
本編の続きの方は今、滞っている状態で出来上がりの目処は未定です。あと一週間粘っても更新できそうにない場合は、もう一つの番外編・クシ玉物語をアップロードする予定です。
この番外編は木花 開耶が、神屋 春樹の無断欠席に放心し、無謀な行為に走る回でした。それだけ彼の中でハルという存在が大きかったことを表しています。
それはさて置き、彼の周りで頻繁に起こるようになった非日常現象はとどまる事を知らず、その間隔もどんどん狭まっていく。果たして、彼の非日常はどこに向かっていくのか……? そして、辿り着いた先に待っている真実は、誰の望んだモノか……?
ここまで読んで頂きありがとうございました。次回もよろしくお願いします。 by crow