木花開耶物語 番外編 12話B
まえがきは12話Aで書いたので省略します、ご了承くださいm(__)m
――そして、現在に至る
僕達はゴーストタウンと化した相良の街を歩いていた。
最初は戸惑っていた二人だが、僕の適当な事情説明を真に受けたのか、大分落ち着きを取り戻していた。
しかし、歩き出してからも僕の苦労は絶えなかった。安心した二人はこの状況を楽しみながら時折、素朴な疑問を僕に投げかけた。当然、僕は怪しまれない様その度に滞りなく答えた。
「何か見覚えあると思ったら街並みが同じなのね~」
「そ、それは、きっと……街の人も協力してるからだね、きっと!」
恐らく、ミヤが一から空間を創る手間を省くために概形だけ街をコピー(そんなパソコン染みた事が出来るのかは知らない)したのか、逆に街を意識して一から空間を創ったのか、どちらにせよそんな事は口が裂けても言えない。
「す、すごい作り込み……だけど勝手に入ってよかったのかな? 私達お金とか払ってないし……」
「大丈夫、入場無料って書いてあったような気がする!」
我ながら苦しい言い訳だったが、納得したのか玉ちゃんはまたオフィス街へと視線を戻した。
「それにしても、人が居ないね~」
「そ、それは……迷路だし? 前の人に付いて行かない様に間隔を大分空けてるんだよ」
そっか、とクッシーは頷き、朽ちたビルへと興味を向けた。
「こ、この暗いのは何とかならない……かな?」
「そ、そうだねえ。でも、これも演出の一環だろうから楽しむしかないかな?」
「そ、そうですよね……」
こういう時は、言葉よりも行動で勇気付ける方が効果的だろう。でも、流石に手を握ったりするのは僕にはハードルが高過ぎる。玉ちゃんには悪いけど、これが僕に出来る精一杯のフォローだ。
歩き出してから百メートル程進んだ段階で、二人からの質問は途絶えた。それを好機とばかりに僕は物思いに耽った。
(これはミヤの仕業で間違いない。けど、意図が分からない。僕が何かしたか? いやいや、そもそもミヤの行動原理を理解しようという方が土台無理な話だ。
それよりも問題はこの空間を抜け出す条件だ。ミヤが作った空間ならきっとルールがある筈だ。そうでなければ、ミヤの神力が尽きるまで抜け出せない事になるけど……)
そんな最悪の状況をシミュレートしていると、前を歩いていたクッシーが急に止まった。僕もぶつかる前に止まり、何事かと前を見るとそこには――。
「お、お化け屋敷……?」
今にも壊れそうな木造の三階建て、奥行きは一般的な体育館と同等かそれ以上あり、正面から建物の終わりは見えない。壁の所々に穴が開いているが、空からの光が無い為、中の様子は分からない。
ただ、真っ先に突っ込むべきは、この世に『お化け屋敷』と看板を提げた親切なお化け屋敷はテーマパークにしかないという事だった。
しかし、二人がそんな些事を気に留めている訳もなかった。
「わぁ、面白そう!」
「……わ、私はあんまりこういうのは……」
(いや、僕がここはテーマパークの様な所と説明したのだから不思議がる訳もないか……)
僕は安心半分と、呆れ半分の複雑な心境だった。そして、僕は例によって辺りを見回す。右は森に阻まれ通り抜けは困難、左は屋敷と隙間を空けず険しい岩山がある。どう見ても明らかな抜け道や迂回ルートはない。
(明らかなのはないけど、左に洞窟の入口がある)
けれど、暗い所が苦手だと玉ちゃんが言っているのを無下にも出来ないので、この道は見なかった事にしてお化け屋敷へと視線を戻す。
「えっと、道順だとこれに入る事になるんだけど……」
(どう見ても玉ちゃんが乗り気じゃない)
元々、前髪で見え辛かった目元が今日は帽子も被っている為、全く見えない。けれど、長年の付き合いから僕は、何となく玉ちゃんの意図が読める様になっていた。
(これはたぶん、強引に押せば付いて来てはくれるだろうけど内心は行きたくないって感じかな……どうしようかな。置いてくって訳にもいかないし……)
僕が頭を悩ませる中、動いたのはクッシーだった。
「大丈夫、大丈夫。ほら、行こ、玉ちゃん♪」
そう言って、クッシーは玉ちゃんの手を取り、お化け屋敷へと引っ張って行く。
「え、あの、わ、私は……!」
玉ちゃんも手を振り解かないが足を止めクッシーに抵抗した。
すると、クッシーも玉ちゃんへと向き直り、諭すように言った。
「玉ちゃん、よく考えてみて。ここで一人で待ってる方がよっぽど怖いと思うよ?」
玉ちゃんの脳内でどんな展開が想像されたのかは定かではないが、少しの間を置き、玉ちゃんは答えを出した。
「…………う、うん、そうだよね。わ、私も行く……!」
「うんうん、そうそう。まあ、いざとなったらサクが居るし大丈夫、ね?」
急に話を振られ、一瞬、反応に困ったが、そもそも僕に残された答えは一つしかなかった。
「え? ああ、うん。任せて、二人の事は僕が必ず守るよ」
その言葉に安心したのか、二人は僕を先頭にお化け屋敷へと足を踏み入れた。
――迷宮・西サイド
滝から真っ逆さまに落ちたニニギが目を覚ますと、そこはまた川に浮かぶボートの上だった。
「あれは、夢じゃったのか……?」
ニニギが状況を整理するよりも早く、ボートは滝へと流れる。再び、ニニギは自由落下を味わう事となる。
また、ニニギが目を覚ますとそこはボートの上だった。既に二度目となるループで漸くニニギは此処がどういう所か理解した。
「どういう訳か分からぬが、此処は義姉上の神業の中じゃな。つまり、滝下りを決められた条件に従って成し遂げねば此処からは出られない、という事じゃな。面白い、受けて立つのじゃ!」
言い終わるのと同時に、ボートは滝へと流れた。
そして、ニニギの三度目の滝下りが始まる。
【滝下りのルール】
・川に落ちたら失格
・水上でもボートから五メートル以上離れたら失格
・川の水を消す行為は即失格
結局、ニニギの三度目の挑戦は――失敗に終わる。
――迷宮・東サイド
【洞窟迷路のルール】
・洞窟(外側の壁)の破壊は禁止(失格にはならない)
・迷路(内側の壁)の破壊も禁止(失格にはならない)
・出口は二ヵ所あるがゴールに続くのはその内、一ヵ所のみ
ハル達が迷路を進みだしてすぐ分かれ道に到達する。
ハルは左右の道を見比べ、二人に尋ねた。
「どーする?」
「私はハル様と同じ方~♪」
そう即答し、八千矛はハルに跳び付いた。しかし、その答えはハルの意図とは全く違っていた。
「いや、そういう意味じゃなくて。えっと、俺が訊いたのは二手に分かれようって意味じゃくて、俺達は一緒に行く。だから、右と左。どっちが良いと思う?」
ハルは二人に向けて言ったが、どう見てもタカナシを案じていた。
仲間想いのハルに二手に分かれるという選択は最初からなかった。此処が敵の手中なら尚の事である。敵地のど真ん中に仲間を一人にするなど、作戦でもなんでもない。ただの見殺しだ。
「大丈夫だよ、ハル様。タカナシだって、一応神の端くれなんだから。二手に分かれた方が効率も良いし……」
「もし、タカナシセンセーの行った方に敵が罠を張ってたら? 逆に、俺達が進む方に罠が張られてたら? ヤッチーだけならどうにかなるかもしれない。でも、俺と行くんだろ? もし俺だけ敵の罠に嵌ったら、ヤッチーは俺を見捨てて逃げてくれるか? それに、タカナシセンセーの神業はサポート重視、戦闘になったら確実に不利だ。
でも、三人なら乗り切れるかもしれないだろ?」
しかし、ハルの言葉に二人は頷かなかった。
静まり返る空気を変えたのはタカナシだった。
「彼方様の仰る事に間違いはありません――が、やはりそれは人間の道理であり、こちらとは異なります故、納得致しかねます。
主様、御指示を」
タカナシはハルへと事務的に拒否の意を示した後、八千矛へと跪き、指示を仰いだ。
「お前は右に行け。私達は左に行く。最優先すべきは、此処を抜け出す為の情報だ。
本来なら何かを見つけ次第、逐一報告させたいところだが、状況が状況だ。報告はお前の判断に任す」
「承りました」
言い終わるのと同時にタカナシは消えた。
ハルは訴えるべき相手を失くし、言い様のない感情を持て余した。
「何だよ、それ……これでホントに良いのかよ……!?」
「ゴメンね、ハル様。でも、私もタカナシもハル様が大事だから……」
「それなら尚更、三人で居た方が良いに――」
「ハル様、今この状況で一番怖いのは何だと思う?」
「……そりゃ、この中の誰かが死ぬ事だろ」
「違うよ、全く地の利の無い敵地に居る事。今は何ともないけど、敵地に長居は禁物なの。しかも、私達は何の準備もないまま此処に居る。それを知ってて、敵が長期戦を挑んで来たら?
ハル様の今後の食糧は? 私達の神力の供給源は? この中で私達が安心して休息をとれる所は? どれをとっても最悪な状況、長期戦になったら私達に勝ち目はない。
だから、一刻も早く此処を抜け出すのが最優先事項だよ。それは私とタカナシの命に換えても、ね」
「俺に……俺なんかにそこまでする価値がホントにあるのかよ……?」
「うん。ハル様には私達の命を賭ける価値が充分過ぎるくらいにあるよ」
真っ直ぐ自分に向けられた迷いのない八千矛の目にハルはそれ以上、何も言えなかった。
「タカナシの為にも、私達も奥へ進も? 早く出口を見つければその分、私達の死亡確率は低くなるし」
ハルは頷き、八千矛は歩き出した。
二人が歩き出した頃、タカナシは壁に右手を当てながら超高速で迷路を進んでいた。
そして、五度目となる行き止まりに遭遇していた。
「ちょっとぉ、また行き止まり? まったく、面倒くさいわねぇ」
愚痴を零しながら、タカナシは来た道を戻った。
確かに右手法(壁に右手を当てて壁に沿って歩く方法)を使えば確実に出口に辿り着くだろう。しかし、その道順は決して最短ルートではない。
「でも、最短が最速とは限らないわよねぇ」
通常、最短ルートをのんびり歩くのと、回り道を高速で走るのはイコール関係が成立しない。けれど、それは人間の常識であってタカナシ達には適用されない。
それを証明するかの如く、タカナシは走る速度を一段階上げた。
――同じ頃、お化け屋敷
「よーし、それじゃお化け屋敷へ出――」
「ちょっと待って、クッシー」
堂々と正面から入ろうとする(二人は此処をアミューズメントパークと思っているため仕方ない)のを止め、僕は建物の外側を見て回った。
(他に入口は……もしくは中の状況を知る術はないだろうか?)
情報は多いに越した事はない。そこで僕が注目したのは、壁に空いた穴だった。穴は大きいものなら人は通れるし、小さくても中の様子が窺える。
しかし、一階の壁に入口らしき大きさの穴はなかった。
(とりあえず、入口は正面で間違いない、か)
次に、僕は近くにあった拳くらいの大きさの穴から中を覗いた。
(見えない――いや、これは……!?)
僕はある確信を持ち、穴に手を突っ込んだ。
しかし、手が穴を通る事はなかった。壁と同じ所で手は止まりそれ以上進まない。
「やっぱり、これはただの絵に過ぎないって事か」
ある意味、これを知れたのは良かったかもしれない。何も知らずに中に入って、穴だから通れると思ったら見えない壁に阻まれるなんて事を回避できたのだから。
(とりあえず、二人には壁や穴には触れない様に適当に注意を促しておくか……)
「――という訳で、壁や床、穴には不用意に触れないでくださいとの主催者側からのお達しです。二人ともOK?」
「OK、OK! それじゃ、気を取り直して、お化け屋敷へ出発進行!」
「「おー」」
こうして、僕達はお化け屋敷へ足を踏み入れた。
――その頃、現実世界の上空では
「あーあ、私も中に入れば良かったよぉ。此処からじゃ全員の位置は分かっても話してる内容とか聞こえないし、驚いた顔も見れないっ~! 詰まんないなぁ~」
と、首謀者は参加者の気も知らず、ふて腐れていた。
「詰まらんとか言っとるぞ~?」
「……」
「確か、これはあの子への礼という話ではなかったかのぉ~?」
「……」
「あの娘、目的をすっかり忘れておるな」
「五月蝿いぞ、磐船。その様な些事で喚くな……何時もの事だ」
ニギハヤヒの最後の言葉にイワフネは返す言葉もなく、ただただ開耶の不幸に同情した。
――お化け屋敷
僕を先頭に、玉ちゃん、クッシーの順で僕達は中に入った。
「見て、これ地図じゃない?」
すると、入口付近の柱でクッシーがこの屋敷の地図を発見した。
「どうやら、九つの階段を中心に九つのブロックに区分けされているみたいだね。入口を手前として、(手)前・中(間)・奥でそれが三階あるから三×三で九。そして、ゴールは当然――」
「入口を一階の手前→[一、前]と言うなら、真っ直ぐ正面の一階の奥→[一、奥]がゴール、だよね?」
「そう。それじゃ、手早く済まそっか?」
僕達は地図を頭に入れ、先を急いだ。
間もなく、[一、前]の中心となる階段をクッシーが逸早く見つける。
「あ、階段あるよ」
そこで僕は、不意にある事に気づいた。
「ちょっと待った。これって、別に上の階に行く必要ってないんじゃない?」
「……確かに。言われてみれば、一直線に進めばゴールなんだから、そうだよね」
クッシーの言う通り、此処に着くまでの道中、左右に幾つかの部屋の入口を発見したが、無視して来たのは無意識にそれが分かっていたからだ。それと、僕は入口が絵の可能性を考慮し、元々開いているもの以外は全て壁だと認識していたのもある。
(でも、待てよ。これがもしゲームのつもりで作られているのなら、全部通らせるに違いない……という事は、此処で一度上がるのか? それとも本当に真っ直ぐ進むだけでゴールに着くのか?)
「あ、ほら見て、サク。これ、階段塞がってるよ」
言われてよく見ると、確かに階段の踊り場から先は瓦礫で埋まっている。
(つまり、此処は上れる場所ではない、と)
「じゃあ、先に進もう。次は[一、中]へ」
「おー」
「……はい」
[一、中]の階段が見えてきた頃ふと、僕はある考えが脳裏を過ぎった。
(この左右の部屋はただの飾りなのか? 何か別の意味がありそうだけど……具体的に何かまでは分からないな……)
そんな事を考えていると、[一、中]の階段へと辿り着いていた。
「あ、今度は塞がってないよ~」
そう言って、クッシーが踊り場まで先に上がって確かめた。
事件が起きたのはその直後だった。
踊り場からこっちに顔を向けたクッシーの顔が青褪め、僕達を指差して固まる。否、それは僕達ではなく、僕達よりも後方を指していたのだった。
それに気づいた僕達が恐る恐る振り返ると、開いた扉の前に人型の骸骨が居たのだった。更に、その骸骨が右手を挙げ、手招きするものだから、不気味で仕方なかった。
「……き、きゃあああああああああああっ!?」
初めて聞く玉ちゃんの大声に僕は驚いた。そして、玉ちゃんは逃げる様に[一、奥]の方向に走り出した。玉ちゃんの悲鳴で我に返ったクッシーが階段を駆け下りその後を追った。
「サク! 私が玉ちゃんを連れ戻すからその骸骨何とかしといてよ!」
「何とかって、ちょっ、クッシー……! って、もう居ないし」
一人になった事で逆に冷静になった僕は、再び骸骨に目を向けた。
「ずっと手を振ってるだけで、襲っては来ない……?」
(つまり、コイツは此処に人が来たら出現し、手を振るという指令で動いているだけで、遠隔操作されたりしている訳ではない)
そこまで分かると骸骨の奥、扉へと手を伸ばした。
「やっぱり、これも絵か」
この骸骨はやはりこの扉から現れたのではなく、元々外(通路)にあり、それが僕達には見えない様になっていただけ。そして、さっきから気になっていた左右の部屋にもやはり意味はあった。
「すっかり忘れてたけど、此処はお化け屋敷だった。部屋は人を驚かせる為の仕掛け、か」
こんなゲームみたいな考えが正しいのなら、この先の道、[一、奥]への道はどこかで封鎖されている筈だ。
(ここまで人を驚かせる事を考えている作りで全ての区画を通らせない訳がない……!)
「[一、前]の階段が封鎖されていた時点で気づくべきだった。同じ区画を二回通らないなら全ての区画を通るルートはもう一通りしかない」
そう、それは[一、前]→[一、中]→[二、中]→[二、前]→[三、前]→[三、中]→[三、奥]→[二、奥]→[一、奥]の順路しかありえない。
「これだけでもかなり重要な情報だ。あとは仕掛けの位置さえ分かれば……」
そんな事を考えて、僕は二人が帰って来るのを待った。
【お化け屋敷のルール】
・全ての区画を通って出口([一、奥])を目指す
・罠の破壊は不可
・封鎖された道・階段・部屋の強引な侵入・破壊は不可
――その頃、タカナシ
九度の行き止まりを経てタカナシは出口に辿り着いた。
しかし、そこは先程まで居た街とは到底似ても似つかない廃墟だった。
「これは、一体……?」
右に見える廃墟から何の情報も得られないと思い、左を向くとそこには『お化け屋敷』という看板を提げた木造の建物があった。
「お化け……屋敷? お化けの巣食う屋敷という事かしら?」
概ね間違ってない解釈をしたかと思いきや、やはりタカナシは人間の常識を大きく外れる存在だった。
「つまり、此処は神界の最下層という事……? どうしてこんな所に飛ばされたのかは分からないけど、完全な敵地という雰囲気でもなさそうねぇ」
タカナシはお化け=霊魂という解釈に至り、霊魂の住まう世界・神界の最下層という結論を出したのだった。
勿論、この中に本物のお化けなど居る筈もないし、此処は厳密には下界である。
「とりあえず、話の分かりそうな霊魂を捕まえて、伝達係りになってもらおうかしら」
そんな事も知らず、タカナシが思いついた案は、中のお化け(霊魂)に協力を要請し、八千矛達との合流を図る事だった。
(合流出来なくても、せめて此処が危険でない事だけでも伝えられれば……!)
こうして、タカナシもお化け屋敷へと足を踏み入れるのだった。
――その頃、クッシーと玉ちゃん
未だに脱兎の如く闇雲に駆ける玉ちゃんと、それを追いかけるクッシー、両者の間は段々と縮まっていた。
それは、やっと冷静さを取り戻した玉ちゃんが止まったからだった。その呼吸は荒く、慣れないヒールで五十メートルは走ったか。玉ちゃんは前屈みになり呼吸を整える事に集中した。
「はあ、はあ、はあっ……」
(ここまで来ればもう大丈夫……かな?)
しかし、冷静になったが故に事態は悪い方に転がろうとしていた。
――カツーン、カツーン、カツーン……
通路に響く規則的な音に、玉ちゃんが振り返ると、異様なシルエットが自分へと迫っていた。その距離はもう五メートルもない。
(ぁわわわっ……さっきの骸骨さんじゃない……!?)
一瞬の思考停止の後、玉ちゃんは再び前を向いた。その時、強く腕を掴まれ制止される。
「ひっ、いやあああああああっ!?」
本日、二度目の悲鳴がお化け屋敷内に響く。
「玉ちゃん、落ち着いて! 私……夏澄だよ!」
そこで漸く、玉ちゃんは振り解こうとした手を休める。暗闇の中、目を凝らすと確かに目の前に居るのはクッシー本人だった。
「か、夏澄ちゃん……」
「はー、良かった。ぶつかる前に着けて」
「ぶつかる……?」
玉ちゃんが首を傾げると、クッシーは奥の方を指差して示した。
「???」
「見えない? じゃ、両手を前に出してゆっくり進んでみて」
クッシーの言いたい事がいまいち分からなかったが、玉ちゃんは言われた通りに五歩ほど進むと、その答えが分かった。
「あっ……これ以上、進めない……これは、壁……?」
「そ、壁。あんなスピードでぶつかってたら絶対怪我してたよ~」
「ごめんなさい! ……ありがとうございます」
「いいの、いいの。玉ちゃんが無事ならそれでOK! じゃ、戻ろっか?」
振り返って歩き出すクッシーに対し、玉ちゃんは俯いて立ち止まったままだった。
「まだ怖い?」
「……夏澄ちゃんは怖くないんですか?」
「ううん、怖いよ。超怖い。でも、私は火の玉とか、霊とかそういうのがダメだからまだ大丈夫」
「えっ、どうして火の玉と霊が怖いんですか? 骸骨は怖くないんですか?」
すると、クッシーは然も当然の様に堂々と言い放った。
「だって、実体がないから殴れないでしょ? 火の玉が迫って来て服が燃えたらどうしようとか、霊にとり憑かれたらお祓いに行かないと、とか面倒でしょ? 骸骨は起き上がって来なくなるまで殴れば問題なしだし、ね?」
(ね、って言われても……私にはやっぱり無理――)
「だから、火の玉と霊が出た時は玉ちゃんが私を助けてね。それ以外からは私が玉ちゃんを護ってみせるから」
「わ、分かりました。夏澄ちゃんの為にも私、頑張ります……!」
クッシーの言葉は、普段あまり他人から頼られる事のない玉ちゃんには良い発破になった。
「じゃ、改めて、戻ろっか?」
「うん!」
二人は手を繋ぎ、来た道を引き返した。
――その頃、八千矛とハル
「ど~っちだ?」
「……」
分かれ道の度に八千矛はハルへと進路を尋ねていた。その口振りから察するに八千矛には正しい道が分かっているようだ。
ハルは前方と左の道を何度も凝視するが明かりの問題で三メートル以上先は見えない。
「んー……直進!」
「ハル様……――残念。此処も左」
笑顔で答え、左の道へと歩き出す八千矛はちっとも残念そうではない。しかし、ハルは今回で連続六度目のミスだった。普段なら向きになって食い下がるのだが、探索を始めて以来、二人の間に分かれ道以外での会話はない。黙々と道を歩く、ただそれだけだった。
(まあ、これがヤッチーなりの俺とタカナシセンセーへのけじめなんだろうな)
だから、ハルも黙って八千矛の後を追う。自分の為に命を張っている二人の頑張りを無駄にしない為にも。
――お化け屋敷
二人の帰りを待っている間、骸骨で様々な事を試していた。
まず、実体があるのかどうか。
恐る恐る、僕は骸骨の頭に手を伸ばす。
「あ、触れる」
ポンポンと頭を叩く、確かに実体はある。
次に、破壊は可能か。
一応手を合わせてから、右拳を思い切り骸骨の左頬へと振る。
「っ痛ぇ~~~っ!!」
思いの外、骸骨は頑丈だった。まるで岩石の如く、その表面にはヒビすら入らない。
最後に、移動は出来るのか。
もう一度、手を合わせてから骸骨の背後へと回り、両手をお腹の前で組んで持ち上げた。
「お、意外と軽い」
そして、驚くべき事に骸骨の身体は、くの字に折れ曲がらずずっと姿勢を維持している。
「これは、武器に使える……?」
僕が骸骨の調査を終えた頃、丁度二人は戻って来た。
「ただいま、サク……って、まだ骸骨いるじゃん!」
「ひゃっ!?」
「あー、大丈夫。これ、ココから一歩も動かないから」
「さっさと壊しちゃいましょ? 気味悪いし、玉ちゃんが怖がってるから」
そう言って、クッシーはファイティングポーズをとる。
「ちょっ、ちょっと待って! これ、備品だから! 壊したら怒られるから!」
「あ、そうだった。ココってゲーム会場の中だったんだっけ……すっかりゴーストタウンにワープした気になってたよ~」
何とかクッシーを落ち着かせ、僕は一息吐いた。
「じゃ、ココに居ても仕方ないし、サクッとゴールを目指しますか」
「うん、早く出よう」
二人の間で何かあったのか、玉ちゃんが積極的にゲーム攻略に参加し出したのは驚きだった。この士気が下がる前に行ける所まで行くべきだろう。
「そうだね。待ってる間にゴールまでの大体のルートは分かったし、出発しよう」
「おー、流石サク。こういう時、頼りになる~」
「うん……!」
「それじゃ、行こう」
僕を先頭に階段に向けて出発する――筈だった。
「ちょ、ちょっと、サク!」
「ん?」
「ん、じゃないよ! それ、どういうつもり!?」
クッシーは怒り、玉ちゃんが青褪める視線の先には僕の右手――に抱えられた骸骨。
「ああ、これ。軽いし、頑丈だから武器に使えるかと思って。あと、僕達が目につく様に発光してるからライトにも使える」
「いや、そう言う事じゃなくて! えっ、何、今からそれと一緒に探索するの?」
「えっと、そういう事になる……ねえ?」
僕の視線は自然と玉ちゃんの方を向いた。玉ちゃんはクッシーの陰に隠れる様にこちらを見ていた。
「置いてく……その骸骨はココに置いてく、OK?」
有無を言わさないクッシーの威圧に僕にYES以外の答えはなかった。
「バイバイ、骸骨」
別れを惜しんでいるとクッシーから更に強い視線を送られ、僕は急いで先頭へと戻った。
結局、便利アイテムの入手に失敗した僕達は手ぶらで二階へと進むのだった。
――その頃、タカナシ
お化け屋敷に入ったタカナシの足取りは重かった。
(敵地でない可能性は高いけれど、完全にそうと決まった訳じゃない。それに、また勝手に決め付けると主様に怒られるしねぇ)
先程の迷路までの目的が迅速な突破なら、今度のこれは慎重さを求められる探索と交渉が目的である。
タカナシは出来る限り気配を消し、先へと進んだ。
無論、目的が霊魂の発見と交渉の為、入口の地図など眼中になかった。
少し進むとタカナシも第一の階段を見つける。
「階段……」
(確か、この屋敷は三階層になっていたはず。直進方向は暗闇が深く、先はどこまであるか分からない……とすれば――)
「上に行く方が戻るのも容易ねぇ」
そう判断し、タカナシは階段を上がる。しかし、クッシー達の時と同様に踊り場から先は瓦礫で封鎖されている。
「これは、流石に仕方ないわねぇ」
早々に諦め、タカナシは直進ルートへと戻った。
丁度、開耶達が二階に上がった頃、タカナシも第二の階段へ到着した。
「今度は上がれるかしらぁ?」
先程の一件もありタカナシは先に階段を確認しに行く――つもりだった。
タカナシが視界の端で不意に捉えた発光物体――それは開耶達に置き去りにされた人型の骸骨だった。
タカナシはそれを一瞬、敵と誤認し、後方に大きく跳躍し距離を取った。
(あれは……霊魂の類かしらぁ?)
タカナシはすぐに骸骨に詰め寄り、逃げない様に手を握り、事情を話し始めた。
「訳あって貴方の力をお借りしたい。
此処を出た先に洞窟があるのだが、その中で私の主とその旦那様が道に迷って彷徨って居られる。そのお二方を見つけ出し、言伝と此処への道案内を頼みたいのだが、頼まれてくれないだろうか。
無論、貴方が忙しく引き受けられないのでしたら、他の霊魂を紹介して下さっても構わない。無理は承知の上だが、これは急を要する。お早い返答を」
普通の人ならここで、この骸骨が模型ないし意思を持たない人形だと気づくだろう。しかし、タカナシは違った。
(これは、まさか……!?)
「もう既に、霊魂の応援を呼んで下さって居られるのか……?」
意外な事にタカナシは骸骨の手招きを、応援を呼んでいると勘違いしたのだった。
「それなら、応援が来るまで主様と旦那様の容姿についてお伝えしましょう」
そう言って、タカナシは八千矛やハル達について自慢げに語り始めた。
勿論、骸骨はタカナシの話など全く聞いていないし、霊魂の応援を呼んでいる訳でもない。
しかし、タカナシはその事実を気付けず、来る筈のない応援を待って延々と二人の話をしていた。
しかも、それは既に容姿の説明を通り越して、二人への愚痴になりつつあった。
12話Aで書いた通り12話Cでまとめて12話のあとがきとしますので、ご了承くださいm(__)m