木花開耶物語 番外編 6.8話
今回は6話の学校潜入編の続きを書きました。
瓊瓊杵がどうして上機嫌で住宅街跡への帰路に就いたのか真相が書かれています(^^)
是非、読んでみてくださいm(__)m
追記
HPの方で学校の平面図と立体図を画像としてアップしてあります。説明が分かり辛い方はそちらを参照して頂ければ幸いです(^^)
あらすじ……
これは六話の保健室を出てから夕方に至るまでの空白を埋める物語である。
その前に――南海市立南海高等学校の校舎について……
各館が四方を囲むように配置され、それらの館を繋ぐ廊下が共通して二階にのみある。そして、囲まれた内側にはジャングルの様な庭園、通称・中庭がある。グラウンドは校舎南側にあり、正門は西側、各部活動の部室と体育館は東側にある。
また、各館については以下に記す通りである。
北館:全三階建て、学校側の都合で三階にのみ二年生のクラスがある。一階に職員室、保健室がある。通称・第二本館。
西館:全二階建てで、主に特別教室がある。正門前に位置するので生徒達の下駄箱がある。通称・第一別館。
東館:全二階建てで、主に特別教室がある。通称・第二別館。
南館:全三階建てで三階に一年、一階に三年のクラスがある。二階はほぼ閉鎖状態に等しい。一階に食堂、三階に購買がある。通称・第一本館。
――二XX六年 六月九日 昼過ぎ
瓊瓊杵は所用を済ますため侍女の鈿女に薬を持たせ、先に学校の出口(西館一階)に向かわせた――筈だった。
「……まさか、な」
待ち合わせ場所でもあり自分達の服を置いてきた所。そこに今、一人しかいないという事は、つまりそれが答えなのだろう。
「鈿女が方向音痴じゃったとは、私も知らなかった……」
何でも完璧だと思っていた鈿女の意外な一面を知り、瓊瓊杵は今すぐにでもからかってやりたいところだった。しかし、一刻も早く帰らなければならない理由があり、それどころではなかった。
「探す、か……まったく世話の掛かる侍女じゃ」
鈿女に薬を持たせたのは間違いだった、と愚痴りながら瓊瓊杵は当てもなく来た道を戻るのだった。
――一方その頃、鈿女
何故、自分が荷物を置いた所に居ないのか鈿女には到底理解できなかった。
「此処は……?」
鈿女の辿り着いたそこは出口とは真反対の東館一階だった。
「あら? でもこの置物、見覚えがある様な……?」
自信がないのか、か細い声で鈿女はどこにでもある普通のロッカーを凝視していた。
そもそも、鈿女は確かに帰り道を覚えていた。ただ、その使いどころを誤ってしまっただけの事である。
そう、鈿女の覚えていた帰り道は出口から開耶のクラスまでであって、保健室から出口ではないのだった。それでも、この時点で階段の昇降や廊下を曲がる向きが反対なので、どの道戻れなかっただろう。
そして、何よりも不幸だったのは保健室の位置だった。その保健室の位置と言うのが、開耶のクラス(西端三階)と同じ校舎(北館)の正反対の方向(東端一階)である。
加えて、この学校は完璧なまでのシンメトリー設計なので真反対の位置に居ても容易には気づかない。
「私達の荷物がありませんね……? もう少し先でしたか……?」
結局のところ、鈿女が自身の誤りに気づく筈もなく、方向音痴の典型的な特徴、直勘で進むという更なる負の連鎖に陥るパターンとなるのであった。
――一方その頃、瓊瓊杵
瓊瓊杵は出口から再び開耶のクラスに向かっていた。
「帰り道が分からないのならば、分かる所から帰れば良い。鈿女とて、そこまで阿呆ではないじゃろう」
しかし、瓊瓊杵の予想はいとも容易く外れた。
道中、擦れ違うどころかクラスの前にも鈿女は居なかった。
「くっ、彼奴の方向音痴を見縊って居ったわ。よもやここまでとは……」
瓊瓊杵は落胆と同時に、道に迷い苦しむ鈿女を思い浮かべ笑みが零れた。しかし、それも束の間にして、瓊瓊杵は次の当てを考えた。
「うむ、此処に居らぬというのなら、後は東か……それとも南か」
そこで瓊瓊杵は鈿女の気配を探るが、おぼろげにしか掴めず深い溜め息を吐いた。
「はあ、妙なところだけはしっかりとしておるの……」
愚痴もそこそこに、瓊瓊杵は保健室を目指した。
つまるところ瓊瓊杵は、鈿女が帰路に迷い自分の元へ戻って来ているという、低い可能性から順に消去していく方針だった。
――一方その頃、クッシー達
丁度、保健室から教室に戻っている最中だった。
結局、瓊瓊杵が保健室を去った後、二人に代わり保健の先生が準備室から戻るのを待っていた。不幸中の幸いだったのは保健の先生がその事について思いの外、気にしていない事だった。
「なんか先生、変だったよね~?」
「そ、そう――かな……?」
まだ授業が終わっていない為、廊下は静かだった。会話が止む度に静寂が流れた。
普段なら、クッシーが無理矢理にでも会話を続ける。しかし、この時に限ってはそんな素振りなど一切なかった。
――お主とはいずれまた会う事になる。絶対に、な
クッシーの頭の中は今、瓊瓊杵の放った最後の言葉で一杯だった。
(あれは私達に向けたお別れの言葉? 「さよなら」にしては変だし、言い方的には「またね」って感じだけど……)
黙り込むクッシーと同じく玉ちゃんも思慮に耽っていた。
(さく――木花くん、大丈夫かな。お見舞い……行こうかな……? でもでも、突然行ったら迷惑だろうし、そもそも私が行っても――)
そして、隣を歩くクッシーを一瞥した。
(私よりも夏澄ちゃんが行った方が木花くん喜ぶだろうな……)
そんな玉ちゃんの心情をクッシーが知る訳もなく、二人は教室への距離を淡々と縮めた。
――一方その頃、鈿女
何故か来た道を戻らなかった鈿女は現在、南館二階に居た。
「此処は先程の建物? 戻ってきてしまったの?」
と、壮大な勘違いをしていた。
どういう理屈なのか鈿女の頭の中では、現在地は北館となっていた。
そして、本人にもどういう原理で元の位置(勘違い)に戻って来てしまったのかは分かっていないようだ。
そもそも、根本的な部分に壊滅的な間違いがある為この話に理屈も原理もない。最初から何もかもが破綻しているのだ。
ただ確かな事は、鈿女が道に迷っているという事だけだった。
「そうだわ。一度、開耶様のお部屋まで引き返しましょう。きっと、瓊瓊杵様も帰り道を見失い引き返しているに違いありません。仕方ありませんね、瓊瓊杵様には私が付いていないと」
自信満々に言い、鈿女は上り階段を目指した。何を根拠に鈿女がそんな結論に至ったのかは定かではない。
こうして、鈿女は誤った道を再び進み続けるのであった。
――一方その頃、瓊瓊杵
クッシー達とは違うルートで保健室へと辿り着いたところだった。
「此処にも居らぬ、か」
部屋の中まで確かめる必要はなかった。瓊瓊杵は歩きながらも常に感覚を研ぎ澄まし、鈿女の気配を探っていたが、一向に掴めずにいた。それが、目と鼻の先であるこの部屋の中に居るとは到底考えられなかった。
「次は……東か」
この時、瓊瓊杵が更に可能性の低い南館へと直接向かえば、事態は収束したのだがそんな事を二人が知る由もなかった。
――一方その頃、クッシー達
あれから二人は無言のまま教室のある階までやって来た。そして、そこで丁度担任と出くわした。
「ん? クッシーと豊玉じゃないか。討論会はどうなった?」
第一声がこれとは、この担任は本当に教師なのかと疑いたくなるクッシーだった。
(もっと他に言う事があると思うんだけど……!)
その隣で玉ちゃんはふと記憶を辿っていた。
(あれ? そう言えば教室を出て行く時、先生居なかったような……? あれ、でも日高さん達が来た時に既に居なかったような……?)
玉ちゃんが鮮明に思い出せないのも無理はなかった。それ程までに、転校生二人の印象が強かったのだから。特に、鈿女の抱えていた問題はインパクトが大きかっただろう。
目の前の二人が別々の疑惑を抱いているとは露知らず、呑気な調子で担任は言った。
「おっと、そろそろ昼休みだな。んじゃ、俺、弁当買いに行くから討論会の方は適当に頼むわ、クッシー」
「えっ、ちょっと困りますって、先生……!」
クッシーの言葉を最後まで聞かず、担任は身体の向きを反転させ、一度も振り向く事なく足早に去った。
(あんなの絶対、教師じゃない! 私、絶対に認めない!)
(ええっ、先生も居ないのに皆をまとめるなんて無理だよ……どうしよう、私じゃ夏澄ちゃんの役に立てないし、あわわ……!)
残された二人は思い思いの感情を心の中で吐きながら、立ち尽くしていた。すると、終業を告げるチャイムが鳴った。
――一方その頃、鈿女
鈿女がチャイムを聞いたのは南館の三階だった。
「あら? 確か、三階の突き当たりが開耶様の割り当てられているお部屋の筈ですが、此処は――購買部?」
鈿女の目の前には、購買部と書かれた貼り紙と、食料品が陳列された棚があった。幸か不幸か、まだ終業して間もなくだった為、買いに来ている生徒も応対するおじさんもその場には居なかった。
「いつの間に、お店に変わったのかしら……?」
鈿女は未だに現在地を北館三階だと思って疑っていないらしい。
「おーい!」
丁度その時、下の方から大きな声が聞こえた。
鈿女は警戒しつつも、近くの窓から声のした方を覗いた。すると、そこには一人の男子生徒が居た。そして、その視線の先には鈿女と同じく三階の窓から顔を出す男子生徒が居た。
「はーい、なんすか?」
「今日もいつもの頼むわ~」
「またっすか? お昼なら食堂で済ませばいいのに――」
「んじゃ、買ったら落としてくれ」
「はあ、分かりましたよ」
会話が終わると、三階に居た男子生徒は購買部へとやって来て、焼きそばパンと牛乳を購入し、また窓へと戻った。
「いきますよ~?」
「オーライ、オーライ」
その様子を鈿女はまじまじと観察していた。すると、男子生徒は今買ったばかりのパンと飲み物が入った袋を窓から手放した。
「あっ……!」
鈿女は思わず声を上げたが、それは杞憂に終わる。窓の下に居た男子生徒がそれを落とす事なくキャッチした。
「はぁ……」
その瞬間、鈿女の頭に妙案が浮かんだ。
「おお、ありがとな。代金は部活の時な」
「はいはい。じゃあ、俺は教室に戻りますよ」
この頃には、他の生徒も購買部に集まっていた。勿論、鈿女とは一切関係ない。同様に、購買部の真下に位置する一階の食堂でも人が集まり出す頃合だった。
そんな事を鈿女が知っている訳もなく、妙案は実行へと移されるのであった。
――一方その頃、瓊瓊杵
瓊瓊杵がチャイムを聞いたのは東館二階だった。
「はぁ、こうしている内にも佐久夜様は苦しんで居るというのにあの空けは……!」
瓊瓊杵も探索当初は心の余裕がまだあったが、時間も時間だけに怒りの感情が湧いていた。それも、ただ自分が待たされているのならまだ許せたが、事態は一刻を争う状況、佐久夜の一大事なのだ。
本来なら、侍女の探索など後回しにするところだが、その侍女が特効薬を所持している以上置いて行く訳にはいかない。それでは、本末転倒もいいところだ。
だから、瓊瓊杵は板挟みにあっていた。
(佐久夜様を助けるには鈿女の持つ特効薬が必要となる。しかし、これ以上時間をかけて佐久夜様の治療が手遅れになってしまっては意味がない。
一層の事、この建物を全て破壊すれば鈿女の発見など……いや、この学び舎は佐久夜様の大切なご学友も居る。それらが死んでしまってはきっと佐久夜様は悲しむに違いない)
しかしながら、瓊瓊杵には他に良い案もなかった。
「――ここで、何かを切り捨てる決断をしなければならないようじゃ」
まるで慣れた事の様に瓊瓊杵は別段、取り乱す事もなくゆっくりと目を閉じて考えた。
しかし、それは予期せぬ邪魔で中断された。
「それにしても、外が騒がしいの。私が折角、格好の良い言の葉を吐いたと言うのに台無しじゃ」
丁度、瓊瓊杵が二階に着いた頃から至る所で多かれ少なかれ騒がしくなった。特に騒がしいのは窓の外で、瓊瓊杵は近くの窓からその方角を見た。
「む? 木々が邪魔でよく見えぬが……上と下に男の子が二人、何か叫んでおるな。ほう、上から袋を落として……ふむふむ。変わった遊びじゃな。
ふん、それにしても騒々しい奴等め。少しは佐久夜様を見倣って凛と振舞えぬのか」
瓊瓊杵は発散の場のない怒りを見ず知らずの者へと向けた。
――瓊瓊杵様、八つ当たりはお止め下さい
と、鈿女が隣に居れば、すぐにでも注意されただろう。
「ふん、そんな事を言う鬼は今、居らぬ」
鈿女はいちいち瓊瓊杵の言動に口を出していた。それが居なくなると世界がこんなにも静かだと瓊瓊杵は改めて感じた。
けれど、瓊瓊杵は決断を覆すつもりは毛頭なかった。そもそも、これは鈿女自身が瓊瓊杵に言ったのだった。
――何かを捨てなければならない時、その選択肢の中に私が在りましたら迷わず私をお選び下さい。私の代わりなどいくらでも御座います。しかし、それ以外のモノの代わりは中々ありません。どうか、私をお選び下さい。
「そうじゃ、私は揺るがぬ。決めたのじゃ……いや、決まっていたのじゃ。私は佐久夜様の為に、鈿女を――」
言いかけたその時、一際鈍い音が中庭に轟いた。それはまるで、何かが地面に落ちた様な、頭に残る低い音だった。
瓊瓊杵の頭に嫌な予感が過ぎった。
――一方その頃、中庭
「おいおい……一体、何が起きたんだよ……?」
先程、袋を受け取った生徒の数メートル後方で鳴った、鈍い音に辺りは騒然となっていた。そして、土煙が上がる南館前の中庭に周囲の視線は集まっていた。
「誰かが落ちて来なかったか……?」
野次馬の中の誰かがそう呟いた。
「えっ、飛び下り……!?」
「マジかよ、誰?」
「女子じゃなかった?」
「何年だ?」
「二、三階からじゃなかった……?」
「じゃあ、一年か? いや、二階なら三年の可能性もあるか……?」
ざわめきは時間の経過と共にどんどん大きくなるが、誰一人としてその現場に近付こうとはしなかった。
「どこのラピュ○だよ。面倒事、増やしやがって」
「そうね、もしも自殺なら……臨時の全校集会、いじめ調査、やる事は山積みね」
そこへ現れたのは騒ぎを聞きつけやって来た生徒会の面々だった。最悪の事態を想定していたのか、野次馬に比べ冷静さがあった。
「生徒会長、副会長。後の事よりもまず、何が落ちたのか確認するべきでは?」
呼ばれた二人が振り向くとそこにはクッシーと玉ちゃんが居た。クッシー達もまたあの音を聞きやって来た次第である。
「それもそうね。まだ人とは限らないものね。じゃあ、よろしくね」
「はい? 私、ですか?」
「ああ、任せるよ」
クッシーは冷めた視線で二人を見た。
(上がダメなら下もダメ……教師が不真面目なら、その学校の生徒代表も不真面目で、それを模範とする生徒達も不真面目になる)
クッシーは、この学校の根幹が破綻している事を知っている。だからこそ、その様な者達に学校の主導権を任せるくらいなら自分が、と思っていた。
クッシーはダメな二人を視界から外し、土煙の中心に向けて歩み出した。
「か、夏澄ちゃん……」
玉ちゃんがか細い声で心配そうにクッシーを見ていた。クッシーは、玉ちゃんの方へ顔だけ向けて答えた。
「玉ちゃんは、ここで待ってて。私なら大丈夫だから」
そうして、クッシーは土煙の中へと入った。
(意外と土煙が深い。そんな重いモノが落ちたの……?)
クッシーは口の周りを手で覆いながら、先へ進んだ。視界は悪いが、距離はないので中心に着くのは容易だった。
しかし、いざ着いたものの何も見えないのでは報告のしようがなかった。
「手探り――はしたくなかったけど、しょうがない」
意を決し屈むと、何かがクッシーの頭に被さった。更に、手を付けた地面には何もなかった。
「???」
クッシーは視線を下げたまま、頭に被ったモノに触れた。
(布……? あっ、でもこれどっかで触った事ある――あ!)
思い出したクッシーが急いで顔を上げると、眼前にはほんの十数分前に衝撃的だった問題がそこにあった。
そして、クッシーは顔を見るまでもなく目の前の人が誰か分かった。
「……ちょっと下がってもらってもいいですか? その……近いです、ウズメさん」
そう、クッシーは鈿女のスカートの中に居たのだった。
二人はお互いの顔が認識できる限界まで離れていた。それは、クッシーなりの警戒だった。
察しの良いクッシーはこれを起こしたのは鈿女だと気づいた。しかし、理由が分からなかった。だから、距離を置いたのは直感だった。
「それで、これは一体どういう事ですか?」
意外にも、先手を打ったのはクッシーだった。それに対し、鈿女は特に警戒した様子もなく答えた。
「少々、着地に失敗してしまいまして。砂塵はそのせいです。ご迷惑をお掛け致します、くっしー様」
そう言って、鈿女は丁寧に頭を下げた。普段と変わらない調子の鈿女に、クッシーは呆気にとられて、それ以上の真相解明を止めた。
「見たところ出血はないけど……他に怪我とかはない?」
「ご心配、痛み入ります。私は頑丈ですので御安心下さい」
再び鈿女は頭を下げた。その態度に、クッシーは怪訝な表情をした。
「ねえ、鈿女さん」
「はい、如何か致しましたか?」
「私達もう友達なんだし他人行儀な態度はなしにしない?」
「友達……ですか?」
今度は鈿女が不思議そうな顔で尋ね返した。すると、クッシーは得意げな顔して堂々と胸を張って宣言した。
「そう、鈿女さんは私達の仲間で友達。それだけはもう何があっても絶対に覆らないんだから!」
(絶対に、覆らない……関係……)
クッシーの力強い言葉が鈿女の中の何かに響いた。
そして、少しの間を空け鈿女は答えを出した。
「分かりました。これから宜しくお願いしますね、くっしーさん」
「まあ、まだまだ硬いけどそれは段々と砕けてくるとして……」
クッシーが納得したところで、本題へと話は切り替わった。
「残る問題は、この事態の収拾ね」
クッシーが悩んでいたのは、どうすれば鈿女が罰を受けずに済むか、という一点のみだった。当然、最善策としては誰にも見つからずこの場から去る事だが、それをするには周りに人が集まり過ぎてしまった。この包囲網を突破するのは容易ではない。時間を費やせば良い案が浮かぶかも知れないが、不運な事に土煙は既に晴れつつあった。もう中心付近に薄く残るのみとなってしまった。
(どうしよう。ある程度の時間、皆の視線をココから外させないと……)
クッシーが鈿女を逃がす為に試行錯誤していたその時、鈿女は土煙の外へと向かって歩いていた。クッシーが気づいた時には、もう鈿女は外に出る寸前だった。
「ちょっ、鈿女さん!? 待って。今、出て行ったら――」
「くっしーさんは此処でお待ちください。大丈夫ですよ。事態の収拾はいつも私の役目ですから♪」
意味深な言葉を残し、鈿女は視線の中へと躍り出た。
「おい、何か出て来たぞ?」
「女子だ!」
「櫛灘……ではないようだな」
「そのようですね」
「誰だ?」
「何年?」
またざわめきが大きくなり、皆は身を乗り出すように現れた鈿女を見た。
「あれは……うずめさん?」
玉ちゃんが鈿女に気づいた時、現れてから無言で俯いていた鈿女が顔を上げた。
「――篤と私の舞を御覧あれ」
特に大きな声で言った訳でもなかったが、その言葉は鈿女を見ていた全ての人に届いた。
そして、鈿女は宣言通り舞を始めた。
それは異常な光景だった。先程までざわついていた周囲の人々が、静かに鈿女の舞に見入っていた。静寂の中、鈿女の足の運ぶ音や風を切る音だけが中庭に聞こえた。
それから舞は数十秒続いた。
「――忘却の舞、之にて了」
そして、鈿女のこの言葉を合図に異変は起きた。それを丁度クッシーは目の当たりにする。
丁度、土煙が晴れ、クッシーは少し離れた位置に居る鈿女の元へ駆け寄ろうとして異変に気づいた。
(人が、散ってる……?)
今まで梃子でも動きそうになかった野次馬達が散り散りになっていた。皆、元の場所へと戻り各々の中断していた行為を再開した。
それはまるで、今までの出来事がなかった事になってしまった様な、常識の範疇では信じられない事態だった。
鈿女がその場で固まるクッシーに気づき、得意気な笑みを浮かべて言った。
「丸く収まったでしょ?」
それを見たクッシーは背筋に冷たいものが走った。
明らかに常人の域を超越している存在が目の前に居る、それは恐怖以外の何ものでもなかった。
二人の間に出来た蟠りが、そのまま今の二人の間の距離だった。
(ち、近づけない……!)
クッシーの中の本能が自己防衛を優先していた。つまり、クッシーの本能は鈿女を危険だと判断したのだ。
(違う。鈿女さんは私達の仲間、私の友達!)
頭で否定しても、身体は一向に動かなかった。二人の間に沈黙が流れた。
そんな沈黙を破ったのは、意外にも突然の来訪者だった。
「この……大馬鹿者が!」
怒声と共にどこからともなく現れ、当然とばかりに鈿女の背中へドロップキックを浴びせた。
来訪者が華麗に着地を決めた頃、不意打ちでバランスを崩した鈿女をクッシーが受け止め、大事には至らなかった。しかし、クッシーは既知の来訪者へ激怒した。
「何してるのよ、危ないでしょ! 聞いてるのニニギちゃん!?」
それに対し、瓊瓊杵は無愛想に顔をそっぽに向けた。
その態度にクッシーは更に怒りを募らせるが、クッシーが喋るよりも早く、立ち直った鈿女が深い溜め息を吐きながら言った。
「はあ、漸く見つけましたよ瓊瓊杵様。さあ、帰りましょう」
「ほう、その言葉そっくりそのままお主に返してやるわ」
「何を仰いますか、それではまるで私が道に迷っていた様に聞こえるではありませんか。訂正を要求します」
「こんな騒ぎまで起こしおって。大方、私に見つけてもらおうという魂胆じゃったのじゃろう?」
「? 私はただ道に沿って歩く必要はないと考慮しまして、外に出た方が早いと判断したのですが」
「くくくっ、此処は四方を建物に囲われた庭園じゃぞ? 出るなら反対側の砂地の方でなくては外には繋がっておらぬわ」
「まあ、済んだ事を言っても仕方がありません。この件は共に水に流し、急いで戻るべきかと」
「そうじゃの。お主への仕置きはまた後程考えるとして、今は一刻を争う状況じゃ」
「それでは参りましょうか」
「待て、鈿女。そっちは北じゃ。私達の荷物が在るのは西じゃ」
「西……茶碗を持つ側……左ですね」
「お主が戻って来れなかった訳がよく分かった」
「?」
「まあ、よい。とりあえず、戻るのが先決じゃ」
終始、二人だけの会話にクッシーが入る隙など一瞬もなかった。なぜなら、この長い遣り取りがたった数十秒の間に行われたからだ。
結局、二人は話が固まったのか西館へと走り出した。勿論、クッシーの事など眼中にないと言った具合だった。
クッシーはもう怒る気も失せ、待たせていた玉ちゃんの元へと向かい、教室へと戻った。
――同日 昼過ぎ 木花家
色々あったが二人は服を着替え、木花家へと無事に帰還を果たした。
そして、本来の目的であった佐久夜(開耶)の治療を行った。
隔離空間から出て来た鈿女に瓊瓊杵は開口一番、佐久夜の容体について尋ねた。
「如何じゃった?」
鈿女はまるで手術後の医師の様なモチベーションでその質問に答えた。
「良くも悪くもなく、といった具合に御座います。お倒れになった際についた頭部の怪我は順調に回復しております。意識の方は、未だ戻っておりません」
それを聞いた瓊瓊杵は複雑だった。状況は喜ぶには足りず、悲しむには遠かった。
「そう……か。薬は?」
「はい。御飲み頂きましたがすぐに効果は現れない、かと」
「そうか」
心ここに在らずと言った調子の瓊瓊杵は、ふらふらと入口へ向かった。しかし、残り一歩の所で鈿女に行く手を阻まれた。
「入室厳禁です♪」
鈿女は満面の笑みで言った。
「百聞は一見に如かずじゃ、自分の目で佐久夜様の容体を確かめる!」
「立入禁止です♪」
全く同じトーンで鈿女は告げた。
「じゃあ、少しだけ――」
「面会謝絶です♪」
瓊瓊杵の言い分を遮る様に鈿女は言った。流石の瓊瓊杵も、もう何を言っても鈿女が動かない事は容易に想像できた。
「もうよい。分かった、分かったのじゃ!」
そう言って、瓊瓊杵は一度入口から離れた。そして、入り口が見える側のソファーに腰掛け、鈿女の動向を窺った。
瓊瓊杵の作戦は、鈿女が入り口を離れるか、最悪の場合油断している隙に突撃するというものだった。しかし、鈿女もバカではないので瓊瓊杵が企んでいる事は手に取る様に分かった。
事態が急転したのは、二人の無言の攻防が開始して数分後の事だった。
それまでずっと瓊瓊杵を笑顔で監視していた鈿女が、慌てて入口の方を向いた。
「……!?」
今一つ状況が飲み込めない瓊瓊杵には一抹の不安が過ぎった。
そして、短く息を吐きながら鈿女は言った。
「ふぅ、佐久夜様の御顔色に徐々に色味が戻りつつあります。
私はおしぼりの水を替えに席を外しますが、呉々《くれぐれ》も中には入らない様に。いいですか、瓊瓊杵様?」
「分かっておる。早く行け」
と、瓊瓊杵は一も二もなく返事をした。すると、意外にも鈿女はそれ以上何も言わず、足早に家の奥へと消えた。
「ふむ、これは少しなら入っても良いという事じゃな」
そう言って、瓊瓊杵は鈿女の帰りを警戒しつつも向かいのソファーを大胆に飛び越え、扉に近付いた。そして、扉に手をかけた。
「……開いて……おる、な」
扉の動作確認を終えた瓊瓊杵は、もう一度鈿女の去った方を確認してから素早い身のこなしで中へと侵入した。
――天岩屋戸 内部
先程から言っていた隔離空間とは、鈿女の持つ設置型神器・天岩屋戸の事である。
普段この神器はお札の形状をしていて、壁や床などに設置する事で発動する。設置が認証されると岩の引き戸が壁ないし床に現れる。効果は、神器発動者か内部に居る者が許した者のみ入室する事の出来る空間の生成だ。その空間維持には多少の神力消費を伴い、神力供給が断たれた場合、空間は消滅し、内部のモノは全て現実世界へと放り出される。尚、入り口である岩戸の破壊は原則的に出来ない。そもそも、この岩戸は飾りに等しく、ただの空間生成位置参照装置でしかない。よって、この岩戸の奥に物理的空間領域がある訳ではない。その為、破壊されようが、こじ開けられようが、正式な手続きがない場合は生成空間には決して繋がらない。
その内部は物理的空間領域を必要としない為、外見とはかけ離れていた。
横幅は入口の戸より十倍以上あり、奥行きも地平線が見えるくらいに広い。また、照明がないのに明るく、壁や床は白で統一され、落ち着いた雰囲気がした。
開耶(佐久夜)は、入口から十数メートル離れた所にベッドごと安置されていた。
「佐久夜様……!」
佐久夜を発見した瓊瓊杵は小走りで近づき、その顔を覗き込んだ。
「すぅ……すぅ……すぅ……」
開耶の頭には包帯が巻かれ、額には渇いたおしぼりが乗っていた。倒れた時、真っ青だった顔色は改善され、今は安定した寝息を立てていた。
瓊瓊杵は胸を撫で下ろし、起こさない様に小さく息を吐いた。
「ふぅ、これなら後は時を待てば良くなる筈じゃな。では、鈿女が戻る前に私は戻らねば」
名残惜しそうに瓊瓊杵は佐久夜に背を向けた。
丁度その頃、外では鈿女が新しいおしぼりを持って居間に到着していた。そして、居間に瓊瓊杵が居ない事に深い溜め息を吐いていた。
「はあ。瓊瓊杵様は――っと……居ました。やはり、中に勝手に入ってましたか」
鈿女は神器発動者権限を用いて内部の状況を知る事が出来る。つまりどの道、瓊瓊杵の侵入はバレるのであった。ただそれが早いか、遅いかの差でしかない。
鈿女は瓊瓊杵が出るのを入り口で待った。
しかし、瓊瓊杵は一向に動き出す気配がない。背を向け、俯いたまま歩くでもなく、振り返るでもない。
そして、何かを思い立ったのか瓊瓊杵は開耶へと向き直り、口を開けた。
「一つ……一つだけ、私は佐久夜様に訊かなければならない事があります」
急に改まった口調で話す瓊瓊杵にただならぬ気配を感じ、鈿女は静かに動向を窺った。
「佐久夜様……いえ、開耶様。下界で初めて会った時の事を憶えていますか? 私が彼方様にキスをしたあの時の事です」
そう言って、瓊瓊杵は思い出すように目を閉じた。
「あの日の早朝、私達は下界に降り立ちました。佐久夜様を探し始めてすぐに鈿女と再会し、二手に別れた後、実は……私は佐久夜様を――いえ、開耶様を見つけていたのです」
意外な告白に鈿女は目を見開いた。そういえば、と鈿女は瓊瓊杵から佐久夜を発見した時の話を詳しくしなかった事を思い出していた。
「すぐに申し出なかったのは、ご様子に違和感を覚えたからです。それからは後を追いかけ、少し離れた所から一日、観察させて頂きました」
それを俗にストーカーというのは瓊瓊杵の知るところではない。
「そうしていく内に、佐久夜様のこちらでの名を知り、学生という身分を知り、友達と楽しんでいる姿を拝見し、綺麗な景色も見せて頂きました」
外で聞いていた鈿女は、瓊瓊杵の異常なまでの下界への適応の早さついて納得し、静かに話の続きを待った。
「そして、気づいたのです。私の感じた違和感の正体に……」
そこで瓊瓊杵は一度、間を置いた。そして、核心に触れた。
「開耶様が人の様に振る舞っているのが……まるで――神界での記憶を無くされている様に見えたのです」
鈿女もその点については薄々感じていた。そのくらいに開耶と佐久夜には違いがあるのだ。
「教えて下さい! 開耶様に佐久夜様として記憶は無いのですか?」
瓊瓊杵の問いは静かな空間に響いたが、答える者は居なかった。
「在るのなら、もう言う事はありません。ですが、もし無いのなら――」
鈿女は瓊瓊杵がどんな行動に出るのかまるで分からなかった。最悪の場合、このまま心中なんて事も十二分に有り得た。
張り詰めた雰囲気の中、瓊瓊杵が次の言葉を言った。
「無いのなら………それはそれで良かったです」
「えっ!?」
鈿女は思わず声を上げ、口を手で抑えた。幸いにも瓊瓊杵には聞こえなかったが、それほど意外な答えだったのは言うまでもない。
「開耶様が神界での私をお忘れになったというのなら、それはそれで良かったのです。
神界での私は、初めて佐久夜様と会った時からずっと不機嫌で、無愛想で、全然可愛げのない女でした。何度もそんな自分を変えたいと思案しましたが、今更どう取り繕ったところで佐久夜様は可愛くない私を知っている。すぐに偽りだと気づくでしょう?」
鈿女は神界で瓊瓊杵の傍に長く居た内の一人だが、瓊瓊杵は佐久夜と出会ってから喜怒哀楽をよく表に出す様になったと思っていた。まるでそれまでの日々が嘘の様に、日々を楽しんで過ごしている様に見えた。もう悩みなど無いものだと思っていた。
現に佐久夜と出会って以降、瓊瓊杵が鈿女に話すのは主に惚気話だった。
そんな鈿女の心情も知らず、瓊瓊杵は笑みを浮かべて言った。
「だから、忘れて下さったのなら良かったです。これから私は、開耶様の前では可愛い女で居たいのです」
本当にそう思っていたのか、それは本人しか分からない事だが、少なくとも鈿女には嘘に聞こえた。そうでなければ、瓊瓊杵の涙を堪えた笑顔を何と説明するのか、鈿女には分からなかったからだ。
「それでは、私はもう行きます」
瓊瓊杵は震える声でそう言って、戸の方へ身体を向け歩き出した。しかし、その歩調は段々と遅くなっていき、数メートル進んだ所で到頭、立ち止まってしまった。
「…………佐久夜様、私は想い出を捨てられませぬ……!」
瓊瓊杵は俯きながら、消え入る様な声で本音を吐露した。
次の瞬間、背後からよく知る力強い声が言った。
「バカ言ってんじゃねえぞ」
瓊瓊杵が振り返ると、ベッドの上で上半身だけ起こした佐久夜が瓊瓊杵の方を見ていた。
「なっ、佐久夜様……!? 起きられても大丈夫なのですか……?」
すると、佐久夜はあっけらかんと答えた。
「ちょっと質の良い神力に当てられただけだ。この通りピンピンしてるぜ」
そう言って、佐久夜はベッドの上で腕を振り回して見せた。
「そ、そうなのか……コホン、そうでしたか。御無事、何よりです。私は開耶様の事が心配で心配で――」
笑顔で瓊瓊杵の話を聞いていた佐久夜が急に冷淡な顔になった。そして、瓊瓊杵の話を途中で遮る様に問い質した。
「……お前は誰だ? 俺の何だ?」
「!?」
その言葉を聞いて瓊瓊杵は相当な衝撃を受けた。開耶に佐久夜の記憶はない、と。
瓊瓊杵は今にも泣き出したかったが、しどろもどろに自分との間柄について説明した。
「わ、私は瓊瓊杵。開耶様とは恋仲だったのですが、開耶様はその時の記憶がなく――」
すると、また佐久夜は話を遮って言った。
「そういう事を訊いたんじゃないし、俺の記憶は至って正常だ。
その態度は何だって訊いたんだよ、お前らしくもない」
それを聞いた瓊瓊杵は安堵した一方で、別の不安が過ぎっていた。
「それでは……開耶様は、こんな不機嫌で無愛想で可愛げのない私で良いと言うのか……?」
そう、瓊瓊杵は今までの自分が嫌なのだ。瓊瓊杵は、自身が好きでない自分を佐久夜が快く思っている筈がないと思っているのだ。今更かもしれないけれど、自分は性格を改めるべきだと、瓊瓊杵は感じているのだ。
しかし、佐久夜は言った。
「ああ、そうだ。大体なあ、俺が知ってるお前は初めっから一貫してそういう奴だった。そんで以て俺はそんなお前だから好きになったんだ。それ以外のお前なんてお断りだぜ?」
「ぅっ、佐久夜様!」
感極まった瓊瓊杵は溜め込んでいた涙を惜しみなく流しながら、佐久夜へとダイブした。
「っと、と。まだ、本調子じゃねえな」
普段なら余裕で受け止める佐久夜だったが、瓊瓊杵と一緒にベッドに倒れた。しかし、瓊瓊杵はそんな事はお構いなしで、佐久夜の胸に抱き付いて離れる気配はなかった。
そんな瓊瓊杵の頭を雑に撫でたところで佐久夜の目蓋が急に重くなる。
「悪いけど、もう少し寝と……く」
その言葉を最後に佐久夜の目は固く閉ざされた。瓊瓊杵も満足したのか、佐久夜から離れた。
「うむ、お休みなのじゃ」
瓊瓊杵は涙を拭い、夢の様な時間が終わってしまった事を理解した。開耶の捲れた掛布団を整え、瓊瓊杵は戸へと歩き出した。
しかし、また数歩行った所で立ち止まった。けれども、今回は俯いてもいないし、表情も明るかった。そして、独り言の様に呟いた。
「また、あの時の様に私の危機には助けに来てくれるのじゃろう?」
その問いにどこからともなく、声が聞こえた。
――ああ、当たり前だ!
勿論、聞こえる筈がなかったが瓊瓊杵には確かに聞こえた気がした。その言葉に後押しされ、瓊瓊杵は振り返らず天岩屋戸を出た。
――夕方 木花家
瓊瓊杵が外に出ると目の前には鈿女が居た。
しかし、その表情はどこか柔らかで、怒っている様には見えなかった。そして、鈿女は開口一番言った。
「良かったですね、瓊瓊杵様」
「……! うむ、開耶様の事は頼んだぞ」
鈿女は静かに一礼して岩戸へと消えた。
「如何じゃった?」
「はい、この分でしたら明日にはもう快復されるかと」
それを聞いた瓊瓊杵の口元が綻んだ。
「そうか、それは良かった」
笑みを零す瓊瓊杵の目に、不意に夕日が差し込んだ。そこで、思い出した様に瓊瓊杵は言った。
「それよりもそろそろ、開耶様の母上殿が帰られるかもしれん。一度、出直すか?」
「そうですね。それでは岩戸を解除して、佐久夜様を元の位置に戻しましょう」
そう言って、鈿女は戸の中央へ手を突っ込んだ。次の瞬間、鈿女が何かを剥がす素振りをすると壁から戸が消え、鈿女の手元には一枚のお札があった。
「これで完了です」
そうして、二人は何の痕跡も残さず木花家を去った。
その道中、鈿女は気になっていた事を尋ねた。
「結局、佐久夜様は現在どういった状況なのでしょうか?」
瓊瓊杵は少し考えてから、見たままを話した。
「私にもよく分からぬ。開耶様と佐久夜様は別人かと思えば、急に同一に見えたり、気づけばその面影はなくなるのじゃ。
しかし、当面の目的は開耶様の護衛じゃ。今のところ開耶様しか佐久夜様に関する手掛かりはないしの」
「そうですね。急いては事を仕損じるとも言います。まだ差し迫って判断するべき時ではないかと存じます」
瓊瓊杵も鈿女の意見に異論はなかった。
ただ瓊瓊杵は、あの夢の様な状況の落としどころに迷っていた。つまり、どこまでが信じるに値し、どこからが幻だったのか、瓊瓊杵は考えていた。
(私の話した佐久夜様は、私の寂しさが作り出した都合の良い佐久夜様だったのかもしれんの。
じゃが、胸のつかえが取れたのは確かな事じゃ。
早く、本物の彼方様に会いたいが今日のところは頭撫でで我慢するのじゃ)
例え、全てがまやかしだったとしても佐久夜が自分の頭を撫でた感覚だけは確かなものだった。それだけは自身を持って言える、幻覚でも夢でもない本物だった、と。そして、今の瓊瓊杵とってはそれだけで充分だった。
不意に、瓊瓊杵は頭を撫でられた時の感覚を思い出し、満面の笑みを浮かべた。
まだこの時の瓊瓊杵はその後、登陽に襲われる事も開耶と衝撃的再会を果たす事も知らなかった。何よりも、岩戸で会った佐久夜が本物だったとは知る由もなかった。
ここまで読んで頂きありがとうございますm(__)m
今回の話は6話で収録し切れなかった分を番外編という形で補わせて頂きました。
まあ、確かにこの分量を収録していたらと思うと読者が激減するのは間違いないでしょうね(-_-;)
本編の方は第一章終了となりましたが、もう一本番外編があるので、まだ第二章には入りません(>_<)
あと、12話(番外編)の掲載と同時にキャラ紹介(改訂版)も掲載しようと考えております。
また、時間に余裕があれば時系列順に何が起きたのかを見やすくまとめた資料的なものも合わせて公開しようかとも考えています。
全ては読者獲得(→感想Get→人気UPのエンドレスループ)の為、分かり易さを追求したいと思います(^_^)/
あとは、ツィッターを始めたのでそちらの方もよろしくお願いしますm(__)m
詳しくは『活動報告』に書いてあるのでそちらを参照ください(^^)
それでは次話も是非、読んでくださいね(^_^)/