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旧・木花開耶物語  作者: crow
第一章
35/40

木花開耶物語11話 B

 実は、今回は書き上がるのが当分先になる予定だったんですが……前に言っていた応募の件を早々に諦めこっちに専念しました(;一_一)

えっと、一章の終わり方に若干の違和感ないし不満はあると思われますが、これからも俺たちの戦いは続く的な形で次章を楽しみにしてください(^^)/

 それでは本編を、是非、最後まで読んで下さいm(__)m

――……

 沈む。

 暗く黒い闇の中で目覚める。


 此処を、僕は知っている。

 気味が悪いくらいに心地が良い。

 安定と安寧が約束された地。

 此処には、誰の脅威も及ばない。

 そして、何でも望むままに叶う。


 けど、孤独だ。



――二XX六年六月十一日 深夜 船尾


「なっ!? その様な策、正気か!?」

 そう声を荒げたのは言うまでもなくニニギだった。当然の事ながら、ミヤは佐久夜の述べた策の無謀さ、成功率の低さ、そもそもそんな事が可能なのかさえも定かではなかった。

 しかし、ミヤにはそれ以上に気になる事があった。

「ニギハヤヒ様が来てる……!」

 船上を漂う空気が威圧的な存在に震えていた。佐久夜もそれに気づいたからこそ、これから自らがとる行動を二人に伝えたのだった。

「考え直してる時間は無い。それに、開耶が必死に導き出した策だ。変える気はないぜ」

 ニニギは呆れた様に溜め息を吐き、ミヤは船首を向いたまま佐久夜の声は届いていない。もうこの場に佐久夜を止める事の出来る者など居なかった。

 そして、それはもう一人の方にも同じ事が言えた。

「よう、この戦いを終わらせる為のピースは全て揃ったぜ」

「我があるじいもを還して貰おう、わっぱ

「ニギハヤヒ様……」

 ミヤの目から見たニギハヤヒに外見的変化は一切見られなかった。しかし、先程とは明らかに気の持ちようが異なっていた。

 狂気にも似た空元気からげんきの様なニギハヤヒのモチベーションの高さは誰の目から見ても異常だった。唯でさえ気味の悪い能面面のうめんづらが変に歪み、普段より不気味さを増していた。

「兄上……何をそんなにいておるのじゃ」

 ニニギの吐き捨てる様な独り言がニギハヤヒの耳に届く筈もなかった。

 今、ニギハヤヒの全神経、全感覚は目の前の、敵である佐久夜へと注がれている。

 それはまるで何かにとり憑かれたかの如く、勝利にのみ重きを置き、自らの証明として勝利を欲し、果ては己の勝利に絶対的確信さえも抱いている。

 それらの事柄を全て承知した上で尚、佐久夜は話し出した。

「なあ、さっきも言ったがこの戦いを終わらせる為のピースは全て揃えた。だから、お前の一貫性のない行動の謎も、意味もようやく分かったよ」

 その言葉にニギハヤヒは小さく反応を示した。一瞬だけ、視線を視界の端に居るミヤとニニギへと移し、またすぐに戻した。

 どうやら、本人にも自分が奇怪な行動をしている自覚はあるらしい。

(それなら、この人助けも大詰めだな)

 佐久夜はある確信を持って話を続けた。

「もし、お前が女を苦手としているから嬢ちゃんを遠ざけているのなら、何故ニニギとは普通に接する事ができる?

 もし、お前が他人を苦手としているのならニニギとは話せる事になるが、俺とは話せないという事にならなければならない。けれども、俺とは話せている。

 もし、お前が嬢ちゃんを嫌っているのなら今まで挙げた前提は全て無視できるが、嫌いな奴の為に態々《わざわざ》相性の悪い俺と戦ってまで取り戻そうとしている。つまり、嬢ちゃんの事が嫌いな訳ではない。

 今までの話を要約すると、だ。

 お前、嬢ちゃんと何を天秤に掛けてんだよ?」

 その言葉にニギハヤヒは顔をうつむかせた。その様子は思い当たる節どころか、佐久夜の言った事の大方が的中だったと見える。

 佐久夜は先の分かり切った言葉を続けた。

「お前が守るべきはソレなのか? 違うだろ。お前が本当に守りたいのは――」

「黙れ!」

 佐久夜の言葉は、野太い声によって遮られた。そして、声の主は俯いたまま次の言葉は無かった。いや、正確には言うべきか迷い口を何度も開いては閉じてを繰り返していた。

 佐久夜はそれを見抜いたのか、あおる様に言い放った。

「お前は何だ? 神格が神の中核を担うが、そいつはただの初期設定だぜ。そこからどういう奴になっていくかはお前の生き方次第だ!」

「黙れ、童に何が解る!? 女子おなごうつつを抜かしている君主の言葉を誰が聞くというのだ。天孫として、君主としてわれは孤高でなければならないのだ!」

 言い終えると同時にニギハヤヒは聖域展開を行った。

 聖域は佐久夜を包むだけに止まらず、徐々にその範囲を広げていった。しかし、二人は逃げる選択をしなかった。

 ミヤは当然ながらニギハヤヒの身を案じて残ったのだ。その結果、例え自分が傷ついても構わない決心はうに出来ていた。

 ニニギもまた心配が理由で残った一人だが、心配事は主に二つあった。一つは、言うまでもなく佐久夜の安否について。そして、もう一つは聖域展開に対する秘策の成否せいひについてだ。

 二人が逃げなかったのを視認した佐久夜は覚悟を決め、秘策を実行した。

 一方その頃ニギハヤヒは三人の思惑など微塵も理解しないまま勝利を確信していた。いや、勝利はこの場に着いた時から確信していた。だから、今はそれが事実となり胸を撫で下ろしているといった具合か。

 そんなニギハヤヒが次の瞬間に自分が吹き飛ばされている映像など想像すら出来なかっただろう。

「だから、それは神格が創ったニギハヤヒっていう器だって言ってんだろうが!」

 そう言って、佐久夜はニギハヤヒの左頬に右拳を振り抜いた。ニギハヤヒは船の縁まで甲板を転がりながら吹き飛び、盛大にぶつかった。そして、ニギハヤヒを殴った事で聖域は消えた。

「ニギハヤヒ様!」

「佐久夜様! はあ、御無事で何よりじゃ……」

「それは、嬢ちゃんと出会う前のお前だ。今のお前は違うはずだ」

 塵埃じんあいが晴れるのを待ちながら佐久夜はしっかり聞こえるよう少し大きめな声で言った。

 視界が明瞭になると縁を支えに立ち上がっているニギハヤヒが居た。

何故なにゆえ、動けるのだ? 吾の聖域展開が破られたというのか……? せん。童め、何をした……!?」

 ぶつぶつと呟きながらニギハヤヒは佐久夜を睨みつけた。その視線に気づいた佐久夜は勿体ぶる事なく絡繰からくりを説明した。

「別に大した事はしてないぜ。ただ、お前が聖域展開をした後で俺も聖域展開しただけだ」

 詰まる所、開耶が残した秘策というのは逆転の発想だった。神聖度の低い者が聖域展開をしても神聖度の高い者にはまるで効果を成さない。けれども、それが目的でないのなら発動する事に意味がある。そう、例えば相手が発動した後に発動する事によって聖域による聖域の上書きをし、自分の居場所を確保するという風に。

 少ない情報と自身が体験して知り得た経験と推測で、聖域が自身を中心に円状に広がるという事を前提にして、大きい円の中に小さい円を創るという発想に至ったらしい。

 そして、その予想は見事に的中し、策は成功した。

 あと一つ加筆しておくとすれば、開耶が薄々勘付いていた聖域の展開方法が二種類あるという点について。一つを絶対指定と名付けるとすれば、もう一つは相対指定で間違いないだろう。そして、ニギハヤヒが使用している方法が前者であり、今回佐久夜が使った方法が後者である。

 最後に、これらは聖域展開を使用するに当たっては常識的レベルの知識である。

 故に、佐久夜の説明を聞いたニギハヤヒは状況をよく理解できた。だから、こんな時の打開策がある事も熟知している。しかし、それを行う前にやるべき事があった。それは佐久夜の考え方の否定である。

 それを認めるという事は、今までの自分の行いが全て無に帰すという事になる。自らの気持ちを裏切り、ミヤを傷つけてまで続けてきた事を否定されたまま勝負に勝ってもニギハヤヒは納得できないのだ。

「童よ、何度も言わすな。これは吾が強者である為には致し方のない事柄。登美夜とみやもいつか――」

「もう一回――」

 そして、ここにもまた納得できない男が居た。

「自分の中心に何が在るか、確かめてみやがれ!!」

 そう言って、ニギハヤヒの胸の辺りにドロップキックを決める。

 すると、縁の傍に居たニギハヤヒは当然の如く後ろに吹っ飛んだのだが、その先は空だった。

「ニ、ニギハヤヒ様!!」

「なっ、佐久夜様!」

 悲鳴にも近い声でニニギが呼び止めた時には、既に佐久夜は縁を跳んでいた。


 暗い空から光の灯る地上へとニギハヤヒは真っ逆さまに落ちた。その時、ニギハヤヒの意識はドロップキックの衝撃と佐久夜の言葉で朦朧もうろうとしていた。

(吾は登美夜を守る為、強者で在り続けた。それが間違っていると言うのか……!?)

「否! その様な事が、在ってはならんのだ!」

 ニギハヤヒは鬼気迫る表情で、共に落ちて来る佐久夜へ雄叫びをあげた。佐久夜はそれに臆することなくニギハヤヒへと辿り着き、胸倉むなぐらを掴んだ。

「前に言ったよな。お前は一生誰も何も、守れやしねえって。あれは撤回してやるよ」

 ニギハヤヒがその言葉に気を取られている隙に、佐久夜は咆哮のお返しと言わんばかりに頭突きをお見舞いした。すると、二人は作用・反作用に基づき少し離れた。

 そして、ひたいを押さえるニギハヤヒを余所よそに佐久夜は空中で胡坐あぐらをかいた。それから、改まった口調で淡々とニギハヤヒの考え方にある矛盾点を指摘した。

「まあ、何にせよだ。大切な人すらないがしろにする奴の言う事なんて誰が聞くんだよ、って話だ」

 それを聞いたニギハヤヒは意外にも小さく笑った。

 恐らく、ニギハヤヒも薄々は己のしている事に疑問を持っていたと考えられる。しかし、始めてしまった以上、もうミヤを傷つけてしまった罪は消えない。今さら止めたところでこの罪は消せないのなら、一層の事このまま続けた方がミヤの為だと思ったに違いない。

 つまるところ、ニギハヤヒは誰かに止めて貰いたかった。そう、開耶と佐久夜は仮定し、人助けと称してそのわだかまりを解く事を試みた。その過程で仮定は確信に変わり、過程はどうあれ結果的に蟠りは解けたと言っても過言ではない程度に仲を修復したのであった。

 ニギハヤヒは呆れた様に首を左右に振りながら溜め息を吐いた。

「はっ、童に教えられるとは――」

 やっと間違いを認めたニギハヤヒに対し、佐久夜は思わぬ行動に出るのだった。

「んじゃ、わりぃけどお前……下な」

「なっ!?」

 再び掴まれた胸倉と佐久夜を何度も見返すニギハヤヒは、まだ自分達の置かれている状況を把握していなかったようだ。

 そして次の瞬間、木花家前の路地に半径五メートルくらいのクレーターと轟音が生じた。


 落下地点は土煙で覆われ、上空からでは下の状況は全く分からなかった。

 佐久夜が跳んでからすぐに縁で二人の様子を窺っていたニニギも、流石にこの状況の中に跳び込む真似はしなかった。

 客観的に見てもニニギは佐久夜に熱中しているが、そのせいで戦闘中に愚策に走る様な女ではない。むしろ、佐久夜が戦闘しているからこそ自分は邪魔をしない様に努める。もしくは、どんなサポートができるか、アシストを必要としているかなど、如何(いか)なる状況に対しても自分は万全の状態で即座に臨む、そういう女なのだ。

 その代わり、その判断は冷静且つ冷酷及び即決即断である。その上、ニニギの判断に不満を述べようものなら戦闘後にもうひと戦闘増える事になる。

 そもそも、ニニギは佐久夜と共闘しないのではない。出来ないのだ。

 現在の佐久夜の大まかな位置は神力を辿れば分かるが、それでは万が一の場合に佐久夜まで攻撃してしまいかねない。その万が一の場合というのは、煙が晴れた段階で佐久夜が劣勢だった時だ。その時は佐久夜を除くこの辺り一帯を破壊する算段らしい。という訳で、今は佐久夜の位置の特定に努めている。

「佐久夜様~~~~~~っ!」

 原始的且つ最も効率の良い方法ではあるが、声が届いているのかどうかさえも定かではない。そんな中、当然返事などない。

「ニギハヤヒ様……っく」

 すると、縁に向かって来たミヤが倒れそうになった。それに気づいたニニギが急いで支え、ミヤは倒れずに済んだ。

「義姉上、大丈夫か?」

「うっ……ん、まだ大丈夫」

 その言葉にニニギは違和感を覚えた。

(もう、ではなく、まだ……?)

 考え込むニニギから離れ、ミヤは重い足取りで縁へと歩いた。そして、辿り着くと縁から上体を大きく乗り出して下を眺めた。

 まだ土煙は晴れていなかった。

「ニギ、ハヤヒ様……そこから早く逃げて」

 そこに青褪めた表情のニニギがミヤの肩を勢いよく掴み、問い質した。

「義姉上、まさか――」

 しかし、その時にはもう遅かった。

 異変は、まずミヤに起きた。ミヤはまるで糸が切れた人形の様によろめき、倒れる寸前のところで縁に掴まった。それから何かが割れる様な音がし、ニニギは急いで縁から下を見た。

 すると、船体の下にどこからともなく現れたのは、大きな棒状物体の先端だった。棒状物体は徐々に本来の姿を取り戻していった。それが意味しているのは、ミヤの能力が解けたという事だった。

「しかしあの時、義姉上は空間消滅のルールを設定しなかった筈じゃ」

 その問いに息を切らしながらミヤが応じた。

「はあ、はあ。そーいう場合はね……はあ、アタシの神力が尽きるギリギリまで……はあ、その空間を維持するの……はあ、はあ」

 そこまで言うと、ミヤは酷く疲弊しその場にひざから崩れた。前のめりに倒れそうになるミヤをニニギが支えようと手を伸ばした瞬間、ミヤの動きが静止した。

「私は大丈夫です。彼女も……貴女のお姉さんも少し疲れただけだから大丈夫。今はそれどころじゃないでしょ?」

 今までのミヤからは想像も出来ない理知的な対応にニニギは一瞬、気を取られたが佐久夜の一件で同一人物の中に二つの人格が存在する事を知っていた為すぐに順応した。

「そうじゃった。義姉……ではないな、其方そなたはアレを止める事は出来ぬか?」

 ミヤは棒状物体を確認する事なく、首を横に振った。しかし、ミヤはその場を立ち上がり縁から下を見た。そして、ぶつぶつと何かを呟き出した。

「あの大きさの物体(約三.五t)が高さ約二十メートルから落下した場合の落下エネルギー量は大よそ――六十八万J、落下速度は秒速十九メートル強!?」

 先程に続き、ミヤの中に居た人はとてもミヤとは思えない言動をした。けれど、それが事実なら、まだ棒が完全に出現し切らない内に何とか手を打たなければならない。

(何か、何かないのか……!?)

 ニニギは船の上を見回した。しかし、あの棒と同等かそれ以上の大きさの棒はなく、それどころか使えそうな物は一切乗っていなかった。

くなる上は……この船の帆柱を折って――」

「兄妹揃って儂の扱いが杜撰ずさんじゃなぁ」

 どこからともなく聞こえてきた古臭い声に二人は身体を強張らせた。ニニギはその声に思い当たる節はなかったが、相手はニギハヤヒの事もニニギの事も知っている風な口調であった。

「どこを見ておる? 儂じゃ」

 ニニギは声の発生源へと顔を向けるが、そこに人影はなかった。

「馬鹿にしておるのか!?」

 そうニニギが激昂すると、古臭い声は溜め息交じりに述べた。

「ふぅ、判り辛かったかのぉ? 儂はこの船、鳥石楠船とりのいわくすふねじゃ」

 二人はあまりの事に脳内の処理が追いつかず沈黙した。それを船は聞こえなかったと勘違いし、もう一度ゆっくりとした口調で説明し始めた。

「だから、儂はこの船の――」

「ちょっと待つのじゃ。ぬしは兄上……いや、ニギハヤヒの所有する神器ではないのか?」

 ニニギが質問したのも無理はなかった。船には悪いが、こんな宙に浮くだけしか能のない乗り物を神器ではなく、神の一体として招いたというのはニギハヤヒの性格上考え辛い。

 しかし、この船は言葉を発した。神器に意思などない筈なのに意思の疎通を図っている。つまり、この船は……。

「いいや、儂はニギハヤヒ、登美夜ら三神の内の一神としてこの戦いに招かれた。まあ、儂は神器としてでも良かったんじゃけど、ニギハヤヒがどうしても言うから、仕方なくなぁ」

「兄上がどうしても、と?」

 ニニギは耳を疑ったが、船は特に否定する事なく事の顛末を語った。

「そうじゃ。本来なら儂は建御雷様に付いて行く筈じゃったが、ニギハヤヒが登美夜の為にどうしてもと懇願してきたそうじゃ」

「えっ、私の為?」

 急に話を振られたのと、意外過ぎる理由にミヤは反応が鈍かった。それも仕方がなかった。今、話題に上がっているのは飽くまで登美夜であってミヤではないのだから。

 ミヤの適当な返しにも、船は親切に詳細を話した。

「そうじゃ。何でも、登美夜は高い所が好きじゃから、とかぁ。神器としてだと登美夜の神力を消費するから神として同行しろ、じゃとかぁ。本当にまあ、ニギハヤヒには振り回されてばかりじゃ」

 最後の方は少々愚痴も交じっていたが、言っている事に嘘はないようだ。つまり、ニギハヤヒは佐久夜の言っていた通りミヤの事を大切に想っていた。その時の二人は、佐久夜とニギハヤヒが交わした空でのやり取りを知らない為、この時初めてニギハヤヒの真意を知る事となる。

「兄上……やはり、義姉上の事を」

「良かったね、貴女は独りじゃないよ」

 ミヤは胸に手を当て、まるで他人事の様に優しい口調で言った。それがニニギには少し寂しかった。

「其方にも――」

 と、ニニギが言いかけたその時、再び何かが割れる様な甲高い音が夜空に響いた。それを聞いて一同は現状を思い出す。

「ああっ! くっ、主の所為でもう時間が無いではないか! もし佐久夜様が御怪我でもしようものなら、帆柱とは言わず、主を跡形もなく消すから覚悟しておけよ!」

 先程までの感動ムードから一転させる程の剣幕でニニギはイワフネに言い放った。

「儂の所為せいかぁ? しかしのぉ、帆柱折られたら困るしのぉ」

 どうやら、イワフネに危機感はないようだ。それとも、ニニギはそんな事をする者ではないと踏んでいるのか。どちらにせよ、今ニニギは目先の問題に集中しているが、もしも敵意がイワフネのみに注がれている時にさっきの様な発言をした日には真っ先に消されるだろう。

 そんな中、意外にも冷静だったのはミヤだった。

「今からあれを止めるのは物理的に不可能ではないでしょうか……?」

 そう、冷静にこの状況に諦めていた。

「その様な事は言わずもじゃな、其方は何か打開策を講じよ!」

 ニニギの八つ当たりに巻き込まれても、ミヤは別段気に留める事もなくその光景を見守った。

(やっと、二人が通じ合えたのに……このままお別れなんて)

 ミヤの脳裏にはいつも擦れ違いばかりの二人が浮かんでいた。近くで見ていたからこそ、ミヤは二人の次くらいに二人が一緒になれる日を待ち望んでいた。

 思考は冷静に諦めていたが、ミヤの心はまだその望みを捨て切っていなかった。

「まだ、きっと、何かあるはず。神様とか出て来てるんだから、この世の物理法則とか常識とかそんなのは論外よ。もっと破天荒な方法が……って、えっ!? あれ、何……!?」

 ミヤの指差す方向はもう残すところ後端部分だけとなった棒ではなく、その先だった。ニニギは、今はそれどころではないと苛立ち交じりに見た。

 もう土煙が晴れ視界良好となったそこには信じ難い物が存在していた。それは木花家の小さい庭には納まり切らず、塀を破壊して路地まではみ出るくらい大きな織機おりきだった。

 織機と言っても様々な種類が在るが、恐らくそれは水平織機に分類される。断言できないのはこの織機に気掛かりな点が二ヵ所ほど存在するからだ。

 一つ目に、織機にも拘らずどこにも糸が見当たらない点。

 もう一つは、プリンター等が用紙を給紙する際に用いられるトレイの様な付属品(木製)が在る点。

 相当に近代的なモデルとなったこれを果たして織機と呼んでいいのかさえもミヤには不明だった。

「なっ、アレは……!?」

 ニニギが驚愕するのとほぼ同時に棒状物体は完全に姿を現し、落下を始めた。

 悔しそうに目をつむるミヤとは反対にニニギはその光景に釘付けだった。なぜなら、ニニギにはあの物体の正体も、用途も、所有者も分かっていたからだ。

 それから、棒状物体は何も知らずその身を重力に任せ、織機へと落下する。そして、その先端が織機のトレイに触れた瞬間、棒はその落下方向を変更させた。棒は吸い込まれたかの如くトレイに沿って斜めに織機本体へと滑る様に流れて行った。

 そして、織機が奇妙な音を上げると、棒は縦に無数に分割され、織機にセットされていった。

「見よ、あれが機殿はたどの能力ちからじゃ」

 ニニギのその言葉に反応し、ミヤは目を開けて現状に直面した。

 丁度その時、織機がまた奇妙な音を立ててカタカタと震え出した。それから間もなく、この織機の所有者とおぼしき人物に続いて佐久夜、ニギハヤヒも現れた。現れた二人に外傷は見られなかったが、明らかに先程までのテンションが消失していた。

 ミヤが二人の無事に胸を撫で下ろしていると、その人物は織機に近づき何かを持った。それは細長い木の破片の様な物でまるで帆柱のない船の模型のようだった。その人はそれを左手に持つと、右手から光る糸状の何かを巻きつけ、織機に向けて投げ返した。

 すると、織機のペダルが独りでに踏まれ、無数に分断された木(経糸たていと)が一本ずつ上下に別れた。その間を先程の木片()が光る糸(緯糸よこいと)を伸ばしながら通り、反対側まで着くと織機前部に備え付けられた格子状の物体(おさ)が手前に動き、通ったばかりの糸を木に組み込んだ。それが終わると格子状物体は元の位置に戻り、今度は別のペダルが踏まれ、先程とは違ったパターンで木が上下に別れた。

 その後も織機は独りでに動き続け、結局動きを止めたのは一枚の大きな織物が出来上がってからだった。

「うん、結構いい感じに出来たわね。機殿はたどの、お疲れ様」

 その人がそう言うと、ポンという音を立てて織機は消えた。

 ミヤ、ニニギ、イワフネもその頃には地上五メートルくらいの高さまで降下していた。そして、織機が消えるのと同時にニニギがイワフネを跳び出した。

「佐久夜様! 本当に御無事で何よりじゃ……私がどれほど心配――」

瓊瓊杵ニニギ、それと饒速日ニギハヤヒも。そこに直りなさい」

 静かだが威厳のある物言いに、指名された二人はビクリと震えてからその場に正座した。

「胸騒ぎがして帰って来てみたら……この惨状です。あなた達はもう子供ではないのですよ? 兄妹喧嘩も程々にして、責任ある行動を――」

 何故か始まった説教タイムに水を差したのは意外にも意外過ぎる人物だった。

「何、やってんだよ……?」

 信じ難い光景を目の前にして、その声は震えていた。その人は説教を中断し、声の主を一瞥いちべつするとまたニニギ達に向け説教を再開した。

「何やってんだ、って聞いてんだよ! 答えろよ、母さん!」

 そう、声の主はこの半壊した家の住人・木花 開耶であり、その人物とは開耶の母に当たる木花 秋穂あきほのことだった。


――遡る事、数分前


 これは佐久夜とニギハヤヒの落下直後の二人のやり取りの一部始終である。


「いやぁ、悪い悪い。この身体借り物だし、人間の強度ってどんくらいまでイケるかよく分かんねえし、大事を取って――」

「このたわけが!」

 ニギハヤヒは怒号と共に佐久夜に殴りかかるが簡単に避けられてしまう。

「童の言う事を一時でも、一理あるやもと思慮した事が吾の恥だ!」

 土煙が立ち込める中、神力の気配を頼りにニギハヤヒは拳を振り回し続けた。逆に佐久夜は、ニギハヤヒの声を頼りに攻撃を避け続けていた。

「でもよ、結局お前も大丈夫そうだしこの事はキレイに流そうぜ?」

「……ふんっ!」

 まるで悪びれた様子もない佐久夜にニギハヤヒは呆れて言葉も出なかったが、手だけは出ていた。


――ボコッ!


 そうして、やっとニギハヤヒは一撃、佐久夜の顔に決める事ができた。しかし、これが第二回戦の開幕のゴングとなった。

ってえな。よーし、いいぜ。テメエがその気ならこっちもマジだぜ。そういや、一度言ってみたかったんだよな……フルボッコにしてやんよ」

 両者の同意がとれたところで二人は各々構えた。佐久夜は速攻で一撃決める体勢になり、速さで勝てないと分かっているニギハヤヒはカウンター狙いの守の構えをとった。

 佐久夜が動いたのは、土煙が風で揺らめいた瞬間だった。

(うおおおおおおおぉっ!!)

 佐久夜は心の中で雄叫びを上げ、ニギハヤヒへと右手を突き出しながら突っ込んだ。それを察知したニギハヤヒも佐久夜の一撃を弾くつもりで左手と前方に意識を集中させた。

 そして、その瞬間は訪れた。しかし、両者の間だけ土煙が見事に吹き飛び、二人の腕が交錯するその時、予期せぬ来訪者によって勝敗が決まる事はなかった。もっとも、二人はその来訪者に腕を掴まれ身動きがとれる状態ではなかった。

「な、なんだ? ってか、アンタは……あっ!」

 二人は来訪者の顔を見た瞬間、凍りついた。それでも、ニギハヤヒは何とか取りつくろうように言葉を紡いだ。

「な、何故、貴女あなた様がこの様な僻地へきちに……?」

「そうね。もしも、こんな僻地に私の住まいがあったとして、私がちょっと目を離した隙に誰かが私の大切な住まいを半壊させてたとして、こっちの私の息子である開耶を彼方が返り討ちにしようとしている場面に遭遇したとしても、怒っていないから正直に話して御覧なさいな?」

 ニギハヤヒは瞬間的に悟った。

(ここまで御立腹なさっているとは……吾は登美夜とみやの元へ生還できるのやら)

 待っても答えないのを見兼ね、来訪者はもう一度催促した。

「どうしたの? 饒速日、おっしゃってみなさい?」

 来訪者の顔が微笑んでいる(但し目は笑っていない)のに対し、ニギハヤヒは顔を引きつらせる一方だった。

 そもそも、事の顛末てんまつを最初から今まで全て把握している来訪者に何を話せて言うのか。ニギハヤヒには来訪者の意図がまるで読めなかった。

 そして、無言の間が続くと来訪者は二人の手を解放し、上を指さして言った。

「まあ、それは後程、じっくり、瓊瓊杵も交えて、聞くものとして……どうも立て込んで処理しないといけない事があるようね」

 示された先に在ったのは、いつかの大きな棒だった。しかし、その棒は以前の半分くらいの大きさしかなかった。

「あれぐらいなら簡単にぶっ飛ばせそうだな」

 そう呟いたのがあだになるとは佐久夜は予想だにしていなかっただろう。

 呟きを聞いた来訪者が佐久夜に向き直り、口が開かれる。

「佐久夜さん。ここは神界ではないので周りには大勢の人間が住んでいます。それに家とはそう易々(やすやす)と建てられる物でもありません。今後も彼方あなたの選択が人間に何かをもたらすという事をきもに銘じて行動して下さいね」

 口調こそ柔らかいが、先程同様目は笑っていない上にこれはお願いではなく約束(悪く言えば脅迫)に近かった。勿論、佐久夜の選択肢は一つしかなかった。

「はい、これからは責任ある行動を心掛けます」

「物分かりが良くて助かります。饒速日達も少しは佐久夜さんを見習っては如何いかがですか?」

 ニギハヤヒはそれに関しては異論しかなかった。けれど、言える筈もなく苦笑いを浮かべ頷いた。

「仕方ありません、被害を最小限で納める為に機殿を召喚します。二人は屋根の在る所まで下がっていてください」

「「はい」」

 二人は同時に返事をし、顔を見合わせた。そして、来訪者から死角になる所でど突き合いながら屋根のある所まで退避し、一息吐いた。

「真に、運に見離された日だ」

「まあ、その点に関しては同情してやるよ」

「その一端が童にある事を忘れるでない」

「はあ? 元を正せばお前が嬢ちゃんの事を蔑ろにするからいけなかったんだろうが!」

「それはゆえあって致し方なかったと言っているではないか!」

「訳もクソもあるか! それさえなければ嬢ちゃんが家に転がり込んで来る事もなかったし、お前が開耶んを壊す必要性もなかったし、あの棒も――」

「お二人共、私をお呼びですか?」

 いきなり目の前に現れた来訪者に、二人は勢いよく首を横に振って否定の意を示した。

「そうでしたか? まあ、どの道あちらの準備は整ったので私もここで待機となりますので宜しくお願い致します」

 こうして、棒が落ちるまでの間、三人仲良く過ごしました。正確には、来訪者の御蔭で二人は喧嘩する事なく地獄の様な時間を過ごし、上に居た時とは明らかに違うテンションになりました。めでたし、めでたし。


――遡る事、数十秒前


 この時、機殿が最後の仕上げに取り掛かっていた。また、イワフネの高度が七メートル付近まで降下していた。


「やっべぇ、もう神力がほとんどねえや。俺、開耶と交替しなくちゃあ」

 佐久夜は言っている内容とは裏腹に喜々としていた。

「童、逃げる気か!?」

 と、ニギハヤヒが小声で言う。

「ニギハヤヒ、時には戦略的撤退も必要な選択だそ」

 そう言いながら佐久夜はニギハヤヒの肩をポンポンと叩き、目を閉じた。


――はあ、ホント散々な目に遭ったぜ


 愚痴を漏らすが反応が一向に返ってくる気配がない。


――おーい、開耶! 居るんだろ? 出て来いよ、交替の時間だぜ?


 暗くて黒い影からスッと現れた開耶は目が死んでいた。


――おいおい、一体何がどうしたってんだよ……!?


 その言葉にやっと開耶は反応した。

「佐久夜さん、僕は――」


――お前が居なきゃ、俺も居ないんだぜ? 自信、持て!


 そう言って、佐久夜は開耶の頭を雑に撫でた。開耶は佐久夜の手の温もりを感じ、目の光を徐々に取り戻す。

「佐久夜さんはいつもこんな所に居るんですよね? 怖くないですか? 寂しくないですか? 何かこう、心にぽっかり穴が開く様な感じになりませんか?」

 その言葉が、開耶に何があったのか全て語っていた。


――まあ、ずっと居たらなるかもな。けど、いつかまた外に出れる……いや、またお前と話せるって思えばずっと居ても俺は平気だ


 それを聞いた開耶の目に光が完全に戻った。

「そう、ですか。じゃあ、僕は佐久夜さんが外に出れるように頑張って神力を溜めます!」


――おうおう、その意気だ


 佐久夜の歩いて来た道が、開耶の行くべき道を照らした。二人は擦れ違い際に視線を交わした。佐久夜は開耶の真っ直ぐな目を、開耶は自分を見た佐久夜の安心した目を見て歩き出す。

 丁度、開耶が外に出る直前、佐久夜が思い出した様に言った。


――あー、そういやお前。外、出たらビックリするかもな~?


 まるで悪巧みした時の様な佐久夜の口調に、開耶は外に出るのを少し躊躇ちゅうちょした。けれど、此処に残るという選択肢がないのも明白。現実的に開耶は進む以外に道がなかった。


 まだこの時の開耶は、リアルタイムに自分の目の前で母親が巨漢と美少女を説教しているとは思いもしていなかった。



EPILOGUE


――二XX六年六月十一日 土曜日 朝


 世界は回る。

 それが例え、数時間前に死闘終えたとしても、家が謎の襲来を受けて半壊していたとしても、目覚めたら目の前で母親が巨漢と美少女を説教していたとしても、だ。

「おはよー」

「おはよ、宿題やったー?」

 平凡な会話が後方で展開される。前方でも同じ様な光景が広がる通学路で僕は独り黙々と歩いた。


 あの後、母さんは僕の問いに一切答える事なく、再び家を出た。ニニギとニギハヤヒは安堵していたけれど、僕は何一つとして納得できなかった。

 どうして母さんが二人を知っているのかも、母さんが僕を無視する訳も分からない。

(母さんは、本当に僕の母さんなのか……?)

 首を振って悪い妄想を消した。

 結局のところ僕が取った選択は、学校に行くだった。

 一応、南海学校は進学校で名が通っている。進学校である以上、土曜も半日だけ授業がある。

 僕が学校に行く事を選んだのは権利を主張する為だった。よく聞く格言で、権利を主張する前に義務を果たせ、というのがある。

 それでは、僕の義務とは何だろうか?

 それはきっと、母さんのお金で通わせてもらっているこの学校に行く事だ。

 そういえば似た様な言葉で、権利を主張するなら義務を果たせ、ともあるがこれは順番が違う気がする。もし、こちらが正しいのなら僕は知る権利を主張し、全てを知ってから義務である学校に通う、という順序になる。これでは、相手に僕の誠意は何も伝わっていない。それで権利だけ主張されても、誰が快く教えてくれるか。

 だから、僕は学校に来た。

 そして、帰ったら母さんに全てを話してもらうつもりだ。義務を果たした僕にはそれを知る権利がある。

 そんな事を考えていると、もう教室の前だった。特に何も考えず扉を開けると、そこには見慣れてしまった光景が広がっていた。

 そう、ハルの居ない事に見慣れた風景が。

「あっ、サク。おはよ」

 入り口で立ち尽くしていると、席に座っていたクッシーが僕に声をかけた。

「クッシー、おはよ。えっと、ハルは……?」

 クッシーは何も言わず首を横に振っただけだった。


 そういえば、僕が寝てから戦いがどうなったのか、概要だけはミヤから聞いた。

 そこで僕は一つの仮説を立てた。

 もしかしたら、ニギハヤヒの能力にはもう一つ条件があったのではないか、と。

 そもそも、ニギハヤヒはニニギを連れ去るのではなく、能力を使って従わせればもっとずっと単純に事は進んだに違いない。そして、僕達が取り返しに来たらニニギに前線で戦わせ、自分は後ろから佐久夜さんへ能力を使えば、ニギハヤヒは勝てた筈だ。

 しかし、ニギハヤヒはそれをしなかった。いや、出来なかったのではないか、と僕は仮定する。

 引っ掛かったのは、ニギハヤヒの孤高でなければならないと、君主の言葉を誰が聞くのだという発言だ。

 ニギハヤヒの能力が発動する為には既に三つの条件が佐久夜さんによって公開されている。そして、これは僕の憶測に過ぎないが佐久夜さんは四つ目の条件を知っていると思う。だから、佐久夜さんはニギハヤヒに能力を使わせなかった。自分に対して能力が発動しない事が、ニギハヤヒに知られない為にだ。はっきり言えば、ニギハヤヒを傷つけない為にだ。

 そして四つの目の条件とは、相手が自分を畏怖ないし尊敬していること。言い換えれば格下にしかこの能力は通用しない。だから、ニニギには使えなくてミヤには使えると言う訳だ。ついでにニギハヤヒは佐久夜さんを格下だと判断したのだろうけれど、実際は違う事を知らなくて良かったと思う。プライドの高いニギハヤヒは十中八九、精神的に傷つくだろうから。でも、その代わりに肉体的ダメージを負う結果になったが、まあ、身体は頑丈そうだし大丈夫だろう。


 ふと、視線を上げるとそこにはクッシーが居た。そして、僕を通り越して更に後ろを指差して苦笑いしている。

 ああ、僕はこのパターンを知っている。そう思いながら、振り返ろうとすると意外な声が僕に難癖を付けた。

「何をボーっと突っ立って居るのじゃ? 邪魔であろう」

(えーっと、疲れてんのかな……帰ったらしっかり休もう、うん。

 きっと何かの間違いだ。学校にニニギが来る筈がない。そもそも、どうやったってゴシックロリータを着た美少女が生徒の訳がない。看守さんが止めるだろ、見えませんでしたとか有り得ませんから!)

 振り返りかけた身体を元に戻し、そんな論争を脳内でしているとクッシーが言う。

「さ、サク。ニニギちゃん、鬼の形相で怒ってるけど、大丈夫……?」

(な、何故だ……! 何故、クッシーがニニギという名前を知っているんだ……!?

 待てよ。さては誰かの能力を使って記憶の改竄、僕を追いかけて来た、と。いやいや、誰が彼女の一存に加担するんだ。この戦いの参加者は全員敵同士が鉄則だ。そんな事は有り得ない。

 いや、待てよ。これがもしミヤの能力ならこの状況もアリなんじゃないか?

 それなら、この状況はどこまでがリアルのキャストだ?

 クッシーは?

 ニニギは?

 そもそも――)

 そこで僕の考えは強引に中断された。暴力という名の絶対的力で。

 背中に身に覚えのない衝撃を受けた僕は、クッシーを巻き込みながら床に倒れ込んだ。

いったた……って、何だこれ?」

 非常に柔らかいが以前に体験したモノとは少々異なる感触のソレを掴んでいた。

 その時、僕はミヤと初めて出会った時の事を思い出していた。恐る恐る、目を開けると予想通り僕が押し倒した様な形でクッシーが僕の下に居た。あまつさえ、クッシーの(小ぶりな)胸を意識が朦朧としていたと言えどもしっかり揉んでいる点についてはもう弁明のしようもなかった。

 血の気が引き、冷や汗が止まらなかった。以前は誰の目もなかったから二人の秘密程度で済んだが、今は教室中に目がある。それに加えて、ニニギさんもいらっしゃるときた。

 それでも、僕は言い訳せずにはいられなかった。

「えっと、これは不可抗力であって、決して疾しい気持ちがあった訳ではなく――」

「さ、サク。ちょっと、重いって……!」

 僕が必死で身振り手振りの言い訳しているのを遮ったのはクッシーで、ニニギさんはといえばいつの間にか消えていた。僕は急いで立ち上がろうとし、固まった。

 ニニギに代わり、入り口には玉ちゃんが居たからだ。

「な、え、と。あわわわ、教室、間違えましたー!」

 玉ちゃんもまた、ものすごい勢いで勘違いして去って行ってしまった。この後の収拾をつけなければならないと思うと頭が痛かった。

「サク~っ!」

「っと、ごめん。大丈夫、クッシー?」

 僕はクッシーの上から退き、手を差し出した。クッシーはそれをしっかりと握り、立ち上がって言った。

「ん、ちょっと打っただけだから大丈夫。それより、これをどうしようか?」

 クッシーの視線の先にあったのは騒然とした生徒達だった。

「いや、彼らは一部始終を見ていただろうから順を追って説明すれば収拾はつくと思うけど……問題は玉ちゃんだよ」

 ニニギは僕が責任を持って何とかするとして、玉ちゃんを納得させる為には僕ら二人係りで説得する必要がありそうだ。と言うよりは、僕だけ行っても説得できる自信が無い。

「そうだね、玉ちゃんには……私から話した方が良いかも」

「そうしてもらうと助かるよ。じゃあ、手分けしよう」

「うん。じゃあ、ちょっと行ってくるね」

 二人が別々の方向に身体を向けた時、玉ちゃんが閉めていった入り口が開いた。

「あっ……!!」

 クッシーが立ち止ったのは見なくても感覚的に分かっていた。それでも、何故止まったのかまでは分からなかった。

 教室も心なしかざわつきが大きくなった気がする。不意に視線を入り口に向けると、そこには……!

「よう、二人とも」

 そこには玉ちゃんとハルが居た。

「よう、じゃないわよ。連絡も無しに休んで……家にも帰ってないし、皆に心配かけて、何かに巻き込まれたかと思ったじゃない」

 クッシーが涙声で溜め込んでいた感情をぶつけた。今までクッシーは僕達にそんなところを一切見せなかったけれど、やっぱり僕達と同じかそれ以上に心配していた。

 それに対しハルは特に悪びれた様子もなくいつもの調子で答えた。

「悪い悪い、急な用だったんだ。連絡はすっかり忘れてた」

 これだからハルは憎めない。前から知っていたけれど、今再認識した。

 だから、僕から言うのは一言で充分だ。

「おかえり、ハル」

「おう、ただいま」

 そう言って僕等は拳を合わせた。

「おーい、席着け。ホームルーム始めるぞ~」

 教室はざわつきを残しながらも、段々と普段通りに修正されていった。担任が出席を確認し、最後に思い出し様に書類を取り出して言った。

「そういえば、保健の少女遊たかなし先生が今日から休暇に入るそうだ。保健室を利用する時は気をつけるように、って何だこりゃ? 産休か? 何も書いてねえし……まあ、そういう訳らしい」

(いやいや、どういう訳だよ!?)

 当然、教室は笑いに包まれる。そんな有り触れた一日の始まりに僕等は居た。



 こうして、僕等の日常は戻った。そう信じ切っていた。いや、疑う余地すらなかった。

 しかし、これから始まるのは先の戦いを死闘と言っている様では、生き残ってはいけない程に過酷を極める。

 何かを守る為に何かを犠牲にする戦いが、本格的に始まろうとしていた。



――とあるビルの屋上


「……ぬし様っ!」

 遠く後方から少女の名が呼ばれる。

「何だ?」

 振り向いた少女は丁度、フェンスのないコンクリートに着地する。その横にひざまずく女性が現れ、告げた。

「畏れ多くも申し上げますが、御戯おたわむれが過ぎます!」

 そう、少女はつい先程まで愛しの彼を一目見る為、学校に侵入していた。それが彼と離れて数十分も経っていないのに起きたというのだから、重症だ。

「くっ、鼠が一匹。……如何どう致しましょうか?」

 ビルに急速で近づいて来る気配を察知した女性が静かに尋ねた。

「いいだろう。私が直々に相手をする。丁度良い暇潰しになればいが、な」

 そう言ってる間に鼠と評された制服の少女が豪快に到着を果たす。豪快とはつまり、まだフェンスのある所を態々(わざわざ)壊して現れたからである。

「やはり、お主じゃったか」

「『天孫』の片割れ、ね。まあ、誰でも好いんだけどさ……アンタって強いの?」

「ほう、この礼儀知らずがの有名な『戦神いくさがみ』か。まあ、その物言いではたかが知れるな」

 言葉の暴力が飛び交う中、女性は静かに自身の仕えるあるじの勝利を確信していた。それと同時に制服の少女、つまりニニギがこれ以上主を煽らない事を切に願っていた。

(怒ると私じゃ手に負えないんだから、ホントに止めてよね)

 そんな女性の気心も知らず、少女は挑発に対し挑発を返した。要するに、少女は挑発に乗ったのだった。

「『戦神』なんて古い名前、っくに捨てたわ。知らなかったの? あっ、ごめーん。確か、アンタって僻地で時代遅れの殿方に嫁いだんだっけ? 『天孫』様も大変ね、同情してあげるわ。

 だから、痛くない様に一撃で終わらせてあげる」

 少女が手を広げると、黒い粒が少女を取り巻いた。そして、黒い粒は大きな何かをかたどり出す。

「知らない様だから教えてあげる。私は『最強の矛』の八千矛ヤチホコよ!」

 黒い粒はその言葉を合図に少女の頭上で一本の大きな矛となった。けれど、ニニギはこの状況に一歩退くどころか毅然としたままだった。

「言って置くが、お主の新名などうの昔から知っておったわ。それでも尚、私が古名を使った意味が解らぬか? お主が『最強』などとは信じ難いからじゃ。この目で確かめるまで認める気はなかったのじゃが……どうやら『戦神』さえも返上するべきではないか?」

 依然としてニニギは丸腰ではあるが、精神的にはヤチホコよりも上手のようだ。尤も、逃げるという選択肢もあったが、そうしなかったのはヤチホコが佐久夜を侮辱したからであろう。

 そして、ヤチホコはと言えば、ニニギの挑発にワナワナと震えている。

 女性は嫌な予感がした。

 しかし、その時には既にヤチホコの堪忍袋の緒は切れていた。

「八つ裂きになってから、後悔するが好いわ!!」

 そう言うと、ヤチホコの頭上に在った巨大な矛は無数の矛へと分裂し始めた。それでも、ニニギは退くという選択をしなかった。それどころか、更に挑発をした。

「いいじゃろう、お主の能力の弱点を教えてやろう」

「泣いて謝っても、もう手遅れだからね!!」

「抜かせ、お主には佐久夜様に土下座して詫びて貰うわ!」

 くして、譲れない女の戦いは幕を開けたのであった。


==第一章 完==


 ここまで読んで頂きありがとうございますm(__)m


 第一章はどうでしたでしょうか?

 最初の頃と比べると後半は余分な話が減って随分と読み易くなったかと思います(-_-;)


 うーん、結局感想は一つも頂けなかった訳だけど、読者的には何が一番面白かったのかな?


 作者的に書いてて一番面白かったのは、、、ミヤと開耶の掛け合い(4話・9話・10話とか)かな~

 他にも、佐久夜と瓊瓊杵の昔話(8話)とか、今回登場の秋穂さんが饒速日問い詰める辺りとかニヤニヤしながら書いてましたかね(・・;)


 ああ、そういえばいつか質問で出てきそうだからあらかじめ答えて置こうと思っていた事があったんだった。

 この話に出てくる神様は『古事記』を参照しています。稀に『日本書紀』とかの内容が混じってたりもするのはネタが無いからです(>_<)


 あー、もうちょっとこの小説に人気があったらな~

 人気キャラ投票とか出来たのかな~?


 ちなみに作者の一番のお気に入りキャラはイグドラシルです。二番は玉ちゃん。三番は、、、あと他の全部って感じで……(;一_一)

 イグドラシルの事は『木花開耶物語』がしっかり完結してから主人公にして天界人になるまでの話をスピンオフとして書きたいくらいに好きですね(^^)

 まあ、玉ちゃんの方は二章から本格的動き出す予定なので、今後の活躍に期待って感じです、はい。


 えっと、一話を初めてネットで公開した日からもう4年かぁ~


 最後に、二章について告知をしておこうと思います。

 掲載は出来上がり次第すぐにでも(例に漏れずまだ一文字も書いておりません)

 第二章は、バトル、バトル、バトルな感じです(;一_一)

 新キャラも二桁くらい出るかも

 あとは、、、玉ちゃんも活躍するよ!!


 そんな訳で、また長らくお待たせさせる事になりそうですが気長にお待ちください。

 そして、ぜひ次話も読んでくださいm(__)m

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