木花開耶物語10話 C
どうもお久しぶりです(^^)/
いやあ、久々にインフルエンザとかにかかっちゃって高熱出て生死彷徨った気分だった(+_+)
けどま、そういう体験すると一気に死生観が変わるね(-_-;)
良い意味で良い体験だったかな(今「い」って結構言ったね)
まあ、関係ない話はこのくらいにして……今回の話について話そうと思います
今回のは結構長めです
無駄話も多めかもです
というか、そろそろ一章も終わりですね
このミヤ編(仮)で一応区切りですね
話数としては11話っていう半端な数字で終わりますけどね^_^;
詳しくは後書きの方で触れます
それでは是非、最後まで読んで下さいm(__)m
――同日 真夜中
誰かさんの空けた穴から夜の涼しい空気が流れ込む我が家。
まあ、その件についてはもう良い言い訳を用意したから水に流そうと思う。
しかしながら、よく考えると今からはここが戦場になる訳で。そうなると、色々と不味い事があったり、なかったり……と、考えていた矢先、佐久夜さんがニギハヤヒを殴り飛ばした。
それは、まあ、結果オーライなのだが、問題はその後の事の方である。
そう、ニギハヤヒの吹き飛んだ先である。
およそ二メートルの巨体は途中で静止する事なく、リビングの突き当たりの壁に派手に突っ込んだ。壁を突き破らなかった事を幸いと考えるべきなのか、複雑な心境だった。
そんな僕の事を察する様子もなく、佐久夜さんは得意げな笑みを浮かべて土煙の先を見据えている。
他の面子も、僕の家の事を考えている余裕はなさそうだ(むしろ、この状況で家の心配をしている当たりが人間らしい反応なのかもしれない)。
ミヤは驚いて言葉を失っている真最中だし、ニニギはと言えばこの轟音の中、一糸乱れる事なくソファーで熟睡を続けているし、ニギハヤヒは真先に家を壊した張本人だし。
果たして、僕の家は生き残れるのか……?
ニギハヤヒが壁に減り込んでから、幾分か時は経ち土煙は晴れつつあった。
「おいおい、死んだ訳じゃねーだろ? それとも、一撃でノックアウトか?」
佐久夜さんがニギハヤヒを挑発(というの名の心配を)する。しかし、今回ばかりはそれも納得の行動だった。
殴り飛ばされて以降、ニギハヤヒは一切動いていない。恐らく、今もまだ壁に半身が減り込んだままだろう。佐久夜さんも冗談の様に言っているが、内心ではもう少し加減した方が良かったかなんて考えていたりする。それもその筈、僕等の目的はニギハヤヒを斃す事ではないのだから。
そんな事を考えていると土煙は完全に晴れていた。そして、その先で予想通り(壁が半壊しているのは前提で)まだ壁に減り込んだままのニギハヤヒが居た。
「……」
外見上の変化はまるでなく、逆になぜ今まで座り込んでいたのかは全くの不明だ。しかも、顔は毎度の事ながら能面化粧が施されており、表情から心裏は探れそうにない。しかし、その姿はまるで何かを狙っているかのようで不気味極まりない。
「ニギハヤヒ様、大丈夫!?」
佐久夜さんとニギハヤヒが無言で視線を交わす中にミヤが(空気を読まず、いや、読めず)乱入した。とは、言っても本当に間に割って入った訳ではなく、大声を上げて場を混乱させたという意味で、だ。
両者は一瞬だけ相手から視線を外してミヤを見たが、各々別の所へと視線を戻した。
勿論、ニギハヤヒは相手である佐久夜さんへ。そして、それを見た佐久夜さんは呆れて目を瞑った。きっと、ニギハヤヒは佐久夜さんのこの行動の意味を理解する事は出来ないだろう。
まあ、殴り飛ばした側としては複雑な心境だが、ミヤがニギハヤヒの事で心配になるのは頷ける。僕も、もし同じ立場なら空気なんていちいち読んでいるどころではないだろう。つまり、形振り構っていられない。しかも、自分の事ではなく、他人の事で、だ。
ミヤはニギハヤヒの事で必死になっているのに、ニギハヤヒにとってミヤからの心配はその程度の事なのだろうか?
(……佐久夜さん)
「ん?」
僕は静かな怒りを伴いながら問うた。
(神様ってみんなこうなんですか?)
「……」
佐久夜さんは答えない。実際問題、もし答えたとしても聞くつもりはなかった。だから僕は、間髪入れずに主張を続ける。
(相手の気持ちも汲めずに、自分の都合が良い時だけ一緒に居る様な、自分勝手な奴ばっかりなんですか?)
吐き捨てる様に言い切った僕は、暫く黙った。言いたい事の全ては伝えられた。後は佐久夜さんの答え待ちだ。
すると、佐久夜さんは至って冷静な調子で語り始めた。
「……本気でそう思ってんなら訊くけどよ、人間はみんなお前と同じ考えの奴しかいないのか?」
諭すような口調で言う佐久夜さん。そこで僕は自分がどれほど愚かな問いかけをしていたのか気づく。
(そうですね、違いますよね。一緒の考えの人なんてこの世に一人もいない)
「それは神も然りって訳だ」
案外あっさりと和解を果たせた僕等は敵を見据え、冗談を零す。
「それに、俺もニニギもちょっと自分勝手な所があるけどよ、其処のクズよりはまだマシだと思うぜ?」
(ははっ、同感です)
さて、考えもまとまったところで本来の目的を果たそうと思う。
しかし、この直後、世の中はそんなに上手くできていない事を思い知らされる。
「何と、我が主までもがこんな童に懐柔されたというのか?」
その言葉を発したのは意外にもニギハヤヒだった。しかも、その言葉の意味は決して穏やかな内容ではなかった。
「は? お前、何言ってんだ?」
佐久夜さんが自分の耳を信じられないのか、ニギハヤヒを問い質そうとする。
「そ、そうよ、私、怪獣なんかになってないよ? もしかしてニギハヤヒ様……頭打って幻覚が見えてるの? 私が怪獣になってるように見えるの?」
ミヤの問いについて、当然ながら誰も回答しなかった。
ミヤらしいと言えばミヤらしい勘違いだと思えた。僕等は笑いを堪えつつも、ニギハヤヒの動向を見逃さなかった。とは言っても、動かしたのは右手だけだった。それも、腕組みしていたのを崩して顎の所にもっていっただけで、不審な点は一切ない普通の行動だった。
それからも、顎を撫でているだけで他は一切の動きがない。見様によっては思慮に耽っている様にも見える。
ただそこに存在するだけで異質な印象を与えるそれは、やはり神という枠組みに収まるが故か、それともニギハヤヒという存在自体に神とは違った意味で僕等を圧倒する何か秘密があるのだろうか。
何故か嫌な予感が過ぎる。そんな時、ニギハヤヒが第二声を上げた。
「ふむ、致し方無しか。能力を使わざるを得ない、と」
瞬間、佐久夜さんがミヤを抱えて後方に大きく跳躍し、身構える。流石に僕でも今のは気づいた。ニギハヤヒが言葉を言い終えるのと同時に、こちらを睨んだ事に。
「やっとやる気になったってか、木偶坊?」
軽い挑発を吐く佐久夜さんだったが、実際はそんな余裕はない。
なぜなら、相手の出方が分からない以上、対処も対策も出来ないからだ。
これがもし、ただ相手を斃すだけでいいのなら、相手の出方をいちいち窺う必要はないのだが、今回の僕等はどうしても防御に徹する必要性がある。
僕の当初の予想では、ニギハヤヒはその体格から肉体強化系の能力、つまり神業だと踏んでいたのだが、どうも腑に落ちない事が一つある。
それは、距離を詰める事に拘りがない事だ。
もし、肉弾戦を得意とするのなら、離れる相手を追わなくてはおかしい。自分の攻撃を当てる為には距離を詰めなければならないのは明白だからだ。
それなら、機動力を向上させる能力だったのか。いや、それはないと言えるだろう。そもそも、そんな能力なら今までのやり取りは全て茶番に等しい。
まず、佐久夜さんの放った一発目も軽々避けられた筈だ。そして、そんな敵を斃す事に特化した能力を今まで使わない理由がないだろう。つまるところ、その気になれば背後から俊足で近づいて斃す事だって容易な訳だ。だから、今まで使わない方がおかしい。それに、それなら正々堂々家を訪ねる理由もない。
因って、ニギハヤヒの能力は別にある。そして、肉体の強固さは人間の比ではない事は当然のステータスという事となる。
さて、距離はとったもののこれが吉と出るか、凶と出るか。
僕等は相手が先に動くのを待った。
すると、予想通りニギハヤヒが一番に動きを見せた。
「我が主よ、そこの童に能力を行使せよ」
その場の全員が耳を疑った。狙いは明らかに僕等だけだった筈が、ついさっきまで自ら無視をしていた相手に話しかけるとは誰もが予想しなかった。
言われたミヤも驚きを隠せない様子で答えを返す。
「な、何言ってるの? ニギハヤヒ様、この人は――」
「やはり、懐柔されておるか。ならば重ねて言おう、そこの童に能力を行使せよ」
と、ミヤの弁明を遮るように強い言葉でニギハヤヒはミヤに命令する。
「おい、テメェ! 正々堂々、俺と勝負しろ。嬢ちゃんは関係ねえだろ?」
見兼ねた佐久夜さんが会話に割って入った。しかし、事態は思わぬ展開を迎える。
「えっ、ちょっ、何で……!?」
ミヤの驚いた声に反応し振り向くとそこには異様な光景が。ほんの数秒前に命令を拒否した筈のミヤが何故か僕等の後方で構えている。それは間違いなく僕等を屋上から桜の樹に飛ばした構えだった。
「おいおい、何の冗談だ?」
(ミヤ……?)
「身体が勝手に……! 私のゆーコト、きかない……!?」
ミヤの近況報告を聞き、佐久夜さんは半信半疑だった。
(そんな事があり得るのか? 本当に神の能力で、そんな事まで操る事ができるのか? もし、そうだとすれば、そんな相手と俺はどうやって戦う……?)
佐久夜さんがそんな途方もない事を思考していると、悩みの種であるニギハヤヒが再び口を開く。
「登陽 毘美、そこの童を無限の空間に閉じ込めよ」
(ミヤを操ってるのは間違いなくニギハヤヒだよ、佐久夜さん!!)
思考を続けている佐久夜さんの目を覚ますべく、僕は大声で叫んだ。
それに続けてミヤが言葉を連ねる。
「無限階段。ルール、二十回ループでエンド。対象、コノハナサクヤ……」
「しょうがねーな! これ以上させるかよっ!」
と、佐久夜さんは一飛びでニギハヤヒとの距離を詰めた。
しかし、一歩……いや、一手及ばなかった。
「――オープン&クローズ――」
ミヤが言い終えた瞬間、僕等の視界は暗転し、何かに飲み込まれる様な引力を感じながら、段々と意識が遠退いた。
――同日 木花家の一階・リビング
主の居なくなった家はどこか静かな空気に包まれていた。それもその筈、1人は未だに目覚めず、起きている私達の間にも会話はない。唯一の音源だったテレビはニギハヤヒ様が侵入する時、断線したらしく真っ黒な板と化している。そして、そこに映る自分の顔がちっとも笑ってなくて目を逸らす。
それから間もなくして、ニギハヤヒ様が息を吐きながら、呟くように言葉を発した。
「これで、吾の邪魔者は失せたな」
その言葉を聞いた時、私の中で何かが喰い違った。
今までニギハヤヒ様の言う事は絶対に正しいって思って疑わなかった。でも、今回は違う。ううん、もしかしたら今までも何回か違ってたかもしれない。だから、私は決めた。間違ってるって気づいたんだもん、今更かもしれないけど。でも、だからこそ今、はっきりと私の言葉でニギハヤヒ様に言う。ううん、言わないといけない。これを逃したら、これから先もずっと間違い続けちゃう気がするから。
私は家の中まで戻り、サクヤくん達を閉じ込めた辺りで足を止める。
「どうして……?」
「……?」
やっと絞り出た私の小声にニギハヤヒ様は気づき、視線を向けた。それを確認してから、私は一度深呼吸し、本音を言う決心をした。
「ねえ、ニギハヤヒ様。どうして、何で、こんな事したの……!?」
私の必死の訴えに対して、ニギハヤヒ様は一切の乱れを見せることなく、いつも通りの無表情だった。
「……」
当然、答えは返ってこなかった。
それからすぐ、ニギハヤヒ様は立ち上がりこちらに歩いて来た。しかし、その歩みは私の前まで来ても止まらず、隣に来ても止まらず、後ろに回っても止まる事はなかった。
「私は――」
次の言葉は出なかった。
――一方その頃、開耶
目を覚ますと、乗り物酔いに似ているようで似ていない感覚が急に僕を襲った。
「あー、頭がくらくらする……って、何で僕が外に?」
自分で自分の頭を押さえる動作を行い、初めて自分が入れ替わった事に気がつく。そして、やはり、僕の中に彼は居た。
――知らね、飛ばされた衝撃で入れ替わったんじゃねーか?
随分と投げ遣りな口調から察するに相当、不機嫌なご様子で。原因は……まあ、殴り損ねた事とか、無関係な人(ミヤ)を巻き込んだ事とか、かな。
僕が勝手に佐久夜さんの心理を考察していると、佐久夜さんが急に声をかけてきた。
――でも、これで嬢ちゃんの能力は大体分かったな
意外にも前向きな発言をする佐久夜さんに、僕は少し驚く。これは、佐久夜さんの性格(僕が勝手に決めた人物評価の一部)について修正を入れるべきだと思いつつ、僕も気づいた事を話す。
「あと、ニギハヤヒの能力も少し掴めてきたね」
恐らくニギハヤヒの能力、つまるところ神業(その神を神たらしめる根源的な力)は人を意のままに操る能力。かなり漠然としているけれど、的は外れていないはず。
その考えを佐久夜さんに伝えようと口を開くが、それよりも先に佐久夜さんが話し始めたので先を譲る事にし、話に集中した。
――ああ、それとよくよく考えたらどっちの対処法も案外思いついたぜ
と、僕は能力の解明でやっとだったのに対し、佐久夜さんは対処法まで思いついたと衝撃発言をする。
それには流石に僕も好奇心が勝り、間髪入れずその内容を尋ねた。
「えっ、どんな? それに、ミヤの能力って何?」
しかし、佐久夜さんから返事はない。僕が不思議がっていると、別の答えが返ってきた。
――ま、それは此処から出れたらな
たしかにそうだけど、と思いつつも僕は食い下がる。
「えー、教えてよ」
そんな僕に佐久夜さんは諭すように告げた。
――まずはここからどう抜け出すかの方が大事だろ?
これは、たぶんどう頼んでも教えてもらえそうにないと判断した僕は、冷静に辺りを見回す。
ここはまるで狂った空間だった。正確に表現するのなら、狂った状態というのを空間的に表現するとこんな感じになるのではないだろうかという飽くまで僕の意見に過ぎないのだが。
具体的に言うと、そこは造りかけの建物の中なのか、壊しかけの建物の中なのか断定できない。視界を埋める壁は全てコンクリートが剥き出しかと思えば、所々では白いペンキの塗られた新築同然のような箇所もある。つまるところ、この建物が新しいのか、古いのかさえも分からない。いや、正確に言えば、新しくも見えるし、古くも見えるといった具合だ。
まるで二つの拮抗する意思が反映されたかのようだった。造る意思と壊す意思、正にさっきまでミヤが置かれていた状況そのものだった。
そんな中で唯一、二つの意思の影響を受けていない所があった。それは、僕の前から先が見えないくらい上へと続く長い階段。
つまり、これを造る事に関してはミヤも躊躇わなかった、いや、了承したという事だろう。
「……とりあえず、階段を上ってみようか」
僕はミヤを信じて歩き出した。
――数十秒後
僕等は、階段の終わりに辿り着いた。
そこに至るまでの道中に罠らしき物は一切なかった。結局のところ、階段を上って分かった事は、十段上がる毎に大体五メートル四方の踊り場が設置されている事と、階段の段数が百段あるという事だけだった。そして、僕等は階段の終わり……つまるところ、これ以上に上る段のない大体十メートル四方の踊り場に辿り着いた訳だ。
(出口らしきものは……無かったなあ)
僕は踊り場の手前で腰を下ろし、段に背を預けた。別に疲れた訳ではないけれど、ゆっくりと考え事をするには座った方が落ち着くだろう。
「ねえ、これからどうする、佐久夜さん?」
僕は佐久夜さんに考えを仰いだ。
はっきり言って考えを仰ぐ程、僕等のとれる行動が多い訳ではない。これから僕等がとるべき行動なんてものは精々二つか三つ程度しか僕には思いつかない。それでも尚、佐久夜さんに考えを仰ぐという行為には意味がある。
僕等の選択肢は限られている。ただ、その限られた選択肢の中から選ばない方法もある。しかし、それは僕には出来ない。そう、それは彼だからこそ成し得るのだ。
――そうだな……とりあえず、戻る前に一度よく此処を調べてからにするか
「……うん、了解。まあ、見ての通り何もないと思うけどね」
やはり、佐久夜さんは僕の思いついた選択肢のどれとも違う答えを出した。それだけで、この選択、この行動には意味があると言えるだろう。
そんな事を考えながら、僕は最後の踊り場へと足を踏み入れた。
瞬間、世界が変わった。そこは……。
「あれ? 初めの場所に帰って……きた?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。けれど、神様慣れした僕にとってはこんな珍妙な出来事も日常茶飯事、もうこの程度の事では驚かないくらいにまで成長した。その為、すぐに冷静な思考が回復し、分析を開始した。
今の現象から察するに、どうやら最後の踊り場に入ると最初の地点に戻る仕組みらしい。当然の如く、僕にはこれがどういう原理で起きているのかは知らない。
と、その時、佐久夜さんが僕の中で大きな声を上げた。
――そういう事か! カラクリが分かったぜ!
「それって、どういう事?」
――お前、嬢ちゃんが俺達を飛ばす直前に言ってた言葉、憶えてるか?
(確か
“無限階段。ルール、二十回ループでエンド。対象、コノハナサクヤ”
だったような……あっ!)
そこで、僕もこのカラクリについて気づく。
「つまり、二十回ループっていうのは――」
――この最初に戻ってくる件を二十回繰り返せ、って事だな!
僕はミヤを信じ、再び最後の踊り場を目指して駆け出した。
――数分後
もう十数回目のループが終わろうとした頃、僕の頭を何か得体の知れない不安が過ぎった。
「そういえば、何か忘れてる様な気が……」
と、呟くと佐久夜さんも同じ様な答えを返した。僕は走りながら、佐久夜さんは僕の中でふと考える事、数秒。
「――あっ……!」
二人同時に声を上げて揃ってそのまま最後まで言う。
「――ニニギ!!」
心做しか、僕の走る速度がさっきより三割程度速くなった。と言っても、さっきまでも充分に全力疾走維持してきた訳でありまして、人間には神力とかないですけど、体力というものがありまして、それが尽きると生きていけない訳でありまして、他にも呼吸とか酸欠とか、まあ色々人間も不便なんですよ。
――急げ、開耶!
と、まるで他人事の様に佐久夜さんが言うんでさっきみたいな事を考えていた訳ですが、たぶんあれを全部口頭で伝えるとなると、一回止まらないといけないので、それはロスタイムが多すぎるし、飽くまで僕もニニギが心配ですし、嫌いって訳じゃないんで無事でいてほしいですし、危険な目に遭っているのなら助けたいと思うんで、手短に反論する。
「そう思うなら、佐久夜さんが表に出て来て走ってよ! 僕より速いでしょ!?」
正に正論を言ったつもりだった。
――んな事して、あっち戻って神力切れたらどうすんだよ?
と、痛いところを衝かれ、交代は諦める。その代りに、作業効率が落ちない程度に話に付き合ってもらうことにする。
なぜなら、この十数回目が終わるまでの間、二人とも無言。たぶん、頑張ってる僕に対して佐久夜さんも気を遣ってくれたんだろうけど、結構詰まらないなんてレベルを遥かに超越した孤独感で絶望しかけた。
「うっ、それは……そういえば、こうして話してるのも消費するんだっけ?」
まずはこれ以上会話を続けられるのかどうかを訊いてみた。
――その筈なんだけどな、何か調子がいいのかまだニニギに貰った神力が有り余ってんだよ
「へー、そんな事もあるんだね」
と、意外な返事に僕も返答に困る。
(神力供給の件は、あんまり盛り上がりたくない話題だなあ……)
それというのも僕はその行為が神力供給であると知らず、ニニギの好意で僕にしているものだと勘違いしていたのだから恥ずかしい。しかも、ニニギが好きなのは僕ではなく、僕の中に居る佐久夜さんの方で、舞い上がってた僕は本当にどうしようもなくバカで愚かだった。
――何か消費量が減ったみたいな感じだな
そんな僕の心中を知る事もなく、佐久夜さん神力話題を続ける。
(神力の燃費が良くなったって事かな……?)
中々終わらない話題と階段に僕は折れ到頭、会話に加わる事にする。
「それって、僕が成長したって事かな?」
――そうかもな……いや、でも違うかもな
佐久夜さんにしては珍しく煮え切らない返事だった。
「どっちなの?」
――うーん、確かにお前の成長っていうか自覚も原因の一端を担っているかもしれない。けど、それにしては効果が著し過ぎんだ
つまり、佐久夜さんは腑に落ちない、と。
そんな時、不意に思い出したのは住宅街跡でニニギに貰った勾玉(神器)の事だった。
「……もしかして、ニニギに貰った神器のおかげ?」
――おい、それって鏡か? 勾玉か?
僕は走る足を止める事なく、ズボンのポケットを探り、勾玉を取り出す。
「えっと、あった。勾玉だよ」
それを見た佐久夜さんが感嘆の声を上げる。
――おおっ、八尺瓊勾玉か。それなら、この効力も納得だ
一人で勝手に納得し始める佐久夜さん、僕としてはまだ何一つとして解決していない。特にこの勾玉、僕はこの勾玉を貰ってからも特に目立った変化はない。それもその筈、使ってないのだから。
という訳で、僕はこれの使い方を佐久夜さんに尋ねてみる。
「これって、どういう効力なの? っていうかこれはどうやって使う物なの?」
すると、佐久夜さんはこれを渡してきた時のニニギと同じ事を言った。
――いや、これは持ってるだけでいいんだ
全く以て神様という存在はどうしてこうも知ってる前提で話を進めるのだろうか。僕には全く理解できない。が、しかし、怒る体力も僕には惜しいので渋々納得し、話を進める。
「分かりました、今後いつでも肌身離さず身に着けときます。それで効力の方は?」
――ああ、効力の方は以前ニニギに聞いた話だが、神力の消費を抑えると言われている
それで、か。と、やっと僕は納得のいく説明を得た。同時にある疑問も浮かぶ、果たしてこれは訊いていい事なのかは分からない。でも、僕にも知る権利くらいはあると思う。
「へえ、僕等には丁度いい代物だね。でも、その、そもそも何で佐久夜さんには神力がないの?」
そう、そもそもの問題点。僕等が、いや、佐久夜さんがニニギに神力を直接供給してもらわなければならない理由、神力が無いからという問題。
すると、佐久夜さんは至って平然と答えた。
――俺が無いんじゃない。お前が無いんだ
一瞬、耳を疑ったがすぐに異を唱えた。
「え? だって、僕は一般人だよ」
そう、僕はただの高校生。平々凡々な生活に飽きる事も飽き、人生に何も見出せずに過ごしていた――ただの子供だ。
しかし、佐久夜さんが言った事は全く別の意味だった。
――いや、どんな人間にも神力臓という見えない臓器が身体の中に存在するんだ
「それが僕にはない?」
――いや、それはある。そもそも、それがないと能力すら使えない。溜める所がないんだからな
一息入れ、僕は核心を衝く。
「じゃあ、僕には何が無いの?」
佐久夜さんは迷う事なくキッパリと本当の事を教えてくれた。
――お前には……神力源がない
「神力……源?」
初めて聞く言葉だった。ニニギ達にも教えてもらった覚えはない。彼女達は僕の身体の事を知ってて黙っていたのかもしれない。いや、止めよう。二人を疑いたくない。
それに、丁度知ってる人もいるし、今聞けばいい。
――そうだ、神力源っていうのは神力臓の三分の一を埋める神力を生み出す機関の事だ
「つまり、それが無いから僕は自力で神力を作る事ができない」
――だから、ニニギに口移しで神力を分けて貰ってる訳だ
色々と分からなかった事が分かり始め、その原因が僕だった事も理解できた。そして、事の重大さも。
「神力は確か神様の力の源……だったよね?」
僕が軽く尋ねると、佐久夜さんが神力について簡単な説明までしてくれた。
――そうだ、簡単な怪我とかなら神力使って自然治癒力を高めればすぐに治せる。神業を使うのも神力を消費する。そして、下界に来て初めて知ったがこの世界に存在しているだけでも神力は消費する。そのくらい神力は万能で必要不可欠なモノだ
佐久夜さんに悪気がないのは重々承知の上だ。それでも、これだけの事ができて、必要で、大切で、生き残る為に、大切な人を守る為に、それを僕がぶち壊した。
(何で……どうして、そんな大切な物が僕には無いんだよ……!?)
佐久夜さんにも、ニニギにも、ウズメさんにも僕は申し訳ない気持ちで一杯だった。
もしかしたら、いや、もしかしなくても、佐久夜さんは一人でも十二分に強い。僕みたいな不良品に当たらなければもっと楽に敵に勝てたかもしれない。僕がみんなの勝利を一番邪魔してる。
そう思うと、自然と言葉が零れた。
「迷惑かけてばっかですみません。僕じゃない人を宿主に選び直す事とか出来ないんですか?」
暫くの間、佐久夜さんから返事はなかった。
もしかしたら、もう出てったのかもしれない。しかし、それは当然の選択だ。弱い奴より強い奴と組むんだ方が良いに決まってる。僕なんかより……。
疲れた僕は目指すモノを見失い、その場で立ち止まりそうになる。
(そうだ、もう僕にはニニギを助ける資格も、接点すらもなくなった。
何も、なにも残ってない……)
そんな時、聞き覚えのある声が脳裏に響く。
――気にすんな。これはこれで俺は結構楽しんでるだからよ
「佐久夜……さん」
感動の再会とまではいかないにしても、僕としてはそれなりに感動的な事だった。
どうして、出て行かなかったのか訊こうとすると佐久夜さんは言った。
――だって、ニニギと合法的にチュー出来るんだぜ? しかも、ウズメもこればっかりは注意できねーだろ? チューだけに
何か全部台無しにされた気分だった。
いや、これは佐久夜さんなりの励ましではないだろうか。まあ、そういう事にして置こう。元気出さないとな。
「っ……もう、どこから突っ込めばいいか分からないんですけど。まあ、とりあえず、動機不純だし、佐久夜さんの心意はニニギとウズメさんにしっかりと報告しておきます。あと、オヤジギャグって神様の世界にもあるんですね、寒いです」
――ははっ、手厳しいな
と、軽い調子で返す佐久夜さん。どうやら、ニニギもウズメさんも怖くないらしい。それは何よりだ。今後、二人が怒り出したら即刻代わってもらおう。
そんな事を画策していると、佐久夜さんが妙に改まった口調で話しかけてきた。
――あー、あとな、選び直す事はたぶん出来ない。まあ早い話、俺がお前を選んで中に入った訳じゃないしな。出方とか知らねーし、出る気もねーよ
それを聞いて、僕の中で引っかかっていた何かが吹っ切れた気がした。
「そうですか……。じゃあ、これからもよろしくお願いしますね」
――ああ、改めて宜しくな。
さてと、そろそろ二十回目か?
「そうですね、これを上り切れば終わりです」
僕は本当に最後となる上り階段のラスト十段を二段飛ばしで駆け上がった。そんな、いつにも増して快調な僕を見て、佐久夜さんは戦場へと思いを馳せる。
――んじゃあ、ま、人助けを再開しますかね
ここまで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m
で、前書きでも触れた通りこのミヤ編(仮)で一章が終わりとなります
二章といっても主人公が変わる訳でもないんですが、一応新キャラバンバン出していこうかなとか、あのキャラについて話を書こうかなとか、色々考えております(いつになるかはさて置き)
それと、キャラ紹介の方も随時更新していこうと思います
それでは、どうもありがとうございました。
次話も是非読んで下さいm(__)m