木花開耶物語10話 A
毎度毎度無駄に長い文章を最後まで読んで下さる心優しい皆様、お久しぶりです。作者のcrowです(^^ゞ
今回の話は待ちに待った(?)お泊り会の回です!(^^)!
結構、試行錯誤して書いたので楽しい話になったのではないだろうか、という感じです(;一_一)
それでは、本編をどうぞ(^^)/
「日常を守る戦い(前篇)」
――二XX六年六月十日 夕方 木花家
ひょんな事から決定してしまった「木花家お泊り会」は、シチュエーション的に考えて男性陣からすれば最高だろう。けれども、僕は何故か素直に喜べなかった。むしろ、心配事しかなかった。どうか、何事もなく終わりますようにと切に願うのだった。
そんな事を考えていると、僕等は家に着いてしまった。僕は覚悟を決め、玄関の扉を開けた。
幸か不幸か、夜勤で母さんは家に居なかった。
家には、書置きと夕飯が食卓に残っていただけだった。
「えー、詰まんなーい」
と、零したのは言うまでもなく元凶の彼女だ。
どうやら、母さんと対面して何かやらかすつもりだったらしい。想像しただけでも、僕の今後の人生が狂ってしまうのは明らかだった。そして、慌てふためく僕を見て彼女が笑っている姿も容易に想像できた。
それというのも、今まで友達を家に連れてきたのも数少ない僕が、突然二人も女子(しかも、クッシーと玉ちゃんではない二人)を連れてきてしまったのだ。もしこの場に母さんが居た場合、驚くのも無理はない。いや、それで事が済めば良い方か。というか、この事についてはもう考えたくない。
再び嫌な予感が過ぎったのは、現実逃避を始めようとしたそんな時だった。
「よし、じゃあ……予定変更、お宝探しにレッツ・ゴー♪ よーし、行くよ、ニニギちゃん」
そう言って、二人は二階へと駆けて行った。
木花家の二階は住人達のプライベートルームだ。
彼女の勘は野生の獣の勘と相違ないようだ。確かに、僕についての弱みを握りたいのならそこは打ってつけの場所だろう。
ただ気掛かりだったのは、彼女の変に高いテンションだけだった。
下手に関わると余計な面倒事に巻き込まれそうだったので、僕は暫くして二階へ上がった。すると、四部屋ある内の四つの扉が開いていた。つまり、僕以外の部屋も入ったという訳だ。とりあえず、彼女の中に自重という言葉がない事はよく分かった。
手前の部屋からひとつひとつ確認していくと、中を荒らした様子はなかった。ただそれだけが唯一の救いだった。
調査の結果、彼女達は手前の三つの部屋には居なかった。という事は、必然的に一番奥の部屋が怪しい。というか、そこしかない。
「選りに選って僕の部屋かぁ……」
悪い予感は見事に的中だった。
(これ以上ない事を祈ろう……)
そんな事を思って僕は歩き出した。
しかし、一向に着かない。最初に断って置くと、僕の家はそんなに広くない。僕が平々凡々である様に、この家もまた平々凡々だ。一般的な中流家庭の一戸建て二階の一軒家だ。
(ん? 似た様な事が最近遭ったな……?)
いつだったか、そんなに遠い訳でもない所に中々辿り着けなかったような。
「あっ、思い出した。ニニギが大怪我した時だ」
今、思えばあの大怪我はこの異常な戦いが原因なんだよな。それと、二人が今日僕の家に泊まらないといけない訳も、元を正せばこの戦いが原因なんだよな。
考えに没頭していて、ずっと歩き続けていると僕は当然の如く壁に激突した。
「痛っ!?」
「あーあ、解除したのに気づかなかったのー?」
そう言って、元凶が僕の部屋より現れた。咄嗟に確認したが、彼女の手には何もなかった。どうやら、お宝探しは失敗に終わったようだった。僕は胸を撫で下ろす代わりに、激突した額を撫でた。
「……そういえば、ニニギは?」
「ん、ん♪」
親指を立てて彼女が僕の部屋を指さす。僕は身体を起こし、中を覗く。
「こ、これが……佐久夜様のは、肌――」
「ニニギ? ニニギさーん? ニニギさーん!」
三度呼んで、やっと彼女は我に返った。
「こ、これは! その、義姉上が……ゴニョゴニョ」
悪い事をしているという意識があるだけまだマシである。問題はそれを唆す輩だ。
僕は、これ以上彼女を野放しにすると不味いと判断し、少し早いけれど夕飯にする事にした。
「じゃあ、料理をしよー」
そんな事を言い出したのは、一階に戻り、僕が夕飯の支度を終えた頃だった。
事の発端は、食卓に並べられた一人分の夕飯をどうやって三人分にしようか、と悩んだ僕にあった。そして、その事を二人に相談したのが間違いだった。
「あのさ、二人はこの中で食べたい物ある?」
と、今日の夕飯のおかずを見せる。因みに今日のおかずは冷凍食品のハンバーグとフライである。
「私なら、何でもいいよー」
そう返したのは登陽 毘美さんだ。今度は居間中を散策している。どうやら、彼女は興味がない事には無頓着らしい。それはそれで助かる(今だけは、だけど)。
「……はあぁ」
もう一人はと言えば、一階に戻ってから(いや、戻る前から)すっかり意気消沈してしまっている。これはまともに会話できる状態ではない。そっとして置こう。
一周して、また僕に決定権が戻ってくる。
(さて、どうしたものか……?)
普通、この場合は三等分を選ぶべき。けれど、それは飽くまで人間の常識であって、彼女達の常識は違うのかもしれない。一概には言えないけど、最近どこか噛み合わない節がある。これが、この違和感が人間と神様の違いかどうかは定かではない。ただ、そう思うと何となく全て解決するような気がする。
僕は考えに熱中して手が止まっていた。そして、背後から近づく影にも気がつかなかった。
「なーに、してんのー?」
「ぅわっ!? 何ですか、いきなり?」
ついさっきまで全くこちらに興味を示していなかった為、放置していたが、急に喰らいついて来るものだから僕には不安の二文字しかなかった。
「いやー、何してるのかなーと思って」
そう言って、僕の手元を覗きこんでくる。
「ふんふん。なるほどー」
何がなるほどなのかはさて置き、どうせ何の解決にもならないと分かっていながらも僕は彼女の結論を待つ事にした。そして、出た答えが最初の珍解答だ。
「じゃあ、料理をしよー」
「はい?」
当然の如く、耳を疑った。何故そんな結論に至ったのか過程が聞きたいほどに理解し難かった。いや、そもそも彼女に料理なんて出来るのだろうか。
「ちっちっちぃー、少ないのなら増やせばいいのだよー」
そんな当たり前な事を、ドヤ顔で言われても反応に困るだけでありまして。僕は苦笑いで誤魔化した。
すると、彼女は居間の方へと向かった。数秒後、戻ってきた彼女はニニギを連れていた。いや、この場合は巻き込んだと言う方が正しいのだろう。
「よし、ニニギちゃん。料理で名誉挽回だよー」
「そうじゃの。何かしていないと気が紛れないからの……そして、汚名返上じゃ!」
珍しく登陽 毘美さんが言葉を間違えなかった事と、ニニギが快く提案を承諾した事に少々驚きつつも、またしても不安が過ぎる。
――果たして、この二人は料理が出来るのか?
――三十分後
「……もう、いいですから。二人は居間の方で休んでいてください、マジで。って言うか、もうお願いしますから……」
予想通り、二人に料理のイロハのイの字も無い事がよく分かる事態へと陥った。幸い、大事に至らなかったものの、あと少し発見が遅れていたら、家は火事になり、二人の内のどちらかの指は取れていたかもしれない。それでなくても、このまま続けていたら失血多量で倒れていたかもしれない。勿論、二人ともだ。
キッチンは見るも無残な状態へと変貌していた。何をどうしたら、全く使っていなかったキッチンが一日でこんな生活感のある状態へと変身するのか、不思議を通り越して恐怖を抱く。
「……片付けるかぁ」
どのくらいこの状況を緩和できるか分からないけれど、母さんが暫くキッチンに立たない事を祈ろう。
「よし。じゃあ、いただきます」
「いっただきまーす」
片付けを十数分で終え、夕食を居間へと運んだ僕は空いた床へと腰を下ろして食事に在り付く。……筈だったのだが、一人浮かない顔をする少女が気になって仕方がない。
「えっと、ニニギ? ご飯、食べない? それともまだ手が痛む?」
「む、そんな事は……少々、思慮に耽っていただけじゃ」
本人がそういうのなら、と僕は食事に専念する。それから暫くの間ニニギから目を離して、ふと視線を戻すと食事はまるで減っていなかった。
(何か苦手な物でも入っていたかな……?)
そんな考えが浮上した。しかし、もっと別な有力問題に思い至った。
(あれ? 神様って人間みたいに食事するのか……?)
根本的な問題だった。確かに見た目は人間と寸分違わないけれど、中身は神様と言われるべき存在なのだ。僕等とどこまで同じかなんて分からない。果たして、ニニギは食事や睡眠を必要とするのだろうか。
流石にこんな事を訊いても怒らないだろうと思い、僕は尋ねてみる。
「あのさ、もしかして神様は食事とか睡眠とかしない感じ……?」
居間に沈黙が流れる。バクバクと食べていた登陽 毘美さんの箸も何故か止まっていた。
(えっ? もしかして地雷踏んだ、か……?)
不安で一杯になる僕の心情など知る由もなく、登陽 毘美さんが笑みを浮かべて沈黙を破った。
「……なーに言ってんの、コノハナサクヤ?」
「まったく義姉上の言う通りじゃ。神力を生成するには栄養も休養も不可欠じゃ」
「そ、そうですか……」
何か心配して損した気分だ。いやいや、根本的な解決にはなってないじゃないか。そうだ、ニニギがなぜ食べないのかが本来の問題であって、神様が食べるのかとか寝るのかとかは副題だ。しかしながら、こればかりはストレートに訊く訳にもいかないだろう。何か特別な理由があるのなら尚の事だ。
考えに没頭していると僕の箸は止まっていた。居間には登陽 毘美さんの食べている音だけがする。
「すー、すー……」
その音が聞こえたのは、丁度僕が考えを中断して食事に戻ろうとした時だった。音源へと顔を向けるとそこには意外な光景があった。
「えっ、寝てる……!?」
ソファーに背中を預けた状態でニニギは安らかな寝顔を浮かべていた。
「ま、私が色々連れ回しちゃったからニニギちゃん疲れちゃったのかもねー」
と、久しぶりに自分の非を認めた正論を言う登陽 毘美さんにちょっとびっくりする僕がいたのは黙って置こう。
居間には再び静寂が訪れる。リズムの整った寝息と、時計の秒針の動く音だけが静かに響く。
僕は、ニニギから登陽 毘美さんへと視線をゆっくり移した。
彼女もまた、ニニギから視線を外し、行き場を失った視線を正面へと戻す。
瞬間、二人の視線がぶつかる。
見つめ合う、と言うには些か緊迫した雰囲気が居間に広がる。
しかし、それも長続きしなかった。
「……っぷ、はははっ!」
彼女はやはりKYで間違いないようだ。何故、笑い出したのかは定かではないけれど、もう少し別の方法で沈黙を破る事は出来なかったのだろうか。これじゃ雰囲気を守って黙ってた僕が、まるでバカみたいだ。
「はあぁ……」
と、自分の馬鹿さ加減を嘆く溜め息が出た。
そうして彼女の笑いが収まった頃には、ニニギは完全に眠りに落ちていた。
僕は丁度良い機会と言わんばかりに改まった口調で気になっていた事を切り出した。
「登陽 毘美さん、貴女も僕と同じ……ですよね?」
僕の予想が正しければ、彼女は僕と同じか、ニニギと同じ立場の存在である。ただ、分からないのは彼女が僕の敵なのか、味方なのかという事だけだった。けれど、今そこは問題視するべきところではない。
僕の予想は十中八九当たっているだろう。それは確実だ。そして問題は、それを彼女は問われてどう応えるのか、だ。話すのか、隠すのか、それとも何か別の方法をとるのか。
しかし、意外な事に僕の問いに対して彼女の返事は即答だった。
「んー? どうだろうね、どう思うー?」
(この返事はつまり、否定はしてないけど承認もしていない……上手く躱されたか……?)
彼女にしては意味深な返答に、僕は一瞬戸惑った。
(いや、待てよ。一度でも彼女の言葉に裏に意味のある言葉があっただろうか? いや、ない)
しかし、すぐさま今までの彼女の言動から裏に意味のある言葉でない事が容易に想像できた。
「それは、どういう意味ですか?」
因って、僕は心意を直接尋ねる事にした。僕としては、一番無難な方法をとったつもりだった。
すると、彼女にしてはまともな答えが返ってきた。
「単純にコノハナサクヤから見て、私はコノハナサクヤと同じ? それとも、違う?」
問いに対して問いで返されるとは思っていなかった(特に彼女からは)。その為、少し間が空いた。そして、僕は考えをまとめ終え、彼女に僕の心意を伝えた。
「そうですね……このおかしな戦いの参加者(被害者)という点に置いては、僕等は同じかもしれませんね。でも、僕は貴女とは確実に違います」
この答えに彼女は珍しい物を見る目で僕を見た。
「へえー、キッパリ言うねぇ。それで、具体的にはどの辺りが違うのかなー?」
ふと気がつけば、いつの間にか形勢が逆転してしまっている。
(最初は僕が質問する側だったのに、何故か答える側になってる……)
これでは本当の目的の達成が望めないと判断する。と言うか、彼女に主導権を握られてはこの先、話がどこで脱線してもおかしくない。
そんな現状を打開すべく、僕は妙案を実行する事にした。
「性別……じゃないですか?」
「ええーっ!? そこーっ!?」
予想通り、彼女は僕の冗談に喰らい付いた。これで僕のペースに戻す算段だ。
いや、そもそも僕が主導権を奪われなければ済んだ話だったのが、彼女の無意識に会話を自分のペースに引き込む力は認めざるを得ない強さだった。
「はは、嘘ですよ」
「もぉー、おねーさんをからかうなんて一億光年早いんだぞー!」
(一億光年は距離であって、時間ではないです)
この他にも色々突っ込みたかったけれど、それは置いておいて本題に戻る。
「まあ、真剣に言わせてもらうと、この戦いに臨む姿勢……じゃないでしょうか?」
実は、これは本音だ。咄嗟に思いついた事を体よく言っている訳ではない。前々から思い抱いていた事だ。
「なーに、もしかして私に戦意が無いからって覚悟が違うとか言わないでよねー?」
「いえ、戦意が無いのは僕も同じなのでそうは言いません。もっと決定的に違います」
はっきりと述べる僕に彼女がお手上げといった感じで聞いてくる。
「で、結局何なのよー?」
勿体振る必要性も秘匿する必要性もない。これは、恐らく全ての参加者(被害者)との相違点となるだろう僕の意志なのだから。
「僕はこの戦争というのを終わらせる事が目的です」
「は――?」
分からないのも無理はない。そう思い、説明を付け加える。
「まだニニギ達には話してないですけど、僕はこんな訳の分からない事で誰にも傷付いて欲しくないんです。ニニギ達は勿論の事、登陽 毘美さん……貴女にも僕は傷付いて欲しくないんです」
と、彼女の目を真剣に見て話した。すると突然、彼女は勢いよく後ろを向いてしまった。
「あっ、そぉ……そーなの」
そして、生返事の様な言葉を呟いて、それっきりだった。声の調子から怒っている様には思えなかったが、振り向く直前の真っ赤な顔は怒っているとしか思えなかった。
(これだから女子という生き物は分からない……)
果たして、彼女に僕の心意は伝わったのか。それは僕の与り知らないところだ。ただ、一言言わせ貰うと、僕は彼女にも分かる様に努力はした。それしか言えない。
あれから暫くの間、僕等の間に会話はなかった。僕と彼女(ニニギ含む)は対立するように2人掛けソファーの対面に座っている。しかし、目のやり場にも無言の間にも僕等は困る事はなかった。それと言うのも目のやり場も無言の間も (登陽 毘美さんが勝手につけた)テレビが解消してくれたからだった。
最後の会話から随分と時間が経過した。僕はもうほとぼりが冷めた頃かと思い、彼女へと話しかけるのだった。
現状その行為が危険なのは百も承知だ。場合によってはこの場で襲われる可能性も無きにしも非ずと言った具合だ。
けれど、僕は彼女に確かめなければいけない事がある。
「そういえば話が変わるんですけど、さっき二階で中々僕の部屋に辿り着けないっていう不思議な現象が起きたんです」
「ふんふん、それでー?」
と、軽い反応が返ってくる。無視されたらどうしようかと思ったが杞憂で済んだ。
僕は促されるまま言葉を続ける。
「実は今週それと同じ様な体験を住宅街跡でしたんです。登陽 毘美さん、貴女の仕業ですよね?」
「うん、それは私の能力だよー」
またも軽い調子の対応が返ってくる。
しかし、ここまでは僕も想像していた通りの展開だ。むしろ、これ以降が全く想像もつかないぐらいだ。正に、鬼が出るか蛇が出るか……一種の賭けに近い。
僕は平静を装って話を続けた。
「やはりそうでしたか。じゃあ、ここからが本題です」
一呼吸を置き、ここまでの危険を冒してでも聞きたかった内容を告げる。
「……住宅街跡でニニギを襲ったのは貴女達ですか?」
もしも、彼女の答えがYESなら僕はどうすべきなのか。傷つけたくないと言った矢先に一対一の戦闘なんて僕は御免だ。しかしながら、簡単には許せそうもない僕も居る。理由があったにせよ、ニニギは生死の境をさまよう程の重傷だったのだ。出来心では説明できない悪意を感じる。そんな彼女と僕は共存できるのだろうか。
そして、仮にNOだったとしても、彼女があの時あの場に居たのは紛れもない事実だ。だから、彼女には納得のいく説明を期待したい。きっと彼女も争う気はない筈だから。
そんな思考をしていた為、彼女の突然で意外な発言に僕は耳を疑う事となる。
「ひっどーい! むしろ私はニニギちゃんを助けた側なのにー!」
(えっ、助けた側……? 彼女は犯人じゃない……?)
思いも寄らない真実に僕は一瞬思考が停止した後、ふと我に返る。
(それなら、彼女はニニギを襲った犯人を知っているのか……?)
これはまたとないチャンスだった。きっと、ニニギを問い詰めても(出来るかどうかは定かではないが)教えてもらえそうもない情報を得られそうだ。
僕はぶら下がった餌に飛びつく魚の如く、その話について彼女に尋ねた。
「あの、その話、詳しく教えてください!」
「いいよ♪ ……でも、その前に――」
と、言いながら彼女は僕の座っているソファーへと歩み寄ってくる。その時の僕は勘違いして、こっちに座りたいのかと思い席を一つずれた。しかし、彼女の目的は全く違った。
次の瞬間、彼女は僕へと飛び乗ってきたのだった。そして、激しい揉み合いになる事はなく、すぐに決着はついた。
「な、な、何のつもりですか!?」
見上げた先に彼女が居た。
今の状態は、正に初めて彼女と遭った時と立場が逆転した状態そのものだった。
彼女が僕を覗き込むように見ながら、口を開く。
「さっきからずーっと気になってたんだけど……」
「な、何がですか……?」
この異常なシチュエーションに男としての本能が、冷静な判断の邪魔をする。
「どうして、私の事を――」
(いいや、僕は疾しい事なんて一切考えてないぞ……!)
「フルネームで呼んでるのー?」
「はい……?」
良い意味で、彼女はいつも僕の予想を裏切ってくれる。またしても彼女のKYさ加減に救われる(?)僕であった。
一人、安堵の溜め息を零す中、彼女は理由を語り出す。
「なーんか堅っ苦しくて嫌なんだよねー」
思っていた以上に軽いノリに、僕も率直な意見を返す。
「は、はあ……、それとこの状態と何か関係あるんですか?」
すると、彼女は得意げな笑みを浮かべて饒舌に話し出した。
「コノハナサクヤは普通に頼んでも聞いてくれないだろうから、呼ぶまで逃がさないってことよー♪」
言い終わるのと同時に、彼女が抱き付こうとしてきたので、咄嗟に僕は彼女の両肩を掴んで止める。そして、矛盾を指摘する。
「って、そっちも僕の事フルネームで呼んでるじゃないですか……!?」
「じゃあ、何て呼ぶー? いや、何て呼んで欲しいのー?」
全く悪びれる事なく返してくるどころか、大人の余裕の様なものまで見せる彼女に、少々の苛立ちを感じながらも、現在の立場的に優位な彼女を怒らせる訳にもいかず、僕は当たり障りのない返事をする。
「いちいちからかわないで下さい。呼び易いように呼んでくれて構いませんので」
「じゃあ……サ・ク・ヤ・くん、でいいかしらー?」
妙に艶かしい呼び方に少し面食らったが、すぐに立ち直り冷たくあしらった。
「……任せますけど、人前では無視するのでご理解を。それで、単刀直入に聞きますけど貴女の事は何て呼べばいいんですか?」
「そうねー、じゃあ……ミヤ御姉様なんて、どー?」
僕は考える余地もなく即答した。
「人前では決して呼ばないのでご理解を」
「もぉー、連れないなー……って言うのはウソ。ミヤでイイよ♪」
そう言うと彼女は黙った。そして、一向に退いてくれなかった。僕が首を傾げると、彼女はやっと口を開いた。
「ほら、ミ・ヤ。呼んでよー?」
こんなにも相手の名前を呼ぶのが気恥ずかしいとは思わなかった。いや、この状況が悪いのだろう。誰が、こんな密着状態で相手の名前を呼ぶんだ。
と、心の中で思いつつも実行しなければ退いてもらえそうもないので、僕は渋々言われた通りにするのだった。
「えっと、み、ミヤさん……?」
「さん、は要らない。ほら、もっかいどーぞ」
(ご注文が多いようで……)
一刻も早くこの状態から脱出したい僕は、言い淀みつつも従うのだった。傍から見た僕は、何とも惨めだろう。
「うっ……み、ミヤ?」
「よーし、OK♪」
その言葉を最後に、僕への束縛は解けた。
ミヤは元の席へと戻り、僕もソファーに座り直す。それに伴い、乱れた服装や髪も正す。
2人の準備が整ったところで僕は話を戻すように促した。
「じゃあ、話を戻しましょうか?」
「はーい♪」
気前のいい返事に僕は一瞬騙された。ミヤがついさっきまで話を憶えているなんて、僕は軽い幻想を抱いていたようだ。
「で、何の話だったっけー?」
(やっぱり、この人はバカだ……)
何度でも言おう、ミヤは良い意味で僕の期待を裏切ってくれる、本当に。
ここまで読んで下さりありがとうございますm(__)m
今回はミヤさんのターンでしたね(^_^)
最初はもう、すぐにでも本題に入るつもりだったんですが、急にこの案を思いついたので盛り込んだ次第です(;一_一)
反省はしています、次は本編をしっかり進めるつもりです^_^;
というか、脱線すると戻ってこれないのは自分だったりして……(@_@;)
そんな事をふと思った10話 Aでした。
それでは次回も是非読んで下さいm(__)m
(そして、まだご意見・ご感想を募集しています!!)