木花開耶物語7話 C
今回はちょっと短めです(^_^)v
是非、最後まで読んで下さいm(__)m
――同刻 瓊瓊杵
瓊瓊杵は鈿女が自分から離れたのを確認すると、視線を女性へと向けた。
(此奴が自滅覚悟なのは了承したが、その様な勝手に巻き込まれる筋合いなど、私には微塵も無い。遊びに付き合う様な余裕も、趣向も持ち合わせていないしの。ここは一つ、泡沫の如く消すか……。まあ、気になる事も在ったが、本人を問い質せばよい)
そんな風に心の整理を付けると、瓊瓊杵は女性を消す為の手筈を整え始めた。
その様を女性は苦しそうな顔で眺めていた。察するに、女性は精一杯の力で歪みの接触を遅らせていた。その真意さえも瓊瓊杵は知らないだろうが、女性は瓊瓊杵が今から何をしようとしているか大体は理解できていた。
(やっばぁ。ありゃ、マジだわね……どうしよ。こんな所で、ちょっと報復しようとして返り討ちに遭うとか――ニギハヤヒ様に合わせる顔が無いし……!)
女性が反撃、もしくは逃走を試みようと決心した時には、既に事は終わりまで二歩というところだった。つまり、女性の必死の抵抗は実行にすら移す事は叶わなかった。
その一歩目となるのは、瓊瓊杵による女性を消す手筈が完璧に整う事。つまり、実行寸前まで準備が終わる事だ。
それを遠くで見守っていた鈿女が息を呑んだ。
(まさか、瓊瓊杵様……! あの者を消す御積りなのですか……?)
鈿女は不意に浮かんだ最悪の結果を口にしなかった。主の判断に委ねる、それが侍女である己の役目である。主を信頼しているのなら、主の判断にも間違いはない。きっと、ない筈なのだから……そう自分に言い聞かせて、静かに動向を窺った。
(手筈は整ったか……。後、一手で終いじゃの)
と、瓊瓊杵は最終確認をした。
しかし、それは迷いでも在った。本当に全ての事が整っているのなら、待たずに実行に移せばいいのだ。それなのに、ここで小休止を取るということは、決断に迷いが在る証拠だ。そう、彼女も消したくて消すのでは無かった。
しかしながら、事態は一人の我儘では取り返しのつかない犠牲が多過ぎる。彼女は自分の我儘とその他の犠牲を天秤にかけ、より重要な方を取った。一よりも二、小よりも大、他人よりも友人。その決断は時に、彼女の心に深い傷を負わせる事も在った。
けれども、瓊瓊杵はある人物に出会うまで一度たりとも他人を犠牲にした事は無かった。つまり、彼女は今のように我儘ではなかったという事だ。いや、今も鈿女の前では気丈に振る舞っているが、根はとても優しい心の持ち主なのだ。そんな彼女を変えたのは紛れもなく……。
(如何、私は何を躊躇っているのだ。このままでは鈿女が……!)
そう自らに言い聞かせ、両の手に力を込め直す。今一度、女性の位置の確認も含めて視線を移すと、女性が必死に歪みの接触を遅らせている事に瓊瓊杵はやっと気づいた。
(な、なんじゃ、自滅覚悟ではなかったのか……?)
再び迷いが生じた。
迷いなど、過去の彼女にとっては分からない感覚だった。決断後はただただ決定した事を務めるだけ。そこに私情は挟まない。尤も、決断の段階でさえ彼女は私情を挟んだ事は無かった。常に在るのは自分を犠牲にする選択肢、一つのみだったからだ。そこには、それ以外の道は無かった。
――自分が犠牲になれば、全てが解決する
――自分が犠牲になれば、誰も悲しまなくて済む
――自分が犠牲になれば、これ以上の争いは起きない
――自分が犠牲にさえなれば……
過去の彼女を縛っていた考え。しかし、当時の彼女はこの考えに何の疑問も抱いていなかった。むしろ、正論だと信じていた。そんな彼女は我儘、という言葉とは無縁の存在だった。そもそも、自分の意思が無いに等しかった。だから、彼女がここまで育ったのは本当に僥倖だったと言える。
けれども、何という皮肉な事だろう。自分の意思を持ったが故に、起きた――迷い。正しいと思って進んだ道だった、それなのになぜこんなにも苦しいのか。
「こんな事になるのなら、あの時のままの方が……」
良かった、と言い終える直前。
予期せぬ事に、女性の支配していた空間の至る所にヒビが入った。
(まさか、もう歪みが……!?)
瓊瓊杵は、咄嗟に女性の方を向いたが、女性は先程と変わらず歪みを必死に喰い止めていた。
「これは一体、誰の仕業じゃ……?」
と、瓊瓊杵が疑問を漏らした次の瞬間、沢山の窓ガラスが一斉に割れるような音と共に空間が消失した。それと同時に歪みも消え、踏ん張っていた女性は支えを無くし、前方へと倒れた。
「いたたたっ……って、あれ? 私の作った空間は? 歪みは?」
どうやら、空間の消失は女性の仕業ではないらしい。作った本人ではないとすれば、残るは……。
「瓊瓊杵よ、我が主が失礼した」
瓊瓊杵と鈿女の数メートル後方、つまり、曲がり角の辺りにその人物は居た。そして、この人物の到来こそ、事の終わりを告げる二歩目だった。
――同刻同地
その人物の名は――ニギハヤヒ。兎にも角にも、図体のデカイこの男は何かを背負いながら、女同士の争いに水を差した。野暮を通り越して野蛮にも近いと思ったが、将と事の発端を思い出し、強ちこの男の登場も必然だったのかもしれない、と瓊瓊杵は静かに納得する。
「次は容赦無く……何と申して居りましたかな?」
そして、平静を装い態とらしくそう尋ねたのだった。
それは男・ニギハヤヒが先日、瓊瓊杵と駅で対峙した際、緊張感のない瓊瓊杵に言った警告だった。
「そうじゃったな。次は容赦無く狩りに行く、と言った……か」
ニギハヤヒは空いた手で顎を擦りながら答えた。その顔は、歌舞伎や能役者のように白く濃く化粧され表情はまるで読めない。惚けているのか、怒っているのか、声音から判断できる事は想像の域を出なかった。
「瓊瓊杵様、これは一体……?」
すると、状況がまるで掴めない鈿女が困惑した顔で尋ねてきた。理解出来ないのも無理はなかった。あの時、鈿女は開耶を逃がす為に出払っていた。しかも、瓊瓊杵は駅でのやりとりは鈿女に詳しく話していない。それは鈿女がこの件に関して、自分出る幕はないと言ったからでもあり、瓊瓊杵自身も鈿女を巻き込みたくなかったから、敢えて話さなかったのだった。
「先日、エキという所であそこの者と一悶着あっただけです」
何故か標準語に戻った瓊瓊杵の震えを察して、鈿女はそれ以上聞かなかった。
(瓊瓊杵様……大丈夫です、この度は私も傍に居ります)
その思いは瓊瓊杵に通じたか否か。定かではないが、瓊瓊杵の視線が鈿女から先に居るニギハヤヒへと移り変わった。
事情説明が終わったのを見計らってか、ニギハヤヒが背負っていたモノを地面に下ろした。ドサッと音を立て、無造作に置かれたそのモノは「うっ……」という音を漏らした。
その音を完璧に聞き取った瓊瓊杵の脳裏に不安が過ぎった。不安を感じる理由はまるで無かった。ただ、畏怖の震えとは違う悪寒が止まらなかった。
するとニギハヤヒは、瓊瓊杵のそんな変化もお構いなしで置いたモノの上に片足を乗せながら言った。
「瓊瓊杵よ、取引だ。先ずは、我が主を此方に返してもらおう」
「私達はこの者に殺され掛けました。何の御咎めも無しに返す訳にはいきません」
と、正論を言い放つ。
しかし、ニギハヤヒの能面のようなその顔は困惑も憤怒の形さえも作らなかった。ただ毅然と返事を待っているのだった。ただ一つの返事を。
先に折れたのは当然、瓊瓊杵の方だった。
「分かりました。この者を彼方にお返ししましょう」
「宜しい。然すれば、此方も相応の対価を払おう」
「相応の対価……?」
未だに続く震えを殺すように、胸の前で腕を組む瓊瓊杵の態度はニギハヤヒ同様、毅然とした振る舞いに見えたが、内心は落ち着いてなどいなかった。先程の意外な言葉に震えが増したのはその表れだった。しかし、瓊瓊杵は必死に冷静を装い問うたのだった。
「そうじゃ、取引だと言っただろう。やはり、殺さずに取って置いて正解じゃった」
そう言いながら、ニギハヤヒは足元のモノを持ち上げた。そこには……!!
「これは確か――お前のところの主じゃっただろう?」
過ぎった不安の正体はコレだった。あの時、聞こえた音は、声は彼のものだった。瞬時に分かった筈なのに、頭が勝手に否定した。
きっと、違う。
アレは彼ではない。
彼である筈が無い。
彼は今も家でぐっすり寝ている。
大丈夫。
――ナニガダイジョウブナノダ……!
怒りと共に自分を酷く嫌悪した。ニギハヤヒと関わりたくなかったばかりに、大切な事を見失っていた。いや、意図的に見ないようにしていた。
これではまるで――偽善者
都合の良い時だけ正義を振りかざし、不都合が在れば見て見ぬ振り。
(どうして彼は、大切な人一人も守れない自分を傍に置いてくれたのだろう……?)
思い馳せるは幾千もの過去。過ぎ去りし日は彼女の思い出でもあり、心の支えでもある。縋るように楽しかった事を思い出す。それは、欠け替えの無い《かけがえのない》彼との記憶。自分を救った遠い昔話。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
と、言う訳で次話から過去篇に突入です(^^)
ひとえに、私が戦闘シーンを先延ばしにしているだけなので申し訳ない感が満載なのですが……(;一_一)
それはさておき、7話はあとDが残っていますので、次もお楽しみにしてくださいね\(^o^)/
あの二人(←って誰だよ!)がご登場です(^O^)