木花開耶物語6話 PROLOGUEのみ
タイトル通り、6話のPROLOGUEのみです。
5話の続きは本編で語られます。今回は、と言えば、少々焦点をずらしてみました。
この時間帯、あいつ等は何やってるんだろう? と思い、書いてみました。
是非読んでみて下さい。
PROLOGUE
――ある男と少女の話……。
物語の舞台は、南海市よりも少し離れた街中。そこは南北に広がる様々な店が揃った大通り。その存在はまるで、某有名遊園地のお土産売り場の様だった。
「マジかよ……」
そして、ある男は現在進行形で困っていた。
『街中・人混み・消失・少女』
この単語から連想される困り事と言えば、まず一つしかないだろう。
つまるところ、男は先程まで自分の隣に居た筈の少女が少し目を離した隙に、何処かに行ってしまったのだった。その状況を俗に、迷子、と言う。
だが果たして、男の内心はこの事態を迷子という些細な事では括れなかった。
男にとってこの街は遊び慣れた庭も同然だったが、少女にとってこの街は目新しい物ばかりが揃ったテーマパークの様に見えたらしい。しかしながら、男も少女の逸る気持ちを分からない訳ではなかった。なぜなら、自分もそのひとりだったからだ。
この街の壮大さに憧れ、何を目指す訳でも、果てがある訳でもないこの街を、日が暮れるまで駆け回ったあの頃。
不意に、あの時の記憶がフラッシュバックする。
――暗くなる空、減る街の人間、両親の心配そうな顔、母の安堵の溜め息、父の怒声。
本来ならば、男も少女を自由に観光させてあげたかったのだ。思う存分この街を堪能し、幼き日の自分と同じ気持ちを抱いて欲しかった。だが、そう出来ない要因が少女には在った。だから、男は居ても立っても居られなかった。
(何か事が起こる前に、アイツを見つけ出さねえと……!)
と、男は人で溢れた街中を当てもなく北へと走り出すのだった。
――一方その頃、少女は……。
「わあ、何アレー? こっちも、オモシロそうー!」
店頭のショーウィンドウを転々と移動しながら、南に向かってどんどん進んでいた。
「アレはー? ん? 何だろう、いいニオイがするー」
遠くから香る美味しそうな匂いに釣られて、少女はまた南へと歩みを進める。
だが、少女の様子から察するに悪気が在って男の前から消えたのではないようだ。ただ、理性より好奇心が上回ってしまった為に招いた結果だったらしい。
それでも、この少女に限っては野放しにしてはならないのだった。それ程までにこの少女は、人の考え得る常識から逸脱した存在なのだ。そして、その事実を熟知しているのは現状、男を除いて他に居ない。しかし抑止力である筈の男は今、少女の傍に居ない。
即ち、この街に存在する人の命運はこの少女の気分次第だった。分かり易く例えるのなら、この街に向かって飛ぶミサイルのスイッチを少女が所持している、と言った具合だ。
語弊があったので訂正をすると、そのミサイルで決して少女は死なない。それどころか、傷一つ負う事も無いだろう。そして、少女の抑止力である男もまた死なないし、傷を負う事も無い。それが少女を「野放しにできない理由」の正体である。だから最悪の場合、この街は少女と男の生存しか許さない。つまり、少女はそれ以外の人間も建物も土地をも破壊する脅威の存在なのだ。
――その頃、男は……。
「すんませーん。一人で居て、妙にはしゃいでる女の子見ませんでしたかー?」
街の北端まで辿り着いた男は、少女を見つけられなかった。それから男は少々頭を捻り、道行く人に聞き込みをしながら南に進んでいた。
しかし、思った以上の成果は見られず途方に暮れつつあった。
ふと、時計が目に入る。時刻は午前十一時。少女と別れて二十分が経っていた。
(結構、時間が経ったな……。もう街から出たかもしれんな……。どうすっかな……?)
すると男は、急に立ち止まり考え込んだ。
(今から南端まで行くのにおよそ十五分。その十五分内に、この街が消滅する可能性……無いとも言い切れない。そんで以て、その被害を阻止すべく、アイツを探し出さなければならない。が、問題はアイツの居所……。
この状況を打開できるとすれば、それはアイツが俺の気配を探って戻って来るか、最悪の場合としてアイツが少数を相手に何か問題を起こし、そこを俺が見つけ出すか、この二つに限られる……)
出来れば前者であって欲しいところだが、その可能性は皆無に等しかった。理性を欠き、男の言い付けを破った少女に、そのような心の余裕がある筈も無い。と、なれば残るは後者になるのだが……。
「まあ、街が吹っ飛ぶよりは……不用意に声かけた馬鹿が死んだ方がマシか」
――それから、十分後。
街の南端に達した少女は、あるショーウィンドウの前に釘付けになっていた。
「わぁ、イイなぁ。コレ、すごくキレー」
そのショーウィンドウに飾られていたのは、新作のウエディングドレスだった。純白で荘厳な造りのそのドレスは、結婚を決めた女性だけでなく、年端もいかないこの少女までも虜にした。しかし前提条件として、少女はウエディングドレスをどんな時に着用するのかは知らない。
「これ服、だよね……? 私も着てみたいなあ……」
と、つい本音を零す少女。その後ろに不穏な影が迫る。
――トン、トン。
「ん?」
肩を叩かれた少女が、反射的に後ろを向く。すると、そこには見知らぬ青年が4・5名、少女を囲むように居た。
「君、一人?」
ナンパの代名詞にも等しい古風な方法で、少女を囲む青年達のリーダーらしき一人が言う。
「俺達と遊ばない?」
如何にも含みのある誘いをかけるのは、先程喋った男の右側に居たリーダーの側近らしき男。
「…………」
しかし、状況に似合わず少女は冷静だった。無言で青年達を見定めるかのように一通り見渡し、呆れ混じりの溜め息を吐いた。そして何も言わず身体の向きを変え、再びウエディングドレスへと想いを馳せる。
「ちょっ、シカトかよ……」
当然、慌てるのは青年達の番だった。だが青年達も場数だけは踏んでいるらしく、こういった態度の攻略法も弁えていた。
次の瞬間、青年達の一人が少女の手を取り、少女の背中をショーウィンドウに押しつけた。
「俺達と遊ぼうぜ、って言ってん、だ……ろ……?」
仕掛けた男は絶句し、その周りで見ていた仲間達と偶々その光景を見ていた通行人さえもが少女を凝視した。それは偏に少女の変貌が原因だった。
数秒前に男達を見ていた冷めた表情とは一変し、その表情はまるで熱心に取り組んでいたのを邪魔された子供の様に無邪気な怒りで溢れていた。
そう、青年達に一つ間違いが在ったとすれば、それはこの少女をどこにでも居る少女と勘違いしていた事に尽きるだろう。そして、青年達は知るだろう。この少女に手を出してはいけなかった、と。いや、そもそもこれは本当に人間なのか、と。
だが、その瞬間が訪れる事はなかった。なぜなら少女の視線は既に、緊張で固まった雰囲気の中を近付いて来る、ある男しか捉えていなかった。その男曰く……。
「悪かったな、あんた等。俺のツレが迷惑かけたな」
そう、少女が行動を起こすタッチの差で抑止力の男が到着したのだった。
男は少女の前までくると、少女の頭にポンと手を置き、言う。
「ほら、行くぞ。そろそろ、昼飯の時間だ」
「えー、私、コレ着たい」
その言葉に対して、少女は何事も無かったかのようにショーウィンドウに飾られているドレスを示す。
「お前には……まだ早ぇよ」
「んー、きっと似合うもん!」
そういう問題じゃねぇーよ、と男は言って来た道を引き返す。その後を少女も付いて行こうとし、立ち止まる。当然、少女の意志ではない。すると、男は少女が付いて来ていない事に気づき、やれやれと呟きながら振り返り、少女の元へと歩み寄った。
「あんた、死にたくなかったら放した方が良いぞ」
それは少女に向けられた言葉ではなかった。少女の傍らに居ながら、男に全く相手にされなかった青年達の一人、強引に少女の手を取った男に向けられた言葉だった。そして、男の言葉は嘘でも脅しでもなかった。それを理解してか、しなくてか、その男は少女の手を取ったまま放そうとしなかった。
「死にたいなら止めねぇーけど、違うだろ?」
そこまで言っても、まるで微動だにしない男に少女が苛立ちの眼差しを向ける。それを察した、男は両者の間に割って入った。
「おい、ガチで放せ。そろそろ、ふざけるのも大概にしとけよ。こっちはあんた等の遊びに、付き合ってる場合じゃねぇーんだよ」
と、男の耳元で囁き、強引に男の手を少女から引き離した。そして、到着した時と同様に何食わぬ顔でその場をあとにした。
残された青年達と野次馬達も、時の流れに沿ってその場を去って行った。ただ一人、少女に掴みかかった青年を除いて全員が。
ここで一つ、男の勘違いを補足しておく。男は、青年がまだ少女を放そうとしない理由を、少女への執着心だと解釈した。しかし、それは間違った解釈だった。青年は少女を放さなかったのではない。放せなかったのだ。なぜなら少女に触れた瞬間、いや、怒りに満ちた少女の瞳を見てしまった時、青年は青年の意志に関わらず少女の考えを見せられたからだ。
自分が醜く少女の足元で骸になる映像を……。
――あれから数分後 街の中央付近にて……。
そこにはあの男と少女が居た。
「ねぇねぇ、ハル様♪ 私、お昼はオスシが食べたい~」
「はあ、そうだな……」
溜め息混じりに返事をした男の脳内では、全く別の事が考えられていた。
(誰かコイツを見張ってくれる奴、探さないとなぁ……。落ち落ち学校にも行けやしねぇ……)
そう、これが六月九日に神屋 春樹が欠席した本当の理由だった。
果たして、神屋 春樹が少女のお守から解放される日はやって来るのだろうか……?
読んで頂きありがとうございました。
どうでしたか? と言われても、って感じですね。
最近、忙しくて中々執筆作業に割く時間が無い……(言い訳)。
本編、出来るのは……とりあえず、溜まってる事が全部片付いたら……だから。
11月中旬には、執筆再開可能かも(?)しれないから……、6話が完成するのはおおよそ12月頃ですかね~?
1話から読んでくれている方、その他の愛読者の方々、末永くお待ちください。すみません。