1 スライム①
ああ、今年もこの季節がやってくる。比較的平和な町なのだが、この時ばかりは心休まる気がしない。
「はぁ…。」
私のため息と同時に、部屋のドアが開く。
「またため息ですか?心配なのはわかりますけど、この時期のために周辺の町からも応援が来るんですから、少しは町の長としてしっかりしてくださいよ。」
彼女は私の秘書だ。頼りない私のことをいつもこうやって支えてくれる。
「そうは言ってもだな。年々やつらの数は増えている、負傷者もそれに伴い増えている。なんとか今までは自分らでやってこれたが、それもいつ崩壊するかわからない。こんな状況で頭を抱えないやつなんていないだろう。国が少しは動いてくれると助かるんだが、いくらこっちから嘆願書を送っても返事はない。まったく、これからどうしろと言うんだか。」
「そんなに考え込んでも埒が明かないですよ。はい、これが今年参加予定のハンターさんたちのリストです。見てくださいよ、この数。着実に人数は増えているんですから、なんとか頑張りましょう。」
「そうだな、これだけの人が手伝ってくれるんだ。まずは目の前のことを乗り切ろうか。」
◇
「ええ、本日は集まっていただき感謝する。こうして多くのものにこの町を守っていただけると思うと感謝してもしきれない。知っての通り、毎年この地では巨大スライムが大量発生する。対処法が確立されてはいるが、それでも危険なことには変わりない。こちらもそれ相応の報酬は用意しているが、それも命あっての物種だ。どうか、無理だけはしないで欲しい。最後に、例年通りにはなるが奴らの出現予測地帯周辺の詳しい地図などの支給品配布はこの後行っていく、各自しっかり準備して挑んでくれ。また、初参加などの者もいるだろう、わからないことなどは受付に聞いてくれ。私からは以上だ。」
そう俺等の前で演説しているのが、この町の領主だ。代々この地を治めている一族で、今で3代目だったか。比較的安全な地域なこともあり、町同士の交易で栄えたのだがそれもここ20年くらい前の話だ。突如として夏が近づくと町の近くの川から大量の巨大なスライムが湧くようになった。初年度の被害はすごかったものだ、多くの負傷者がでて町も壊滅状態だった。だが、この領主はそこからくじけなかった。交易で築いた関係を使って即座に復旧し、周辺の町と協力し対抗策を練り上げた。中でも驚いたのが、スライムの発生期間は商人に対する課税をすべて撤廃するという政策を発表したときだった。最初はみな、そんな危険な時期に商人など来ないだろうと嘲笑っていたが、実際にはこれがこの町にハンターを集める最善手だと後になってわかった。商人とはがめつい生き物で、危険よりも利益を優先するのだと領主はわかっていたのだろう。結果として護衛として他の町から着いてくるハンターたちがそのままこの町の防衛に参加してくれるという流れが出来た。今ではこの時期は軽いお祭りのような状態となっている、町のあっちこっちに露天が並び、多くのものが売り買いされている。
「次の方どうぞー、ハンター証をご提示ください。あ、ジャックさんじゃないですか。今年もありがとうございます。もう若くないんですから無理しないでくださいね。」
「ああ、わかってるとも。でもな、生まれ育った町を守るためだ、役立たずと言われるまでは続けるつもりだ。」
「はい、こちら支給品になります。くれぐれも命だけは大切にしてください。特別報酬が出るとは言え、スライム自体に素材の価値はほぼないのですから。」
「わかってるよ。俺にとってはこの町が明日もあることが何よりも大事なんだ。そのためならいくらでも頑張れるさ。」
「それでは、この町のことをどうかよろしくお願いします。」
軽口を叩いていた彼女だったが、最後はきちんと表情を固め、深々とお辞儀をして見送ってくれた。さて、いっちょう頑張りますか。
◇
おお、ここが噂のスライムが出るっていう町か。思ってたよりも大きいな。しっかりとした城壁もあるし、周辺の町とはえらい違いだ。
「護衛のみなさん、ここまでありがとうございました。こちら、契約報酬です。」
城壁の中に入り、すぐに護衛のハンターのリーダーに報酬を渡し、契約完了の手続きを始める。
「いえいえ、これが我々の仕事なので。」
「みなさんもこれから討伐隊に参加予定でしたよね?」
「はい、ついでというとなんですけど。ここまで来たんですし、稼げるだけ稼いでいこうかと。」
「あまり無理はされないように。はい、報告書にサインしましたのでこっちもお渡しします。私も期間中は町で店を出してますので、よかったら食べに来てください。」
「大将の料理うめーからなー、また食べたいぜ。」
「ああ、素材は普通なのに味は格別だもんな。」
護衛の他のメンバーが口々にそう呟く。
「ええ、落ち着いたら顔を出します。それではまた。」
「ええ、ご武運を。」
彼らとはそこで解散となった。残された私は愛馬の引く馬車に乗り、町の中央広場へ向かう。
「これまたすごい人数だな。モンスターの襲撃があるようにはまったく感じないな。」
広場にはかなりの露店が並んでいた。王都ほどではないが、ここまで賑わってる町も珍しいものだ。なんとか空いている場所を探し、馬車を停めて開店準備を始める。この馬車は特注のもので、中がキッチンになっている。側面にはカウンターがあり、中からお客さんの注文を聞いてその場で調理できる設計だ。店の前にはいくつかの机と椅子のセットを並べ、看板を立てる。
『出張レストラン:木兎亭』
「さてさて、始めますか。」
◇
今日で3日目か。だいぶやつらも数を減らしている、今年もそろそろ決着がつくだろう。
「お疲れ様です。あ、ジャックさん、今日もご苦労さまです。報酬の精算いたしますので、ここに出してください。」
受付の女性はそう言ってカウンターにいつものようにスライムの死体を出すよう促す。
「ああ、今日はこれだけだ。」
マジックバックから今日の成果を出していく。マジックバックとは空間の加護を授かった者が力を付与したもので、中の容量が見た目よりも大きく拡張される。どういう原理なのかは知らないが、便利なものだ。
「5匹ですね、ではこちら本日の報酬になります。こちらで処分でよろしいでしょうか?」
スライムは基本的に素材としての価値がない。肉や骨、皮があるわけでもなくすべてがゼリー状の体だ、そのためまとめて焼却処分するのが通例だ。
「にしてもすべての個体がきれいに核だけ抜き出してますね。さすがベテランハンターですね。」
生きてる個体はその中に核と言われる結晶のようなものがある。これがスライムの脳みそと言われているが、真実は定かではない。ゼリー状の体は傷つくことはなく、切断したとしてもすぐにくっつくことができる。そのためかなりしぶとい生物なのだが、致命的な弱点がある、それが核だ。これを破壊することでスライムは死亡する。
「ま、これでも30年もハンターしてるからな。歳も歳だし、できるだけ素早く無力化しないと体力が持たないのでね。それじゃ処分よろしく、また明日。」
例年通りならまだ1週間ほど続く長期戦だ、なるべく疲れを残さないようにするのが肝心だ。後半になるにつれてみんな勢いが落ちる、こんな長期戦に慣れてるやつの方が少ないのは言うまでもない。さて、何か美味しいものでも食べて帰って寝るとしよう。
「おい、知ってるか?例の飯屋のこと。」
「ああ、広場で営業しているレストランだろ?めちゃくちゃうまいらしいな。」
「飯時はいつも人がいっぱいらしい。今度行ってみるか。」
自分の後ろに並んでいたハンター達の話し声が偶然耳に入った。時間はまだ夕飯にしては早い時間だ、試しに行ってみるのも悪くないな。帰り道とは少し外れるが、たまにはまぁいいだろう。
いつもはそのまま自宅へ帰る道中で食べ物を買って帰るのだが、正直食べるものが決まってしまっていて少し飽きが来ていた。疲労で少し重い足取りで、噂の店に向かって見ることにした。広場は多くの人が集まっていた。人混みを分け進む、いろいろな店がある中、奥の方から何やら食欲をそそる匂いがしてきた。匂いに誘われるまま歩みを進めると、1件の店に行き着いた。店の前のテーブルは満席、カウンターには少しの行列が出来ていた。期待を膨らませながら最後尾に並ぶことにした。
「いらっしゃい。メニューから選んで注文してくれ。」
店の中で調理を続けながらそう店主は言った。カウンターに置いてあるメニュー表にはずらりと料理名とその説明が書いてあった。馴染みあるものから聞いたことのないものまであったが一番下に書かれていた一文に目が行った。
『※モンスター食材の持ち込み大歓迎。食材と引き換えに料金免除』
「店主、このモンスター食材持ち込みについて詳しい聞いてもいいか?」
モンスターを食べる文化はあるのだが、あまり定着してはいない。中には高額で取引される高級食材もあるらしいが、そんなのはほんの一部に過ぎない。
「ああ、基本的に書いてある通りだ。私は訳あってモンスター食材の研究をしててね。その食材の提供を募ってるって訳だ。もちろんどんなモンスターでもいいのだが、状態が悪いものは受け取れないけどな。」
「そうか、でもわかってるのか?ここじゃ今スライムしかいないぞ?」
「わかってるさ、むしろそれが今回の目的なんでね。でもなかなかきれいないものが手に入らなくて苦戦しててな。」
おいおい、マジかよ。スライムだぞ?あれを食べるって言うのか?
「きれいなスライムの死体に心当たりはあるんだが、ほんとにそんなのでいいのか?」
「おお、ほんとか?今見せてもらえないか?」
調理の片手間に話していた店主が手を止めこちらに向き直った。そんなに欲しているのだろ。
「すまないが今さっき処分してきてな。明日また討伐する予定だが?」
「そうか、なら明日持ってきてくれないか?もちろん、状態が良ければ無償で料理を提供させてもらう。」
「明日で良ければ持ってこよう。ただし、それは今日の飯がうまかったらな。」
「はは、確かにそうだな。ま、そこは心配いらないと思うが、出来るだけ腕をふるって作るとしよう。で、注文は決まったか?」
その日は定番の野菜炒めを頼んで持って帰った。正直あの店主を俺は舐めていたのかもしれない。なんせ好んでモンスターを食べようってやつだ、まともじゃないと思ったからだ。しかし一口食べて考えが変わった。野菜炒めなんて食べ慣れたはずのものなのだが、これは違っていた。丁寧に下味のついたお肉に、いくつかのスパイスによる味付けは庶民の味とはかけ離れたものとなっていた。スパイスなんて高いものをこんなにも手に入れるなんて何者なんだ、あの店主。気づけば料理はすべて平らげてしまっていた。こんな料理を作れる人がスライムで何を作ろうとしてるのか少し興味が湧いてきた。
「明日、約束通りに持ってって見るか。」
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