「ある意味怖い話」部分
「ある意味怖い話」部分投稿。いつものように、今回で完結です。
「……というような書き込みがSNSにあったよ」
「そっか。反応は?」
「いいねが300越え。リポスト30以上。全部好意的なものばかり。すっかり学園のヒロイン扱いだね」
「あー、まあ、あれだけ頑張ったんだし、それぐらいは評価してもらわないとね」
「よかったよ、うまくいって」
「先生の協力あってこそだよ。ありがとね」
「いやいや、たいしたことしてないって。それで、今度はいつ会えるかな?」
そのメッセージを目にして、思わずわたしは顔をしかめた。
「しばらくは会えないかな。受験勉強に専念したいし」
「ああ、そうか。そうだね。じゃあ、受験が終わったら、また会おうね。楽しみに待ってる」
「うん、楽しみだね。じゃあ、勉強に戻るね」
「うん。愛してるよ」
先生からの最後の言葉に、思わずうげえええええっと吐きそうになりながら、ハートのスタンプだけを送ると、スマホをベッドに放り投げ、深々とため息をつく。
あんな事件があった後で、当事者であるわたしと、理科の講師兼学校の情報機器管理者である先生がイチャイチャ歩いていたりしたら、あらぬ疑いを持たれる。本当は、SNSメッセージのやりとりだってまずいのに、あのバカデブはそれが分からないのか、毎日毎日くだらないことをいちいちメッセージしてきやがる。あ~あ、付き合い始めた時はもっと頭のいい人だと思ったし、これから害虫退治のパートナーとしてバッチリだって思ったんだけどな……。
知らないうちに私は腕を組み、難しい表情のまま、ノートをにらみつけてしまっている。
ノートはほぼ白紙のまま。でも、まあそれは構わない。事件でうやむやになり、日を改めて行われた定期テストでは、かなりいい成績でクリアできた。あの日の前後、かなりドタバタしていたから、あのまま普通にテストを受けていたらボロボロで……最悪の事態を迎えていたはず。どうにかそれは回避できたのだから、後は、ゆっくりやればいい。
そうだ。どうしようもなくなる直前まではそのことを考えず、いざとなったら裏技でもなんでも使って、ぎりぎりクリアすればいいんだ。今までだって、ずっとそうしてきたんだから。
今度だって、うまくいったじゃないか。
腕を組んだまま、椅子の背もたれにゆったり体を預け、深く息をつく。
校長のヤマザキが、こそこそ生徒に手を出してるのは知ってた。だから、ちょっとそういう素振りを見せてやれば、絶対引っかかると思ってたし、実際簡単に引っかかった。なのに、あのハゲときたら、「成績改竄なんて、そんな不公平なことできるわけないだろう」とか言い出しやがって。そのくせ、前々からつきあってる噂のあったサイトーの成績は絶対水増ししてやがった。あんな尻軽のバカ女があたしより成績いいはずないのに、いつでもあたしより上位って、そんなことありえない。それを言ってやっても、「いや、あれはサイトーさんの実力で」って、そんなことあるか!見え透いた嘘つきやがって!あんなやつ、地獄に落ちればいい!
いつのまにか、一段と険しくなっていた顔が、そこで不意に緩み……わたしの頬に、どろりとした笑みが浮かんだ。
まあ、生き地獄には落としてやったけどさ。
組んでいた腕をほどくと、両手を目の前にかざし、値踏みするかのように、表、裏と子細に観察する。
そうなると思ってたけど、先生――チビデブヲタクのミヤタは、ちょっと泣きついて頼ってるふりしたら、すぐになんでも言うことを聞くようになった。あのデブが講師業務の他に、構内の情報管理責任者もやらされてて、その気になればどのPCにも、学校支給のタブレットにも侵入して細工できるのも分かってた。後は、あのデブにその細工をするだけの時間を作ってやりさえすればよかった。二人の注意をそらすより、学校全体の注意を集めるぐらい大事にした方がばれないんじゃないか、って思ったの、本当に大正解だったよ。テスト期間中にやっちゃえば、ヤバい成績になるのわかりきってたテストもスルーできるし。
鼻をうごめかしつつ含み笑いをもらし、わたしは、手をこすり合わせながら、思う存分自己満足にひたる。
渡り廊下の屋上って位置もベストだったな。あそこから、学校中のどこからも丸見えだし、止めようと思ってやってくるのにも、かなり時間かかるし。おかげでゆっくり、1枚ずつ服脱げたし。いざとなったら下着も全部脱ぐつもりだったけど、そうなったら、メディアとかにばれて大事になるだろうから、できれば下着は着けたままで終わらせたかった。間に合わなくなりそうで本当に焦ったけど、ぎりぎりでなんとかなったし。
こすり合わせていた手を不意に止めると、そのままゆっくりと頭上にかざして思い切り伸びをし、心の内よりあふれる快楽に身を委ねるかのように、もぞもぞと体を動かす。
幸いハゲとのやりとりは、校長室でとか、ベッドの中でとかの、面と向かっての会話ばっかりで、証拠になるメッセージとかは一切なかった。だから、後は、みんながわたしに注目してたあの時間に、こっそりそれぞれのPCとかに侵入して、それらしいメールとかメッセージとか仕込んでやるだけでよかった。調査に来たオッサンオバサン連中、「脅されて」ってちょっと嘘泣きしたら、みんなコロッとだまされて面白かったな。ハゲもサイトーも、脅してなんかいない、って必死で反論してたけど、証拠のメッセージは残ってるし、前後には頭の沸いたようなメッセージやりとりしてるし、なにより、真面目で優秀で清楚な女子校生のわたしが、自作自演であんなハレンチなマネしでかすはずがないって、委員会の連中みんなして思い込んじゃってる。これは、なにを言っても無駄だって、二人とも最後には諦めてたっけ。本当、いい気味だ……。
自画自賛ですっかり気分のよくなったわたしは、テキストとノートが開きっぱなしの机の上に、両足をどさりと乗せ、目をつぶった。
勉強?ばかばかしい。そんなことは、頭の悪いヤツらがやること。わたしのように賢い女には必要ない。ハゲとサイトーを追い出してやったおかげで、一枠しかない志望校の医大の学校推薦、当然わたしのものになったし。後は、ぎりぎり直前に家庭教師でも頼んで、ちょっとしたコツでも教えてもらえば、それで……。
そこまで考えたところで、わたしははっと目を開いた。
そうか。家庭教師。いいかもしんない。
ゆっくり上体を起こすと、再び腕を組む。
家庭教師か。できれば、現役の医大生がいいな。それも、勉強ばっかりしてきて、今まで誰ともつきあったことがなさそうなのが。そういうモテそうもないヤツって、ちょっと隙を見せてやればすぐに引っかかって、こっちの言うことなんでも聞くようになるし。そしたら、勉強教えてもらい放題じゃん。あ、それどころか、本番、カメラとかイヤフォンとかうまく使って、代わりに問題解いてもらえるかも。それに……。
腕を組んだままうつむいたわたしの頬に、再びどろりとした笑みが浮かぶ。
医大生なら、薬とかいろいろ知ってだろうし、手に入るよね。例えば……誰にも知られないように人を殺すことができるような薬品とか。
暑苦しいデブがもがき苦しみながら息絶えていく姿を想像し……わたしは、またしても害虫――私の約束された未来の妨げになる不快極まりない存在――を一匹退治できるかもしれない、という期待と喜びに、胸を躍らせたのだった。