第一話 呪われた子
私は、サリエル・ディアフェルト。
侯爵家に生まれながら「呪われた子」と呼ばれ、周囲から恐れられている。
なぜなら、私には「相死相哀」という特別な能力があるからだ。
私が死ねば、代わりに他人が死ぬ。
私が傷つけば、代わりに他人が同じ痛みを負う。
私が悲しめば、遠くのどこかで誰かが代わりに涙を流す。
つまり、私は何も失わずに済む。
本来なら私が流すはずの血も、涙も、苦しみも、すべて誰かが背負ってくれる。
――私は、これこそ「愛」ではないか、と心から思うのだ。
誰かが代わりに痛んでくれるなんて、なんて優しい世界なのだろう、と。
もっとも、そんな考えを理解してくれる人はほぼいない。
みんな口を揃えて「恐ろしい」「歪んだ女だ」と言う。
でもいいの。私は痛まない。私を「愛して」くれて、私の代わりに傷ついてくれる人がいるのだから。
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あれは、私がまだ幼い頃のこと。
邸宅の中庭で遊んでいたとき、私は足を滑らせて地面に倒れた。
本来なら、膝をすりむいて血が滲むだろう。
子どもらしく声を上げて泣き叫ぶのが普通なのかもしれない。
でも、私が膝を見下ろしたとき、そこには傷ひとつなかった。
代わりに、隣にいた侍女が苦悶の表情を浮かべている。
彼女の膝からは赤い血が滴り落ち――まるで私の代わりに流される血のように見えた。
「あら……微笑ましい」
それが私の率直な感想だった。驚きより、むしろ「面白い」という感覚に近かった。
私が痛むはずなのに、痛んでいるのは侍女。
彼女は痛みで涙を溜め、「お嬢様……なぜ……」と震えながら私を見ている。
だけど私には、答えられるわけがない。だって、私自身もよく分かっていなかったのだから。
――ただ、心の奥底で何かが囁いていた。
これは私への「優しさ」なのだ、と。
「私が痛まなくてすむように、誰かが傷を負ってくれている」
それを優しさと呼ばずして、何と呼べるのかしら。
その日を境に、私の周囲は一変した。使用人たちが私を避け、怯え、噂をひそひそと囁く。
「呪われた子」
「悪魔の申し子」
……言いたい放題ね。でも、不思議と嫌ではなかった。
なぜなら、私の代わりに傷ついてくれるということは、私を愛してくれているということなのだから。
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私の父、エルスタイン侯爵は、周囲が怯える中でも私をむやみに排斥しなかった。
むしろこの能力が国を動かす武器になるのでは、と考えたらしい。
そうやって、私は侯爵家の次期当主候補として英才教育を受けることになった。
私には生来の記憶力と論理的思考力があった。
だから学問を詰め込まれるのに苦労はしなかったけれど――興味があったわけじゃない。
王国の仕組み? 財政? 商業?
どれも私にとっては、知っておけば損はない道具にすぎない。
感動も情熱もなかった。ただ、効率よく処理しただけ。
けれど、唯一、軍事の分野だけは……少しだけ、愉しかった。
戦場の配置図や、指揮官の演説、敵兵の動き――
実地訓練を見学した際には、ふと想像してしまったのだ。
(私に刃を向けたら、その兵士はどうなる?もし私が撃たれたら、その代わりにどこかの兵士が血を流すのかしら?
もしかして、戦場にいけば沢山の人から愛される?)
そんな考えが脳裏をよぎるたび、背筋がほんのり熱を帯びた。
痛みのない私が、痛みを通じて戦場を支配する――
それはまさに、私にしかできない、最高の戦術であり、究極の『愛』だと思った。
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私が10歳を少し過ぎたころ、領内の山間部に山賊が出没し、商隊が被害を受けたという報告があった。
父は討伐隊を編成しようとしたが、私は興味をそそられ、申し出たのだ。
「お父様、私も同行します。私なら……多少危険な目に遭っても、痛むことはありませんから」
当時はまだ私の力がどこまで通用するか確信を持てず、少しだけ不安もあった。
けれど、もし私が傷を負ってもそれを代わりに背負うのは敵か、あるいは味方か……いずれにせよ私が損をすることはない、と考えた。
結果として、私はあまりにもあっさりと山賊どもを壊滅状態に追い込んだ。
理由は簡単。彼らは私を捕らえようと近づいてきたが、その瞬間――「相死相哀」が作用したのか、突然山賊の一人が苦しみもだえ、別の男が血反吐を吐いて倒れたのだ。
私に刃を振り下ろそうとした腕は、なぜか奴ら自身の同胞に切りつける形になった。
ほんの少し驚いたけれど、その光景を見て私は心が弾んだ。
「ほら、私の代わりに貴方達が傷ついた。痛みを引き受けてくれた。これはまさしく、『愛』でしょう?」
私がそう呟くと、兵士たちでさえ背筋を凍らせたようだ。
でもまあ、仕方がない。
――私にとっては、ごく当たり前のことなのだから。