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「自分の努力で手に入れた力だってか……? 馬鹿な……平民が身体を鍛えたくらいでナイフが通らなくなるもんかよ!」


叫ぶ盗人野郎。


まぁ、確かに聞いた事はねぇよ? だが、目の前にいるんだから信じてくれねぇとな。


「出来ちまったもんはしょうがねぇだろ。俺の両親は平民で、先祖に貴族もいねぇ。貴族の血が流れてねぇんだ。でも、こうなってる」


ナイフを受け止めた腕を見せびらかす。


薄皮すら切れてねぇ。我ながら惚れ惚れするぜ。


天賜(てんし)は親から子に遺伝する。だが、俺はその例に洩れている訳だから、これは天賜(てんし)じゃねぇ……っと。


眼鏡の若い奴が動いた気配を察知し、俺は顔を向ける。


「兄貴から離れろぉ!」


「レパード!?」


若いのはどこからか取り出したナイフを手に俺に突撃してきやがった。俺はその動きに思わず目を見張る。


間合いの詰め方もナイフの振り方も、さっき盗人野郎が繰り出してきた攻撃と寸分違わぬ鋭いものだったんだ。だが――――


「それは通用しねぇな」


俺は奴のナイフを持つ手を掴んで止めた。


「ぐっ……! 離せ!」


掴んだ手から逃れようと腕を引っ張る若いの――――レパードって呼ばれてたか?。見た目の割りに力はあるが、俺には及ばねぇ。


しかし、驚いたもんだ。何も出来ねぇ腰巾着なのかと油断してたぜ。


だが、戦い慣れてはいないらしい……こいつの動きには()()がねぇ。


「見よう見まねが得意らしいな? 目と記憶力が良いんだろう。だが、戦いってのは形だけ真似ても駄目だ。理屈なんだよ。この動きにはどういう目的があって、相手がこう動いたら、こっちはこう動く……戦いってのはそういう思考の山の上に成り立ってんだ」


「はぁ?」


「動きの意味を知れば、お前も良い戦士になれるぜ。俺が保証してやるよ」


「な、何を……?」


困惑した様子を見せるレパード。そりゃそうか。敵に突然アドバイスを贈られれば俺だって困惑する。


だが仕方ねぇだろう? 勿体ねぇ……って思っちまったんだから。


未だに引き抜こうと頑張ってる腕をパッと離してやれば、レパードは勢い余って尻餅をついた。


俺は脱ぎ捨てた柄シャツを着直し、蹴られた腹を押さえて動けねぇでいる盗人野郎に向き直る。


「お前らの負けだ。大人しくしてもらおうか?」


そう宣言すれば、盗人野郎は舌打ちをしながらも起きあがろうとするのを辞めた。


……いい加減盗人野郎って呼ぶのも面倒だな。


「お前、名前は?」


「……ハーシェルだ」


「ならハーシェル、バッグは持ち主に返してもらうぜ」


小屋を見回せば、盗まれたバッグは直ぐに見つかった。


近づいて中を覗いてみれば、中身は酒らしい。一本だけ栓を開けられて、赤い液体を床にぶちまけて転がってる。中身は少し残っちゃいるが……無傷で取り返すのは間に合わなかったか……


他に被害はねぇかと軽くバッグを物色する。すると、バッグから一枚の紙切れが落ちた。


「なんだ? これ」


紙切れには手書きの地図らしい四角の群れが描かれていて、一つの四角にバツ印が付けられている。


あまりにも粗雑すぎて場所がどこかは全く分からねぇが、待ち合わせ場所の目印かなにかか?


……十中八九持ち主の物だろうが、一応この二人にも聞いてみるか。


「この紙、お前らのか?」


「知らない」


「知らねぇよ」


紙を見せてみたが、案の定二人は首を振った。


「さて、どうするかな……」


俺は腕を組んで頭をひねる。このバッグは勿論持ち主に返すとして、この二人を放っておくわけにはいかねぇ。


「なんだよ…… 目的の物はもう取り返しただろ? さっさと出ていってくれよ」


レパードが馬鹿を言ってるが聞くわけがない。


「盗人野郎を無罪放免にするわけねぇだろうが。きっちり投獄させてもらうぜ」


「はぁ? てめぇみたいなチンピラが治安維持か?。お前も同類だろ? 見逃せよ」


……ったくチンピラ、チンピラってうるせぇ奴だ。そのチンピラに一発で負けたお前はなんだよ。


「同類? 馬鹿を言うなよ。俺はな……」


俺はズボンのポケットからワッペンを取り出してハーシェルとレパードの眼前に突きつける。


この際にお聞かせしよう。俺の職業は――――


「――――メンクィンド公爵家の兵士だ。メンクィンド公爵家長女、ソフィーヤ・メンクィンド様直下のな」


俺の正体を知れば、流石のこいつらもチンピラ扱いはしねぇだろ――――


「お前が……兵士だ? どうみてもチンピラだろうが」


「こんなのが兵士なんて世も末だ……」


――――駄目らしい。もう良いや、さっさと連行しよう。


「どう言おうが俺が兵士である事に変わりはねぇ。ほら、手ぇ縛るから大人しくしやがれ」


そう言って俺が小屋に掛けてあったロープを取り、盗人達を拘束した瞬間、背後から声がした。


「御免下さい」


嫌に落ち着き払った男の声だった。咄嗟に振り向いて見れば、そこに居たのは――――


「……あんた、さっきの」


「この小屋に私のバッグを盗んだ方がいらっしゃるのではないかと思い、尋ねてきましたが……どうやら、当たりのようですね」


――――バッグの持ち主の黒いスーツの男だった。真っ黒な髪の下の真っ黒なサングラスの奥から、こちらを油断なく見据えてる。


俺が襲いかかればこの男は瞬時に対応してくるだろう。


……こいつは強い。俺はそう直感した。


一般人だと思って盗人の追跡を買って出たが、その必要は無かったんじゃねぇかと思う。現に、今こうしてこの小屋に辿り着いているわけだしな……


「先程の方、そのバッグをお返ししては頂けませんか?」


俺に向かって手を差し出す男。俺は素直にバッグを渡してやった。


「もとよりそのつもりだよ」


「ありがとうございます。それにしても……」


礼を言ってバッグを受け取った男は小屋を見回し、手を縛られて床に転がっているハーシェルとレパードに目を向けた。


「状況を見るに、どうやらあなたは本当にバッグを取り返してくれたようだ。代わりに取り返しに行くフリをして私に追跡させない手口なのではと思ったのですが」


……どうも信用されねぇなぁ……俺は。


「そりゃ疑い過ぎってもんだぜ」


「失礼ながら、見た目だけではとても信用出来そうには思えなかったものでね。だからこうして追ってきたわけです」


俺の身体を上から下まで見て言う男。本当に失礼な野郎だ。全身真っ黒が言えたことかよ。


「俺からすれば、あんたも相当信用出来なさそうな格好してるぜ?」


「え? ……はは、ご冗談を」


直ぐに平静に戻ったが俺は見逃さなかった。こいつ、本気で驚いたぞ……自覚無い分俺より重症だろ。


「おっと、そう言えば、一本あいつらが飲んじまったみたいなんだ。無傷で取り返せなくて悪いな」


床から封の空いた酒瓶を拾って見せる。


「飲んだ……? この酒を?」


男の空気が一変した。怒りと……焦りか? そりゃ商品を台無しにされればそうもなるか。


「ああ、やっぱ、商品なんだろ? この一本どうする? 少しは中身残ってるが……」


男の前で瓶を揺らして見せると、男は怒ったような空気を収め、人の良さそうな声になった。


……一瞬、気味の悪さを感じた。


「あなたに差し上げますよ。飲んでみては如何です?」


そう言って促す男。こいつに勧められると危ねぇ薬なんじゃないかと思えてくる。


俺は瓶の中で揺れる酒を眺める。見た目はただの酒だし、こいつらが飲んでも問題は無かったようだがどうも飲む気になれねぇ。


俺が躊躇してると、床に転がったハーシェルが声を上げた。


「やめとけ……死ぬほど不味いぞ、その酒。血より鉄臭ぇ」


「鉄臭い……?」


瓶の口に鼻を近づけてみる。


「ウェッ!」


中から溢れでる血生臭さに俺は思わず瓶を投げ捨てちまった。なんだこりゃ……人の飲みもんじゃねぇぞ。


「すまねぇ……思わず捨てちまった。……なぁ、一応聞きたいんだが……これは本当に酒か?」


男に問いただせば、男は特に狼狽える様子も見せなかった。


「ええ、酒ですよ。しかし、一般向けでないのは確かです。好事家というものは、常人には理解できない嗜好を持つものでしてね……」


そう言って口元に不敵な笑みを湛える男。どうも怪しい……


「念のため、酒類販売の許可証を見せてくれ」


「でしたら、バッグの中に」


男は迷う事無くバッグから書類を取り出し、渡してきた。


俺はそれを受け取ろうとする――――が、男は書類から手を離さなかった。


「あん?」


「一つお聞きしたいのですが……あなたは何者なのでしょうか。ただのチンピラが書類の確認をしたがるとは思えなくてね」


……そういえば、まだこいつに身分を名乗ってなかったな。


「俺はメンクィンド公爵家の兵士だ。それなら納得だろ?」


男の眉が跳ねる。目はサングラスで隠れて見えねぇが、疑念に満ちてる事は想像に難くない。


「兵士……? 兵士の格好には見えませんが……」


「今日は非番なんだよ。非番の兵士に働かせたんだ、少しは素直に感謝してくれよ?」


俺がそう言えば、男はフッと笑いを洩らした。


「そうですね。ありがとうございます」


男がようやく書類から手を離したんで、俺は内容を

確認する。


……確かに正式な酒類販売許可証だった。俺が見た限りでは偽装も無い。


「確認した。ありがとよ」


「納得していただけたようで何よりです……それでは、私はそろそろ失礼します」


返した書類をバッグに戻し、男は踵を返す。どうも怪しいが、何の証拠もない以上、俺にこの男の足を止める権利はねぇ。


「ああ、そうそう」


小屋を出る直前で男は俺に振り返った。


「その男をきちんと拘束しておいて下さいね。また狼藉を働かれては堪ったものではありませんから」


「こいつらは牢屋行きだ。安心してくれよ」


「よろしくお願いしますね……では」


再び歩き出した男は、もう振り返る事は無く去っていく。


その後ろ姿は、俺にどうしようもない不安を植え付けるものだった。

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