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私達が婚姻することなど、有り得ない

「私達が婚姻することなど、有り得ない」


 放たれた皇帝の言葉に、アデリーは一瞬言葉を失った。


「……どう、して、ですか?」


 アデリーは、そのくりっとした黒い目に動揺と困惑を浮かべた。そのくらい、皇帝の言葉はあまりにもショックだった。


 どうして、そんなことを言われてしまったのだろう。もしかして、自分の見た目が地味なのだろうか? アデリーは思わず、ガラスに映った自分の姿を見る。黒い髪と黒い瞳で、それ以外に取り立てて特徴というべきところがなにもない。こんな自分が、幼い頃の口約束で皇帝と一緒になろうだなんて、傲慢だったと、そういうことなのだろうか?


「もちろん、君への愛情は変わっていない。君とは、誰よりも長い付き合いだ。ほとんど同じときに生まれ、共に戯れ、ときには喧嘩するほど、仲が良い関係でもあった」

「であれば」

「しかし、君への愛情は、親愛の情の域を出ない」


 そこに恋はなかった。皇帝ははっきりと、アデリーにその事実を突きつけた。

 しかし、であれば、いま隣に立っている彼女には、親愛の情の域を越えた、例えば運命のつがいとでもいうべき感情があるというのだろうか? つい最近出会ったばかりの彼女に?


 アデリーはおもわず視線を向けてしまう。すると、まるで見せつけるように、彼女は彼に、そっとそのふくよかな体を寄せた。


 そして、こうして見せつけられると、確かにお似合いだった。彼の隣に並ぶのは彼女以外ない、そう思わせられるほど、まったく何の違和感もなく、自然に隣に収まっている。アデリーは愕然としてしまった。


「……これで分かっただろう。君への親愛の情はあるが、あくまでそれまで。君の血筋は、私と夫婦になるのにふさわしくない……私と君が婚姻する運命など、もとより存在しなかったのだ」


 その言葉を最後に、皇帝らはアデリーに背を向けた。

 その場に立ち尽くすのも惨めで、アデリーも皇帝らに背を向け、とぼとぼと歩き出す。


 そうなのかもしれない。どこへ向かうでもなく歩きながら、アデリーは諦念を抱く。アデリーは皇帝にふさわしくなく、一方で、彼女こそ彼と夫婦になるべきだと、そのように運命が定められていたのかもしれない。


 しかし、皇帝は、アデリーを可愛いと言ってくれたことがあった。幼い頃から体の大きかった皇帝は、アデリーの小柄さも含めて、愛らしいと言ってくれていた。

 アデリーと皇帝は共にこの場所で生まれ、育ってきた。皇帝が話したように、まるで兄妹のように戯れ、ときに喧嘩をし、ときに身を寄せてともに眠った。揃って眠るアデリー達に、人々は、なんて仲が良く、そして愛らしいのだろうと微笑んでいた。

 アデリーは、ずっと皇帝と共にいるのだと思っていた。そして皇帝も同じ気持ちなのだと思っていた。

 それなのに、そう感じていたのはアデリーだけだったのだ。アデリーは、つい、その場で蹲ってしまいそうになる。時が心を変えたのではない。皇帝とアデリーの関係は、最初から、仲の良い兄妹の関係でしかなかった。


 そしてそれはもしかしたら、この見た目のせいなのかもしれない……。頭にさきほどの“お似合い”の姿を思い浮かべながら、アデリーは泣き出してしまいそうになっていた。


「大丈夫?」


 はっと、アデリーは顔を上げる。声をかけてくれたのは、マゼランだった。皇帝よりずっと小柄で、アデリーと大差ない体格のマゼランは、同じ視線の高さで話しかけてきてくれた。


「どこか、具合でも悪いの?」

「……いえ。……いいえ、そういうわけでは、ないのだけれど……」


 知り合って間もないマゼランに、こんな話をしていいものか。笑われやしないだろうか、アデリーのほうが身の程を弁えず、馬鹿げたことを言っている、と。


「なにかあったんだろう? 話してごらんよ」


 それでも、つい、アデリーは話してしまった。自分が皇帝に抱いていた感情、一方で皇帝が自分に抱いてくれた感情。そして、皇帝を好きになってしまった自分のほうが間違っていたのかもしれないということ。


「血筋もそうだけれど……私はこんな地味な見た目だから、皇帝の隣に並ぶのに、ふさわしくなかったのかもしれないって」

「……確かに、血筋の話は頷けるところもある」


 そうよね、そういうものよね。アデリーは悲しみに包まれた溜息をついた。しかし、マゼランは明るく続ける。


「でもね、それと君の見た目とは、まったく別の話だよ。君は地味だと言うけれど、君のくりっとした黒い瞳はとっても可愛らしくて、私は大好きだよ」

「……本当?」


 アデリーは涙ぐみそうなほど、まさしくそのくりっとした黒い瞳でマゼランを見つめた。


「……でも……どうしても、頭から、あの姿が離れないの。まるで最初からそこに収まることが決まっていたみたいなお似合いの姿が……」


 それと比べて、確かにアデリーが並ぶと、ただ隣に立っているようにしか見えなかった。とてもじゃないが、夫婦だと思われることはなかっただろう。


「だから私、どうしても、気になってしまうの。私って、どうしてこんな姿なのかしらって」

「こんな姿だなんてとんでもない。君はとても美しくて、可愛いじゃないか」


 瞳と同じ真っ黒い頭を、マゼランは優しく撫でた。


「それにそんなことを言ったら、僕のほうがおかしいとも。この首の下にある黒い線……」

「いいえ! いいえ、そんなの、なにもおかしくなんかないわ!」


 幼い頃はなかったのに、大人になって顕わになったという黒いラインを、マゼランは自虐するように見せつける。アデリーは激しく首を横に振った。


「私、初めてマゼランを見たとき、なんてきれいなんだろうって思ったもの」

「ね、そうだろう。君だって、僕の見た目なんて気にしてないじゃないか」


 ぽん、とマゼランはアデリーの背を叩いた。


「君は君、僕は僕。見た目の違いなんて些細なものだ。隣に立ったときにお似合いかそうじゃないかなんて、そんなことはどうだっていいじゃないか」


 それでもまだ、アデリーは自分を肯定することができなかった。しかし、ここでマゼランの言葉を否定しては、マゼラン自身を否定することになってしまう。


「……そうね。見た目の違いなんて、きっと、些細なものね」

「そうとも。人によっては体の大きさくらいでしか区別できてないかもしれないからね」

「ふふ、それは言い過ぎよ。……ありがとう」


 マゼランの軽口に、アデリーははにかむ。


「さあ、気を取り直して、一緒に遊ぼう」

「ええ」


 ドボン、と大きな水音が響いた。







「ママ、見て! ペンギンさん、泳いでるよー!」

「本当ね。ペンギンさんは泳ぐのが上手ねえ」

「あのねー、あの、黒い線の模様があるのは、マゼランペンギンっていうんだよ! あの白黒のが、アデリーペンギン!」

「うんうん、よく知ってるねえ」

「それでね、あっちの一番おっきいのが、皇帝ペンギン!」

「そうだね。ペンギンさん、みんな可愛いね」


 皇帝ペンギンの番がとててと歩くすぐ下を、アデリーペンギンとマゼランペンギンは、すいーっと気持ちよさそうに泳いでいた。

ペンギンはみんな違ってみんなかわいいです。


※本作に感想をいただきありがとうございます。ただ、物語の構造・システムの仕様上、ネタバレになる感想は削除させていただいておりますのでご了承ください。

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― 新着の感想 ―
一瞬「コメディー?」って思ったけどマゼランのあたりで察したw
オチいいいいいいいいっ! 騙されたw
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