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四夜目

「旦那様もご一緒でしたか」

都合が良いです、と何やら険しい顔の執事が稽古場にて待機していた。

来て早々に何やらやらかしたのか、と気が気でないマリア。

と、

「まだ……早いんじゃないか?」

少し焦り気味な様子のガルシア。

「いえ、」

そういうわけには参りません、と毅然とした態度の執事。「ーーーでは、改めましてマリア様、」

「は、はい…っ」

マリアはごくりと生唾を飲み込んだ。



「……。では、貴方の“魔法”を見せてください」



「まほう…?」

「アレク、些か説明不足だな」

執事の言葉は館主に引き継がれる。

「えっとだね…うちの執事が貴女から微かに変わった魔力が流れていると煩くてね。

誠に勝手ながら少し貴女の実家のことを調べさせてもらったよ……魔法についての記載が君の妹のことしかなかったからね」

マリアは言われてハッと息を飲んだ。

実家や自領土の記載については全てマリアが行っていたが、自身の能力については一切書いてはいなかったのだ。実際には書くことを禁じられていた。

父親は祖父と違いマリアの物書きの能力も勿論ながら魔法も全く見ようとしていなかった。いつも、「女に学なんてなくて良い」とユミルに言っておきながら、一方でマリアには山ほど“仕事”を積み上げた。

父の言いつけ通りに記載しなければ後にどんな体罰があったことか。

無意識に下唇をぎゅっと結ぶ。心なしか体の震えを感じた。

公表しても良いものだろうかーーー。

「嫌なら無理に言わなくても良いからね」

その時、マリアが今一番望む言葉が館主によって紡がれた。

驚いて伏した目を上げると、目の前には優しい笑みを向けている館主。

けれどそうした対応によってマリアは決意が固まった。

「えっと……。いえ、大丈夫です。

ーーーわ…私のまほうをおみせ致しますっ」

言って、マリアは肩幅に足を開き、右手を掲げた。唱えるべき呪文はもう喉元まで上がってきている。

そして、最初の一文字を紡ごうとした途端、



ーーーお義姉様って、一回でも私たちの役に立ったことはあるのかしら?



ふいに。

ふいに、脳内を異母妹の硝子のような鋭い声が駆け巡った。けらけらと、人を馬鹿にしたあの高い笑い声が耳に張り付いて離れない。

ぐにゃり、と視界が歪む。

その途端、喉元にあった呪文は一気に萎んでしまう。

掲げていた手も下がり、がたがたと足先から震えもやってきた。

「……? 」

マリアの周りの空気が変わったことで、さすがの執事も眉根を寄せる。

「……アレク。やっぱりまた今度、彼女の都合が良い時にしよう」

彼女の震える身体は、ガルシアによりしかと抱き寄せられた。温かい。その温もりに、マリアは喉元まで込み上げる熱を感じた。

ここでもまた、マリアはガルシアの一言にはっとさせられた。急いで二人の男性を見あげる。

「だ、大丈夫ですっ。私…わたしっ、ちゃんとお役に立てますから…っ」

そう言うと再び呪文を唱えようと試み始めた。

が、それはガルシアによって遮られてしまう。

「マリア嬢。

きみはまだうちへ来て日が浅い。それなのにおいそれと君の心の内へ入り込むようなことをして済まなかった。ーーーこの件は一旦忘れて欲しい」

お願いできるかな?、と彼にやんわり断られてしまった。

不安感からまだ食い下がろうとする彼女に、

「貴女が実家でどのような対応を受けていたのかは分からない。…だが、少なくともうちではもうすでに君は私の役に立っているのだから、そんなに気負わないでくれ」

ガルシアはそう言う間、終始優しく微笑んでいた。






ーーー☆ーーー






さて、場所は変わって、マリアは稽古場から自室に戻ってきていた。

「ーーーと、いうことでしたが、ここまでで何かご質問ありますか?」

現在は執事から座学を受けていた。

授業は歴史だ。王国やハープシャーの領土のこと。地理なんかを含めながら講義は始まっていた。

マリアは今まで学園というところには通ったことはない。授業も受けたことはないのは勿論だが、貴族の令嬢としてあって当たり前の作法なんかも彼女には全く皆無である。

「えっと、一つだけ。

先ほどの説明に出てきましたが、ハープシャー家は元々は伯爵の爵位だったのですか?」

「えぇ。もう今から三十年ほど前のことですが。

一つ、昔話をしましょうか。

当時ーーー貴女はまだ生まれてもない頃ですねーーーこの王国では百年に一度という大規模な食糧難があったのです」

もう今から三十年も前の話。

王国中で雨のない不作の時期が長く続いていた。

作物も穀物の実りも悪く、王国全ての地域で飢えが増えた。そこで当時から広大な土地と充分な蓄えのあったハープシャーの前領主は備蓄をほとんど空けて各地方へ早馬を走らせたのだ。

そしてその功績が王都の国王陛下の耳に入った。 陛下のお膝元である元老院では栄誉目的の一時的なものだろうと冷ややかな見られ方であったが、それでもハープシャー前領主は断続的に各地へ食糧を送り続けた。

その結果、そんな行いが陛下によって評価され、伯爵位からの階級昇進で侯爵の位を賜ったのだった。

一方で、その大飢饉の際に行動が評価されたのは何もハープシャーだけではない。織物業で有名なフィヨルド伯爵家、製粉や王国の主食であるパンの原料の小麦を作ることに秀でたカチェス伯爵家等もそれぞれ功績が認められ侯爵の位を賜っている。

ハープシャー、フィヨルド、カチェスの三家は三侯爵家として元老院と国王陛下から一目置かれているのだ。

「ーーーと、いうことです。ご理解頂けましたか?」

「は、はい…。では、その三家は元老院にも並ぶくらいの力を持つのですね?」

「そうなりますね」

執事は感慨深く頷く。「ですので、マリア様。これから貴女にはこのハープシャーの夫人として何かと他の貴族方とお顔を合わせる機会が多いことと存じ上げます」

マリアは慎重に頷いた。ユミルと違って令嬢らしい作法や立ち居振舞いなど何もない自分に、きちんと務まるのだろうか、と。

「社交界や夜会への参加はまだ当分先まで予定されてはいません。ですから、その間に必要な教育は済ませられるよう手筈を整えております。

旦那様からの要望もありますので、今今すぐ貴女に何かを強いることはしませんので、その点においてはご安心ください」

余程マリアの不安感がその表情に現れていたのか、銀髪の執事はそのように付け加えた。相変わらず表情は変わらない。

しっかり復習しておいて下さいね、と最後にそう言葉を添えると、深く頭を下げて彼女の部屋をあとにするのだった。





ーーー






「こちらが図書室です。蔵書数は王都の図書館に並ぶほどと言われています」


時刻はお昼と夕飯時のちょうど真ん中あたり。

自室で教わったことの復習を終えたマリアは、レベッカと共にハープシャーの館の別館にあたる図書館の建物へ訪れていた。

建物まるまる上から下まで本棚で埋め尽くされていて、見上げ続けたら首が痛くなる。中央の台座にアーム付きの大型の機械が鎮座している。

「す、すごい……っ」

マリアは入ってすぐに心の底から本心がでた。「ここにある全ての本をこのお屋敷で所有しているのですか?!」

レベッカはにこりと微笑んだ。

「はい、旦那様のもっともっとずっと前の代から管理していらっしゃいます。領内にある図書館にはこちらに収まりきれなかった蔵書が寄贈されているのですよ」

お探しのジャンルでないものはないと言われております、とこの可愛らしいメイドは一段と誇らしげに語っていた。

見渡す限りの本の森に目を輝かせるマリアは中央に鎮座する巨大な機械を指差した。

「あれは何をするのです?」

あちらは、とレベッカは一歩進み出た。

「上の階層までわたし達を運んでくれる機械です」

「運ぶ?」

「ええ。階段での移動も勿論ですが、すぐに移動したい時に、と言って旦那様が考案されたのです。詳しい仕組みはよく存じ上げないのですが、中に魔法を組み込んでいるそうですよ」

「ま、まほうってそんなことにも使うことが出来るのですね!!」

実家では到底お目にかかれない代物たちに囲まれ、マリアは終始瞳を耀かせていた。

子供のようにはしゃぐ彼女を諫める者はここには誰もいないのだから。

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