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二夜目

人物紹介~その2


ユミル.ハバロフスク(16)

……ヒンター子爵家の次女。子爵の二番目の妻の子供。マリアの腹違いの妹。小さい頃から両親に溺愛されて育つ。13歳で社交界デビュー。家柄の良い貴族の男性との戯れを好み、婚前交渉にも抵抗はない。魔力も人並みにあるため、マリアのことを両親同様に貶し虐めていた。

性格はよくいえばお転婆、悪くいえば目立ちたがりやの悪女。

金髪碧眼で、容姿端麗。なんでも開けっ広げでずけずけと土足で入っていくタイプ。


レベッカ.フィロソフィ(18)

……ハープシャー侯爵家に仕えるメイド。元々捨て子なのを先代当主が拾いメイドとして雇って親代わりに育てられた。少しドジな一面もあるが何事も一生懸命に取り組んでいる。マリアの専属のメイドになる。明るく少し天然で、明朗快活な性格。誰とでも仲良くなれる性格なこともありマリアともすぐに打ち解けられる。

茜色の髪、ボブ、青目、くりっとした目。エルフ。

ーーー。




 チュンチュン、と、小鳥の可愛らしい声が耳に届く。しゃー、とカーテンレールが引っ張られる音。と同時に、真っ白な朝日が射し込んできた。

 眠け眼を擦りながらベッドから体を起こしたマリアに、

 「おはようございます、マリア様」

 茜色の髪のエルフのメイドはにっこりと笑顔を向けた。

 <おはよう、レベッカ。今日からよろしくお願いします>

 「……?」

 仕様人の少女は突如として耳に届いた言葉に思わず静止。レベッカは王国の言葉ではない異国の言葉に一瞬理解が遅れる。

が、マリアが喋ったものが自分の故郷の言葉であると気付くと、すぐにぱっと頬を真っ赤に染めた。

 <こちらに来てからお聴きすることがなかったため、反応が遅れてしまいました。マリア様は何故エルフの言葉をお話できるのでしょうか…?>

 <小さい頃読んだ童話が面白くて、お祖父様に読み聞かせてもらっているうちに憶えてしまったの。実際に使ってみたことはなかったのだけど……私のエルフ語は可笑しくないでしょうか?>

 対するマリアは自分が憶えてきた知識が無駄ではなかったのだと分かると、目を輝かせてレベッカを見つめた。

 <可笑しな所なんて…とんでもないです!まるで長い間使われていたことがあるかのように、とても流暢ですよ!!>

 一方のレベッカは着々とマリアの身支度を終わらせ髪に櫛を当て始めた。

 マリアは青色の朝顔を思わせる淡い色合いのドレスに身を包み、長い髪も丁寧にブラッシングされた姿はまるで童話のお姫様のように思えた。

 <でも急に許可もなく言葉を代えたのはごめんなさい。昨日レベッカを見た時に、どうしてもエルフ語を使ってみたかったの!>

 <許可なんて……そんなことお気になさらなくて良いのです。実を言うと…私も故郷の言葉を久しぶりに聴けて嬉しかったです。しかもお話し下さったのが、旦那様の未来の奥方様だというのも……幸せを感じてしまいます…!>

 出来ましたよ、とレベッカは櫛をサイドテーブルへ置いてマリアを姿見の前へ立たせた。

 <あ、ありがとう…!私、こんなドレスを着させて頂いて良いのでしょうか?……それと、こんなことを聞くのも気が引けるのだけど、昨夜私ベッドで寝た覚えがないのですけれど……?>

 <旦那様からのご要望ですので!!

 ーーー昨夜マリア様のお部屋に旦那様がいらっしゃっいましたよ。その際に運ばれたのです。私はアレクシウスさんをお呼びするかお聞きしたのですが…>

 断られてしまいまして…、とレベッカはもじもじと言葉を紡ぎ出す。その姿はーーー母国語を使っているせいかーーー心なしか昨日よりも生き生きしてみえた。

 <だ、だだ旦那様が…こちらにいらしたのですか?!どうしよう……私全然気が付かなくて>

 <それだけお疲れだったのです。ーーーマリア様、お食事はこちらでお召し上がりになりますか?>

 愕然とするマリアにレベッカは然り気無く気遣って質問を投げた。

それにはマリアは首を横に振る。

 <いえ、食堂に行っても良いかしら?もしかしてガルシア様がいらしていたらお礼をお伝えしたいので>

 わかりました、とレベッカは一礼。

 と、ちょうど時を同じくして、マリアの部屋をノックする者があった。

 失礼いたします、という丁寧な態度で入室したのはアレクシウスという執事だった。

 アレクシウスはマリアに今日すべき事柄を伝えるためにやってきたという。彼女とそのメイドの間の親密な空気感を感じ取った男は、少し首を傾げた。

 「……。

 午前中の間に城内の施設を一通りご覧になって頂きます。そして午後からは、令嬢教育の担当者が到着致しますまで私が座学等を担当させて頂きます」

 「わかりました。アレクシウスさん、よろしくお願いします」 

 男とマリアの会話が終わるのを待って、レベッカは口を開いた。

 「それでは、食堂へ向かいましょうか!」










ーーーーー





 「おはよう。マリア嬢」

 「おはようございます、ガルシア様」

 実家のダイニングより何十倍も広い食堂へ入ったマリアは、微笑みとともに迎えいれた御仁に挨拶と会釈で返した。レベッカに誘導されてガルシアの斜め向かいの席に腰を下ろす。

 「よく眠れたかい?」

 「は、はい…!」

 えっとそのことなのですが、とマリアは尻窄みになりながら頬も真っ赤に染める。「……レベッカからお聞きしまして、ソファで眠ってしまい申し訳ありませんでしたっ。それから…っ、ベッドまで運んで頂いてありがとうございますっ」

 ……っつ。

 少女の、きらきらした宝石を思わせるその青い瞳でまっすぐに見つめられて、ガルシアは少し言葉に詰まる。

 領主は一度咳払いをして柔らかく微笑みを向けた。

 「あぁ、良いんだよ。寝顔も見ていないから安心してくれて構わないよ」

 そういえば聞きたいことがあるのだが、とガルシアは眉間に皺を寄せて難しい顔を作る。「勝手に君の私物を見てしまったことは謝るけれど……ーーーあの古代文字の本は君の実家から持ってきたのか?」

 ーーー?!

 マリアはさあっと顔から血の気が引いていくのを感じた。

 返答に時間を要している間に、執事たちが入室。朝食が目の前に広げられていく。

 かりかりベーコンとスクランブルエッグ、見るからにふかふかそうなつやのあるロールパン、野菜たっぷりの琥珀色のスープ、瑞々しい野菜のサラダ。ドレッシング掛け。

 実家の食事とは何もかもがかけ離れていた。

 子爵はとにかく外部へ自分の資産を使うことを嫌がる人柄だったため、祖父が亡くなった後はマリアに食事当番や家事を押し付けていた。最低限身の回りの世話が出来る年配の使用人が数名だけ雇われていて、マリアとともに炊事や家事など毎日目まぐるしく動いていた。

 けれど侯爵家の執事は皆妙齢でてきぱき仕事をこなしている。何故メイドよりも執事の方が多いのかは分からないが、彼らの目は一人も死んでおらずむしろ生き生きしてみえた。

 「……。…………。

 ーーーあの書物は元々うちにあったものではありません。私が幼い時に人から頂きました」

 「……。」

 ガルシアはマリアの言葉を聴いて何か思い当たる節があったのかしばらく押し黙る。「ーーーもしかして、その人は結構歳のいった親父さんで、片足を引き摺っていて杖をついた、スーツ姿の方ではなかったかい?」

 言われて、マリアは記憶の糸を手繰り寄せた。

 


◇◇◇



 日が傾いた、黄昏の時間帯。

 実家の裏手の小高い丘の上で祖父から貰った本を読んでいた、幼い日のマリア。

 自分を虐げる両親も、それに同調して罵倒する異母妹もそこにはいない。

 この時間帯だけは唯一マリアが自由になれた。

 「お嬢さん、隣良いかな?」

 けれどその日はマリアに訪問者があった。

 きっちり切り揃えられた赤銅色の短髪、口と顎を覆うほどのふくろうみたいに蓄えられたお髭、黒光りするステッキを片手に持った紺色のスーツ姿の男性。生きていたら祖父と同じくらいの年齢だろうか。

 マリアの隣に腰をおろした御仁はにこにこと人の好い笑顔を少女に向ける。

 「随分と難しい本を読んでいるんだねぇ。それにこの国の言葉で書かれたものではないね?」

 「うん。お爺ちゃんが、マリアは言葉の習得が早いからって色んな地域の言葉を教えてくれたの!!」

 こんなことも出来るんだよ!、と幼いマリアは目を輝かせて本の中の一節を読み上げた。

 するとどうだろう。

 少女が放った言葉は小さなつむじ風を起こしたのだ。

 「お父様に言っても嫌な顔しかされないのだけど……」

 しゅんと背中を丸めたマリアに、

 「きみは……君のその特技は特殊な魔法かもしれないね」

 他にも何か出来るのかな?、と御仁は笑顔のまま優しく尋ねた。

 驚くべきことに、彼はマリアのことを邪険には扱わなかったのだ。

 そのことに目を丸くしたマリアだったが、認められたことの方が大きかった。

 目を輝かせて次々と覚えたての“呪文”を唱えては不思議な現象を起こした。

 それを目の当たりにするなかで、御仁の中に一つの確信が生まれる。

 「もしかしたら……君ならばこの本も読み解けるかもしれない。 

 ーーーマリアちゃん、君は本が好きかな?」

 マリアは不思議そうな顔をして小首を傾げた。

 「うん!マリア、本読むの大好き!」

 「そっか……。じゃあ、おじさんのとっておきの一冊をプレゼントだ!」

 言って、御仁は自分の鞄の中から立派な装丁の分厚い本を取り出した。「君ならばきっとこの本を読み解けると思うよ」

 「わあぁ…!!」

 マリアが抱えるにはその本は少し重すぎた。「おじさんっ!ありがとうございますっ。マリア、ぜったいに大切にするね!!」

 澄みわたった青い空を思わせる碧眼を輝かせる少女に、

 「いやいいんだよ、本も大切に読んでくれる子のもとにいけたら幸せだからね」

 少女の両親でさえ彼女に与えたことのない柔らかい微笑みを向ける。

 「おじさん……っ。ほんとに、ありがとう!!」



◇◇◇



 そういえばあのおじさんの風貌は、斜め向かいに座る男に似ていたような気がする。

 「……い、言われてみれば、確かにそのような見た目をされていた…と思います。あの方は……私のことを嘲笑されなかったただ一人のお方でした」

 ガルシアは微笑みをたたえたまま静かに少女を見つめていた。

 「ちゃんと、頂いた本はお返ししますっ…」

 少女は酷く緊張して見える。

 対して、ガルシアはゆっくり首を振った。

 「いや、いいんだ。別に返却は望んでいないよ。本も…楽しく読んでくれる人のもとにいることを望んでいるだろうから」

 朝食を頂こうか、と優しく諭す。「ーーーマリア嬢は…本が好き、なんだよな?」

 ふかふかなロールパンをちぎりながら、ガルシアは恐怖感を与えないように問いかけた。

 「はいっ!」

 マリアは強ばりながらも笑みを作る。「物語の中に没入することで、嫌なことを思い返さなくて……。えーっと、ところで…お話変えてしまって申し訳ないのですが、ここへ来る途中に、大きな図書館を見ましたっ」

 マリアはおそるおそるスープを一口啜る。

 透き通る琥珀色のスープ。コンソメと程よい塩加減がもう一口もう一口と食欲をそそられた。ロールパンをちぎり、卵やベーコンもつついていく。小麦のほのかな甘みと優しい香り。口のなかに入るとすぅと溶けるようなふわふわ食感。かりかりのベーコンとの相性は抜群だ。それに新鮮な野菜のなんと甘いことか。しゃきしゃきとした歯触りにふんわりと香る香ばしい胡麻を使ったドレッシング。

 ーーー何もかもが実家とはかけ離れている。

 子爵家の食事や家事は二人の使用人とマリアで分担して作っていた。両親と妹の分を作り配膳し後片付けの全てが終わってから、残り物があればマリアも食事にありつけた。ただ子爵は何にでも掛かる費用には口うるさく、家族“三人分”以外の必要以上の食材は使うなと釘を刺していた。だから当然ながら冷めた残り物に全くありつけないといった日も度々あった。

 だがハープシャー侯爵家では使用人も倍以上働いているし、料理はまるで出来立てかのように温かい。冷えきった料理と温かいものとでは食欲の刺激のされかたが異なることを、マリアはここへきて初めて知った。

「味はどうだろうか?美味しいかい?」

 そう聞かれたのとマリアの頬を一筋の涙が伝うのは同時だった。

 何か気にくわなかったか?!、と館主は目に見えて狼狽しているようだ。

 一方、そう言われて初めて涙を流していたことに気付いたマリアは、目元をハンカチでおさえ、

 「……すっごく美味しくて、思わず泣いちゃいましたっ」

 目の回りを赤く染めたまま、にっこりと微笑みを返した。 

 「……。そうか、それなら嬉しいが。食材は全てうちで採れたものなんだ。地産地消を心掛けているからな」

 「凄い…。確か…ハープシャーの土地は、“王国の食糧庫”と呼ばれていらっしゃるのですよね?」

 「あぁ。よく知っているね。その名前の通り、うちは王国の食糧事情の大部分を担っているんだ。今度農地の視察があるのだけれど……マリア嬢、貴女にもその目で見ていただけないだろうか?

その際に、先程君が見たと言っていた図書館にも寄ろうと思っているのだが…」

 マリアは予想外の提案に目をぱちくりさせた。 真っ直ぐに館主を捉えたまま目が離せずにいた。 「わ、私…ご同行させて頂いてもご迷惑ではないのです?」

 「迷惑なものか!むしろ貴女だからお誘いしたいのだ!」

 マリアは頬に熱を帯びる感覚を感じた。

 「……!わ、私で宜しければ是非ご同行させて下さい。ガルシア様、お気遣いありがとうございますっ」

 勢いで誘った手前色んな意味で引くに引けなくなっている男に、マリアは会釈と微笑みで返すのだった。

 そんな彼女の笑顔に癒される男の心中は、まだこの時のマリアには知るよしもなかった。。


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