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冬の祠

作者: 小英惟初

 陰々たる町外れ、街灯の灯りも覚束ない静かな夜道の一角に、ちっぽけな(ほこら)があった。アスファルトの小路に間近く建てられたその祠の正面で、何にも寄り掛からず座り込んでいる少女がいた。荷物を背負ったままスマートフォンを使って、宵闇と不似合いな強い照明を受けていた。メランコリックなことを考えたりしていた。


 おもむろに、少女はため息まじりに俯いて、そのまま目も開かず顔は両腕に包ませた。冬の宵に、遠くで風は淋しく吹き流れている。少女は手袋の内の拳を握り締めるだけをした。


 足音が起こり、頭ごとふさぎ続ける少女の近くまで歩み寄って、それでもうずくまっている少女のところへ、「あの、大丈夫ですか」と足音の主は話しかけた。その男性の通った声に、少女は顔を上げないでさらに体を丸め、はいと建前を言うことさえせず、祠のまえで縮こまった。


 男性はすると、思いついたような足つきで道のりを逆行し出した。しばらくしてどこかで自動販売機商品が落ちる音。先程の男性が立ち戻って少女の傍らに、掌サイズのペットボトル飲料を置いた。そして続けざま、少女に「祠へお参りしたいのですが、君の横でやっていてもいいですか」と問うた。


 少女は小さい呼吸で息を吸いつつ、歯噛みするに止まって何も応じはしなかったが、やがて男性はひそやかに、祠に硬貨を込める音ひとつこだまさせ、合掌した。その内に、少女が顔を持ち上げしな、足元にぽつんとあるお心を視認した。置かれていたのはココアだった。


 男性の踏み出しとそれが重なると、少女の顔を隠そうとした時に、男性が再度「大丈夫ですか」と問うた。目を合わせ直して、少女は頷きを返した。そうして男性が「失礼しました」とお辞儀と共に翻るのを聞き、少女は手早く足元のココアを握りしめて、ようやく「ありがとうございます」とその背へ告げた。男性は半ば振り返りつつ、はい、とだけ澄んだ声で返事をした。静かな小路に、冬の宵の風が涼しく響いた。


 少女はそれから居座ったまま、ココアを握りしめる手から手袋を両手とも取り外し、改めて(あらわ)の指先で直接に、その温かみを感じた。掌サイズのペットボトル飲料を握りしめつつ、指の絡め方を指先まで熱の届くよう、しきりに入れ替えている。そうして決まりのついたように息をつくと、ボトルのキャップを回し、温かいココアを口の中へ流し込み始めた。


 この出来事によって心を動かした少女は、メランコリーが心持ち軽くなっていることに、口元から息を吐きつつ微笑したのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 祠にお参りする男性の真摯な姿勢とあたたかい気遣いが少女の心を優しく溶かしたように感じます。 ココアという甘く穏やかな選択肢もとても良いなぁと思いました。 すこしだけメランコリーから解放された…
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