掟破りのおやつ
これを書くきっかけは、とあるCMを見たからから(以後、あとがきで)
「では、商品会議を始めます」
ここは広い空間を使い、60人がゆったり落ち着ける間隔で座っても、まだ少し余裕のある大会議室。
その部屋にスーツ姿の20人と少しが存在していた。
会議内容は最初のセリフの通り。
「今回の議題は、お客様に好評を頂いている大豆を主要素材とした棒状のおやつ。 その新しい方向性を探る会議です」
…………普通は試食会で提案して、試食させれば終わりだろうに、なぜかその試食会の事前会議みたいなものを今回開いていた。
もはや謎の会議と認識されそうだが、コレには意味があった。
その理由を、進行役のスーツから明かされる。
「これは試食会に出す、新しい味をほとんど出し尽くしたと開発からの悲鳴を受けて、開かれた会議です」
この言葉を受け、開発に近いスーツ達は顰めっ面で腕を組み、営業に近いスーツ達は頭を抱える。
なお製造に近いスーツ達は売上データからどの製造ラインを新しい味のラインに換えるかとか、原料の調達はどうなるかな〜とか、のんびり考えていた。
「ですので、今回の会議でおやつバーを今後どう展開するかを決めるのが目的となります。
新味のアイデアが出尽くしても出し続けろと開発に言い続けるか、商品コンセプトは変えずとも今まではNOを出していた範囲にGOサインを出すか、今まで期間限定等で出した商品の再販でごまかす等。
とにかく何らかの方針を決めたいと思います」
進行役のスーツ(以後全て〇〇スーツと呼称を変える)がぶっちゃける。
すると、すぐさまひとつの手が挙がる。
「そんな悲鳴は散々聞いてきた。 そしてその度に泣き言はいいから、さっさと開発しろ。 その言葉で新しい味が出てきた。 だから今回もそれで良いのでは?」
営業スーツの意見だ。
これははっきり言って、開発からすればただの鬼だ。
開発がどれだけの恨みと涙とため息と、大量のボツ返答を溜め込んで、それから更に沢山の努力と研究を重ねて産み出しているのかが分かっていない。
なのでさっきの営業スーツの言葉は、開発スーツに睨まれる原因だ。
「考えられる組み合わせは全て試しました。 このまま新しい味をと求めても、今までの味をアレンジしたモノしか出せないでしょうね」
手を挙げて反論したのは、やはり開発スーツ。
現場から実情を聞いているので、これは言っておかねばと張りきっている。
「それでいいですよ。 既に出ている物と似た味なら実売データから需要も推測が簡単ですし、上手く売れると思いますよ」
その張りきりなんか、どこ吹く風。 営業スーツは無難な案に飛びつく。
売るのに直接関わるスーツからすれば、今までと全く違う新しい味なんて、売上の予想が出来ない商材なんて怖いだけ。
開発は発売にGOサインが出るまでが仕事の責任で、営業はどれだけ売れたかに責任をもつ。
変な物を売り出して、全く売れなかったでは笑い話にもならない。
新しい方向性というが、そんな商品の結末は大失敗するか大成功するかの2択が多い。
問題なく売れている商品でそんな大冒険の責任など、負いたくない。 それが営業スーツの本音だ。
「製造としても、設備の流用が可能そうなのでアレンジ案に同意しますよ」
製造スーツにも苦労はある。
開発と営業の板挟みだ。
開発から新商品のレシピを渡されても既存の設備で作れない場合、それに対応した設備の発注とライン構築に時間がかかる。
すると営業の方から納期に間に合うようせっつかれ、なんとか指定量の生産を間に合わせても一定割合は出てしまう不良品でイヤミを言われ、作った商品が売れなければ「なんでこんな(沢山の)数を作ったんだ」と理不尽に怒られる。
製造は、開発や営業みたいに明確な会社への貢献を示せないので、社内の立場はどうしても低くなる。
だが製造してないのに物は売れない訳で、開発して製品化は出来ても商品として生産出来なければ商品にならない訳で、不可欠な存在だと言うのになぜが他の目立つ部署から低く見られてしまう。
なので背負わなくていい苦労は背負いたくない。
現行のラインに少しだけ手を加えれば良いなら、苦労は少しだけで済む。
だったらその案に飛びつくのは必然。
「ですが、もう今のコレに発展性はありません! 安定している今の内に新しい流れを開拓しないと、お客様に飽きられて先細りするしかない商品になってしまいます!」
開発スーツはこう主張するが、これには営業スーツが口を挟む。
「今の意見は営業視点の話だな。 ならばそれに対しては先程も言った、アレンジで対処すればいいと返そう」
「ぐぅっ……!!」
思わずぐうの音が出てしまう開発スーツ。
説得のために余計な事を言ってしまったと、返答されてから気付いた様だ。
このままでは、商品コンセプト内で開発し尽くした案の中で、なんとか目先を変えて新商品風の物を開発するという虚無に突入する未来しかなくなってしまう。
営業や製造はいつも通りで、開発だけ頭を余計にひねる苦労をさせられてしまう。
そんなのはイヤだ……!
でもそれを覆せる取っ掛かりも無い! どうすれば…………!!
そう言った考えから、開発スーツが思考の海へ飛び込もうとした寸前。
「参考までに聞きたいのだが、アレの新しい方向性として、開発はどうしたいのかな?」
ふと響いてきた声。
声の主以外のスーツが声の主を探すと、そこには代表取締役スーツ。
「今までは手軽に片手で食べられる低糖おやつがコンセプトだったけど、それをどう変えるのかね?」
少しだけ輝く目から、冒険心が少しうずいているらしい。
それを察した代表取締役スーツ以外のスーツ達に、戦慄が走る。
折角、開発スーツ以外のほとんどが望んだ展開になったと言うのに、ここでひと波乱である。
しかも波乱を起こしたのは、会社の最高責任者。
更に興味があると表情が示している以上、展開が完全にひっくり返る可能性まで出てきた。
こんなの求めてない!!
大多数のスーツ達が、そう心の中で叫ぶも代表取締役スーツを止められる手段が無い。 現実は非情である。
これで救われたのは、開発スーツ。
気分はまさに、血の池地獄に垂らされたクモの糸を見付けたカンダタ。
「今までのおやつバーは、果物や果物扱いされている野菜や豆類を使ってスイーツ感覚で食べられる低糖のものを開発してきました。
主に甘み、そしてその甘みが苦手な方向けに旨味や苦味を、ですね。
が、もうそれらの組み合わせが限界に来ておりますので、新コンセプトとして“ちょっとだけ食べるおかず”を提案したいのです」
ここぞとばかりに言葉を吐き出す開発スーツ。
面白そうだと目を輝かせる代表取締役スーツ。
「世の中には大豆から作った人工肉、ソイミートが有ります。
我らもおやつバーの形で、おかずになるおやつバーを作りたいのです!」
もう今までのデザート方面のアイデアは出し尽くしたのだ。
違うのを開発したい!
その意気込みを言葉に込めて、代表取締役スーツへ訴えかける開発スーツ。
「うんうん。 そうだなぁ」
開発スーツからの訴えに、目を閉じて腕を組んで何度も頭を上下させる代表取締役スーツ。
『……………………』
それとその様子に固唾をのむ他のスーツ達。
少しの間うんうん唸っていた代表取締役スーツだが、その唸り声が消えた。
「良いんじゃない? 開発するだけしてみよう」
その言葉に、スーツ達は驚いた。
「ああ、でも全力で冒険するのは流石に怖いから、どれだけ多くても割くのはおやつバー開発部門の中で、開発力の2割までね」
その言葉に、スーツ達は更に驚いた。
代表取締役スーツの言動から、なんか「全力で開発してみよう」とか言い出すと思っていたからだ。
規模を小さくしても、おやつバー部門内での全力までしか縮小させないかと見積もっていた。
だが実際は、こうだ。
それでスーツ達はこの時、ちゃんと会社の運営をしているんだなぁ。 なんて失礼な事をぼんやり思っていたとか、思っていなかったとか。
「経理。 開発の残り予算は、まだ年度が始まってそんなに経ってないし、十分残っているんだろう?」
なんてその他スーツ達を置き去りにして、会議に参加していても発言は無かった経理スーツへいきなり呼びかけて「記録では7割残っているはずです」なんて返事をもらっている。
この代表取締役スーツの様子にスーツ達がぼんやりしていると、代表取締役スーツがブッ込んでくる。
「それで、いきなりおかずへ突っ込んていくのは危な過ぎるから、イモ類を交ぜたおやつバーでワンクッション入れてみない? さつまいもとか、じゃがバターとか」
ボンヤリしている所にこれだ。
低糖おやつが“おやつバー”のコンセプトの根幹だってのに、炭水化物がたっぷりの商品を出そうと、ノリノリで提案する代表取締役スーツ。
「良いですね! じゃがバターが良いなら、コロッケとかも面白そうです!!」
ノリノリの代表取締役スーツに、全力で乗っかる開発スーツ。
乗れば乗るだけ、おやつバーの新しい方向性への道を敷けると頭のソロバンを弾き、思いついたまま口に乗せる開発スーツ。
正気に戻る頃には「それはダメだ!」なんて口を挟む余裕が無くなってしまった、他のスーツ達だった。
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こうして、代表取締役スーツによる行動でいつもより恐ろしく早く終わった会議を経て、おやつバーの新機軸である“おかずバー”や“おつまみバー”シリーズが誕生した。
が、それが世間に受け入れられたかは、ここでは語らない。
前書きの続き
低糖おやつがウリの大豆バーで、さつまいも味が出るってことで、本当にビックリしました。
イモ(炭水化物)を入れたら、低糖おやつのコンセプトが崩れるじゃん! と。
多分、風味程度でコンセプトが崩れない程度じゃないかな? とも思いますが、実際はどうなのか分からんです。
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蛇足
20人のスーツ達
ほとんど役職すら出てませんが、各部署の責任者が集まっております。
ただ作中に明確な発言機会がないので、出て来てないだけ。
ちゃんと仕事してます。
開発力の2割
それはほぼ全力じゃないかと思われがちですが、そのおやつバー開発部門での2割なので、会社の開発力からすれば全力とは言えない範囲だと思われる。
おかずバー
焼きそば味とかナポリタン味とか、小麦粉を思いっきり使ったものまで登場。
おやつバーだった頃の商品コンセプトはどこへ行った! と言われそうな、ぶっ飛んだ商品が展開されて行く。
おつまみバー
ほぼ自由。 酒に合う味で、大豆が主原料で棒状になってれば何でも出している様な展開をして行く。