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INTERLUDE2 カモフラージュ

〈政府都〉モン=サントールは、大陸ファンテーレ中央エリアそのものの名称と言っても過言ではない。

 人口は百万にも満たないが、大統領官邸、最高位議事堂など、大陸を統治する政府機関が集合する、いわば大陸の心臓部だ。

 ペレ=アルブールは、そんな政府都の中心部の名であり、シャラマンたちが向かうダンハウザー図書館もここにある。

 大陸中のすべての出版物が所蔵されているダンハウザー図書館は、最も古い建造物のひとつとしても有名で、人気の高い観光地だ。

 現代の出版物は、電子書籍が主流である。紙媒体の書籍は発行されなくなって久しく、希少性が高いことも相俟ってか、根強い愛好者が存在している。ダンハウザー図書館は、紙書籍を愛する読書家たちの聖地なのだ。

 正面入り口は、神殿さながらの円柱がそびえる堂々たる門構え。築二百年は優に超えるという建物は全体が石造りで、高い天井を見上げれば、目もくらむような彫刻と荘厳なフレスコ画に圧倒される。

 図書館というよりは、遠い時代の王城や教会の如き佇まいだ。神々しささえ感じられるほどだが、門戸は広く開かれており、市民も観光客も関係なく、無料で利用できる。

 正面入り口に立ったシャラマンは、なつかしい思いで、峻厳な建物を見上げた。

 シャラマンが通った大学は、ここペレ=アルブールにある。大学生時代や〈イーデル〉に入社するまでは、足しげくダンハウザーを訪れたものだ。お気に入りの場所だった。

「久しぶりだな。少なくとも三十年振りにはなるかもしれない。昔、よくここに来たんだよ」

 目を細め、やや郷愁に浸るシャラマンは、隣に立つ小柄な人物に向けて言った。

「見てごらん、見事な外観だろう。そろそろ世界遺産に登録されてもいいくらいじゃないかなあ。こんな建物の中で、本を読んだり勉強したりできるというのは貴重な経験だし、何より作業がはかどると思うんだ」

 話しているうちに、シャラマンの気分は高揚してきた。ここへ来た目的の重要さをちょっと脇に置いて、この歴史的建造物の素晴らしさを分かち合おうと、連れの方に顔を向ける。

「君はどう思うかな」

 シャラマンの小柄な連れは、呼びかけに答えず、顔も上げなかった。キャップを目深にかぶり、うつむき気味なため、表情が(ひさし)に隠れて見えない。だが、無言のままに醸し出している空気は、ピリピリと張りつめていて、危うかった。

 

(まずいな、相当機嫌が悪そうだ)


 察したシャラマンは、浮かれ気分を胸にしまい込んだ。

「ええっと、まあ、なかなか、ほら、君たちは忙しいらしいし、こういう建築物に触れる機会は少ないかもしれないから、ちょっと見てみないか? 見るだけでも価値のある……」

 シャラマンが言い終わるより早く、隣の人物の頭が持ち上がり始めた。庇に隠れていた顔が、徐々に見えてくる。この動作に効果音がつくならば、ゴゴゴゴゴ……という地獄の底から厄災がせり上がってくるような、禍々しい音に違いない。

「ずいぶん楽しそうにはしゃいでんなあ……。見つかりたない目立ちたないちゅーて、こっちにこんな格好させたんは、どこのどいつやろなあ……」

 ものすごい恨み節の効いた声とともに、灰色の眼差しがシャラマンを睨みつけた。こうなるだろうとは思っていたが、いざ怒りをぶつけられるとすくみ上がってしまう。

「す、すまない。たしかに少し浮かれてしまったね」

「少し?」

「いや……だいぶ……かな」

 シャラマンは乾いた引き攣り笑いでごまかす。

 ひ弱な科学者くらい苦もなく殺せそうな目で()めつめるのは、キャップを被った少年――にしか見えないマックスである。

「なんで俺がこんなアホみたいな格好せなあかんねんゴルァ、人権問題やぞ、体型イジリやろがこれェ」

 巻き舌が冴えている。完全に機嫌を損なっている証だ。

 マックスはオーバーサイズのパーカーとスタジアムジャンパーを着ており、カーキ色のデニムパンツに柄物のスニーカーを履いている。長めの髪はキャップの中に押し込んでいて、はたから見れば十二歳前後の少年だ。

 彼にはあえて、子どもに見える服装になってもらったのだ。それが今朝、シャラマンがマックスたち三人にした“提案”だった。

 

 

 カムリアン・シティでの騒動により、シャラマンとサイファーが共に行動していることが、〈VERITE(ヴェリテ)〉の知るところとなってしまった。そこへさらに、マックスとディーノが加わったことも、である。

 ただでさえ目をつけられているのに、非常に目立つ若者が三人も側にいるのだ。何の手も打たずに政府の膝元で行動しては、どうぞ発見してくださいと言っているようなもの。

 そこでシャラマンは、敵の目を欺く作戦を考えた。準備に時間と手間をかけず、無関係な周囲の人々には怪しまれない、ごく自然な手段。使い古されているが、だからこそ合理的で昔から採用されてきた手段だ。

 その作戦を、変装という。

「凝った扮装をする必要はない。一見して我々だとわからなければいいんだ。往来の人々と変わりないように見えれば」

 モーテルの食堂でシャラマンが作戦を提案すると、若者たちは三者三様の反応を示した。マックスは胡散臭そうに鼻にしわを寄せ、ディーノは頷き、サイファーは鼻で嗤った。

「そんなショボいの、通用するんかいな」

 マックスからはそう言われると思っていた。

「ま、まあ、完璧な対策とは言えないかもしれないが、我々がそのままの姿で政府都をうろつくのも危ないだろう?」

「何も手ぇ打たへんよりかは、ええんちゃいます? 映画でもスパイは変装するでしょ」

 期待どおり、賛同してくれるのはディーノだった。

 サイファーは否とも応とも言わない。この反応も予想どおりである。

「政府にしろ〈VERITE〉にしろ、私たちが〈ヴァノスとアテリアル〉の正体を突き止めるために、ダンハウザー図書館に行くとは考えていないだろう。だから、図書館へ向けられる警戒の目は緩いはずだ。であれば変装した姿なら、カメラに映り込んでも、多少はごまかせるんじゃないかな」

 変装作戦の意義を伝えると、マックスとディーノは向かい合って吟味し始めた。

「こんなん、うまくいくと思うか? ガキでもせえへんで、変装て」

「せやけど、シャラマンさんの考えもわかるわ。面が割れとんのは事実やし、ごまかせるんなら、まだ警戒されてない今のうちちゃう?」

「言うても、たかが知れとるやろ。〈VERITE〉じゃ政府じゃ、めんどくさいとこ二ヶ所からも狙われとんねん、このおっさん。悪の組織二組で取り合いとか、ヒロインかプリンセスやんけ。プリンセス・おっさん。おっプリ」

「その語呂で略すんなら“プリお”にならへんかな」

「モサ()とカブるわ。おっプリでええわ」

 話が脱線しているので、プリンセス・おっさんの(くだり)から離れてほしいし、“おっプリ”でも“プリお”でも、変な称号は付けないでほしいシャラマンである。

 共同戦線を張る際、賞金稼ぎコンビには、二つの巨大組織から目を付けられていることも説明していた。

〈パンデミック〉を生き延びたあと、シャラマンは友人であるフェルディナンド・メイレインとともに、〈イーデル〉に組み入れられた。しかしフェイトの行方を捜すため、半年もせずに脱走した。

 フェルディナンドにも一緒に来てほしかったが、友は〈イーデル〉に残る決断をした。アルフォンセを養い、守るためである。息子を失い、唯一の生き甲斐となった娘を、“逃亡者の娘”にするわけにはいかなかったのだ。

〈イーデル〉脱出以降、シャラマンは政府の目につかないよう、身を隠しながら行動してきた。

 政府と〈VERITE〉、双方から身柄を狙われる理由は共通している。どちらもシャラマンを都合よく利用したいからだ。

〈VERITE〉としては、現在配下にいるマキニアンたちの維持と更なる能力向上や、マキニアンそのものの個体数を増やすために、シャラマンが必要だ。

 一方で政府にとって目下最大の敵は〈VERITE〉である。対抗するには、同等以上の軍事力を有していなければならない。すなわちそれは、かつて一掃作戦により闇に葬ろうとしたマキニアンを、政府側の兵器として保有することだ。

〈SALUT〉を排除すべき脅威と見なし、壊滅状態に追い込んだ政府だが、その作戦の裏に、マキニアンという無二の戦力を手に入れようという腹積もりがあったことは、想像に難くない。

 マキニアンを生み出す〈細胞置換技術(イブリディエンス)〉を確立させた、アンドリュー・シャラマンという人材には、利用価値がある。

 自惚れるつもりも過信するつもりもないが、己にそんな価値はないと言いきって油断する方が、むしろ無防備で危険だともわかっていた。 

 政府と〈VERITE〉、どちらにも見つかりたくない。

 少しでも監視の目を欺けるなら、稚拙な手段だろうと何だろうと、なりふり構っていられないのだ。

「いいじゃねえか。それでいこうぜ」

 意外なことに、サイファーが賛成を口にした。

「い、いいと思うかい?」

「ああ」

 この肯定には、シャラマンだけでなく、マックスとディーノも驚いていた。サイファー本人は愉快そうに笑っている。

「だがな、変装するのはシャラマンとチワワ、お前ら二人だけだ」

「え?」

「はあ!? 何で俺やねん!」

 マックスが即座に噛みついたが、サイファーは意に介さず、薄ら笑いを口元に浮かべたままだ。

「全員で変装する必要はないだろう。俺とディーノは車で待機。お前ら二人が変装して図書館に行け」   

「ヘチマぁ、お前、変装したないだけやろが」

「俺たちは悪目立ちするって言ってんだよチワワ」

 たしかに、とシャラマンは胸中で頷く。身長二メートル近いディーノと、ドレッドヘアで筋骨隆々なサイファーは、それだけでも充分に人目を引く外見だ。そんな容姿で変装などすれば、かえって怪しまれるかもしれない。

 さらに、そんな怪しげな男が四人も、雁首揃えて児童向け文学を漁っている様子は、たとえ「純粋に読書を楽しんでおります」と主張したところで、不審の眼差しは避けられないだろう。

 何はともあれ、アンドリュー・シャラマン提案の「変装作戦」は採用と相成った。

 図書館に向かう途中でディスカウントストアに寄り、変装に使う服を購入した。その際サイファーから、こういうのを用意しろと指示があり、買い出しを担当したシャラマンとディーノはそのとおりのものを選んだ。

 変装作戦実行を決めたときから、サイファーが妙にニヤニヤしているのが気になっていたのだが、その理由を理解したのは、シャラマンとマックスが変装用の服に着替えてからだった。



「あのヘチマタワシ……戻ったらシバき回したる……覚えとれよ」

 傍目には少年にしか見えない男の口から、ドスの効いた恨み節が延々と吐き出されている。

 律儀に指示どおりの服を用意した結果、シャラマンとマックスは「父と子」に化けることになったのだった。

 シャラマンはいつも着ているマウンテンジャケットを、小綺麗なブルゾンに変えてハンチング帽をかぶっている。サングラスで表情を隠し、スポーティーなシューズを履いた。これだけでも、普段のシャラマンの雰囲気を消すことができた。

 一方のマックスはというと。

 小柄ながらに鍛えられた身体の線を隠すために、サイズの大きなパーカーを着ているのだが、それが一層幼さを強調させている。オーバーサイズの効果はマックスも理解しているだろうけれど、それでも機嫌が悪いのは「似合ってしまっている」からではないだろうか。と、シャラマンは思った。

 小柄なことを話題にされると激昂するマックスである。身体の特徴を逆手にとった、しかしながら実用的な変装に対して、消化しがたい感情が腹の中で渦巻いているのが目に見えるようだ。

 ヘチマタワシ呼ばわりされているサイファーが終始ニヤニヤしていたのは、“子どもの姿”になったマックスと、そのときの反応を想像していたからに違いない。自分の目では見られないというのに、まったくいい性格をしている。

「ま、まあ、それでもサイファーの判断は正しかったと思うよ。変装して図書館を訪れるのが、私たち二人だけでよかった。ディーノとサイファーが一緒だったら、目立っていただろうからね」

 シャラマンはマックスをなだめすかしながら、あたりを見回した。

 図書館を訪れている人々の中に、高身長者は多々いるものの、二メートル近い背丈の人は見当たらない。こんな中ではどうしたって、ディーノとサイファーは人目を引くだろう。

 周りにいるのは、どこにでもいるようなごく普通の人々だ。今のシャラマンやマックスは、この“ごく普通の人々”と同じ存在でなければならない。

 誰の目にも留まらず、いてもいなくても気にされない。自分たちを見つけようとする者の目を欺くために、風景に溶け込む必要があった。

 言ってみれば、擬態する昆虫のようなものだ。彼らは身を守るために、別の何かになりきっている。

 花、葉、枝。別の昆虫を真似る種も存在し、実に巧みな生存戦略だ。捕食のために、擬態して獲物の目を騙す虫だっている。

「今の私とマックスは、ここにいる人々と同じ。ただの図書館利用客の父子(おやこ)だ。きっとそういうふうに見えているはず。だから大丈夫だろう。政府にも〈VERITE〉にも見つからないさ」

 マックスが顔を上げ、シャラマンをじっと見た。表情から怒りが消えている。代わりに、何か不思議なものを発見したかのような、それでいてどこか痛みをこらえているような、曖昧で複雑な顔つきになっていた。

「ど、どうかしたかい?」

シャラマンがおそるおそる訊いてみると、マックスは、

「別にどうもせえへん。行こや。さっさと終わらせるで」

 そっけなく答えて、ずんずん歩き始めた。シャラマンは首を傾げながらも、彼の背中を追いかけた。

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