TRACK-1 炎心 3
エヴァンがサウンドベルの自宅アパートに帰り着いたのは、夜中の十一時を大幅に過ぎた頃だった。
パラトロゴの卵が他にもないか確認するため、レジーニと手分けして遊園地内を駆けずり回り、発見した卵を駆除するという作業に、かなりの時間を費やしたのだ。
駆除そのものは容易だった。が、ハンディライトの心許ない灯りだけで、広大な敷地内のどこに、どのくらい産みつけられているかわからないメメントの卵を探し出すのは、大変難儀した。
骨の折れる作業を、なんとか二人だけで遂行できたのは、メメントと相対する者としての使命感の賜物だ。
もし一つでも卵を見落とし、それが孵化して活動を始めてしまったら、自生繁殖能力を有するメメントが、再び世に解き放たれることになってしまう。それだけは絶対に回避しなければならない。
懸念すべき問題は、パラトロゴ以外に自生繁殖するメメントが存在するかどうか、である。
これまで数多くの種類のメメントが討伐され、その記録は〈異法者〉共有のライブラリに保存されている。しかし、繁殖能力が確認されたメメントの報告は、今までになかった。
存在はしていたが、たまたま発見されなかっただけなのか。それとも、パラトロゴが初めてのケースなのか。現時点ではそれすら定かではない。
レジーニが今日の討伐報告をライブラリにアップすれば、他の異法者たちも情報をシェアできる。そうすれば、これを機に報告漏れしていたメメントの繁殖能力についてや、最近のメメントの生態に関する情報も集まってくるかもしれない。
エレベーターがアパートの十二階で留まり、ドアが開く。廊下に出たエヴァンは、帰宅の安心感から、うんと背伸びをした。
肉体強化に伴う代謝向上のおかげで、メメントとの戦いや卵探索よる疲労からは、すでに回復している。だが、忍び寄る眠気までは追い払えない。おまけに空腹だ。
なにより、愛する人の顔を早く見たい。それが一番の元気の素だ。
エヴァンはアルフォンセの部屋のドアを、軽くノックした。もう遅い時間だが、彼女はエヴァンの帰りを待っているはずだ。おいしい夜食を用意して。
鍵が外される音が聞こえ、ドアが開いた。ゆったりしたチュニックにレギンスを合わせたルームウェア姿のアルフォンセが、エヴァンを見上げてにこりと笑う。
「おかえりなさい。今日は遅かったのね」
「ただいまアル」
最愛の彼女をゆっくりと抱き締める。アルフォンセの髪や身体からほのかに香る石鹸の匂いが、エヴァンの心を落ち着かせた。アルフォンセの生活の匂いだ。彼女がエヴァンの日常の一部であり、帰るべき場所だと実感させてくれる。
だからエヴァンはどこへでも行き、何とでも戦えるのだ。
穏やかな抱擁から離れて、アルフォンセの顔をじっくり眺めると、深海色の目がとろんとしていた。閉じたがっている瞼をせいいっぱい開き、エヴァンに微笑みかける。
「ごめん、ひょっとして寝てた?」
「うん……、ちょっとだけ。今日は図書館で大がかりな整頓業務があったから、少し疲れちゃって」
アルフォンセはグリーンベイにある市立図書館で働く司書だ。仕事内容は書籍の管理や貸出・返却の受付だけではない。本を棚に収める作業ひとつとっても、専門知識が必要になる。施設内管理には体力も使う。エヴァンは彼女と知り合ってやっと、“図書館司書の仕事は楽そう”というイメージを改めた。
疲れているのに、眠らずエヴァンの帰りを待っていたのかと思うと、いじらしくて愛おしさが溢れてくる。俺の彼女優しい、最高、眠そうな顔かわいい。数々の褒め言葉を胸の中で叫び、もう一度アルフォンセを腕に抱く。
「疲れてるのに待たせちまって悪かった。ありがとう。もう寝なよ」
「でも、お夜食にミルクスープ作ってあるの」
「部屋に持っていくよ。今夜は付き添ってくれなくていいから、寝て。アルに無理させたくねぇんだ」
エヴァンが重ねて言うと、アルフォンセは頷いて応じた。
彼女はキッチンから蓋をした片手鍋を持ってきて、エヴァンに渡した。
「ごめんね、それじゃあ先に寝るね。また明日」
「うん。スープありがとな。ゆっくり休んで」
おやすみの言葉と軽いキスを交わし、名残惜しみながら、エヴァンは自分の部屋に帰った。
キッチンの電気コンロに鍋を置き、蓋をとった。クリーム色のスープに、ほうれん草とマッシュルームが浮かんでいる。いつもながら美味しそうだ。
アルフォンセの愛情と優しさを噛みしめつつも、ちょっとだけため息がもれた。
アルフォンセとの交際は順調だ。順調という言葉では足りないくらい順調だ。
ただ、いまだ二人きりの甘い夜を過ごしたことがない、というのが悩ましい。
焦る必要はない。焦ってはアルフォンセに余計な負担をかけてしまう。お互いに確かな愛情があるのだから、しかるべきタイミングに、ごく自然な流れでそうなればいいのだ。
と、頭ではわかっていても、恋愛経験不足なせいか、毎回しかるべきタイミングを見逃し、ごく自然な流れを掴めないまま、男子の欲望だけが空回りしている。
彼女の柔肌を夢に見て、悶々とやりすごすしかなかった夜が、何度あったことか。
「男は余裕、男は余裕……慌てない……、俺は余裕のある男」
呪文のような言葉を自分に言って聞かせ、ひとり頷く。
デニムジャケットを脱いでベッドに放り、部屋の隅の水槽を覗き見た。
小さな亀のゲンブが水中で眠っている。二匹の同居エビのセイリュウたちは、水槽の端で泳いでいた。
ゲンブを飼い始めてから二年目の冬である。当初はゲンブを冬眠させるかどうか、ずいぶん迷った。熟考の末、爬虫類専門のペットショップで働く友人に相談し、冬眠させないことにしたエヴァンは、ゲンブのために性能のいいヒーターや紫外線ライトなど、必要な装置を買いそろえた。おかげで小さなルームメイトたちは、今年も問題なく冬を過ごせているようである。
さて、シャワーを浴びて戦闘の垢を落とすか、アルフォンセが作ってくれたスープで腹を満たすか。どっちにしよう。
「風呂か、夜食か、風呂か、夜食か」
独りごちながら、シャワールームとキッチンの間をうろうろする。
「よし、先にシャワーだ」
さっぱり身ぎれいになってから、ミルクスープをゆっくりいただくことに決めたエヴァンは、シャワールームのある方へ身体を向けた。
そこにリカがいた。
「うおわあああああああああああ!?」
いきなり現れた少女に驚き、思わずのけぞる。あまりに勢いよくのけぞったせいで、背後にあったローチェストの角で腰を強打した。
「痛っっっってえ~」
腰をさすりながら顔を上げる。どうしてこんな所にリカがいるのか。問い質そうと口を開くも、すでに少女の姿はなかった。
「あれ? さっきそこに……いたよな」
たしかにいた。突然のことで一瞬しか見てなかったが、リカだった。しかし、今はいない。いない方が正しいのではあるが。
気のせいか、と首をひねっていると、携帯端末の着信音が鳴り出した。画面に表示された名前を見れば、なんとリカではないか。
慌てて画面をタップし、ビデオ通話をオンにする。ディスプレイに端正な少女の顔が映し出された。珍しい色味の長い赤毛、きらめく孔雀藍の瞳。間違いなく、ついさっきエヴァンの目の前にいた少女だ。
『エヴァン、いきなりごめんね。今そこに、私がいなかった?』
出し抜けにそんなことを言う。
「いた! やっぱりリカだったのか! けど、どういうことだ?」
『どうやって説明したらいいか……。エヴァンが見た私は、私自身だよ。正確には、私の精神というか魂というか』
「よくわかんねえ。アレか、生き霊?」
『そんなんじゃないけど、似たようなものかも。幽体離脱っていうか。えっとね、私が今、ACUのラボにいるのは知ってるでしょ?』
「ああ、パルス能力の研究とか解析とかしてるんだよな」
『そう。私の能力を分析してもらって、うまく扱えるように訓練してるの』
リカ・タルヴィティエは、メメントが発する生体パルスに干渉できる〈融合者〉という、特殊な存在の一人だ。思念でメメントを操り、通常なら視えないはずのモルジットが視え、念動力にも目覚めた。
彼女にそんな能力が備わっている理由は、生物学上の父親に原因がある。
リカの父親は幼少期、政府の研究機関に収容され、さまざまな人体実験を施された結果、異能が覚醒した。その力が娘に遺伝してしまったのだ。
リカは長い間この能力に一人で悩み、傷つき、一時は生まれたことさえ呪いかけた。
しかし今は、与えられた能力の意義を見出すために、己と向き合い、自分の一部として受け入れ、前に進もうと努力している。
ひと月半前に起きた事件は、彼女が大きく関わっていた。あの事件後リカは、自分の能力究明のため、政府軍部の異分子対抗部隊――通称ACUの研究班に身柄を預けた。
大学の講義はオンラインで受け、土日はホーンフィールドの自宅アパートに帰ることもある。それ以外の時間は、ACU東支部本局のラボで、研究に協力する日々を送っている。
『それでね』
携帯端末の画面の向こうで、リカが小さく身じろぎした。
『ラボの研究で、私の力は〈内側に働きかける力〉に向いてるってことがわかったの』
「〈内側に働きかける力〉ってなんだ?」
『例えば、エヴァンのパルス能力は物理的に強いみたいなのね。私はその逆で、精神的というか、意識の領域に踏み込める力なの』
「んー、よくわかんねえけど、俺とお前の力の質が違うってことか?」
『平たく言うとそう。私は肉体的には強くなってないし、念動力っていっても、大したことはできない。そういう物理的な能力はエヴァンの方が強いはず。だけど私はメメントをある程度操作する力があって』
「俺にはない」
『そういうこと。で、私の特性が判ってからは、内面的干渉能力を磨く訓練と研究をしてるの』
ここからが重要だと言うように、リカが指を一本立てて振った。
『私、訓練のおかげで、生体パルスをたどれるようになったんだ。自分の意識を“世界の内側”に潜らせるの』
「せかいのうちがわ? なんだそれ?」
エヴァンは眉をひそめて首を傾げた。
『ラボの人は〈エスパス〉って呼んでるんだけど、私たちが暮らしてるこの世界と同時に存在する、もうひとつの空間のこと。人間に肉体と、目に見えない心や魂があるのと同じように、世界にも目に見える物質的な世界と、普段見ることができない精神的世界があるの。ここまではいい?』
リカの話をそのまま受け入れるには、エヴァンの脳味噌の許容量が足りなかった。そこで“世界さん”というキャラクターを頭の中でこしらえ、置き換えて考えた。
つまり“世界の内側”とは、世界さんの心の中――精神面ということなのだろう。
「ああ、なんとなくわかった」
『じゃあ続けるね。私、内面的干渉能力に特化してるから、そのエスパスに精神を飛ばせるのよ。〈マインド・ダイブ〉っていうの』
「ちょっと待った。エスパスだのマインド・ダイブだの、専門用語多くね?」
『仕方ないわよ。名称つけておいた方が都合がいいもの、科学だもん。エヴァンにとっても他人事じゃないんだから、ちゃんと覚えてて』
「へーい」
用語を覚えるのはあまり得意ではないが、素直に返事をしておくことにした。
リカによると〈エスパス〉では、時間と距離の感覚が物質的世界と違うらしい。
エスパス内に潜入している間、リカの精神体は水中にいるように漂い、念じるだけで一瞬にして移動できるそうだ。
移動の道しるべとなるのは、モルジットと生体パルスである。
物質世界でモルジットが濃く存在している場所は、エスパス内では光る霧のように視える。そう、リカが肉眼で捉えているモルジットの状態そのものだ。
生体パルスは、物質世界同様エスパス内でも視えない。しかし、より強くはっきり感じることができる。
リカは今、ラボでマインド・ダイブの訓練を集中的に行っている。今後エスパス内でどんな情報を得られるのか、実際のメメントとの戦闘にどのように活かせるのか。モルジットそのものの究明と併せて、多岐にわたり調査しているという。
「ラボに行って一ヶ月ちょっとだよな? それでもうそんなことができるようになったのか? すげえけど、飛ばしすぎじゃねえ?」
エヴァンは、リカが能力を使いすぎると、低体温症に陥ってしまうことを思い出し、心配を口にした。急激な能力向上で、心身に大きな負担を被ってはいないのだろうか。
『大丈夫。ラボでのマインド・ダイブは専用の装置を使うし、私の身体に異常が起きても対処できるように、いつも医療スタッフが待機してくれてるから。心配してくれてありがとう』
端末画面の中のリカが朗らかに笑う。
『それにね、本音を言うと私、もっとうまく力を使えるようになりたいの。前はすごく疎ましいだけだったし、こんな力いらないと思ってた。でも、どういうふうに使えばいいのか方向性がわかったのなら、一日でも早く自分の能力のことを把握したい。そうすれば、みんなの役に立てるでしょ?』
画面越しにも、リカの固い決意が伝わってくる。そこにいるのはもう、自分に備わってしまった能力に翻弄され、苦しんでいた少女ではなかった。
『だからさっきね、装置なしでダイブできるかな~って、ちょっと試してみたの』
「そんなこと生身でできんのか……、って、それでお前、俺んちに来たわけ!?」
エヴァンが両目を見開くと、リカは愉快そうに頷いた。
『そうなの! エヴァンのパルスを探って、そこに行けたから。たぶん同じパルスの能力者だから、たどりやすかったのね。それに、エヴァンのパルスはメメントのよりずっと強いし』
「マジかよ、すげえな」
『あと、そこにいる私が視えたのもエヴァンだからだね。他の人には視えないはず』
「そっか。で、俺んとこに来たってことは、なにか用があったのか?」
リカが誰よりも会いたい人物は、レジーニであるはずだ。その彼を差し置いてエヴァンのもとへ精神を飛ばそうと考えたのなら、相応の理由があるのだろう。
『用っていうかね。パルス能力者仲間として、エヴァンには先に言っておこうと思って』
「何を?」
『私、マインド・ダイブの精度をもっと上げて、〈アダム〉を探せるかやってみる』
〈アダム〉という呼び名を初めて耳にしたのは、あの七月。
悪魔の如き白い少年が言った。
――さあ、やろうエヴァン。“つぎのアダム”がどっちなのか、きめなくちゃ。
――“アダム”になるのはひとりだけ。
その言葉の意味は、いまだにわからない。自分とシェド=ラザが次の〈アダム〉の候補らしいのだが、エヴァンにはそんな自覚はないし、なりたいとも思わない。
〈アダム〉はすべてのメメントの始まりだと話したのは、仲間のマキニアンであるガルディナーズ=ミュチャイトレル=ヌルザーンだった。
そんな存在の後継がなぜ自分なのだろう。「粗悪体のマキニアン」と見下されていたというのに。
〈アダム〉について知りうる情報は――およそ情報と呼べるほどのものではないけれど――リカにも話してある。
なにひとつ知らないに等しく、しかしながら決して近づいてはならない存在であろうことは察せられる〈アダム〉を、リカは探すというのである。
「〈アダム〉を探してみるって、そんなの危険すぎるだろ! だいたい、どこにいるのかも、どんな見た目してるかもわかんねえのに」
『だから探すんじゃない。ねえエヴァン。エヴァンは、私の大学を襲ったシェドって子に、どちらが次の〈アダム〉になるのか決めようって言われたんでしょ? それがどういう意味か、知りたいと思わない?』
「思わねえよ。そんなわけわかんねえモンのこと、知ってどうすんだよ」
強気に答えたものの、百パーセントの本心とは言いがたかった。
おそらく、知らなければならないのだろう。だがそれは、失われた記憶を取り戻すことに繋がるのではないだろうか。
欠落した過去を取り戻す。
それは、
エヴァンにとってのそれは――。
『〈アダム〉がメメントの始まりだっていうんなら、私たちが一番調べるべきことなんじゃないの? エヴァンは嫌かもしれないけど、私は探す』
エヴァンの逡巡をよそに、リカは決然とそう言った。エヴァンが思わず焦りを感じるほどの強い意志が、声色に表れている。
「探すあてはあるのか?」
『正直に言うと、ないわ。だけど、エスパスで〈アダム〉のパルスを探り当てられる可能性はあると思う。うまくやれるか祈ってて』
画面の中でリカが微笑む。彼女はやるべきことを見つけ、最善を尽くしてそれに臨もうと、自分自身に誓ったようだ。
『それだけは先に言っておきたかったの。レジーニさんにもちゃんと話す』
「あいつだって止めると思うぞ」
『そうかもしれない。でも、きっとわかってくれるわ』
リカの危険な試みを知れば、レジーニは当然反対するだろう。エヴァンよりも強く、リカを思いとどまらせんと説得するはずだ。
けれど彼女の堅固な意思を認め、その志を変えることはできないとわかったら、一転して理解を示し、彼女を支えようとするだろう。
まだ恋人同士とは呼べない間柄だが、レジーニにとってもリカは大切な存在だ。
はじめレジーニは、十歳以上離れた彼女を、毛布にくるむようにひたすら保護しようとしていた。それが間違いだったと気づいてからは、一人の自立した人間として尊重している。
だからリカの考えに納得できたら、もっとも頼もしい味方になるだろう。そういう男だと、エヴァンが一番わかっていた。
リカは、十二月の冬期休暇中の星誕祭から年明けまでは、実家と自宅アパートで過ごす予定だという。みんなに会うまでになにか進展があったらいいなと、冗談めかして笑いながら、彼女は電話を切った。
画面からリカが消え、エヴァンとアルフォンセのツーショットがホームに映し出される。二人とも、誰が見ても幸せそうな笑顔だ。
エヴァンは携帯端末を見つめたまま、壁にもたれかかった。リカの言葉が頭の中でぐるぐると回っている。
――〈アダム〉がメメントの始まりだっていうんなら、私たちが一番調べるべきことなんじゃないの?
彼女の主張は間違っていない。メメントが存在するのも、自分やリカのようなパルス能力者が生まれたのも、シェド=ラザに執着されるのにも、〈アダム〉とかいう生物なのか象徴なのか概念なのかすら不明な〈何か〉に原因があるならば、その正体を暴かなければなるまい。彼女の決意を支持し、できることがあるなら惜しまず助力するべきだ。
それなのにエヴァンは戸惑っていた。
そして、戸惑いを感じていることに気づいて愕然とした。
(俺は何に焦ってんだ?)
リカがやろうとしていることに、心から賛成できない。リカに危険が及ぶことを恐れているから。それは本心だ。だがそれだけではないのだ。
(ひょっとして、俺、ビビッてんのか?)
〈アダム〉の真実が明らかになるのが怖いのか。
胡乱な存在に対する嫌悪感はあっても、はっきりした理由もなく怖がるなど、いつものエヴァンらしからぬことだった。
「なにやってんだ……らしくねえだろ」
胸の内に渦を巻く曖昧な負の感情を振り払うべく、声に出して自分を叱責する。
しかし混迷した複雑な心境は、眠りにつくまでエヴァンをじくじくと苛むのだった。