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TRACK‐4 埋火(うずみび)8

 月を見上げるのは、どんなときだろう。

 夜ふと顔を上げて、空に月を認めたとき、じっと見つめてしまうのは何を思うからだろう。

 それぞれの人が、胸に秘めるものと向き合っているからかもしれない。

 ヴォルフが使っていいと言った、〈パープルヘイズ〉の奥の部屋は、普段はおそらく事務仕事を行う場所だと思われた。コンピューターや書類が置かれたデスクに、広めのソファが一脚。天井に小ぶりなシーリングファンライト。ブラインドが取り付けられた窓がひとつ。壁際にはオフィスキャビネットと小型の冷蔵庫。床には雑多に置かれた箱など。

 ソファをベッド代わりにしろ、ということのようだ。硬すぎず柔らかすぎない、絶妙な塩梅のソファだ。購入時にかなりこだわって選んだだろうことが窺える。ルミナスにもいい具合の座り心地だった。

 ソファに座ると、ちょうど正面に窓があり、夜空に浮かぶ月が見えた。

 この街には、夜更かしをする住人があまりいないらしい。車の走行音が時どき聴こえるくらいで、外はいたって静かである。

 静寂の中で月を見ているうちに、こちらが月に視られているような錯覚に陥った。なんとなく、咎められている気分になったのだ。

 壮麗で清らかな月に見つめられると、翻って己の性分の小ささや醜さを突きつけられる感覚になる。

 思い返せば昔から、ルミナスが月を見上げるのは、自分の内面と向き合わねばならないときだった気がする。

 剣道の試合の前も、異形と戦う道を歩むと決めたときも、月はルミナスを見ていた。



 東方領域の島国がルミナスの故郷だ。

 生まれ育ちは首都から離れた山麓の村で、実家はいわゆる旧家だった。その昔、将軍に仕えた武家の家系だそうで、およそ四百五十年続いているらしく、長男のルミナスが継いでいれば二十二代目にあたる。

 旧家と言っても、家が古くて大きいだけで、金持ちというわけではなかった。かといって金に困ることもなく、おそらくは一般家庭よりやや余裕がある程度だっただろう。

 家族は両親と姉と弟、母方の祖父。父は入り婿だった。祖母はルミナスが生まれる前に他界している。

 どこにでもいる、何の変哲もない家族構成だ。ルミナスも、ごく普通に育った。家柄のせいで「若様」だのとからかわれることはあっても、友人には恵まれていたし、家族仲もよかった。

 学校の成績は中の上くらいだったと思う。赤点は取らなかったが、トップに立つこともなかった。

 ルミナスが一番になれたのは剣道だ。祖父が道場を開いていて、子どもの頃から厳しく稽古をつけられていたのである。

 姉と弟も一緒に習っていたが、もっとも才能があり祖父のしごきについていけたのは、ルミナスだけだった。

 おかげで中学高校と全国大会で連続優勝を果たせたし、大学推薦ももらうことができた。

 それ以外は特筆に値する少年ではなかった。自分ではそう思っていた。

 あの惨劇までは。


 十八歳の、晩冬。春を迎える前、もっとも寒さが厳しくなる頃、それは現れた。何の前兆もなく、地獄の底から這い出て来たかのように。

 その化け物は狭い村中を走り回り、目についた村人を手当たり次第に襲い、殺した。老若男女、すべてが標的だった。

 犬よりも速く走り、高く跳び、肉を引き裂く爪と牙を持つ、現実とは思えない怪物。そいつの正体が判明したのは、ずいぶんあとになってからのことだ。

 体長二メートル近い猿にトカゲを足し、悪魔を具現化したような造形のそれは、アプティレスと命名されたメメントだったのだ。

 本来ならメメントは、ルミナスの故郷には――少なくとも当時は――存在しないはずだった。それなのになぜ村に出現したのか。理由を知ったのも、ずっとのちのことだった。

 アプティレスは村を散々に荒らし、人々を恐怖のどん底に叩き落とし、ついにはルミナスの実家にまで魔の手を伸ばした。

 当時、家には父以外の家族が全員そろっていた。家族を守ろうとした祖父は、代々伝わる刀を取り、化け物に立ち向かった。だが、剣道において右に出るものなし、と謳われた祖父の腕をもってしても、化け物は仕留められなかった。

 アプティレスは祖父の喉笛を噛みちぎったあと、ルミナスたちに狙いを移した。

 世にも恐ろしい化け物を前に、ルミナスは慄いた。しかし、自分より非力な母や姉、四つ年下の弟を守らねばならない。

 血まみれで息絶えた祖父の手から刀を借り受け、ルミナスは家族の盾となり、化け物と向き合った。


 ――(ヒカル)、母さんと姉ちゃん連れて逃げろ!


 ルミナスは、背にかばった弟に向けて声を張り上げた。思えばそれが、家族に対して言った最後の言葉だった。

 以降のことは、あまり覚えていない。残された家族が、家を出て行く音は聞こえた気がする。

 アプティレスとの戦いは、無我夢中だった。真剣は竹刀より重く、剣道大会優勝常連ともあろう者が、不格好に振り回していただけだった。

 それでも、恐怖が意地と怒りに変わり、底力を発揮したのだろう。辛うじて祖父の刀で、メメントの腹を串刺しにすることはできた。

 当時は知る由もなかったが、クロセストでもない刃では、メメントを殺せない。

 腹を刺されても死なない化け物を、全身全霊で抑え込むだけで精いっぱいだった。

 せめて家族が逃げ切れる時間稼ぎになれば、と耐えたが。

 本当は、怖くて逃げたくて仕方がなかった。

 家族を守って死ぬなら、祖父に顔向けできるだろう。そう自分に言い聞かせ、奮い立たせたのだが、


 ――死にたくない。


 そう思った。それが普通だ。人間の、普通の感情だ。誰だって、恐ろしい怪物に理由もなく殺されるという、わけのわからない最期を迎えたいとは望むまい。

 誰か、村の外に助けを求めただろうか。警察か、もしくは軍部か、誰でもいい。今まさにこの村へ、救助に向かってくれているだろうか。


 ――助けてくれ、誰か。


 もう体力も気力も限界だった。化け物に押し倒され、逆に抑え込まれてしまった。

 覚悟のできていない死が、メメントの牙とともに、ルミナスの喉元に迫ってくる。

 牙が肌に触れるか触れないか、というとき。化け物の首がどこかに飛んでいった。

 首を失くした化け物は、たちまち悪臭を放ちながら、塵となって消えていった。

 何が起こったのだろう。ルミナスが仰向けになったまま呆然としていると、見知らぬ青年の顔が、ぬっと視界に入り込んだ。

 片手に細身の剣を持ち、居丈高な眼差しでルミナスを蔑むように見下ろすその青年こそ、のちに〈処刑人(ブロウズ)〉結成時の相棒となるシーザーホークこと、ツェザリ・ベクシンスキーだった。

記憶はここで途切れている。


 次に目を覚ましたとき、ルミナスはなじみのない部屋のベッドに、両手や頭に包帯を巻かれた状態で寝かされていた。

 現状を把握しようと、必死に脳味噌を稼働させていると、顔の半分以上を黒い仮面で覆った異装の男が部屋を訪れた。

 ディラン・ソニンフィルド。

 のちの上官であり、今や宿敵となった男との遭逢である。

 彼は非常に淡々とした口調で、ルミナスの健闘を讃えたあと、四日間も眠っていたことを告げ、村を襲った惨劇の顛末を説明した。

 まずアプティレス――このときは名前を知らなかった――の出現元だが、村の森の中にある建物から脱走した、というのだ。

 驚くべき事実だった。森の中の建物とは、大手製薬会社〈イズモ薬品〉の研究施設であり、ルミナスの父の勤め先なのである。

 村が化け物に襲われたとき、父はまだ仕事から帰ってなかった。つまり父は、化け物が出現した施設内にいたかもしれないのだ。

 ルミナスは父の安否を、ソニンフィルドに尋ねた。逃げた家族が無事かも気になるが、まずは姿を見ていない父だ。

 ソニンフィルドはすぐに確認してくれたが、結果を聞いて絶望した。

 父は化け物に殺されていたのだ。

 遺体には会えなかった。昏睡状態の四日の間に、犠牲になった村人たちの合同葬儀が、すでに執り行われていたのである。弔われた犠牲者の中には、当然、祖父も含まれていた。

 無様に眠っている間に、父と祖父が荼毘に付されたと言われても、すぐに受容できる話ではない。目の前で死んだ祖父はまだしも、父は死に目どころか遺体さえ見ていないのだ。

 混乱するルミナスにソニンフィルドは、納得したいのなら遺体の写真を見るか、と訊いてきた。事件の記録のために撮ったのだという。

 ルミナスは迷ったものの、結局見せてもらった。そこには、惨たらしい父の変わり果てた姿が写っていた。損壊が激しかったものの、間違いなく父だった。

 

 あまりにも――。

 

 あまりにも、目まぐるしく状況が進み、変わりすぎていて、出来事すべてを受け止める心の許容量が、そのときのルミナスにはなかった。

 現実とは思えず、いや、思いたくなかった。理解が追いつかない。追いついてほしくない。

 混乱しすぎて、言葉の整理ができないまま、質問をまくしたてる。

 

 なぜ父の勤め先から、あんな化け物が出現したのか。

 母と姉と弟は無事なのか。

 ここはどこで、自分はなぜ町の病院ではなく、ここへ連れて来られたのか。

 あなたたちは何者で、なぜ化け物のことを知っているのか。どうしてここにいるのか。

 じいちゃんの刀はどこだ。


 気が昂るルミナスとは対照的に、ソニンフィルドは終始冷静で、泰然とそれらに答えた。


 ――君の父親の勤め先からメメントが現れた原因は、二つ考えられる。

 一つは、以前から建物内に確保されていた可能性。

 もう一つは、建物内で誰かが死に、それがメメント化した可能性。

 そう、メメントは、生物の死体が変異したものなのだよ。

 我々はメメントが現れたという報告を受け、君の村へ出動したのだ。


 ――君の母親と姉弟は無事だ。あの夜、我々が手配した救護チームによって保護されている。まもなく自宅に帰れるだろう。


 ――ここは大陸(ファンテーレ)軍部の東方基地に属する施設だ。

 君を連れてきた理由を説明するためにも、我々が何者なのかをきちんと説明しよう。


 ――この世界には今、主に大陸(ファンテーレ)を中心に、恐るべき怪物が存在している。

 あらゆる生物の死骸から変異し、この世の生態系のどこにも属さない、未知なるもの。

 我々はそれをメメントと呼んでいる。

 私たちは〈SALUT(サルト)〉。

 メメントを殲滅するために設立された部隊だ。

 私はその部隊を指揮している。

 

 ソニンフィルドの語る内容は、まったく現実味を欠いていた。死体から生まれる怪物? そいつらと戦う部隊? まるでSF映画だ。非常識だ。普通じゃない。子どもだと思って欺かれているに違いない。

 だがソニンフィルドの表情を読もうにも、仮面に隠されてそれは叶わず、そもそも彼の口調は淡々としすぎていて、感情の起伏があるのかわからない。ルミナスを騙しているかどうか、ソニンフィルドの言動からは察せられなかった。

 考えるまでもなく、東方の田舎に住む十八歳の小僧をたぶらかして得することなど、大陸の軍人には微塵もないのだ。

 なによりルミナス自身が、化け物を目の当たりにしている。

 夢物語でも妄想でも幻覚でもない。これは現実なのだ。

 君を連れてきた理由は、とソニンフィルドが話を続ける。君が選ばれた存在だからだ。

 昏睡中に行われた精密検査で、ルミナスがマキニアンの適合者であることが判明したのである。もちろんこのときは、マキニアンとはなんたるか、など知らなかった。


 ――君は非常に貴重な人材だ。ぜひ共に戦ってほしい。

 メメントの驚異から、人類を守るために、力を貸してはくれないだろうか。

 これはひいては、君の家族を守ることにもつながる。


 マキニアンになる場合、ルミナスは死亡したことにされる。当然、家族には二度と会えない。故郷にも帰れない。

 拒否する選択肢も提示された。だが今になって考えると、拒んだところで帰してくれたとは思えない。メメントの存在を知ったマキニアン適合者を、政府が放っておくはずがないのだ。

 どうかよく検討してほしい。ソニンフィルドはルミナスに考える時間を与えたが、彼の中では、ルミナスを軍部に連れて行くことは決定事項だっただろう。

 仮面の男は去り際、ルミナスからは死角になる部屋の隅から、細長いものを持ってきた。

 祖父の刀だった。


 ――よい業物だ。大事にしなさい。


 ひとり部屋に残されたルミナスは、形見となってしまった刀を握りしめ、様々なことに思いを馳せた。

 家族、父、祖父。村の惨劇。大陸の軍人たち。メメントとかいう化け物。それと戦うマキニアンとかいう存在。

 自分のこれからのこと。

 考えがまとまらない。時間をもらったところで、そんな簡単に答えが出せるものではないだろう。

 病室にひとつだけ設けられた窓に顔を向ける。外は夜だった。晩冬の澄んだ夜空に、盃のような月が浮かんでいた。

 白月を見つめながら、手元の刀の鍔に触れる。鍔には満月と三日月の模様が施されていた。

 刀の銘は〈桂丸(かつらまる)〉。たしか家紋にも、月が象徴として使われていたと記憶している。

 月を見上げ、月に触れながら、考え続けた。

 ルミナスの本音は、二つに分かれている。

 一つは「家に帰りたい」。家族のもとに戻り、父と祖父を弔ったあとは、これまでどおりの普通の生活を続けるのだ。

 あの夜の恐怖を忘れることはできないだろうが、もう化け物とも大陸の軍人とも関係がなくなる。心の傷は、少しずつでも塞がっていくだろう。

 大学に行き、卒業後は真っ当な職に就いて、母と姉を支え、弟を大学まで行かせる。

 そんな、平凡ながらも幸せな暮らしを送れるだろう。

 しかし、もう一つの本音が問いかけてくるのだ。果たしてそれでいいのか、と。

 このまま家に帰れたとして、トラウマを克服したとして、謎は解明されないままだ。

 なぜ父の勤務先に、いるはずのない化け物がいたのか。父はなぜ、無惨な最期を遂げることになったのか。

 メメントという化け物の正体は何なのか。なぜこの世に存在するようになったのか。

 この先、再びメメントが東方に現れないとも限らない。

 もしまた現れたら。今度こそ家族を守り抜けると断言できるのか。倒すすべを持たない普通の人間が。

 次もまた誰かが助けてくれるなど、都合のいい期待はすべきではない。

 厭な問題を胸中に封じ込め、父の死の真相を解き明かそうともせず、世界のどこかに潜んでいる化け物の存在を知りながら、目を逸らしてのうのうと生きていけるのか。

 自分にそれだけの図太さと度胸があるのか。


 無理だ。


 きっと罪悪感に押し潰されてしまう。逃げた自分を責め続けてしまう。

 二つの本音のうち、どちらを選んでも、おそらく後悔する。

 それならば、多少なりとも意義のある道を選ぶしかない。この命に生き延びた意味があると、証明できる道を。

 本当は帰りたくてしかたがない。でも、もう帰れない。

 ルミナスは月を見上げたまま、静かに泣いた。頬を伝う涙をぬぐわずに、これまでの普通の暮らしを手離す覚悟を固め、心の中で家族に別れを告げた。


 そうして一人の少年は、本名「月岡猛(つきおかたける)」を捨て、マキニアンの「ルミナス」となる。 



 ルミナスはソファに寝転がり、今度は月ではなく天井を見つめた。

 ソニンフィルドやツェザリとともに大陸(ファンテーレ)に渡り、二年ほど訓練を受け、マキニアンになるための〈細胞置換技術(イブリディエンス)〉を処置された。

 祖父の形見となってしまった〈桂丸〉の刀身は、メメントを斬るために、クリミコン製のものと取り替えた。〈桂丸〉の姿かたちだけは遺されたが、その中身はもはや由緒ある家宝ではなくクロセスト――化け物を斬る怪刀である。

 ルミナスと同じだ。

 それから約十五年。文字どおり、命を懸けて戦ってきた。〈処刑人(ブロウズ)〉の隊長として、常に前線に立ち、仲間たちと力を合わせ、異形を葬ってきた。

 非公式な部隊ゆえ、功績が広く知れ渡ることも、称賛されることもなかった。

 もとより名声や栄光のために、任務に従事していたのではない。マキニアンは日陰の存在だが、世界の平和を守る重要な使命を帯びているのだと、みな、誇りに思っていた。少なくともルミナスはそうだった。でなければ、普通の幸せを放棄して、過酷な人生を選んだ意味がなくなってしまう。

 それなのに。

 すべてが無駄に終わった。

 マキニアン一掃作戦の夜、燃え盛る〈イーデル〉本部を呆然と見つめながら、信じてきたものが瓦礫と共に崩れ落ちていくのを感じた。

 なぜだ。お前たちじゃないのか。世界のために身を賭してくれと言ったのは。

 化け物と戦うために、身体を強化させたのは。

 死んだことにされても、家族に二度と会えなくても、志を保てたのは、それが正しい行いだと信じていたからだ。

 自分の選んだ道に間違いはなかったと、信じていたからだ。

 そう信じさせたのは、政府(おまえたち)ではないのか。

 それなのに。


(あのとき失望に流されて、ソニンフィルドについていたなら、今頃この手で何をしていただろう)


 ソニンフィルドは逃げ延びた仲間たちに、再起を望むならついてこい、と言った。真っ先に賛同したのはシーザーホークだ。

 ウラヌス、ベゴウィック・ゴーキー、パーセフォン・レイステルが続き、最後にエブニゼル・ルドンが加わった。

 

 ――ルミナス、お前も来い。お前の力が必要だ。


 シーザーホークが手を差し伸べたが、ルミナスは友の手を取らなかった。

 仲間に背を向け、すべてに背を向け、一人で去った。

 何もかも捨てたはずだった。けれど、心のどこかに引っ掛かっていたのだ。後悔、怒り、悲しみ、罪悪感。様々な感情が、押し込めた過去の記憶の中で、ずっとくすぶり続けていた。

 結局は、その余燼を見ようとしなかっただけなのだ。仲間に背を向けたこと、ソニンフィルドを止めなかったこと。本当は責任を感じているのに、捨てたと思い込もうとしただけ。

 その悔恨の情はとても普遍的で、ありふれていて、平凡で、普通だ。


(ああ、そうか。そうだった)


 吐く息が、軽くなった気がする。


(普通だったんだ、俺は)


 豪快な性格でもないし、発想が奇抜な天才でもない。自己中心にもなりきれない。傍若無人なふりさえできない。

 マキニアンになったあとも、ルミナスの性分は、真面目で普通に生きてきた少年の頃と、なにも変わっていなかったのだ。

 チームを束ねる者として、常に厳格な態度をとっていたが、それは本来の性格ではない。ただの見せかけ(ポーズ)であり、隊長ならばこうあらねばなるまい、という空回った思い込みにすぎなかった。

 もうチームはない。隊長という立場からは解放された。

 自分を取り繕わず、一人の人間として、ごく当たり前の、普通の望みを持てばいいのだ。 

 仲間と、置いてきてしまった大切な人のために、戦う。

 なんだかおかしくなって、自虐めいた笑みを浮かべる。どうしてこんな簡単な答えを、ずっと出せずにいたのだろう。ただの馬鹿じゃないか。

 自分の頭の堅さと愚かさに嫌気がさしたが、不思議と気分は晴れやかだ。

 燃え尽きて埋もれたはずの闘志が、灰の中から蘇り、静かに輝き始めた。

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