TRACK-3 烽火を上げよ 11
ルミナスは刀を握り直すと、腰をやや落として構えた。
藤色の目線の先にいるのはラグナ・ラルス。エヴァン・ファブレルの中に植えつけられた別人格であり、ディラン・ソニンフィルドの虎の子だ。
「ラグナ……」
ルミナスは対峙する青年の名を、口の中で呟いた。
エヴァンはかつて、ルミナスの部下だった。しかしラグナは違う。
ラグナを制御していたのはソニンフィルドのみ。かの男だけが、真紅の最終兵器を意のままにできた。
「マキニアンが生身の人を襲うなど、あっちゃならねェ」
ラグナは常に、ソニンフィルドの指令を受けている。おそらく今も、インカムを通して命令が下されているだろう。
ラグナはソニンフィルドの指令に忠実だ。それが、たとえ一般人に武器を向けることであっても。
ルミナスから距離をとったラグナが、敵意に満ちた目でじっと睨みつけてくる。
ルミナスもまた、ラグナを見据えた。正確にはその向こう、どこかでこの場を監視しているはずの、ソニンフィルドを。
十一年前に決別した元上官は、今や倒すべき宿敵だ。
ルミナスは目だけを動かして、周りを見た。
さきほど庇った、スーツ姿の眼鏡の男。疲労を隠すように歯を食いしばり、端正な顔を歪めている。突如乱入した見知らぬルミナスに対する、不審感もあるだろう。
さらに目を動かし、眼鏡の男から少し離れた場所にいる女性を確認した。
ドミニク・マーロウ。懐かしい顔だ。頼れるチームメンバーだった。驚きと安堵が混じったような表情で、ルミナスを見つめていた。
負傷しているらしく、苦しげに左肩を右手で抑えている。治癒能力が追いつかないほどの攻撃を受けたようだ。身体中からノイズが発生している上、肩から煙のようなものが立ち昇っているのが、押さえた指の間からかすかに見える。
おそらく、ラグナの光学兵器にやられたのだろう。
自然と口の端が歪んだ。エヴァンと同じ肉体に、ドミニクを傷つけさせるとは。
ラグナが右腕をブレードに変形させるや、ひと呼吸する間もなく、一瞬にしてルミナスの眼前まで移動した。
真紅の刃が、風を斬り裂くほどの速度で迫る。
ルミナスはラグナの速さに合わせて動いた。無駄のない所作で刀を振り上げ、ラグナのブレードを弾く。そのまま一歩踏み込み、ラグナの右耳に狙い定めて刀を振った。
これを避けたラグナが、左腕をショットに変形させ、銃口をルミナスの胴に向ける。
ショットが火を吹く寸前、ルミナスは右手だけを刀の柄から離し、ラグナの左肩の付け根に拳を叩き込んだ。
強烈な一撃を受け、ラグナがよろめき、ショットの銃口がよそに向く。ルミナスはすかさず刀を上に掲げ、ラグナの左肩へ切っ先を突き出した。
ラグナはバランスを崩したままだったが、背中から倒れるようにして刀をよけ、低い位置から右足を振り上げて、ルミナスの胸を蹴りつけた。
身体が震えるような衝撃を受けたルミナス。しかし、鍛え抜かれた両足でふんばり、やや後方に押し戻される程度にとどまった。
その間にラグナは、後方回転で体勢を正面に戻し、再びブレードを振るってルミナスに襲いかかった。
ひと跳びで懐に入り込み、神速の剣さばきで紅い刃を繰り出す。その動きは、さながら旋風。常人では肉眼で捉えられず、瞬く間に八つ裂きにされるだろう。
ルミナスは、ラグナの恐るべきスピードに、苦もなく応戦した。刀を軽やかに翻し、獣の如きラグナのブレードをことごとく受けては弾く。
黒銀の刃と真紅の凶刃。ぶつかるたびに火花が散る。
鍔迫り合いになり、距離をとっては接近を繰り返す。
互いに攻撃の隙を逃すまいと、瞬きもせず睨み合う。
斬り結ぶ両者の姿は、戦うためだけに存在する、戦闘兵器そのものだ。
ラグナの能力は、マキニアン随一である。本領を発揮したラグナには、マキニアンが束になっても及ばない。彼に匹敵する者は、同じ光学兵士であるシェド=ラザにおいてなかった。
ラグナはまだ本気を出していない。そのつもりがあれば、このあたり一帯はとうに焦土と化している。
だからルミナスも、今は手加減していた。
鎌鼬が発生したかのような、激しい斬り合いのなか、新たな動きを見せたのはラグナだった。
左手の指をすべて鋭利な刃物に変え、ルミナスの脇腹を抉らんと突き出してきたのだ。
ルミナスの刀は、ラグナのブレードと競り合っている。片手で払いのけるにも、一歩懐に踏み込んで投げ技に転じるにも、体勢が中途半端だ。
やむを得ず、ルミナスは刀を退いて後方へ跳ぶ。ラグナの左手が、わずかに服をかすめた。
ルミナスが地面に着地した次の瞬間、熱い光の塊が目と鼻の先に迫った。反射的に側転し、回避。熱光は、さきほどまでルミナスがいた場所に命中し、大穴を開けた。
銃弾の威力ではない。顔を上げて見れば、ラグナが右腕をショットの形状に変形させ、ルミナスに照準を合わせていた。ビームライフルだ。光学兵器のひとつである。
ルミナスが走り出すと、そのあとを追うようにして、エネルギー弾が撃ち出された。燃える光の弾丸が、地面や建物に降り注ぎ、瓦礫の山を積み上げていく。
ビームライフルと、その破壊によって吹き飛んでくる瓦礫の嵐の中を、ルミナスは駆けた。ドミニクとスーツの男がいる方向は避け、ラグナの周囲をひた走る。
ふいに目の前を、光り輝く帯状のものが過ぎった。あと数ミリ速く進んでいたら、頭部を貫通していただろう。
光の帯は、ラグナのビームウィップだった。攻撃範囲が広く、スピードを乗せれば乗せるほど威力が増す、厄介な武器だ。ラグナは右腕のライフルと左腕のウィップを巧みに駆使して、周辺を破壊しながらルミナスを追い詰める。
エネルギーの具現化であるビーム・レーザー系の武器を、刀で弾いたり防ぐことはできない。触れた瞬間に焼き壊されてしまう。
ルミナスは逃げの一手ながらも、ラグナの動きを見つつ、慎重に機会を窺った。
光学兵士のエネルギー供給源は、本人の体力そのものだ。ひとつひとつの武器性能は高いのだが、使用を続ければ、当然ながら体力を激しく消費する。その点は、他のマキニアンと変わりない。
ただし光学兵士は、基礎体力自体が凄まじく底上げされている。消耗による戦闘不能を狙って、あえて武器を大量に使わせるのは、かえって非効率だ。
ならば――。
ビームウィップとライフルで破壊された建物の瓦礫が、積み重なって小山を築いていた。ルミナスはその山を駆け上がる。
出力を上げたラグナのビームライフルが、小山を登るルミナスの背後から迫った。
ライフルの銃撃で小山が崩落する寸前、頂上に到達したルミナスは、力強く跳躍して、街灯の上に着地した。
ラグナが背中のウィングを展開させ飛翔し、ルミナスを落とさんとレーザーブレードを振りかざす。このウィングの飛行能力も、エネルギー噴出によるものだ。
足場にしていた街灯が破壊される、その紙一重のタイミングで、ルミナスは別の街灯に跳び移った。すかさず追ってくるラグナが、二基目の街灯を焼き斬る。
ルミナスはひときわ大きく跳び、三基目の街灯に立つや否や、今度は接近するラグナに向かってジャンプした。
空中で身をひねり、飛翔するラグナの頭上を越えて背後に回り込むと、左手でウィングの一翼を掴んだ。
ラグナが空中で暴れ、ルミナスを振り落としにかかる。
「すまん、ラグナ」
抵抗にも揺るがず、ルミナスは右手の刀を逆手に持ち替え、
「片翼もらい受ける!」
ウィングと背中の境目付近に刀を突き立て、渾身の力をもって切断せしめた。
それまで無言だったラグナの口から、ついに苦痛の叫びがほとばしる。砕け散った紅い翼が、血の雨のように降り注いだ。
ともども落下のさなか、苦しみながらも逆襲を試みたラグナが、ルミナスの腹を強かに蹴りつけた。その衝撃で、刀が手からこぼれ落ちる。
二人は同時に地面に落ちた。受け身をとったルミナスは、すぐに身を起こして立ち上がった。
だがラグナは、よろめきながらもどうにかふんばっている、という様子だ。五体の一部をもぎ取られたも同然なのだ。いかなラグナ・ラルスといえども、受けたダメージは大きいはずだった。
その証に激しいノイズが、パチパチと静電気のような音をたてて、ラグナの全身を覆っている。
細胞装置の武器は、体内に格納する“内蔵機器”と、身につけて装備する“外部機器”の二種類がある。
例えば、ドミニクの〈ケルベロス〉は外部機器だ。浮遊砲台自体が破壊されても、本人に影響はなく、修繕も比較的早い。
だが、ラグナの〈レーヴァティン〉のような内蔵機器が損傷すると、直接本人のダメージになってしまう。壊れた武器はナノマシンに戻り、体内に自動回収されるが、損壊状態のままであるため、メンテナンスを受けるまでは使用できない。
マキニアンの治癒能力は、細胞装置の武器の修復までは賄えないのである。
ルミナスが斬り落としたウィングは、粒状のナノマシンに分散し、ラグナの体内へと戻っていった。緋色の双眸が、憎々しげにルミナスを睨めつける。
再び地上で相対するルミナスとラグナ。
負傷しても臨戦態勢を解かないところを見るに、ソニンフィルドはラグナに撤退命令を出さなかったようだ。
ルミナスは苦々しい思いで、ラグナを見つめた。明らかに危険な状態にも関わらず、退くことが許されないのだ。思わず憐憫の情を抱く。
同時に、退却させないソニンフィルドの非情さに、腸が煮えくり返った。
ルミナスの刀は、ラグナの後方の地面に転がっている。負傷したラグナは、細胞装置を使えない。肩で息をしているが、ぎらつく瞳に灯る闘争心に衰えは見られなかった。
退かないのならば、戦うしかない。
ルミナスは右足を前に出し、浅く腰を落として、格闘の構えをとった。
「来い」




