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TRACK-1 炎心 1

 エヴァン・ファブレルにはやりたいことがたくさんある。

 物心ついた頃から軍部という極限の世界で生き、一般人の生活を知らずに過ごしてきた。さらには十年間も凍結睡眠(コールドスリープ)状態にあり、青春らしい青春など無いに等しかった。取り返し謳歌しなければならない。

 まずは遠方への旅行だ。エヴァンの行動圏といえば、住まいのアパートと〈パープルヘイズ〉があるサウンドベルを含む、アトランヴィル・シティ第九区くらいだ。よその区へ行くこともあるが、たいていは仕事絡みである。

 もちろん、恋人のアルフォンセ・メイレインとの二人旅だ。

異法者(ペイガン)〉の仕事が忙しく、なかなか遠出に連れて行ってやれなくて、常々申し訳ないと思っている。優しいアルフォンセは「そんなこと気にしなくていいのに」と言うだろう。一緒にいられればそれでいい、と。

 エヴァンだって、彼女と二人で過ごせればどこでもいいのだ。お互いの部屋だろうが、行きつけのカフェだろうが、ゆるやかに季節の移ろいを感じる公園の散歩道だろうが。

 でも、二人だけの思い出を増やすには、新しい刺激も必要である。

 旅行が難しければ、遊園地などが望ましい。そういえばまだ遊園地には行ってなかった。

 そうだ、次のデートは遊園地にしよう、絶対に。

 しかし、秋の深まったこの時期。絶叫マシンに乗って冷たい風にさらされては、アルフォンセが体調を崩してしまうかもしれない。春まで待つとするか。いや、そもそも彼女は絶叫マシンは平気だろうか。

 そんなことを考えるエヴァンは、まさに今、絶叫マシンのレールの上にいる。



 季節は十一月半ば。肌を撫でていく風の冷たさに、もうじき訪れる冬の存在を感じる日暮れどき。

太陽が空を茜と瑠璃の二色に染め上げ、西の彼方へ沈もうとしている。自然が織りなす美しい光景を、エヴァンはうっとりと眺めた。

「すげえ綺麗だなあ。こういう綺麗な景色も、アルと一緒にたくさん見てーもんだよ」

 愛する彼女の顔を思い浮かべつつ、穏やかな感動に浸る。

 だが、せっかくのいい雰囲気を台無しにする無粋な気配を察知して、エヴァンはやれやれと肩をすくめた。

 気配が接近した瞬間、エヴァンはおもむろに右手を上げる。途端、その掌に何かが衝突した。

くず肉を集めて塊にしたようなすんぐりした胴体に、ムカデを思わせる無数の足。頭部はジョウロの注ぎ口のごとく突き出ており、エヴァンに向かってガチガチと歯を鳴らしてくる。アンバランスな体躯のこのメメントは「パラトロゴ」と命名されていた。

 右手一本でパラトロゴの動きを止めたエヴァンは、芝居がかったため息を吐く。

「人生初の遊園地なのに、ジェットコースターに乗れもしないでメメントと一緒にレールの上に立ってるってのは、愉快すぎて逆に泣ける。ぜんぜん青春じゃねえ。青春の姿形も見えねえ」

 パラトロゴがエヴァンにのしかかろうと体重を押しつけてくる。エヴァンはそんなメメントの重さなど気にも留めず、頭部を振り回して暴れる怪物を抑え込んだ。

 パラトロゴがじたばた動くと、足元が揺れて不安定になり、錆びて朽ちかけた鉄のレールが、ギシギシ嫌な音をたてた。

「おいこら、暴れんな、足元壊れちまうだろ!」

 だがメメントが言うことを聞くはずもなく、エヴァンに頭部を抑え込まれたままの状態で、一層激しく全身を震わせた。

「やめろ、やめろって、壊れる! 壊れたら落ちる! ここ地上何メートルあると思ってんだ! 俺もよくわかんねーけど、二十メートルはあるぞ、たぶん!」

 文句をぶつけた直後、レールの繋ぎ目が音を立てて損壊。ジェットコースターは、エヴァンとメメントを巻き込んで崩れ始めた。

 パラトロゴの巨体が、地上に向かって大きく傾く。そして、落ちなばもろともと思ったか、エヴァンに喰らいつかんと下顎を突き出してきた。

 エヴァンは、空中でパラトロゴの下顎を蹴り弾き、ついた勢いを利用して体の向きを変えると、両腕を真紅の金属に変形させた。

 対メメント戦闘員マキニアン最大の武器〈細胞装置(ナノギア)〉。エヴァンに与えられたスペックは、炎の鉄拳〈イフリート〉だ。紅い籠手に変形した前腕から繰り出される一撃で、敵は劫火の餌食となる。

「だから落ちるって」

 右の拳に烈火を纏わせ、

「言っただろーが!」

 パラトロゴの眉間に渾身の一撃を叩き込んだ。   

 メメントの肉が潰れ、骨が砕け、〈イフリート〉の炎がすべてを飲み込んで燃え盛る。火の塊と化したパラトロゴは、まっしぐらに地上へ堕ちた。

 エヴァンは左手指をハンドワイヤーに変え、手近なフラッグポールを掴み、落下速度を()いで着地した。炎上するメメントの残骸には目もくれず、自分の紅い両手を見つめ、握ったり開いたりを繰り返す。

「なんか最近、すげー調子いいな。身体が軽いし、パンチもめちゃくちゃ冴えてる気がする。俺の才能が更に進化した? レベルアップってやつ? 俺、天才かも」

「お前の場合は“天災”の間違いだろう」

 声がした方に身体を向けると、ほのかに蒼く光る機械剣ブリゼバルトゥを右手に携えたレジーニが、こちらに歩み寄ってくるところだった。

 チャコールグレーの三つ揃えに、淡いブルーのネクタイで爽やかさを足した装いが、秋らしい季節感を演出しており、小憎らしいほど粋である。おまけに今日は、黒いレザーの手袋まで嵌めていた。

 一方エヴァンは、フード付きのデニムジャケットに細めの黒いカーゴパンツを合わせ、お気に入りのスニーカーを履いた、いつもどおりのカジュアルスタイルだ。毎度毎度、レジーニから「服装が野暮ったい」と酷評をいただいているが、何と言われようと好きな服を着るつもりだ。

 

 季節は移りゆくが、エヴァンとレジーニは変わらず〈異法者〉としての裏稼業に勤しんでいる。ひと月半ほど前、一人の少女と特別なメメントを巡る大きな事件が起こったが、あれ以降は特に何事もなく、深まる秋の風に身をゆだねる枯れ葉のごとく、ただ時が過ぎていった。

 そんな折、海沿いの地区ロックウッド近郊にある、閉園した遊園地に出没するという、メメント討伐の仕事が入った。

 遊園地が閉園したのは十数年前だそうだ。園内は雑草や野花に覆われ、ほぼ自然回帰している一帯もあった。アトラクションやショップなどの建造物は外装が崩れ、あらわになった地の部分が赤茶色に錆びていた。

 かつては子どもたちを楽しませたであろうマスコット像も、ひび割れたり塗装が剥がれたりしている。その変わり果てた姿には、ホラー映画並みのおどろおどろしさがあり、置き去りにしていった人間たちへの怨念が彼らに魂を与え、今にも動き出しそうな迫力があった。

 遊園地はたしかに、メメントの棲み処になっていた。パラトロゴが一体と、その下位変異であるグルトニーが複数体、厚かましく居座っていた。

 どちらのメメントも、過去にロックウッドで討伐された記録が残っていた。記録によれば、特筆すべき弱点はないものの、とにかく食欲旺盛なのだという。メメントは腐肉食(スカベンジャー)のはずだが、パラトロゴとグルトニーは獲物の生死問わず何でも食べる。

 暴食(パラトロゴ)大食(グルトニー)とは、絶妙な名前が付けられたものである。

 エヴァンとレジーニは、園内のあちこちを徘徊するグルトニーを駆逐し、親玉格のパラトロゴを追い詰め、炎の拳でとどめを刺した。

 これで仕事は片付いたはずだ。

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