第8話 「じゃあクイズ 友達の作り方を知ってる?」
【4月9日 午前10時00分】
翌日。
零斗は教室で授業を受けていた。高校生として当たり前の風景。
その当たり前を入学以来初めて落ち着いた気持ちでじっくりと堪能している。
1クラス500人の大所帯。その全員が着席してまだ余りある巨大な教室。
扇形に広がる階段席には二人掛けの長テーブルが放射状に設置されていた。
零斗の隣には、金髪のギャル。物覚えの悪い彼もさすがに彼女の名前がミキティであることは、しっかりと覚えた。
(昨日はごめん)
(ぐっすり眠ってから頭を整理して反省したのかな。分かればよろしい)
(いや、眠たすぎて何も覚えてないんだ)
((怒))
今朝歯を磨きながら、零斗はようやく気付いたばかりだった。理由や理屈はともあれ自分を心配して追いかけてきてくれた少女にお礼の一つはすべきだと。
零斗の謝罪をミキティは受け入れた。
だけれど、ラメ入りアイシャドウのギャルと気軽に交わす話題もなかったので話はそれ以上続かなかった。
千夜学園に教師はなかった。教室の前面に備えられた超大型のディスプレイ。画面に映し出されているのは、ハリウッド映画並みの予算をかけて作られた映像教材。今は再現された石器時代の生活風景が流れている。日本史第1回の授業だ。映像は手もとのPーLIVE(個人用携帯ネットワーク端末)からタブレット型ディスプレイにも出力できる。
質疑応答はAIの役割だ。文字入力あるいは音声入力でリアルタイムでの質疑応答が可能。過去50年間の授業で蓄積されたあらゆるデータを分析し最適な回答を導き出し、物分かりの悪い生徒にも丁寧に粘り強く対応し、『教育』を効率よくこなしていく。
生徒たちはローカル・ネットワークに接続し、同じ授業を受けているメンバーと自由に会話することもできる。トピックごとにルームが作成され、『土器について語る』とか『縄文人vs弥生人』とか、果ては『教材出演の俳優・声優について語る』といった話題で盛り上がっていた。何を語るも自由だが、常にクラスに潜伏している風紀委員が監視していることを忘れてはならない。
すべてがネットワーク上で完結するはずの教育システムを目の前にして、なぜか彼ら生徒たちは一つの教室に集められ、席を並べて授業を受けている。それは『学園』として譲れない一線なのだった。
(ごめん。心配してくれたことはうれしい)
零斗は生徒会でもらったメモ帳を取り出すと、短い手紙をミキティに送った。
どうやら学園では生徒会の話題はタブーらしい。
すべての通信が風紀委員の監視下にある中、秘密裏に会話をする画期的な方法を彼は生み出した。そう、筆談だ。
(ごめんじゃなくて そこはありがとうだろ)
ミキティは派手な見た目のわりに、習字の先生のような綺麗な字を書くのだなと感心する。
(ありがとう。お礼をする)
(そーじゃない。早く普通の生活に戻ろうよ。戻れなくなっても知らないぞ)
普通の生活、その言葉に零斗は反発を覚えた。
(本当に何も問題ないよ)
(せっかくの高校生活だぞ?青春なんだぞ。友達100人作ろうよ?困ったことがあるなら、神様なんかじゃなくて友達頼れ)
(友達か。そういうのも、いればいいけどさ。僕にはいない)
零斗が手紙を返すと、一瞬、不穏な空気が流れた。彼自身は全く気付くことがなかったけれど。
(じゃあクイズ 友達の作り方知ってる?)
(なにそれ?)
(なんでもいいから考えてみて)
随分と難しい問題だ。哲学的な問題、それともひっかけクイズだろうか。
友達とは何か。作ろうと思って作れるものか。その答えが出るより先に、零斗が待ちわびていた便りが届く。
『メールが届きました』ディスプレイに通知が表示される。
授業中は、教室内のローカルネット内にアクセスが制限されるはずなのだが、神様にそんなことは関係ない。
『今日の放課後17時、喫茶リリーマルレーンにて待つ』
メールには画像データが添付されていた。その中身が何であるか、考えるまでもなく理解できた。息を整えると、神妙な面持ちで画面をタッチする。
そこにあったもの。
零斗の記憶と一分の違いもない。まさにあの夜、零斗がレンズを通して観た光景。満月に照らされた少女の写真だった。
どっと鼓動が速くなり、顔が熱くなる。あの夜の風の匂い、空気の温度、声の響きさえも、写真が呼び覚ましていく。
息を止めたまま画面を見つめていると、押しのけるようにしてミキティが端末をのぞき込む。
「なにこれ、なにこれ?」
零斗は慌ててミキティの口に指を当てる。
(し ず か に)
空いた手で紙片にそう綴る。
(神様って奴からのメールだよね)
(YES)
(やっぱり女絡みだよね)
(?)
(この女の子、誰?)
(??)
(洗いざらいしゃべってもらうね)
(!?)
(!!)
(!!!)
そんなやりとりが何度か続いたのち、巨大ディスプレイに大きく「続く」の文字。とたんに教室全体がざわめきだす。授業終了の合図である。
(さっきの宿題の答えは明日ね)
ミキティは役目を終えた紙片を小さく折りたたむと、零斗の胸ポケットに優しくそれをしまった。
「さぁて、とりあえず今は写真の女の子のことについて語り合わないとね!」
◇
「ここはハッキリさせておくが、恋だとか愛だとかそういうのではない。なんていうか、俺はそういうのには縁がないタイプの人間なんだ」
「はいはい。会いたいってことは好きってことだよ。でも、目つきが悪いよね、この子」
「会いたいのは会う必要があるからだ」
「全体的に陰気な感じがするなぁ。どんな手を使ってゼロっちを誘惑したんだろうねぇ」
「だから、彼女は誘惑したりはしてないよ」
「こういうのが、タイプなんだぁ、へぇ~」
「違うってば。男が一目ぼれする美人てタイプじゃないだろ」
「あーあ、ゼロっち。女の子に向かってそんなこと言うのは外道だね。サイテー。会ったらすぐに謝るんだね」
「なんだよ。最初に言いだしたのは多々良葉さんだろ。それに彼女自身が言っていたよ。他人に好かれる顔じゃないってさ」
「ほぅらね、やっぱりだ。彼女にとってもコンプレックスなんだ。なのに、ゼロっちは女の子の容姿をあれこれ言ってさぁ、男としてどうなんだぁ。それと私のことはミキティって呼んでね」
「いや、僕は美人ではないといったけど、それと顔の良し悪しはまた別だよ。愛嬌があっていいと思う。それと多々良葉さんをどう呼ぶかは俺が決めることだろ」
「やっぱり好きってことじゃん。素直になれよー。私のことはミキティって呼ぶんだ。これは命令」
アァめんどくさい。こういうときに取る手段は一つだけ。
大きく深呼吸をして。
そして、沈黙。
一心不乱に前だけを見て足を進める。
厄介なクラスメートはいつまで自分の隣にいるつもりだろうか。自分は何も間違ってはいないはずだ。
それを追うミキティも歩みを止めることは無かった。