第5話 君の話をしてくれないか
【4月8日 午後7時5分】
「ボクが可愛い女の子だからって舐めるなよ。いざ神様に会いに来たところにボクみたいな小娘が現れると、皆ガッカリするんだよ。本当に失礼な話だよね。だから、ボクなりのサプライズを用意する必要があったわけさ。さて、藤原君、ボクに何か言いたいこと、まだあるんでしょ?」
「あのさ、アンタは神様で、俺の願いを叶えてくれるってことでいいんだよな」
「ああ、間違いない。君は三重県は伊勢市の出身だ。あそこは素晴らしい場所だ。神宮には私も敬意を払っているんだよ。なんたってボクも神様だからね――何で分かったのかって? ボクは君のことなら何だって分かるよ。例えば、趣味は写真。肌身離さず首からカメラを下げてるんだから、誰でもわかるだろって言いたいかい? でも、それは子供のころにお爺さんから貰ったものだろ。元戦場カメラマンだが、戦場で活躍していた時代よりも水着姿のグラビア・アイドルを撮っていた時期の方が長い。まぁ、その事情については踏み込むのはよしておこう。なぁに礼儀の問題さ。知ってはいてもプライバシーは尊重する。家族はそのお爺さんと母親、妹が一人。お父上は海外に単身赴任中か。それと犬一匹、ふむふむ。好物はちくわ」
「す、すごい。全部当たってるよ」
「神様だからね、当然さ。どうだい、ボクが神様だと信じる気になったかい」
黙ってうなすぐ零斗。
「愚か者めい!」
神様は両手を合わせると、その間から水鉄砲のように勢いよく水流を噴き出し、零斗の顔に浴びせ掛けた。
「うわぁぁ」
「神罰覿面だ」
水も滴るいい男になった零斗。神様から手渡されたバスタオルで体をふく。唐突な展開に事態が呑み込めない。
「これはホット・リーディングだよ。あらかじめ相手のことを調べておいて、さも相手の心を読んだ振りをするテクニックさ。実のところ君が隣の部屋で英樹と話している間に、君の情報を検索していたというわけさ。君自身、入学願書に記載した内容だって気付かなかったかな」
「なるほど。てことは、神様だってのは噓なのか!?」
「あーん、違う違う。こんな安っぽい手口には引っかからないで欲しいんだよ。ボクは本気で神様なんだからね。完膚なきまでにボクを神だと信じてもらわないと駄目なんだ。じゃなきゃ本当に神である価値がないだろ。」
「なんだか面倒くさい性格だな」
「ふふふ、誉め言葉として受け取っておくよ。うーん、じゃあ次は君の願いを当ててみようかな」
神様は大げさな動作で両手をこめかみに当てて、何かを念じていた。
「なるほど、なるほど。君はね……女の子を探しているねぇ。それも……この学園の生徒だ。知り合いもいなくて、頼れる人間もいないから神様にすがろうという魂胆だ。匿名サロンでボクの噂を聞きつけて、北校舎を一人彷徨い、やっとのことで生徒会室を見つけた」
「あわわわわわ、凄い。凄いよ。それはまさに今日の俺だ。絶対にネットなんかでは手に入らない、俺しか知らない情報。やっぱアンタはホンモノの神様……」
そこまで言いかけたが、神様は零斗の唇に指をそっと当て、言葉の続きを遮った。
「愚か者めい!」
神様は両手を合わせると、零斗の尻に電流が走った。尻を押さえて飛び上がり、その場にうずくまる零斗。
「なんで、なんで?」
「神罰覿面パート2」
驚きはしたが」尻に大した痛みは残っていない。
「今朝、校内で女生徒を片っ端から盗撮する不届き者が出没しているという報告を読んだのだけど……まさかキミがそれだったりするのかな」
「勘違いですよ。俺は盗撮なんてしてない! ちゃんとした目的があるんだから盗撮だなんて、とんでもない。」
零斗は起き上がると首に下げたカメラに手を伸ばす。
そして、そのまま引き込まれるようにゆっくりとカメラを構えていた。レンズを通して映るもの……目の形が綺麗だ。鼻の筋が通っている。透き通る白い肌。整った鎖骨。いーや、そんなものじゃない。彼女の全身全霊、その細胞の一つが一つが。皮膚が、骨が、血管が、彼女の美しさを表現しようと競い合っているのだ。いつまでだって見ていたい。この美しさは神々しさというよりも……魔性。
そうやって改めて目の前の神を自称する存在を品定めする。
「俺にはレンズを通してみたモノを絶対に忘れない特技があるんです。あと、レンズを通すと真実が見えるというか、なんというか……」
その半分は彼の才能であり、半分はただの思い込みでもある。
「それは凄いね。じゃあ、君の目に映るボクは何者だい?」
「嘘は付いてないと思う。きっと只者じゃない。アンタが神様だとしても驚かない」
「それだけ? つまらないなぁ。神様と握手だってできる距離に居ながら、『神様だとしても驚かない』なんてすました顔で語る奴が本気で神様を信じているとは思えない。先にネタバレすると、さっきのはコールド・リーディングという程でもない。当たり前のことを言ったのすぎない。この学園で新入生となれば頼れる人間なんてそうはいないし、神様に辿り着ける情報源といえば匿名サロンくらいだよ。そして地図に載っていない生徒会室に辿り着くまでは、それは苦労はしたことだろうね」
神様は顔を近づけじっと見つめる。
「盗撮の件は忘れてあげよう。君が真剣であることは何となく伝わってきた。この通りちょっとした情報さえあれば、推理によって真実に到達することも容易いことなのだよ、ワトソン君。いいかい、ボクは本物の神様だから50%の確率で詐欺師、50%の確率で神様なんて半端な気持ちで信じてもらうと逆に迷惑なんだ。お願いだからボクを落胆させないでくれよ」
「じゃあ、じゃあ。何があるんだ? 神様が神様だって証明する何かって、何だよ」
「ない。神は自らの存在を証明しない」
「へ?」
「分かっただろ、本気で騙そうと思えばなんだってできるものだ。だから、最後に信じられるのはキミ自身の目と心だと心得よ。神様だけが起こせる奇蹟は、キミの頭の中にあるんだろ」
「……なるほど。何となく言いたいことは分かりました。覚悟は決めました。俺の願いが叶うまで、少々お付き合い願えますか。こればっかりは神様でなきゃ、どうしようにもならないんですよ」
少女は機嫌よさそうに満面の笑みを湛える。
「安心しなよ。君が信じようが信じまいがキミの願いは叶えてやるよ。それでは、あらためて。やぁ、ボクがこの学園の女神である神様だよ」
「よろしくお願いします。あと、ひとつ質問。さっきから手から水を飛ばしたり、体に電撃が走ったりするアレ何ですか?」
「ああ、驚いてくれたぁ? まぁ、ただの手品だよ。手品師は日常的にこの手のタネを仕込んでいるものさ。ボクの目的は他人を騙すことじゃないからね。もったいぶることはしないのさ」
少女は袖から細いチューブを取り出して、零斗に投げ渡した。服の中に水袋を仕込んでいるのだろう。
続いて零斗の臀部に手を回す。ドキッとしたが、その手に握られていたのは金属ピンだ。
「そして、こっちは静電気帯電装置というわけ」
こんなものさと肩をすくめる。
最後にハンカチを取り出すと右手にかぶせる。怪しげな呪文を唱えるとハンカチがむくむくと盛り上がり、ハンカチを取り払うと、そこにワインが注がれたワイングラスが現れた。グラスの中身を一気に飲み干す神様。
零斗もこれは凄いと拍手喝采。
『君の話をしてくれないか』 Tell Me About Yourself
(この不思議な地球で―世紀末SF傑作選 収録)
F・M・バズビーの短編SF小説。
FF14 Ver5.1 漆黒編のクエストのタイトルでもある。