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千夜学園の女神さまっ!! (8月までに完結させるぞい)  作者: 影咲シヲリ
第1章 新入生編
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第3話 八坂英樹の溜息 

【4月8日午後6時25分】

「やぁ、生徒会へようこそ」


 ドアは内側から開いた。

 現れたのは笑顔の爽やかなメガネ男子だった。


 細身で背はすらっと高く、学園の制服を実にスマートに着こなしていた。清潔感あふれる短く整えられた黒い髪、端正な顔立ちで引き締まった表情からは滲み出るような知性が感じられた。

 そして何よりアポなしの訪問にも嫌な顔ひとつせず応じる柔らかな物腰――それが緊張で強張った零斗の体を自然とほぐしていく。

 いかにも成績も内申点も女子人気も高そうな“優等生タイプ”――このメガネ男子こそが千夜学園の生徒会長なのだろうか。


「あのう、突然お邪魔して申し訳ありません……」


「緊張しなくてもいいよ。ここは生徒会室。生徒のためにあるのだから」


 包み込むような笑顔に零斗はすっかり警戒を解いてしまっていた。

 案内されるまま部屋の奥へと足を踏み入れる。


 生徒会室。そこに広がっていたのは、学園のどの空間とも異なる、まったく別世界の風景だった。最先端の科学と近未来的な設備に囲まれていたSF世界から古典文学の舞台へお引越し。

 床も柱も天井に至るまですべて本物の木材で作られている。

 壁には草花をモチーフにした抽象的な文様の壁紙が張られている。

 部屋の真ん中には向かい合わせに配置された6つの事務机。――いずれも樹木から丁寧に切り出され組み立てられた本物。今の日本ではすっかり姿を消してしまったものだ。緻密な彫刻が施され、琥珀色のニスの輝きが高級感を醸し出す。

 ただの家具ではなく美術品としても存在しているのだ。椅子や書棚ランプに至るまで家具すべてが同様の一級品で統一されている。

 生徒会というよりも、海外ドラマの世界――上流階級の応接室にでも迷い込んでしまったかのような光景だった

 零斗は息をするのも忘れて首から下げたカメラを構えていた。そして、いつもの悪い癖が出たと気付いてすぐさま頭を下げる。


「またやっちまった――ゴメンナサイ、本当に。思わず体が動いてしまうというか……綺麗なものは全部レンズを通して観たくなる、それが俺の厄介な癖でして、テヘヘ」


 せっかく温かく迎えてもらったのに台無しにしてしまうような大失態。

 零斗は自分を思いっきり殴りつけてやりたい気分だったが、メガネ男子は叱りつけるようなこともなく、少し困った顔で零斗を見守っていた。


「ふふふ。そうだね、ここは少し風変りだからね。気持ちが昂るのも理解できるよ。これはね、生徒会長"閣下"の趣味さ。実をいうと僕だってずっと落ち着かないんだよね」


「風変りだなんてとんでもない。感動してます。大人の空間です。こだわり派のマスターがいる喫茶店みたいですよ」


 語彙に欠ける零斗の精いっぱいの誉め言葉である。

 そして、彼は目の前の男が発した重要な一言を聞き逃しもしなかった。


「……えっ、ちょっと待ってください。"生徒会長の趣味"ということは、先輩が生徒会長ではないのですか?」


「僕の名前は、八坂英樹(やさかえいじゅ)だ。千夜学園の副生徒会長を務めさせてもらっているよ」


 八坂は部屋の隅の応接ソファーに零斗を座らせると、自分もゆるりと腰を掛ける。そして、笑顔を崩すことなく


「さてさて、藤原君。僕たちに何のご用事ですか」


 と零斗の瞳をまっすぐに見つめ問いかけるのだった。

 そうとも零斗だってここに遊び来たわけではない。

 何の用事かと問われてみれば、果たしてどこから話せばいいのやら。

 零斗は一瞬だけ悩んだ結果、端的に結論だけを告げることにした。


「あのう。神様に会いたいんですが」


 口に出すと、間抜けなセリフだ。

 いきなり核心に迫るのは、あまりに無警戒ではなかったか。

 これで良かったのか。なんと答えるのが正解だったのか。

 ぐるぐると思考が巡る。

 膝の上の拳をぎゅっと握りしめ身構える。しかし、八坂の反応は予想とは大きく違っていた。


 「ハァ………………………………………………」


 まるで魂が抜けていくような深く長いため息。深く深く長く長い。

 零斗はこれほど落胆した人間を見たことがなかった。

 すべての息を吐き出したかと思うとメガネを外し、目頭を押さえたまま再び黙り込んでしまった。


「あの俺、何かまずいこと言っちゃいましたか?」


 事態が呑み込めず呆気にとられるばかりの零斗。

 だが、メガネ男子は再びメガネを掛けなおすと元通り再起動した。


「失礼、少し疲れていてね。さて、藤原君だったね。君には何か悩みがあるんだろう。どうかな、その悩みを僕に聞かせてくれないかな。生徒会として全力で取り組ませてもらうよ」


 彼は自信に満ち満ちていた。その姿は頼もしく輝かんばかりだ。

 八坂の言葉に嘘はない。過信もなければ、自惚れもない。彼には、およそ一介の高校生が抱くような悩みのほとんどを解決するだけの才能と熱意に溢れていた。

 だが、零斗は躊躇することなくこう答える。


「神様には会えないんですか。俺は神様にお願いしたいんですよ」


 メガネ男子は目を見開き、何か言いたそうに口をパクパクさせている。

 本当は「どいつもこいつも何で口を揃えて……」と叫びたかったのだが、ぐぅと飲み込んだ。

 全身で失望を表明するように、彼は立ち上がると大げさに両手を持ち上げて、首を横に振った。


「ハァ……まったく」


 ため息交じりに。


「ハァ……まったく」


 語気を強めてもう一度。


「ハァ……まったく、まったく、まったくだ」


 しつこい様に何度も何度も繰り返す。ようやく落ち着きを取り戻すとこう続けた。


「君は賢明でない」


 再びソファーに腰を掛け俯いたまま低い声でそうつぶやく


「はい?」


「君は馬鹿だってことさ。どうして……どうして……」


 八坂の狼狽ぶりは、確かに神様が実在することを証明していた。

 零斗の関心は既に目の前のメガネ男子にはなく、部屋のどこかにいるという神様に向けられていた。八坂英樹の善意を踏みにじり、踏み越えてでも、零斗は神様に会う必要があるのだ。

……その時、空気が変わった。

鈴のような声が、静謐を破って降ってきた。


「さぁさぁ、英樹。約束だよ。選手交代だ」


 混乱を収めたのは澄んだ少女の一声だった。


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