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千夜学園の女神さまっ!! (8月までに完結させるぞい)  作者: 影咲シヲリ
第1章 新入生編
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第2話 「神様って悪いやつなんですか?」

【4月8日午後6時】

 藤原零斗(ふじわらぜろと)は入学してわずか3日目にして不可解な難問に直面した。頼れる知り合いもいなかったので仕方なく神様を頼ることにした。困ったときの神頼みである。

 零斗が「神様はどこにいるんだ?」と尋ねると「生徒会室に行けば分かるよ」と教えられたので、今まさに生徒会室を探しているところだった。


 私立千夜学園は『未来を担う若者たちに 最高水準の教育と環境を! もちろん無償(タダ)で!』を理念とする世界最大の学校法人である。日本全国から集められた数十万人の生徒たちが全寮制の下、共同生活している。

 最後の楽園とも呼ばれる学園だが、機密保持を理由に外部との出入りどころか通信連絡も厳しく制限された陸の孤島でもあった。


 新入生の零斗は、本当に誰一人知り合いと呼べる人間がいなかった。

 だからといって慌てたりはしない。分からないことがあれば『ネット』を使えばいいだけのこと。閉ざされた世界にも内側情報通信網イントラ・ネットワークがある。

 学内ネットワーク EVE^3 "Everything Everwhere Everytime" (いつかのどこかのなにかのそうわ)だ。

 『神さま』の存在を知ったのは|『EVE^3』上の匿名言論空間(サロン)でのことだ。

 匿名の気軽さから言論空間(サロン)は普段から人で溢れかえっていた。それが入学式直後となると無知な新入生を弄ぼうと企てる暇人と、そんな連中を秩序とマナーの名の下に叩き潰すことに喜びを見出す古参住人たちでごった返す。さながらお祭り状態だ。

 ここにいる限りは、誰しもが誰でもない無個性な名もなきアヴァターだ。責任も無ければ、しがらみも無い。言いたいことを、言いたい放題に言える場所。だからこそ素の自分でいられる。学園の最底辺にして有頂天。

 嘘、大げさ、言葉足らずに勘違い。憶測、妄想、偽史、贋作に作り話。無責任に生み出され続ける言葉の奔流。

 そして、水底でわずかに光輝く一握りの真実。

 「嘘は嘘であると見抜ける人でないと匿名掲示板を使うのは難しい」とは20世紀末、情報社会黎明期の言葉。その言葉の正しさは今も変わらずだった。


 零斗は検索ワードに「難問」「解決」「不可能事件」など思いつく限りの単語を並べては入れ替えて《サロン》内に数時間潜っていた。膨大な巻物スクロールの波に目を凝らすと、冗談とデマと警告のあいだに、わずかな確信が滲んでいる。


 あるスレッドで、彼は以下のやりとりを目にした──


【新入生です。助けてください】

『神様案件』ってなに?


【名無しの模範生徒】

会えば分かる。生徒会室で神様と悪手


【名無しの模範生徒】

悪手なのかよ


【名無しの模範生徒】

本気で悩んでるなら神様マジオススメ


【ゆかりさん】

それ、マジでやめとけ。新入りにアレの話すんな。


【名無しの模範生徒】

神様関連で再起不能になった奴、10人は知ってる


【名無しの模範生徒】

再起不能ってジョジョかよ


【名無しの模範生徒】

実際に願いを叶えたやつ見たことあるか


【名無しの模範生徒】

俺の隣で寝てる


【古参A】

見てる分には楽しいんだから、あとは自己責任でいいんじゃね


【名無しの新入生】

こえぇよ……


【善人X】

か〇さまワード出すと@にIPぶっこ抜かれるぞ


【ジョーカー】

君が望むなら、神様は現れる。

問題は、その「願い」が本当に君のものかどうか、だ。


 『神さま』の目撃談は多い。在校生たちは皆何となくその存在を知ってはいるのだが、きちんと説明する言葉を持たなかった。それでも情報の断片をかき集めると『神さま』が願いを叶えてくれるのは間違いないようで、しかも成功率は100%なのだそうだ。何それ凄い。

 だが、どういうわけか新入生に『神さま』の存在を教えることは『悪意』であると認識されているらしい。『善意』の住人は新入生たちに『荒らしども』の言うことだから無視するようにと注意を促していた。それでも零斗が「神様って悪いやつなんですか」と食いつくと、別の誰かが「悪い人ではないんだけどねぇ」という曖昧な言葉を漏らすのだった。


 ああ、これだ。零斗は直感した。


「あの奇妙で不可解な難問を解決できるのは、神様くらいのモノだろう」


                        ◇


 『道に迷う』なんて旧世紀の絶滅危惧種だとは言い過ぎだけれど、少なくとも完全情報化された学園の中で、道に迷うといった経験はそうはなかった。


「生徒会室に行きたい」


《そんな施設は存在しないワン》

 擬人化された犬の姿をする彼は「迷ワン」君。人気はない。無機質な女声AIに変更する生徒が多い中、デフォルト設定をそのまま使うのが零斗君の流儀である。


「生徒会ですが」


《わからないワン》


「せ・い・と・か・い」


《正確な名称で答えて欲しいワン》


「おおーーい、どうなってやがんだよぉぉぉぉぉ」


 零斗は何もない空中に向かって語りかけていた。

 PーLIVE(プライヴ)は、かつて携帯電話と呼ばれたモノの末裔だ。

 零斗が使うのは学園の支給品のソレ。本体は首輪型の個人情報端末。

 無線で接続されたゴーグル型ディスプレイを通して、拡張現実世界が映し出される。

 学園案内AIに尋ねてみるのだが、なぜだか目当ての場所には辿り着けない。

 そうなると生徒会室へ向かう、たったそれだけのことが冒険になるのがこの学園だった。

 新入生だけで3万人。在校生すべてを合わせると20万だとか30万だとか。

 生徒の数も狂っていれば、校舎のスケールもまた然り。

 零斗が歩いている『北校舎』の廊下は、いわゆる『普通の学校の体育館』がすっぽり収まってしまうくらいの大きさで、窓もなければ飾りもなく殺風景な鼠色の壁が東西に延々と続いていた。

 生徒たちが普段暮らす教室エリアは、普通の学校とそう変わることはないのだが、少し道を外れると突然、米軍の秘密軍事基地かと言いたくなるような非常識なまでに殺風景な風景が現れる。それがこの学園だった。それはまるで、何か別のモノが学園であることを装っているかのような。

 さて、中央校舎群(セントラル)には、東西南北そっくり同じ形をした4つの校舎がある。その一つ一つが地上30階建、大小500以上の部屋を持つ。その中からたった一つの部屋を探し出すのは骨の折れる話だ。生徒からその姿を隠す生徒会とは、これまた一体?


《あんた、生徒会室に行きたいのか?》


 先ほどまで愛想なく対応していたAIが突然、馴れ馴れしくタメ口で話しかけてきた。


「おお、迷ワン君。いきなりタメ口か。お前も偉くなったもんだなぁ」


《お前が馬鹿面晒して、泣きそうになってるから、哀れでよ。よし、助けてやろうかという気になったんだよ》


「なんだ、機械如きが偉そうに人間様に同情するのか。ええ、実はとても困っています。お願いします、助けてください」


 本当に泣きそうになっていた。


《OK、ニュービー。入学3日目にして生徒会に辿り着こうとする度胸を認めてやるぜ》


 突然、廊下の真ん中に虹色に輝く道が現れた(もちろん拡張現実のそれだ。マリオカートのレインボーロードを想像してくれ)。それはやがて右に曲がりわき道へと入っていく。加えてBGMも鳴り響く。それは『ニュルンベルクのマイスタージンガー』より『第一幕への前奏曲』。


《どうだい。入学早々悩み事を抱えて黄昏刻の校舎でひとりぼっち。これくらいド派手にいかなきゃ気合も入らねぇだろ》


「いやいや、やりすぎだろ。案内するなら最初から、もっと普通にやってくれればいいんだ、普通が一番」


《おいおい、それが助けてもらった奴の態度か? 人間様がどんだけ偉いと思ってんだよ。どう助けようと俺の勝手だろ。》


「あんだ、テメェ……すいません。謝ります、ごめんなさい。BGMの音量少し小さくしてもらっていいですか」


《分かればよろしい。渡る世間に鬼は無し。こっちも気分良く仕事させてもらえりゃあさ、多少の無理だって聞いてやろうという気にもなるんだぜ》


「ありがとうございます。助かりました。へへへ、もうこのへんで大丈夫です」


《ちゃお!――ガイドに従って進んで欲しいワン》


 敬礼する迷ワンくん。

 AIは突然に機械らしい口調に戻る。


「十分に発達した科学技術は、故障をしても区別がつかない」


 零斗はこの不思議な体験の感想をひとりごちた。

 学園のAIは開校以来50年に渡りデータを蓄積し続けている。もしかしたら、ストレージの奥底にストレスのようなものも溜まっているのかもしれない。


 虹色の回廊を抜けた先、目的地と思しき場所に現れたのは巨大な鼠色のキャンバスに不釣り合いに収まった小さな木製のドア。ごく普通の一般家庭サイズ。近寄ってみると木彫りのプレートに白いインクで『生徒会室』と記されていた。

 ゴーグルを外すと再び静謐な世界が戻ってくる。


「生徒会室に行けば分かる……か」


 さて、生徒会室というのだから、この中には生徒会の役員たちがいるはずだ。30万人の学園生徒の頂点に立つ人間たち。いったいどんな人たちなのだろうか。

 零斗は首から下げた骨董品というべきカメラを構えると、小さな扉を写真に収めた。記念の一枚。

 ここまで来たんだ、後には引けない。前に進むっきゃない。


「失礼しまーす。新入生の藤原と申します。お尋ねしたいことがあり伺いました」


 震える声で、扉を叩く

学内ネットワーク Eve3 "Everything Everwhere Everytime"  

              いつかのどこかのなにかのそうわ[総和]

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