37 牧場の仕事を舐めるなよ@白霧牧場経営者
「だから無理です!<ガチャン>」
断わってから電話を一方的に切った
これで何件目になるだろう?
こちらは牧場の仕事が山積みなんだ
もういいかげん勘弁して欲しい
事の起こりは冷泉院の御嬢様がウチの牧場の生クリームを使ってスイーツの大会に出たことだった
・・・いや御嬢様が直接出た訳ではないんだが
そこで優勝したために問い合わせが殺到した
もちろん牧場に直接ではなく、本社の方に、だがな
ウチの牧場は珍しく個人経営ではない
いや昔は個人経営だったんだ
でも後継者と人手不足と飼料の価格高騰、さらに販売価格の低迷で廃業寸前に追い込まれていた
そんな時に手を差し伸べてくれたのが冷泉院の御嬢様だ
最初は
「金持ちの道楽かよっ!」
そう思った
なんの苦労もしていない、働いたことがない人間の思いつきで振り回さるのか
そして失敗してボロボロになった所で飽きて後始末を丸投げした上に、赤字を押し付けられる
たまったものではない
そう思っていた
あの土曜の朝までは
朝の5時に起きて着替え牛舎に向かおうと家を出た
玄関の前には長靴と作業用のツナギを着た上に農協の名前が印刷された手ぬぐいでほっ被りをした御嬢様がいた
「お~ほほほっ、遅いですわよ!」
高笑いしている御嬢様がいた
手伝う気満々だった
まあさすがに御嬢様なので役には立たなかったな
口は達者だが実力不足だった
飼料の袋を抱えてエサ台に入れるのも一苦労していた
均一に入れれないため均そうとして牛に頭突きを食らっていた
糞と尿で汚れた敷き藁を集めるのに四苦八苦していた
時には転んで尻を打ち
時には新しい藁を鋤で救おうとして藁の山に倒れ込む
TVのコントのようだった
朝の仕事が終わった時には汚嬢様になっていた
もちろん農場の仕事は朝だけでない
それこそ朝から晩までひっきりなしにある
それが365日続くのだ
・・・生き物を扱うのだから当然だが、3Kのせいで後継者がいなくなった
苦労しても報われない上にヘタしたら赤字になるんだ
だれが酪農家をしたいと思うのだろうな
だから御嬢様はもう来ないと思っていた
ところが御嬢様の襲撃は毎土日続いた
驚いたことに汚嬢、いや御嬢様は泣き事一つ言わなかった
もっとも自体の改善についても一言の相談もなかったがな(汗)
いつの間にかウチの牧場は御嬢様の家のなんとかいう横文字の会社の子会社になっていた
早い話、土地や建物や牛なんかは今までと同じウチのものだが
法律的にはなんかイロイロと違うらしい
今までは牛の乳の出が悪くて赤字になったらウチの借金が増えていた
ところが今後はなんとかいう横文字の会社が補填するんだとか
・・・意味が判らん
何の得があるというのだ?
一瞬、乗っ取りとか、詐欺を疑ったな
いや真面目な話
世の中というかこの業界、本当に多いからな
行政とか大手のスーパーは指導や要求はするくせに損失には知らんぷりだ
酪農家を人とは思っていない
良くて牛乳を作り出す奴隷
ところが御嬢様は違っていた
勝手にウチ専属の弁護士を連れてきた
いや金を払うのウチだよな?
何勝手やっているんだ?!
さすがに怒った
「え?(横文字のなんとかいう会社と)契約しますわよね?
当然(弁護士の)サービスが付いてきましてよ?」
あっさり言われた
金持ちのやることはまったくわからん
そう思った
こんな今にも潰れそうな牧場で一体何がしたんだ?
意味がまったく判らなかった
まさかスイーツに使う生クリームの為だけだとは思ってもみなかったがな
今までの効率重視から手間ヒマをかける真逆に方向転換した
いやさせられた
損失はすべて持つからやってくれという荒唐無稽な状態
そこまで言われたらやらない訳にはいかない
こちらにも長年酪農家をしてきたプライドがあるからな
時間がかかったがなんとか御嬢様の要望をクリアできる品ができた
・・・できたから恐ろしい
いややるつもりやったんだ
だけど、本当にできたことに驚いた
いや頑張ったのは雌牛だがな
オレはその世話をしただけ
生クリームを試食した後
「健全な牛には、健全な乳が宿る」
どこかのパクリのような事を言っていた
もちろんドヤ顔で、だ
当然のことながら手間ヒマかけたことから価格は高騰していた
もはや商売にはならないくらいだった
「お、ほほほっ、問題ありませんわ!」
お嬢様が高笑いしていた
品質がよければ高く買う人種はいくらでもいる
おもに世界中に
もちろん合計すれば全世界の9割の富を独占する金持ち達だ
彼らに高値で売ってぼろ儲けのお嬢様
まさに濡れてて粟の状態らしい
おかげでうちの借金はあっさり片がついた
・・・金持ちだけが使える裏技だな
まあそんなわけで生クリームをどう使おうと御嬢様の勝手なわけだ
恩と金の力でやりたい放題だ
まさかパティシエを使って大会で優勝するとは思わなかったがな
そのおかげで今までの金持ちだけが知っている状態から、日本中の業界人が知っているになった
あまりにも高い品質ゆえに他の追従を許さない
だからいろんな所から『売ってくれ』と言われるようになった
おかげで横文字のなんとかいう会社は対応にてんてこ舞いだそうだ
そして埒があかないから、どこで調べたのか牧場にまで電話がくるようになった
・・・本当に勘弁して欲しい
一方、お嬢様はというとなぜだか牧場の丘の上に立ち
「これで回避できましてよ!、お~ほっほっほっ!」
と夕日をバックに腰に手を当てて高笑いしていた
・・・金持ちのすることはやっぱり判らないな




